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沙門果経(12-13)
第三章 仏陀の話
  第一の沙門の果報
A・スマナサーラ長老

〔前号までの話〕 マガダ国のアジャータサットゥ王は、出家者のご利益は何なのかを知りたくて、当時有名な六人の宗教家を訪ねます。非行為論者のPûraza-Kassapa、運命論や他力本願を説くMakkhali-Gosâla、唯物論者のAjita Kesa-kambalaとPakudha-Kaccâyana、徹底した道徳論者で苦行を薦めるNigantha Nâta-putta、厳密な不可識論を説くSañjaya Belatthi-puttaを訪れて沙門の果報を尋ねるのですが、みな自説を唱えるだけで王様の質問に直接答えようとしません。納得いかない王様は満月の夜にお釈迦さまを訪ねて同じ質問を出すのです。

六人の先生方とお釈迦さまの話の違い

 これまでは、アジャータサットゥ王様がいろんな宗教家の話を聴いて、満足しないで帰りましたという話でした。王様は納得しなかったかもしれませんが、六人の先生方はそれなりに自分たちの教えの基本的なことを話しただけなのです。

 私はその先生たちの話を、あまり出典もないし記録もない、ほんの少々しか情報はないですから、できるだけ特別に時間を割いて説明しました。情報があるのはニガンタ・ナータプッタ師が始めたジャイナ教の経典だけです。その経典にしても、教えはお釈迦さまより古いのですが、経典自体の成立は時代的にはかなり遅いのです。ですからお釈迦さまの時代にあった考え方と、今ジャイナ経典にある考え方とでは、いろいろ違うところがあるかもしれません。

 お釈迦さまの話を始める前にひとつ言いたいのは、「あなたの教えでは何か御利益ありますか」と王様に質問されたところで、結局お釈迦さまも自分の教えの基本的なところを全部説明したのです。六人の先生方と大して変わったことをなさったわけではないのです。でもそれを聴いた王様は、「論理的にお釈迦さまも質問に答えていないのだ」と満足しないで帰ることはできなかったのですね。その辺のポイントだけは違うところなのです。

宗教のご利益は《こころの安らぎ》

 日本語のテキストで、「第一の沙門の果報」というところから見ていきましょう。アジャータサットゥ王はお釈迦さまに、六人の先生方に出した同じ質問をします。「みんな仕事をして給料をもらって、楽しく生きているのではないか。修行というものをして何かそれなりの結果がありますか」と尋ねるのです。

 その論理的なポイントは、王様が尋ねた同じ立場で説明しなくてはいけないのです。

 人々は仕事をして給料をもらいます。給料が御利益かというと、それは違うのです。給料をもらうことで自分と家族を養って、みんなと仲良くして楽しくて幸せを感じる。それが御利益なのです。仕事でたくさん給料をもらうことや、商売をしてたくさん収入を得ることは、御利益で見てはいけないのです。なぜなら、商売をしなくてもすごく幸せで楽に生きていられるなら、人は商売をしないのですね。ですから、御利益の定義をもうちょっと厳密に考えたほうがいいのです。

 例えば、現代の世界で、これはヨーロッパも日本も同じですが、我々は宗教から御利益を欲しがります。その欲しがる御利益は、子供の病気を治してほしいとか商売繁盛とか、家内安全とかそれぐらいのものですが、本心はそういうことではないのです。我々が一番欲しいのは、心の安らぎなのです。アメリカ人にしても日本人にしても仕事が安定していると、そこに心の安らぎがある。それで収入があって、楽しく苦労なしに幸せに生きていられるのです。だから最終的に求めているのは《心の安らぎ》なのです。極端に言えば、仕事は不安定でも、首になってもかまいません。不況で仕事を首になった。でも、もし頼った宗教に力があってほかの生き方で心の安らぎが見つかりましたというならば、それはそれで一向にかまいません。

 つまり、人が幸せで軽々と生きていられるかということが最終的なところなのです。そういうポイントで見ても、思考の次元では現代人よりずっとお釈迦さまは進んでいたのです。

 ですから、もし王様が「修行をやったらたくさん給料をもらえますか」と訊いたなら、お釈迦さまには答えられませんね。でも尋ねたのは「ご利益を示すことができますか」ということですから、お釈迦さまの答えははっきりと、「できます」と。

 今までの先生たちは、そのようには答えなかったのです。彼らは王様の視点で世の中を見ようとしませんでした。先生方はその質問自体も我々には合わないということを言いたかったかもしれません。御利益があるかという質問は、「殺しても殺されても行為だけです」と言うプーラナ・カッサパ先生にとっては、関係ない質問です。「すべては運命であり定めです」と思っているマッカリ・ゴーサーラにとっては、修行に御利益があるかないかも運命で定めてあるのです。ジャイナ教のニガンタ教祖さまにしても、「すべてカルマであって苦しみです、それは全部捨てるべきですよ」と言うのだから御利益は関係ない。逆に、死ぬまで苦行しなさいといって否定しているのですね。だから六人の先生方に「御利益ありますか」と尋ねても関係ない答えになってしまった。つまり彼らがアジャータサットゥ王の前で失敗したのです。しかしお釈迦さまの場合は何のことなくはっきりと「御利益はあります」と説く。

ブッダの説法は質問から始まる

 「できます、大王よ。それでは、大王よ、その点について、ここでおたずねしましょう。あなたのよろしいように、お答えください。大王よ、つぎのことをどうお考えになりますか。・・・・」

 これはお釈迦さまの、ひとつの説法の仕方なのです。お釈迦さまは「できますよ」と答えてから、「いろいろあなたに質問を出します。それについて自由に答えてください」、と言うのですが、それは現代の裁判でやっているやり方なのです。弁護士がいろいろ質問を出す。証人がイエスかノーかぐらいで答えていく。あるいはほんのちょっとのことを説明する。そういう方法で話を進めていく、cross-enaminationというやり方があるのですね。その同じ手法をお釈迦さまも採るのです。人間は勝手にしゃべるとコントロールが効かなくなってしまいます。だから相手に、「これはどう思うか」、「それならこれはどう思うか」と、一つひとつ質問を重ねて、相手の意見を整理してあげて、至るべき結論に至るというやり方をとるのです。

 お釈迦さまの教えは、この点でも普通の宗教とは違います。普通の宗教は福音の世界ですから、自分はすごく高いところにいて、神様のご託宣を押し付けるだけの世界です。人々は、知恵のある人が伝える神の言葉だから一方的に聞くしか道がないし、反論する自由もないのです。一方仏教では、ごく普通にインテリ的に問題をもっていく。相手にはいろいろ反論する自由も、違いますという権利もあるし、疑問を出すこともできます。

 この場合も冒頭で、お釈迦さまが王様にその方法で話しているのです。難しいところにいくと王様のことは置いておいて、お釈迦さまはひとり勝手にしゃべるのですが。

「奴隷の譬え」に隠された仏教の真意

 「・・・大王よ、つぎのことをどうお考えになりますか。ここに、一人の奴隷があなたにいるとしましょう。かれは、奴僕として、早く起き、遅く床につき、何事にも従順で、快く行動し、愛想よく語り、顔色をうかがっている者です。そのかれが、このように考えるとします。『ああ、なんと不思議なことだろう。ああ、なんと珍しいことだろう。功徳に行方があろうとは、功徳に果報があろうとは。確かに、このマガタ国の王でありヴィデーヒー妃の子であるアジャータサットゥは人間であり、私もまた人間だ。このマガダ国の王でありヴィデーヒー妃の子であるアジャータサットゥは、五種の妙欲を与えられ、そなえ、まるで神のように楽しんでいる。ところが私は、その奴隷であり、奴僕として、早く起き、遅く床につき、何事にも従順で、快く行動し、愛想よく語り、顔色をうかがっている者だ。私も功徳を積めば、きっとあのようになるにちがいない。髪と髭を剃り、黄衣をまとい、家を捨てて出家することにしよう』と」。

 お釈迦さまはまず王様に喩えで尋ねるのです。なぜ奴隷の話を出したかというと、王様にも随分わかりやすいからです。王様というのは、大勢召し使いがいますから自分では何もやりません。奴隷たちはいつでも王様の顔色を伺いながら仕事をしていて、大変こわがっている。毎日早く起きなくてはいけないし、遅く寝なくてはいけない。ほんのちょっと余分に寝ようと思っても、そんなことは死ぬまで絶対できません。そういうことだから、王様が大変楽しんで楽に生きているのを見て、「彼も人間で私も人間なのに、この差はなんだ」と考えるのです。「彼には徳がある。だから私も徳を積めばいいのではないか」と思い至って、彼が出家するのです。

 この喩えの、王と人間の関係もやはり仏教的な考え方です。《誰も同じ人間で平等です。王と言えども神に選ばれたものではない》という考え方は世界中どこにもなかったのですが、仏教だけは断固としてそういう考え方をもっていたのです。

 「王というのは神ではなく人間が決めるものだ。悪いことをするならば、人々のためにならない不法なことをするならば、その王を捨てなさい」、と仏教では平気で言うのです。ジャータカ物語の中で、それに関するストーリーがあって、道に外れて法を犯す王が国民に捨てられたという話を堂々と書いています。それでわかるように、王は神に選ばれて世界を支配しているから素晴らしい特別な人間だと思う考え方は、遠い昔でもお釈迦さまはすごくいやだったのですね。いやというより、お釈迦さまは大変なインテリでしたから、一般的に考えればそれはおかしいと言うのです。

 でも人間はいまだに、王家の人々というのは特別な人間だ、触ってはいけないものだと考えています。一般の人が王族の人間と結婚でもすると、その人に特別な位をあげて貴族にする。そういうことは仏教から見ればあまり意味がないのです。王が立派な王として尊敬されるのは、彼が仕事をちゃんとやっているならば、なのですね。ここに隠れているのは、その考え方です。このケースで王が神に選ばれている人なら、この譬えは合わないのです。

王様を選ぶのは誰ですか

 政府というものがどのように生まれたか、ヨーロッパ人にはいろいろ考え方があってそのひとつは、政府は神に決められたものだというのです。日本のシステムにしてもどんどん発展して、今の天皇制まできましたが、結局最初から神と大変深い関わりがある宗教の人です。そうすると一般の人々にはどうしようもなくなってしまう。王は神であるという思考を仏教は遥か昔から認めていない。王は人間で、人間に選ばれるのだと。だから王に対して、「Mahâ sammata」という言葉を使う。これは仏教の政治に対する考え方でよく使う言葉なのです。Mahâは大きいというよりも、「大衆」という意味なのです。Sammataというのは、「認可された」。つまり国民に認められているという言葉です。ですから選挙制度で王を決めることは、仏教だったら可能なのです。人が「あなたは王ですよ」と決めたら王であって、「あなたは違いますよ」と決めたら、王様ではなくただの一般人です。このように仏教では、《政府は国民のためのものだから、国民がいつでも優先する》、ということをすごくしっかり考えていたのですが、歴史上でそういう政治は実際にはなかったのです。

 我々が経験している民主主義は最近できたものでしょう。それもギリシャの哲学者やらがいろいろ考えて考えて、じわじわとできたものです。戦って殺し合いをやって大変苦労したから、一応イギリスは民主主義のシステムがありますが、アメリカのそれは民主主義とはいえないでしょうし。数えるほどの国々では、何とか苦労して人間はやっとそこまで来たのですが、今はどんどん資本主義が壊れかけていて、将来はもっと恐ろしいシステムができてくるでしょう。そうすると民主主義も壊れてしまう。共産主義には戻りませんが、やっぱり違う方向に行くだろうと思います。

 仏教の人々が治世をした場合は、選挙制度はありませんでしたが、お釈迦さまの考え方に沿って、「国民に認められるように」とすごく気をつけて政治活動をしたのです。それを始めたのはこのアジャータサットゥ王でした。彼からじわじわと始めて、アショカ帝王がしっかりとそれを実行して見せた。「私は国民の父である、国民は私の子供たちである」という立場でしっかりと治めたのです。「たとえ自分が便所にいても、国民の問題があればすぐ報告しなさい」と、現存するアショカ王の碑文に書き記してあります。「王様は寝る暇もなく大変です」、ということは彼が認めないのです。自分のことは置いておいて、まず国民を見なくちゃいけない。それを言ったのはアショカ王が仏教徒になってからです。

サンガは民主主義

 仏教の国々ではそういう政治の伝統がありますから、王制は国民がいやな制度だとは思わなかったのです。王様はすごく仲良くしてくれるし、みんなのことを考えて政治をしてくれる。神ではないから批判もできるし、文句も言える。そのようなシステムではあったのですが、我々が考えるような現代的な民主主義というものは歴史上なかったのです。
 その代わりにお釈迦さまは、出家の世界で民主主義を二五〇〇年以上も昔に実現しました。政治では作れませんから、自分の弟子たちの中で作って見せたのです。(次号に続く) 


〔前号までの話〕 マガダ国のアジャータサットゥ王は、お釈迦さまに「沙門の果報を示すことができますか」と尋ねます。お釈迦さまは軽々と「できます」と答えて、王様に奴隷が出家する譬えを話し始めます。この譬えに隠れているのは、王は国民に選ばれるものであって特別な存在ではないという、仏教の民主主義の考え方です。当時政治的な世界で民主主義はどこにもありませんでしたから、お釈迦さまは出家の世界で民主主義を実現したのです。

サンガは民主主義

 お釈迦さまの弟子たちは全員「サンガ」というシステムに属しています。サンガの制度では、お坊さんたちの中にいわゆる教祖のようなリーダーはいません。みな平等です。平等といっても、各自が能力をいろいろ持っているから、それぞれの能力を活かして活動はします。だからといって、「あなたは法王」だということはないのです。

 現在タイ国では、法王という資格(称号)があるのです。それは王様とお坊さんたちの会議があって、そこで一番人気のある有名なお坊さん一人を法王として決めるのです。一旦決めたら亡くなるまで法王です。しかし特別に権力があるわけではない。法王というより僧王として尊敬はするけれど、立場としては平等です。総理大臣と国民の関係のようなものです。

 一般の世界では、リーダーがいないとシステムというものは壊れるでしょう。でもサンガの集団システムは壊れません。なぜ壊れないかというと、徹底した民主主義でつくっているから、全員に権利があるのです。どんな権利かというと、それは守る権利です。でも守る権利はあっても、壊す権利はないのです。ものすごく賢く作ってあります。我々は出家として仏教を守らなくてはならない。でも壊そうとしたら、サンガの民主主義の世界できれいに自分が追い出されるのです。「戒律」というサンガの法律があって、譬えて言えば憲法のようなものなのです。その中でものすごくたくさん決まりがあって、それを破ってしまうと、自分にはサンガメンバーとして会員権はなくなるのです。それがなくなったら一般人になってしまう。

 もうちょっと説明すると、サンガの世界で見習いの沙弥は、戒律を守ることだけだから一人前ではないのです。出家比丘として一人前になる場合は、五戒のような戒律は受けません。その代わりにお坊さんたちが、きょうからこの人を一人前の出家者として認めるかどうかと、会議で決めるのです。認められるとその人は一人前の出家比丘として、会員権に当たる証明書をもらいます。何年、何月、何日、何時に自分を比丘として認めたということをちゃんと書いて、そこで参加したお坊さんたち――会議を司るお坊さん〔羯磨師〕、主宰したお坊さん〔師匠、教授師〕、承認したお坊さんたちの名前をあげて、全員サインして証明した紙一枚をもらって登録をする。そうやってひとつの社会に入るようなシステムでサンガに入ってしまう。

 入ってからは、戒律を何も教えてもらわないからいい加減な生活をしてもいいかというと、それはできません。戒律の決まりは全部守らなくてはいけない。決まりを破ってしまうと会員権は無効になる。ですからサンガは守ることはできても、壊すことはできません。

 それからサンガの選挙制度は、いつでも全員一致で決めなくてはいけない。多数決ではないのです。皆さまだったらたった三人集まっただけで、みんなが違うことを言ってケンカするでしょう。仏教では千人お坊さんたちを集めても、何か決める場合は全員一致で決めなくてはいけないのです。ということは、でたらめ、いい加減なこと、自分の主観で何か提案を出して通ることは一切不可能なのです。だから大変厳しい。そういうわけで仏教は、いろいろ色付けして宗派に分けたりとか、個人個人が勝手に解釈したりすることはできません。

 そうやって純粋さは厳密に守られるようになっているのですが、べつに堅苦しいシステムではないのです。きちんとした民主主義ですからね。だから、みんな大変気楽に楽しくいる。年上のお坊さんが間違っていれば、堂々とその間違いを指摘しても、それは一向にかまいません。あなたは年下で、何でそんなことを言うのですかと言う権利はないのです。みんなに投票権は一票しかないのですから。そういうふうにシステムができているのです。

 ですから、お釈迦さまは本当に民主主義というものが好きでしたなあと感じます。現代にもないほど見事な民主主義です。カラクリは認めない。派閥は認めない。日本も民主主義の国ですが、政治的なカラクリはいくらでもあるでしょう。ある派閥に入っている人が、二週間したらほかの派閥にいたりとか、派閥を二つ併せて自民党の次期総裁になろうではないかとか。政治の民主主義にはいろいろありますが、仏教の民主主義では認めません。そういうことで悪くなるのだと言う。

 学問上では、例えば戒律の専門家や経典の専門家が、それぞれにまとまって勉強する学派はありますが、それは単なる専門的な勉強だけで、派閥はつくれません。歴史の中でいろいろ変化したことも確かにありますが、一応決まりはそうなっているのです。

 さて、少々仏教の世界が広がりましたが、サンガのシステムは皆さまにはあまり馴染みがありませんし、我々も普段進んで語ることもありませんので、簡単に触れておきました。

奴隷だった出家者に王様が礼をする

 本当は当時の王様というのはすごい権力者だから、あなたも人間で、私も人間だと言ったら殺されてしまいます。戦前の日本もそうでしたでしょう。天皇は人間だと言ってしまうと、その人は次の日いないのです。そういう世界では、この喩えを思いつくことさえ難しい。ですから、この喩えは仏教の立場を言いたくて、わざと入れてあるのです。

 「王であろうとも人間であって、奴隷の自分と何も変わりはない。同じ人間なのにあの人は神のように幸せに生活している、一方私は奴隷として、いつでもあの人の顔色を見ながら生活をしなくてはならない。この差はなんだ。すごく徳が高いのが王様なら、私も徳を積んだらどうだろうか」と。ごく論理的に考えて、徳を積んでみようと、彼が出家するのです。

「そしてあるとき、かれは髪と髭を剃り、黄衣をまとい、家を捨てて出家するとします。かれはこのようにして出家者となり、身を防護して住み、口を防護して住み、意を防護してすみ、最少限の食物と衣服に満足し、遠離を楽しみます」。

 そこで身を防護するというのは、いわゆる体で悪いことをしないで、という意味です。口を防護するというのも言葉を守って、言葉で悪いことをしないで。意を防護するというのも悪いことを考えないで、全部防護して住み、最小限の食事と衣服に満足し、遠離を楽しみます、という。

 この「遠離」という言葉はよく出てきます。注には「離れること。独処に同じ。・・・」とあります。わかりやすくは書いていないですが、「遠離を楽しみます」というのは一般的に言えば、俗世間から離れた安らぎを楽しむということなのです。

「そのかれについて、臣下たちがあなたに、こう告げたとしましょう。『陛下、ご存じでしょうか。陛下には、…〔中略〕…一人の奴隷がおりました。ですが、陛下、その者は、髪と髭を剃り、黄衣をまとい、家を捨てて出家してしまいました。かれは…〔中略〕…厭離を楽しんでいます』と。この場合、あなたは『その男を私のところへつれ戻せ。再び奴隷として、早く起き、遅く床につき、何事にも従順で、快く行動し、愛想よく語り、顔色をうかがう奴隷にするがよい』と、こう言われるでしょうか」。

 奴隷制度ですから、いくら逃げても奴隷はまた捕まえられるでしょう。ですからアジャータサットゥ王に、奴隷が出家してちゃんと修行をしているなら、報告を受けるとまたその人を捕まえて、還俗させて奴隷にしますかとお釈迦さまが尋ねるのです。すると王様はこう答えます。

「尊師よ、そのようなことはありません。むしろ私どもこそ、その方に挨拶をし、立って迎え、座をすすめるでありましょう。また、衣、食、住、医薬の資具をもって招待し、その方を正しく保護し、防護する用意をいたしましょう」と。

 自分の所有物だった奴隷でも、出家してしまうと「私が頭を下げて、立ってその人を迎えます」。これを言うのは王様なのです。普通だったら王様が座っていて、みんなは土下座して礼をするのです。王様が立てば、みんなパッと立つでしょう。

 この場合は反対に、王様も自分の席から立って彼を迎え、椅子に案内して座らせ、食事や衣や医薬品も揃えて接待までして、そればかりか、安全に修行できるようにいろんな面倒を見てあげる。いわゆる宗教を守るのは政治家の仕事なのです。王様(政府)が宗教家を守って、自由に活動できるようにしてあげる。そういうふうに面倒を見てあげますよと答える。

 そこでお釈迦さまの答え、質問は、

「大王よ、そのことをどう思われますか。もしその通りであるならば、目に見える沙門の果報というものはあるのでしょうか、ないのでしょうか」

「尊師よ、そうであれば、確かに目に見える沙門の果報というものはあります」

「大王よ、これが実は、私があなたに示す、現世における、第一の、目に見える沙門の果報なのです」。

 お釈迦さまはひとつの答えで王様をつかまえてしまいます。「今まで奴隷がお世話役だったのに、出家しただけで、国の王であろうともお世話役にまわったではないか、だから目に見える果報はあるでしょう」と。

 これは普通だったら絶対あり得ないことなのです。一般人がどんなに偉くなっても、王が立って迎えるということはあり得ないでしょう。日本の社会で考えてください。国民にどれほど立派な人がいても、天皇陛下が立って迎えるということはまずあり得ません。人が病気になって動けない場合は、天皇陛下は気さくにそこに行って話をすることもありますが、立場が変わったわけではないのです。

 ですから世俗の世界では絶対あり得ないことが、宗教の世界ですぐ成り立ったのです。これは宗教の世界でしか成り立たない話だから、明らかに出家の目に見える果報です。一見つまらない例のように思えるかもしれませんが、そうではありません。一般人にはどれほど頑張っても不可能なことが、宗教の世界でだけ成り立ちます。いきなりお釈迦さまはそれを言って、出家の果報を王様に軽々と示して見せます。

(次号に続く) 

(スマナサーラ長老の講義より 編集 杜多千秋)

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