パティパダー巻頭法話
Sabbe satta bhavantu sukhitatta
HOMEパティパダー巻頭法話→釈尊のもう一組の両親
No.132 (2006年 2月)
釈尊のもう一組の両親
〜親との絆は遺伝的ではなく、精神的です〜
You may have as many parents as you like
A・スマナサーラ長老

 釈尊がサーケータ町のアンジャナワナという森に泊まっていたときの話です。
サーケータ町に托鉢に出掛けました。その町に住んでいたバラモンの老人が、家を出ようとしたところで仏陀に出会いました。すると突然、しゃがみ込んで釈尊の両足をつかんで、泣き出したのです。
「我が息子よ、老いぼれた自分の両親を養わなくてはいけないのではないのですか。なぜ我々がこんな歳になるまで顔を見せなかったのですか。私が君を見つけて良かった。しかし、きっとお母さんも会いたがっているよ。家に帰りましょう」と言って、釈尊を自分の家に連れていったのです。

釈尊は、反対することも、びっくりすることもなく、素直に比丘たちと一緒にその家に行って、座られました。バラモン人の老いた妻も、「息子よ、今までどこにいたのか。老いた両親の面倒を見る責任があるでしょう」と言って自分の子供たちを呼んで、「君たちのお兄ちゃんに礼をしなさい」と挨拶させました。久しぶりに我が子に会った喜びに溢れて、釈尊と比丘たちに食事のお布施をしました。「尊師、托鉢にあちらこちらと行かないで、毎日家に来てお布施を貰いなさい」と頼みました。
「仏陀は一箇所に定着して布施を受けることは致しません」と、釈尊は答えられました。「それでは、他の人々が仏陀に接待をする約束をしたら、その人々を私のところに来させてください」と言いました。それから釈尊は、招待を受けたらこのバラモン夫婦に伺ってくださいとおっしやるのです。「明日自分の家に仏陀を招待しました」と人が報告すると、バラモン夫婦は自分の家で食事を作って、その人の家に行くのです。招待がない日は、釈尊はご自分でバラモン夫婦の家に行って、食事をいただくのです。そのように、毎日釈尊に会ってお布施をして、説法を聞いて、悟りをひらいて不還果に達したのです。

 比丘達の間で、この出来事は話題になりました。
「釈尊の父はスッドーダナ王で、母はマーヤー妃でしょう。釈尊は釈迦族の人でしょう。両親はバラモン人になるはずもない。なのに、このバラモン夫婦は釈尊が自分の実の息子だと思っているのです。何か変ではないか。」
この話を聞いた釈尊が、「比丘達よ、あの夫婦は勘違いしているのではありません。自分の実の息子に対して、『息子、息子よ』と呼んでいるのです。かなり過去、この夫婦は五百回も連続して私の父でした。母でした。また五百回連続して大叔父、大叔母で、五百回連続して叔父、叔母でいました。このように、私はあの夫婦によって千五百回も育てられました。彼らにとって私は実の息子以外の何者でもありません」と説明されました。

  心が惹かれるならば、心が喜びを感じるならば、
  初めて会った人に対しても信頼感が生まれる。
                       (Jâtaka I-15)
  過去一緒にいたこと、今仲良くすることが、
  愛着を引き起こす。水に沈まない花のごとく。
                       (Jâtaka I-58)

 という二つの偈で、釈尊は人間同士で信頼関係が生まれる原因を説明されました。

 このバラモン夫婦は仏陀の両親であることを釈尊に説かれたので、比丘達も仏教徒達も尊敬の念を抱き、この老夫婦に対して仏陀の母、仏陀の父と呼ぶようになりました。
雨安居の三ヶ月を終わると、この夫婦は悟りの最終段階、阿羅漢果に達して亡くなられたのです。親戚が葬式を行おうとしたところに、釈尊が弟子達と一緒に行って参加なさったのです。人々は「さすがお釈迦さまも悲しがっているだろう」と思って、「ご両親はかなり年老いたので気にすることはございません」と慰めの言葉をかけたのです。釈尊も息子らしく彼らの気持ちを理解して、説法なさったのです。

  この命は確かに短し、百年を経たず死ぬ。
  百を超えて生きていても、老衰で死ぬ。
                      (Suttanipâta 804)

 比丘達は、この仏陀の二番目の両親はどこに生まれたのでしょうか、と聞いたのです。
阿羅漢に達していたことは誰も知らなかったのです。釈尊は、「無学の牟尼(完全な悟りをひらいた聖者)には生まれ変わりはありません。彼らは涅槃を体得して入滅したのです」と説かれました。

  常に身体を制御している牟尼たちは、
  誰にも迷惑をかけない。
  死後、一切悩み苦しみのない不死の境地へ赴く。
                       (Dh.225)

 このバラモン老夫婦の話は、ジャータカ物語にも出てくるのです。
バラモン夫婦に「せがれ」と呼ばれることに対して、釈尊は何の反対もしなかったのです。実は、全知者である仏陀をそのように呼ぶことは大変失礼なことで、罪を犯すことになるのです。しかしこの夫婦は、罪を犯したのではなく、自分の息子だから深い愛情を持って、正直な気持ちで呼んだだけなのです。それだけではなく、たとえ出家して托鉢で生活していても、実家に帰れば食事のお世話をするのは親の役目だと真剣に思って、お布施までしていたのです。
釈尊の素晴らしいところは、自分が自由な身分なのに、老夫婦に頼まれた通りに、他の人々の接待を受ける時もその夫婦の許可を得るようにとしたことです。親の気持ちに背くことは悪行為なのです。実の両親でないにも関わらず、親の気持ちになったこの夫婦に対して、釈尊が実の息子のように親切にしたのです。

本気になって「うちの息子、うちの娘」と呼ばれた経験は我々には殆どないかもしれません。私たちには、両親が二人しかいません。それもまた本物で、実の両親なのです。しかし、我々は苦労して愛情いっぱい注いで育てた両親に対して、尊敬の念を抱くことは殆どありません。親の気持ちを大事にするどころか、親はどんな気持ちでいるのかとも知ることさえもしません。このような生き方は、現代人は胸を張ってやっているが、実は悪行為なのです。悪行為は悪果を生み出すのです。

 親というのは不思議な存在です。自分の子供の長所も短所も全て知っているのです。長所を伸ばそう、短所を改良しようと思い、必死で躾をするのです。子供は自分の性格に気付くことは致しません。その代わりに、わがままで「親がうるさい、父親が厳しい、母が鬼ババだ」と反対ばかりするのです。だから何の苦労もさせないで育てて、一人前にしてあげているのにも関わらず、人格的には欠陥だらけなのです。社会人として成功して、楽に生きることはなかなかできないようになるのです。素直に、「鬼ババ」と思わないで「親は心配しているのだ、自分にもわからない自分のことを知っているのだ」と理解しておけば、誰でも立派な性格を持つ大人になるのです。ですから、親は不思議な存在なのです。

 社会人になってからは、人は自分の短所に気付くのです。
無理をしてでも何とか自己改良しようとするのです。うまく行けばありがたいのは決まっているが、問題はそう簡単ではありません。ストレスが溜まったり、落ち込んだり、失敗したりするのです。他人から全然認められなかったり、代わりに批判、非難ばかり受けたりするのです。このような生き方は、精神が断然強い人にしても、耐えられないものです。我々は社会人として耐えられないほど精神的な苦痛を受けながら生きていなくてはいけないのです。「それこそ人生だ。生きるとはそんなものだ。世界は甘くないのだ」と言って、開き直って良いと思っているでしょう。実は、そうではありません。楽に生きていられる。社会から認められる人間に簡単になれる。失敗しても、親切にアドバイスをしてくれる環境で生きていられる。この世で生きることは、普段思うほど難しい複雑なものではありません。

 では、なぜ生きることはややこしいことになっているのでしょうか。
親に逆らって生きてきた罰が当たっていると思えば、いかがでしょうか。社会は短所を見たところで批判するが、親は、決して我が子を非難することも、否定することもしないのです。性格的に悪いところは誰よりも知っているのに、我が子が可愛いという感情は一貫して変わらないのです。落第しても、我が子が可愛い。就職できなくても、仕事を失敗しても、我が子が可愛いのです。犯罪をしても、我が子が可愛いのです。この感情が子供に誤解されるのです。自分が偉いのだ、正しいのだと勘違いするのです。だから親の躾に逆らうのです。親の気持ちに背かないと思っていれば、否定されることも非難されることもなく、自分の短所を楽々に改良することができるのです。親は不思議な存在です。
仏陀は、「両親というのは、ブラフマー(神様)だ(Brahmâ ti mâtâ pitâroti vuccare)」と説くのです。
ブラフマーとは、ヒンドウ教で説かれている新羅万物を創造した神様のことです。「両親こそが神様」だという一言で、仏陀が説く親子関係の理解ができると思います。

 とは言っても、現代社会状況を見ると、親は神様だと一概に言えないかもしれません。
子供を育てることで、自分の夢を叶えてもらおうとする人もいるのです。「自分の息子を医者にしたいのだ。それは私の夢だ」と母親が言う場合は、明確です。自分の主観で、欲望で、見栄で子育てすることは、子供に対しては人権侵害なのです。そのような親には、子供の長所、短所ではなく、自分の夢しか見えないのです。あまりにもしつこい親に育てられると、子供にとって家族は修羅場になるのです。親も子も苦しむことになるのです。夢を叶えるための子育ては、失敗と不幸で終わるのです。簡単単純に我が子を愛すれば良いのです。失敗しない人間になるようにと気をつけて、躾をすれば良いのです。子育てには学識はいりません。

 別なケースもあります。自分の過去の悪業の結果、性格的に全く合わない家族の中で生まれてしまう場合もあります。我が子なのに、全然可愛く思えない。愛着が生まれてこない、と悩む母も父もいるのです。頭では分かっているが、感情は付いてこないのです。虐待はしたくないが、ついやってしまうのです。ひどいときは子供が殺されることもあるのです。子供の立場からも、両親に対して全然愛着が生まれないこともあるのです。人間は哺乳動物なので、親と子が切っても切れない愛着で結びついていることは、自然法則なのです。本能なのです。それさえもなくなった場合は、これは過去世の悪業の結果だと言ってしまっても過言ではありません。人間に生まれるのは素晴らしい善行為の結果ですが、我々の業に色々とおまけが付くのです。先天性の病気があったり、その他の弱みがあったりするのです。性格的に合わないところに生まれてしまうことも、同じことです。悪業ばかりではなくて、善業もおまけに付いてくる場合もあるのです。抜群に美しい身体で生まれたり、秀でた才能を持って生まれたり、誰にでも可愛がられるようになったりする場合は、おまけに付いた業は善いものなのです。過去の悪業のせいで合わない親のところに生まれた場合は、里親に育ててもらうしか他に簡単に解決する方法がないのです。我が子だと愛情を作るために、我が親だと尊敬するために、実の親子でなくても善いのです。

 自分の遺伝を持った子でないと我が子ではないと思うのは、現代人の浅い感情です。
親子関係を築くためには、遺伝的繋がりはいりません。誰が生んでも、自分が手塩をかけて育てた子は自分の子なのです。誰が生んでも、自分を育てて大人にした人は、自分の誠の両親なのです。人は肉体で繋がっていると思うのは、愚かな思考です。我々は心で、感情で繋がっているのです。心は柔軟な機能です。誰に対してでも愛情を築くことも、逆に憎しみを作ることも、簡単にできるのです。その気さえあれば、何人でも親を作ることも、何人でも子供を作ることもできるのです。遺伝的な繋がりは簡単に忘れるものですが、精神的な繋がりこそが切っても切れない関係なのです。

 愛着は悩み苦しみの原因になるというのは仏説ですが、生命とのつながりは肉体的なものではなく、精神的なものであるという事実を知っておけば、大変便利です。
この世界でどこにいても、我が家にいるような気持ちでいられるのです。どこででも簡単に親を見つけること、子供を見つけること、兄弟、親戚を見つけることができるのです。愛着、執着を作ると問題になって、親戚関係を築くどころではなく皆に嫌悪されて逃げられるはめになります。しかし、仏教では他人のことを心配する、他人の役に立つ行為をする、他人の幸福を願う、慈しみを育てる、などの幸福になる教えがあるので、それを実践してみれば世界が我が家になるのです。生命は皆、我が家族になるのです。誰とも闘うことなく、憎むことなく、敵意なく、生きていられるのです。慈しみに基づいて巨大な家族を築きましょう。

今回のポイント

◎経典の言葉
 Ahimsakâ ye munayo,
 Niccam kâyena samvutâ;
 Te yanti accutam thânam,
 Yattha gantvâ na socare. (Dhammapada 225)
 いのちあるもの傷つけず
 己を護る牟尼(ムニ)聖者
 彼らは至る不死の境
 何事も憂い悲しまず 
          (ダンマパダ 225) (江原通子 訳)
次の法話へ→
HOMEパティパダー巻頭法話→釈尊のもう一組の両親
© 2000-2005 Japan Theravada Buddhist Association.