パティパダー巻頭法話
Sabbe satta bhavantu sukhitatta
HOMEパティパダー巻頭法話→托鉢と施しの文化
No.224 (2013年10月)
托鉢と施しの文化

 〜清らかな乞食とみじめな乞食〜
 Qualified to receive alms
A・スマナサーラ長老     
◎今月の巻頭偈
Dhammapada Capter XXV. Bhikkhuvagga
ダンマパダ(法句経) 第25章 比丘の章

367.
   Sabbaso nâmarûpasmim
   Yassa natthi mamâyitam
   Asatâ ca na socati
   Sa ve "bhikkhû"ti vuccati

367
   あまねき名(ナーマ)と色(ルーパ)にも
   我が物という思いなく
   無所有(むしょう)を憂うこともなし
   げに彼こそは比丘と呼ばるる
                (和訳 江原通子)

● 乞食の文化

 今月はbhikkhu という言葉について考えてみましょう。この言葉はもともと「乞う」という意味です。Bhikkhu は名詞なので「乞う人」という意味になります。乞う場合は何でも乞うことができますが、修行者たちは一般の人々から食べ物を乞うのです。ですからbhikkhu とは、乞食(こつじき)という意味で、一般的には決して褒め言葉ではないのです。

 乞食の習慣はインドの古代文明の時代からあった可能性があります。インドのアーリヤ民族の文明は四千年くらい古いものです。当時から今まで、インドでは乞食習慣が続いています。一般的に社会が認めない、また社会として恥ずかしく感じるべき習慣が、なぜ消えることなく続いたのでしょうか。

● 乞食の種類

乞食習慣には、大きく分けると二種類あります。俗世間的な経済活動を止めて、精神的に優れた人間になろうと思って修行する人々は、生きるために他人から食べ物を乞わなければいけないのです。その人々に、畑を耕したり、商売をしたりする暇はないのです。

経済活動できない、畑を持たない、財産もない、他に生きる方法は何もない人々も、生きるためには他人の恵みに頼らなくてはいけない。
また、仕事をしたくない怠け者、仕事をできない障碍者、罰として王にすべての財産を没収されてその上まともな仕事をすることも禁止されている人々も、他人の恵みに頼らなくてはいけないのです。
またインドでは、子は親の仕事を継ぎます。そうなると、親が乞食であるならば、その子孫も乞食になってしまうのです。これらは二番目のグループです。

● 乞食と宗教の関係

 どんな社会も時間とともに変わっていきます。時間が百年単位で経過すると、習慣は様々な方向へ変化してしまうのです。堕落する場合もあれば、向上する場合もある。乞食習慣にしても、同じ現象が起こりました。

 バラモン人の宗教以外の宗教を信仰した人々の間では、修行者(沙門)が乞食で生計を立てるのは当然のことでした。バラモン人はそれを厳しく非難しました。乞食習慣を非難するよりも、他宗教を非難する気持ちが強かったのです。非難したら非難されるのは、また当然です。他宗教の方々も、バラモン文化を避難しました。バラモン人は乞食をしなかったが、ヴェーダ聖典を唱えることが自分の宗教活動だったので、一般の人々の儀式儀礼を行なってあげて、財産を貰っていたのです。バラモン人が修行者の乞食を非難しても、修行者たちにも言い分はあったのです。バラモン人は一般人の経済状況が危うい状態に陥るまで布施をねだっていたのです。「いくらなんでも心清らかであることが大事ではないか」という話になってくると、バラモン文化のなかでも、その考えを認める人々が現れました。そうすると、バラモン教を信じている人々の間でも、出家して乞食で生計を立てる人々が出てきたのです。

 宗教と乞食習慣が一緒になってしまったために、修行者の乞食を社会人がありがたい行為として尊敬するようになったのです。二番目のグループの乞食たちは、非難ばかり浴びせられることになって、一方的に苦労したことでしょう。そうでもなさそうです。親子代々乞食をやるので、人の恵みを貰うために気を惹かなくてはいけない。彼らは踊ったり歌ったり様々な芸を見せたり、また微妙な技術を身に付けたりしました。結局二番目のグループも、何となく一般の社会で自分の立場を築けてしまったのです。というわけでインド社会では、乞食習慣が消えないものになってしまった。インドは経済的に大国化しています。科学技術も発展していて、資産もどんどん増えています。しかし乞食習慣は健在です。

● 修行者はみじめな生き方を選ぶ

 お釈迦様はカーシ国の皇太子でした。釈迦族は、如何なる理由があっても絶対他人から物を貰って生計を立てることはしない民族でした。他の王族に対しても、釈迦族のほうが優れているという慢を持っていました。その環境で育てられたお釈迦様が出家したところで、釈迦族なら絶対やらないことをやるはめになった。お釈迦様も他人から食べるものを頂くことになったのです。
ある時は、お釈迦様は比丘たちにこう説かれました。「比丘たちよ、他人から食を乞うことはとても惨めな生き方です。プライドが傷つくのです。ですから一日でも早く煩悩を断つために励みなさい」と。

 修行者が他人の布施に頼って生活するのは、仕方がないことです。だからといって、何も仕事をしないでただでご飯食べるのは悪行為であるというのが、お釈迦様の立場です。
出家であっても修行者であっても、人のご飯をただで食べてはいけないのです。では修行者の仕事とは何なのでしょうか。当然、修行することです。宗教はたくさんあったので、各宗教はそれなりに精神が完成した状態を考えていたのです。それならば、修行者はその目的を目指してひたすら修行しなくてはいけないのです。

● 腐敗してゆく乞食の文化

 腐敗するのも社会組織につきものの現象の一つです。修行者の社会でも、真面目な人がいると同時に、歪んだ考えを持ったまま修行生活に入る者もいます。楽に生活してそのうえ社会から尊敬も受けられる道として修行者になる人々は、真面目な修行者にとっても迷惑な存在です。お釈迦様は比丘出家弟子に対して厳しいのです。占い・祈祷などは絶対やってはいけません。シャーマンたちがやっていることも一切禁止です。使者としての仕事も禁止です。長部経典の第一brahmajâla_suttanta 梵網経では、最初に小戒・中戒・大戒を説明します。それらはすべて、出家がやってはいけないことです。小戒では、殺生・偸盗などの基本戒律を説明します。中戒・大戒のところで、すべての項目に「一部の沙門・バラモンたちは、信者から施された食べ物で生活しながら◯◯の生活をしている」というフレーズを付けるのです。

● お釈迦様の改革

 このリストはとても長いものです。お布施を蓄えること、財産・家具・衣服・香類などを蓄えること、金銀宝石を受け取ること、星占いをすること、音楽踊りなどの芸術を行うこと、天気を占うこと、人々の運命を占うこと、誕生・結婚・葬式などに関する占いを行うこと、政治に関する占いを行うこと、等々たくさん入っています。

 小戒とは修行者なら誰でも守るべき基本道徳のリストです。中戒・大戒で説明しているのは、修行者たちがいかに自分の道から外れてだらしない生活をしていたかの説明にもなります。リストの中には、召使いとして男児女児を頂くことも入っているのです。この子供たちには給料を払わないので、召使いというよりは奴隷と言ったほうが正しいかもしれません。信者の施しで生計を立てているのに、召使いの子供たちに囲まれている状態をイメージしてみてください。尊敬に値する修行者でしょうか? しかしこれらの人々は、占ったり予言したり、超能力被りをやったりしたので、一般人に畏怖されました。批判はされなかったのです。

 お釈迦様は、それらの生き方をすべて禁止しました。仏弟子たちはある日たくさん食べ物を貰っても、腹八分目だけ食べて、残りは托鉢で食事を貰えなかった行者にあげるか、捨てるかにする。「明日、食べられます」と、保管することはしません。衣にしても、着る一着以外、持ってはいけません。金銀宝石・生肉・生野菜・子供・動物などを布施されても、受けてはいけません。長部経典『梵網経』の日本語訳から中戒・大戒のリストを読んでみると、当時の修行者たちの腐敗ぶりが理解できます。

 お釈迦様は「仕事をしないで食べる」ということは認めない立場でした。出家したならば、出家としての仕事を徹底的に行なわなくてはいけない。出家した目的に達しなかったならば、お布施した人々に申し訳ないことをしたことになる。借りを作ったことになるのです。したがって「施しを受けるための資格を完成しているのは、一切の煩悩を無くして解脱に達している人である」と、明確に語られるのです。しかし、この言葉も批判を受けました。他宗教の方々は、釈尊が自分と自分の弟子たちにだけ施しをせよと言っているのではないかと、批判を浴びせたのです。お釈迦様はそれが根拠のない批判であると反論して、施しの結果について明確に解説されました。

● 出家の正しい道

 ダンマパダにこのように説かれています。
  Na tena bhikkhu so hoti, yâvatâ bhikkhate pare;
  Vissam dhammam samâdâya, bhikkhu hoti na tâvatâ. (Dhp.266)

汚れた教えを実践しているならば、他人の家で托鉢するというだけで[本物の]比丘(乞食者)になりません。(ダンマパダ 266偈)

 在家が施しをするからこそ、修行者の生き方が成り立っているのです。俗世間から離れて修行しない限り、心清らかな人間になりません。真理・正しい生き方を発見した人々がいなかったら、俗世間の生活も繁栄しません。社会は互いに食い合いをする恐ろしい組織になります。修行者と在家は、互いに助け合って成り立つ存在なのです。しかしお釈迦様の時代の修行文化は、そうではなかった。そこで、お釈迦様は正しい修行文化を築いたのです。釈尊は出家と在家が互いに助けあって、それぞれの道を成功させる方法を説かれたのです。お釈迦様が説かれた出家文化は、他宗教の修行者にとっても助けになりました。

● 乞食と宗教の教えの関係

 次の問題は、修行者たちが実践する教えです。宗教によって教えが違います。目指す目的も変わります。言葉だけを読むと同じことのように見えるでしょう。例えばnibbâna 涅槃という言葉は、仏教だけの特権ではありません。問題は中身です。煩悩という単語も他宗教で使っていたのです。しかし中身は同じではありません。それらの問題についても、お釈迦様が語られています。

 「一切智者」という言葉をジャイナ教も仏教も使っています。ジャイナ教祖さまは、このように自慢します。「起きていても寝ていても自分はすべての物事を知っているのだ」と。
お釈迦様は「それはあり得ません」と反論します。お釈迦様にとって、一切とは存在のことです。存在とは五蘊の働きです。一切の生命といっても、五蘊なのです。お釈迦様が五蘊を知り尽くしているのです。五蘊とは一切なので、お釈迦様も一切智者です。ジャイナ教祖さまが自慢するように、目の前にあることのみならず、後ろにあるものも見えるわけではないのです。
ある日、お釈迦様が「なぜマハーヴィーラ師は道に迷うのでしょうか? なぜ人に道を尋ねるのでしょうか? なぜ人々に名前を訊くのでしょうか?」と反論したこともあります。それはユーモア的に、ジャイナ教祖さまの「一切智者」という言葉が間違っていると示したところです。

 ひとが出家して修行するのは構わない。しかしその教えが真理でないならば、真面目に修行しても真理に達することは無いでしょう。正しい真理を理解して、実践する目的で出家するならば、相応しい出家なのです。修行は正しい実践になるのです。在家のお布施をいただく資格があるのです。教えが正しければ、怠ることなく実践するならば、目的に達するのです。そうなると、施しをする在家の期待に正しく応じているのです。在家を裏切ってないのです。在家の精神的な悩み苦しみも解決してあげることができるようになるのです。

● 最終的な定義

 というわけで、比丘とは何かと最終的に定義しなくてはいけないのです。これからその定義をしましょう。生命とは五蘊のことです。執着するとは、五蘊に執着することです。
煩悩とは五蘊のなかに生まれる現象です。生き方から起こる結果です。五蘊とは、色・受・想・行・識のことです。色とは物質です。受とは感覚です。想とは概念です。行とは感情・衝動です。識とは知る機能です。この五つも絶えず流れる機能のみです。物質は「もの」だと一般的に思っていますが、仏教ではさまざまなエネルギーの流れなのです。一般的に「もの」と言っても、「もの」ではありません。他の四つが機能であることは明確です。

 五蘊を二つにしてみましょう。その時、物質的な働きと精神的な働きとに分けざるをえないのです。
この二つの働きは、仏教用語でrûpa 色とnâma 名になります。Nâma とrûpaという二つの働きがあることを「生命」と言うのです。Nâma とrûpa という二つの働きをありのままに発見したならば、瞬間に現れて消えるものであると観えてきます。執着は不可能な働きであると、観えてきます。執着不可能なものに執着するとは、愚かな行為です。結果は苦しみになります。蜃気楼を水だと思って追いかけても、涼しい水に辿り着くことは決してあり得ません。ただ苦しむだけです。いつまで経っても心は満たされないままです。Nâma とrûpa に執着する生命とは、このような存在です。

 修行者には修行の末、智慧が現れます。Nâma とrûpa の本当の姿を発見します。
Nâma とrûpa の流れの中に、「わたし、わたしの」と言えるものは何もないと発見します。これ以上、発見するべきものは何もありません。心から完全に執着が消えます。同時に一切の苦しみも消えます。存在とは空であると言われたら、永遠不滅の魂が無いと言われたら、一般人は悩みます。落ち込みます。有ると信じていたものが、無いと言われたのです。永遠不滅の魂がある、という妄想概念を土台にして、それに基づいて生きてきたのです。生き方そのものが壊れたような気がして、ひどく怖がります。しかし何も無い(空)と発見しても、仏弟子たちには何の悩みも起こりません。その人こそが、名実ともに本物のbhikkhu比丘です。

● 乞食のパラドックス

 托鉢する人が比丘であると、みな一般的に思っていたのです。お釈迦様にとっては、食べ物を乞うて生活することは惨めな生き方でした。本来なら決してやりたくはない行為です。しかし一切の俗世間的なものを捨てて出家したならば、托鉢に頼らなくてはいけない。パラドックスです。しかし、釈尊はパラドックスを乗り越えたのです。修行者は托鉢に頼って修行します。解脱に達して一切の執着を捨てるのです。存在を乗り越えるのです。托鉢だけではなく、何にも頼る必要はない境地に達するのです。

今回のポイント

次の法話へ→        
HOMEパティパダー巻頭法話→托鉢と施しの文化
© 2000-2013 Japan Theravada Buddhist Association.