パティパダー巻頭法話
Sabbe satta bhavantu sukhitatta
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はじめに
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七仏説法図

日本テーラワーダ仏教協会の機関紙『パティパダー』に連載中の巻頭法話をご紹介します。スマナサーラ長老が、日常生活のなかで出会う問題に即して仏教の教えを説かれた人気コーナーです。ダウンロードして、ごゆっくりお読みください。
 協会事務局では、長老の説法ビデオテープやカセットテープ、書籍などを、多数用意し販売しております。無料で差上げる本もありますので、ぜひご連絡ください。→協会のページ

更新情報
---2017年04月06日更新---
 ・(243)Tath?gata──如来 NEW !!

---2017年03月02日更新---
 ・(242)聖者をモデルにして生きる
---2017年02月01日更新---
 ・(241)ブッダの教えはオリジナルです

パティパダー巻頭法話 目次
法話:A・スマナサーラ長老
 (1) 「敵を作らない人間の真の生きかた」
 人間はこの世に生まれ落ちたときから、“競争社会”の一員としてスタートさせられる運命にあります。小学校や中学校で猛勉強させられていい大学に入るのも、人よりいい人生を歩むためという大義名分の元で人に負ける…
 (2) 「罰の罰」
<人に係わっていくための約束事>
 罰という概念は人間だれでも好むものではありません。「私は罰せられることが好きですから、いつでもどうぞご遠慮なく罰をあたえてください」というひとはどこを探し…
 (3) 「心の逃走」
<人はなぜ苦しみ悩むのか>
 私たちは、この世に生を受けてからというもの常に悩みごとに見舞われています。物ごころのついたそれこそ子供のころからお小遣いが少ないとか、もっとおもちゃが…
(4) 「悪魔に勝つために<1>」
<自分は美しい人間か>
 元来人間の精神は脆弱であると言いきっても差し支えないとおもいます。「もっと良い人間になりたい」「自分というものを高次に磨いていきたい」「崇高な目的に…
(5) 「悪魔に勝つために<2>」
<自由闊達な心を求めて>
 人間の身体を清浄なものと思いこむことは、即ち悪魔(煩悩)につけ入る間隙を与える愚劣なる思考であるということは前号で解説したところですが、今回は人間の… 
(6) 「真実の見つけ方」
<頭だけでは何も掴めない>
 釈迦尊と同時代である宗教の開祖ともなったSan~jayaという有名な宗教家がいました。 釈迦尊より年が上で弟子たちも多くを数えていたようです。 仏教で一般的に言う…
(7) 「心のワクチン
<苦しみ、悩みという病気に患らないために>
 人類は、その歴史が始まって以来、二つの大きな悩みとともにその人間史をかたちづくってきたと言っていいのではないでしょうか。 二つの悩み、それは肉体の病い…
(8)「思考についての考察」
<悩む人間、悩みのない人間>
 人間が他の生きものに比して決定的に差があると思っていることは“考える”ということだと人間自らが認めようとしています。 動物も考えてはいると思うのですが、人…
(9)「知識欲」
<知って役に立つこと、知ってはいけないこと>
人間の最も尊ぶ財産とはいったい何でしょう? これこそが人間にとっていちばん欲しがるものというのはどんなものでしょう? お金でしょうか、名誉でしょうか、それとも…
(10)「いまの瞬間」
<思い出が心を汚し、空想が心を乱す>
今回は仏教のなかでも特に重大な意味を持つといわれている appamâdaという言葉について考えてみたいと思います。この言葉はこれまでいろいろな解釈がなされて…
(11)「いまの瞬間の生き方を実現する方法」
<確実な解脱への道>
先月号でお話した“いま、ここ”に生きるという概念について、今月号ではもう少し掘り下げて具体的にそれを考えてみたいと思います。“いま、ここ”を実感するための実践…
(12)「こころはわがままです」
<冥想による自己コントロール>
こころというものはなかなか理解しがたいものですが、人間が真理の道を追求するためにはどうしても理解しておかなければならない命題です。「こころ」とは何ですかと…
(13)「敵と味方の見分け方」
<自分のこころを育てるために>
人が生きるためには自分の敵と味方の区別をまず知ることです。結果として自分の人生を不幸にするものは敵となるでしょうし、幸福な生き方を手助けしてくれるものは…
(14)「すべてを勝ち抜くためには」
<自分の存在証明を得る方法>
今月は「すべてに勝つ」というテーマです。すべてに勝つということを、世界征服という意味に捉らえても構いません。マンガなどでは世界征服の野望を持った主人公を…
(15)「身体と幻」
<執着から離れ平安な心を得る>
我々の身体は、とても大事なものです。よほど非常識な人間でない限り、「そんな事はない」などとは言わないでしょう。生まれた時から、この大事な身体を育て守るため…
(16)「他人ばかり観たがる心」
<客観的判断と主観的判断>
人間がものごとを、自分中心に主観的に考えるというのは、その個人の固定観念に基づいたものです。ですからいつでも正しく判断できるわけではありません。ある人が…
(17)「人生の目的 PART−1」
<生きることは本番のないリハーサルか>
我々は生まれたときから死ぬまで、いつも必死で生きています。小さいときは勉強したりスポーツしたり、頭と体を鍛えるために忙しく過します。それは大人になってから…
(18)「人生の目的 PART−2」
<一切の束縛から逃れる為に>
道徳的な生き方により人格を完成することを人生の生きる目的としましょうと先月号で述べました。道徳的な面で気づきながら生きることもなかなか大変なことです。…
(19)「愚か者」とは誰のことか
原始経典を読むと、「愚か者」という言葉がたびたびでてきます。たとえ出家者であっても過ちを犯すことがあります。その過ちを戒めるとき、釈迦尊は決まって「愚か者…
(20)「いい影響・悪い影響」
愚か者といえば、特別に知識のない人ではなく、真理を体験しようとしないごく普通の人々のことを意味するという話を先月講義しました。そうなると次には、釈迦尊に愚か…
(21)「悩み、苦しみ」を諦められるか
 仏教の立場からいえば、人間の苦しみ、悩みは人間が勝手に作っているものではないかといえます。しかし悩んだり心配したりしている人にとってはその悩みごとは…
(22)賢者への道
愚か者と賢者という言葉は、今までの話のなかでたびたび出てきました。…愚か者というのは、特別に知識のない人を指すのではなく、我々のごく自然な在り方です。…
(23)「愚か者」もいろいろ
本来無知なる性格の人間が、人生を無知のままで終えてしまうようなことにならないためにはどうすればよいのかということを考察してみましょう。無知な人は結構頑固です。自分が物事を知っていると思っています。…
(24)無知から生まれるわざわい
愚か者、無知な人という言葉はよく使いますが、この言葉のなかには非難する気持ちも否定する気持ちもまったくありません。「無知、愚か者」(ba^la)という言葉は我々生命が本来持っている性格を表わす仏教の専門用語です。
(25)人格と性格は変えられる
人間にとって、どんな環境で育てられ、どんな環境で生きているかということは非常に重要な問題です。それは人間の人生そのものをかたちづくり形成するものだからです。生まれてから死ぬまで、人は生きている環境から…
(26)賢者人間入門 [1]
<要は心の発展にある>
仏教における愚か者という言葉の意味はこれまでにも何度も説明いたしました。愚か者にならない方法も説明してきました。今月は賢者という言葉の意味を考えてみま…
(27)賢者人間入門[2]
<感情に支配されず感情を支配する>
人間は感情に支配されています。好き、嫌い、欲望、夢、怒り、憎しみ、嫉妬、倣慢、プライド、メンツ、失望、苦しみ、悩みなどはすべて感情と言うことができるでしょう。…
(28)賢者人間入門[3]
<喜びとは、真理を知ることである>
賢者という性質は持って生まれるものではありません。智慧のある人間になるためにはそれなりの努力が必要です。それなのに普通の人間は、運命、業、定め、生まれ…
(29)賢者人間入門[4]
<ネガティブ人間からポジティブ人間へ>
賢者というのは、単に智慧があるというだけではなくて、ちゃんとした人格をも持っています。すばらしい人格を形成していくことは難しいことです。人格を形成していく上に…
(30)聖者(阿羅漢)の心 【1】
<すべての束縛の繋ぎから逃れ出るために>
 心に何か悩みがあったり、不安があったりすると私たちは、ヴィパッサナー冥想でもしたら明るくなれるのではないかと思います。あるいは体が病気で悩まされている…
(31)聖者(阿羅漢)の心 【2】
<真の自由人間への道 >
解脱を目的として実践を続けると、心は確実に清らかな方向へ変わって行くことが感じられます。その道の終点として解脱があるのです。しかし言葉に引っばられると余計…
(32)聖者(阿羅漢)の心 【3】
<たまったゴミは捨てましょう>
人はものを集めることがたまらなく好きです。人生というのはものを集めることだとも言えるほどです。生活にどうしても必要なものを集めてためておくことは、理解でき…
(33)「聖者(阿羅漢)の心 【4】」
<落ちつけ、落ちつけ…>
 人というのは、ずいぶん忙しいものです。時計という偉大な神様に完全に管理されています。しかしもしもこの神様に言われるとおり、1秒も悩む暇なく生きていると…
(34)実る生き方・1
<最後まであきらめない>
…タンパダーティカという王様の死刑執行人がいて、50年間この仕事を続けていました。あまりにも年をとってしまって、最後の頃には人を処刑するカがなくなり、刀で…
(35)実る生き方・2
<明日では遅すぎる>
ある商人達のグループが、船で商売に出かける途中に遭難しました。そのなかの商人のひとりバーヒヤは板切れにつかまってスッパーラカという島に漂着しました。…
(36)「本気でチャレンジ」
<されど競争相手は作るな>
インドのラージャガハ(王舎城)という町にクンララケーシーという娘さんがいました。両親は大金持ちで、その娘を一歩も外へ出さないほど、大変大事に箱入りに育て…
(37)「競争での勝利は勝利にあらず」
<必要に迫られても悪は正当化できません>
お釈迦様はいつも、人間が幸福になる道だけを教えてこられました。全ては苦しみであるということが普遍的な真理であると教えられ、この苦しみをどのようにすれば…
(38)「祈り」は宗教とは無関係
<幸福を願うなら聖者に道を学びなさい>
 宗教には、儀式、儀礼などがつきものです。文明といっしょに、宗教という概念も生まれ発達してきましたが、文明の初期時代の宗教というのは、何らかの儀式を行うこと…
(39)「祈り」より正しい人間関係
<和を守る行動も仏教の道徳です>
宗教と祈りの関係をさらに考察してみましょう。宗教といえば、人の心にまず浮かぶものは、何か超自然的な対象を信じることです。その超自然的な対象に対して、祈る…
(40)死ぬのは怖い?
<生きるだけが能じやない>
 ある比丘のグループがお釈迦様から瞑想指導をうけて、森の中に修行に入ることになりました。釈迦尊は、行く前にサーリプッタ尊者に挨拶してから修行に…

(41)「怖がるものは武器を持つ」
<空虚な勇気より、自信がない方が健全>
傍若無人で身勝手で、怖いもの知らずの暴れ者は一見気が強そうに見えますが、実は根性なしで間抜けな気の弱い性格です。大概の人は、気が強くて自信たっぷり…

(42)「落ち込むのは人間の本性」
<良い目的はやる気を持続させる>
人の実行力、あるいはやる気というものは、あまり長く続くものではありません。すぐにやる気が消えてしまうという経験は、誰にでもあると思います。努力して、心に力を…
(43)「生きることは爆弾遊びか」
<無常を知るものは人生を知る>
人間を悩ませる苦しみについて、極限的な話をします。釈迦尊の時代、インドにパターチャーラーという名の大富豪の娘がいました。彼女は、召使いの間でも特に身分の…
(44)「悪は、心の趣味です」
<勇者のみ善を行う >
 「悪いことなんかはやりたくない」「いいことだけをして一生、生きていきたい」。誰に聞いても皆、このように考えているようです。それが本当であるならば、人間というの…
(45)「心は癖で行動する」
<心に良い習慣をつけないと自由になれません>
自由に生きているのだ、自由に考えているのだ、私は自由だ、と多くの人が思っています。自由というのは人間が好きな言葉です。自由がないと、悩んだり文句を言…
(46)目先の楽しみ、は後の落とし穴
<人類の本質は過ちを犯すこと>
人はよく過ちを犯します。過ちを犯さない人間は世の中にいないのですから、過ちを犯すことが人間の特色だということもできます。人間は必ずまちがいを起こすのだと…
(47)ギネス記録症候群
<小さな善行為がすべての始まり>
「あなたは日本一だ。いや世界一だ。」と言われる人になれば、なんと幸せでしょう。でも皆自信が無く、そういう風になろうと本気になってがんばる人は、あまり…
(48)危険を抱きしめるべからず
<幸福はこころ次第>
今、とても寒いですね。出かけるときには暖かい服を着て、必要ならカイロも入れて用意しないと、風邪を引くかも知れません。私なら大丈夫と高をくくる前に気をつけた方…
(49)悪に対する抵抗力
<智慧さえあればこの世の中で生きることは楽>
悪がはびこるこの世の中で、心を清浄に保つことは可能でしょうか。この地球に生きている人間社会を見渡すかぎり、賄賂、搾取、弱肉強食、不正、差別、不公平…
(50)敗者の道
<怒りの制御は幸福をもたらす>
怒りっぱなしの人生はいやだなあと、思わない人はいないでしょう。明るく楽しく、みんなと仲良く生きることができればなんて幸せなのでしょう。それはすべての人間の…
(51)無関係なことにも巻き込まれる
<危険から身を守れるのは理性のみ>
舎衛城(Sa^vatthi サーワッティ)という都市に、宝石細工職人の夫婦が暮らしていました。この夫婦は仏教を信仰し、お布施として一人の阿羅漢(聖者)の生活のお世話…
(52)心からは逃げられません
<悪事は隠し通せないものです>
悪事、不正などを行う人は、それらが露見しないようにいろいろと工夫します。しかしうまく隠し通したと安心できるのはつかの間です。悪事は必ず露見します。その不幸…
(53)なぜ殺してはいけないのか
<人類の歴史は流血の歴史です>
暴力を振るってはいけない、人を殺してはいけないというと、誰でも当たり前のことだと思うでしょう。なぜ殺してはいけないのか、なぜ暴力を振るってはいけないのかと…
(54)続・なぜ殺してはいけないのか
<殺意は無知から生まれる>
自分は殺されたくはない、という気持ちは、すべての生命が持っています。「私」を理解すれば、この論理は、簡単に理解できます。「私は殺されたくない」「幸福に、楽に…
(55)言葉は核燃料か
<感情混じりの言葉は核廃棄物です>
人間の言葉は、核燃料だと思ってください。核燃料だといえば、いちいち説明しなくてもおわかりになるだろうと思います。現在、我々が必要としている膨大なエネルギー…
(56)目的に向って一心にチャレンジ?
<失望しても、幸福は確保できる>
お釈迦様の信者さんにヴィサーカー夫人という裕福な女性がいました。小さい頃から家族が敬虔な仏教徒でしたので、彼女はお釈迦様の説法を聞いて、若いうちに、…
(57)悩みは自分の行いから
<人は知らず知らず悪い行いをする>
なぜ私の人生はうまくいかないのでしょう。なぜいつも何かトラブルが起こるのでしょう。あんなに気をつけていたのに、なぜ自分は病気になったのでしょう。精一杯…
(58)人は苦しみの原因に固執する
<社会に幸福はあり得るか>
社会一般に見られる苦しみについて考えてみます。今の社会は昔より大変すばらしいと考えている人々がいます。「いいえ、今より昔の方がずっとよかった」と言う人々も…
(59)どこまで他人に頼りますか
<心が清らかにならない行は修行にはなりません>
人は何か困ったことがあるとき、すぐ他人に頼りたくなります。普通の人生では、いろいろなことで他人に頼らないと生活は成り立ちません。ですから他人に頼ることは、悪…
(60)身なりで心が読める
<身なりを重視して中身を忘れてはならない>
身なりを整えることはとても大切だという考え方があります。見た目がいい加減であるならば、その人のことをあまり大切に思いたくないものです。社会のことを考慮。…
(61)快楽におぼれると
<仏弟子は気品高く生きるべき>
世俗的な快楽というものは、人の心を強くとらえるものです。たいていの人々は、快楽におぼれて生活しています。楽しむのはかまわないのですが、快楽におぼれると…
(62)工夫の達人たち
<心は放っておけば堕落する>
Sariputta(サーリプッタ) 尊者は『智慧第一』という仏弟子達の最高の位を授けられた、お釈迦様の一番弟子でした。『智慧第一』ということは天才的な能力を持っていたと…
(63)人は幸福に盲目です
<一般人の幸福論は差別的です>
人生を楽しみたい、楽しく生きていきたい、と人は誰でも思っているのではないでしょうか。わざと苦しんで生きる必要はないのですから、人生を楽しむべきものと考え…
(64)お洒落にかける人生
<身体は裏切りもの>
フェラガモ、ジバンシー、シャネルなどブランド服の'S'サイズが着られるほどのスタイルならうれしい。ナオミ・キャンベルさんみたいに細くて足が長ければ、最高…。しかし…
(65)楽のみを追うと苦を得る
<死を迎えたとき、自由な心で>
容姿について過剰に気にする必要はありません。美しくなるために神経を削ってがんばっても、美というのは個の主観であること、また、自分が「美」だと思うものも他人に…
(66)悟ったつもりは危険
<刺激に対する反応でこころの状態がわかる>
お釈迦さまの時代、欲におぼれた世俗的な生き方を厭い、清浄な心を育て解脱を体験したいと思って、あるグループが皆で出家しました。出家の目的を達成するために…
(67)説法は耳障り
<美も醜も同一のものです>
仏陀の教えがたとえわかりやすくて真理であっても、みんなに親しまれたわけではありません。違う信仰を持つ人に好まれないのは当然のことですから、それは問題に…
(68)文化遺産と心の遺産
<「値札」と「価値」が悪を呼ぶ>
エジプトのビラミッド、ギリシアのアポロ神段、奈良の法隆寺、日光東照宮、カンボジアのアンコールワット、インドネシアのボロブドゥール、イタリアのレオナルド…
(69)体のことしか考えられない
<智恵のない生き方はむなしい>
先月は日本中がオリンピック一色でした。同じ試合、同じ場面が、いくつものチャンネルで、何度も何度も朝から晩まで放映されることもしばしばでした。「○○さんが金…
(70)『知っているつもり』の苦しみ
<エゴと煩悩のメカニズム>
『知る機能』がこころですと仏教は定義しています。しかし「私はこころで何でも知っている」と思うようになったら、これは問題であると思います。仏教は、こころは正しく、…
(71) 社会が認めるのはどのような人か
<道徳が支える人生に後悔なし>
 人はどのように生きていればよいでしょうか。何か理想的な生き方というものでもあるのでしょうか。自分にぴったりと合う特別な生き方があるのでしょうか。間違った…
(72) 自分しか愛せない
<智恵のある人は自分を守る>
私たちは誰のことが一番好きでしょうか。誰のことを真剣に心配したり、気にしたりするのでしょうか。子供のこと、両親のことなどが思い浮かぶかもしれませんが、実は…
(73)守る気になれない道徳
<説得力を持たない道徳は無意味です>
 「悪いことはしてはいけません」「嘘をついてはいけません」「人をだましてはいけません」「怠けてはいけません」「他人のものを盗ってはいけません」…このような…
(74)何に頼れば安全ですか
<不安がこころの自由を壊す>
宗教というのは、何かを信仰して、それに頼って生きることだと言ってもそれほど間違いはないと思います。完全な自信を持って生きている人はほとんどないでしょう…
(75)仏陀の出現は幸福です
<祝福を行うWesak祭り>
5月7日の満月の日に、仏暦は2545年に変わります。テーラワーダ仏教徒にとって、この日は365日の中で一番大切な日です。この日1日、ほとんどの人々は修行に…
(76)なぜ私は不幸になるのでしょう
<不幸の原因は自分のこころの中にある>
私が不幸なのはなぜでしょうか。色々と努力しても、物事がうまくいかないのはなぜでしょうか。真剣に真面目にがんばっているのに、なかなか希望通りの結果には…
(77)仇敵のすみかは自己のこころの中
<知らず知らず自己破壊へ歩む人>
仏典に、マールワーという名前の蔓の話があります。種が大変小さく、風で飛んで、他の木の幹に粘着し、その木に寄生して成長します。木にマールワーの種が…
(78)「なぜ生命は不幸を目指すのか」>
<悪は善を装ってでも人を襲う>
楽しくて、やらずにおれない行為の危険性について考えてみましょう。我々が生まれつき、また本能的に、実行すれば楽しくなるような行為は、限定されているような気が、…
(79)「本物と勘違い」
<真実の道は地道に歩むもの>
風船、金銀モールなどの飾りは、他の何よりも先に目に入ります。派手に自分を演出していますが、実は何の価値もない、すぐゴミになるものです。金紙銀紙と違って…
(80)「無駄な責任転嫁」
<すべては自分の責任であった>
自己責任について、初期仏教の立場がどのようなものかについて、考えてみましょう。他人に対して責任を持ちなさいと戒めるのは簡単なことです。言う側にとっては、…
(81)「他人の為は『他人の為』か」
<災難は『主義』が起こす>
「他人の救いの為に努力する」ということは、ほとんどの宗教で尊い道徳だと思われています。皆のために頑張る、皆を幸せにしてあげる、世界を、人類を救済してあげる…
(82) 「どう生きればいいの?」
<曖昧に生きることを避けるための4原則>
 私たちは、どのように生きていけばよいのでしょうか。誰でも気軽に訊く質問ですが、簡単に答えるのは難しいと思います。この気軽な質問にお釈迦さまが示した一つの…
(83)「論より正悟」
<仏法は思考のゲームではありません>
「立ち上がれ、努力せよ、怠るなかれ」というお釈迦さまの言葉があります。お釈迦さまは当時の他の宗教家たちや観念的な理想ばかり語る夢想家たちと違い、目的に達…
(84)この世は泡沫です
<「ある」という苦と「ない」という苦>
「ものがある」と思うと、無限の苦しみが心に流れ込むのです。では、「ものがない」と思えば、幸福になるわけでしょうか? そもそも我々に「ものがない」と、そう簡単に…
(85)「人は皆、歌舞伎役者です」
<他を騙す行為で自分が騙される>
自分はきれいに演出しなくてはいけませんね。「自分が気楽でいたい。他人を気にして生きてなどいられない」と思って、好き勝手なだらしのない服装や、生活習慣などを…
(86)「ホンモノ」と「ニセモノ」
<中身を磨くか、うわべを飾るか>
 ホンモノとニセモノの違いはどこにあるのでしょうか。その判断を誤ると、ときにはたいへんな結果を招くことになります。 世の中にホンモノなんてあるのか、ニセモノ…
(87)「『釈尊の日』を祝う」
<仏陀の出現は至上の幸福>
 5月はテーラワ−ダ仏教徒にとって特別の意味をもつ月です。この月の満月の日(今年は26日)から、新しい年が始まるのです。西暦の場合はキリストの降誕が起点に…
(88)「後悔」は美徳ですか?
<非難の視線は自分に返ってくる>
 アングリマーラ尊者のエピソードは、これまでにも何度かお話ししました。アングリマーラ尊者はKosala王の相談役だったGagga大臣の息子として生まれました。生まれ…
(89)「病人は他人に薬を飲ませる」
<自己観察しなければ無知は破れない>
自由に空を舞う鳥たちに網をかけたら、その網を破ってもう一度自由になることは、鳥たちにもできません。一見強そうに見える鳥たちにも弱点があるようですね。人間に…
(90)空を飛んでみたい
<俗世間を乗り越える道>
子供たちは、自由に空を飛んでいる鳥たちを見るとうらやましくてたまりません。空を飛べればいいなあと思ったりして、頭の中でも空を飛ぶシミュレーションをして遊ぶの…
(91)道徳のバロメーター
<すべての罪は嘘に始まり嘘に終わる>
釈尊は、王様たちにも、知識人にも、道端の人々にも、尊い真理を語りつづけました。人の社会的な地位にあわせて真理を言い控えることはなかったのです。究極の…
(92)『与える』人は損をしますか?
<幸福に生きる秘訣>
Âlavaka(アーラヴァカ)という名の夜叉(神霊)がある日、釈尊に尋ねました。「どうすれば友達ができるでしょうか」。釈尊は、「与える者は、友達を作る」と答えられました…
(93)人の認識はあべこべです
<目指すべきは意識革命>
知っていますか? 人々は本当に価値あるものに価値がないと思い、価値がないものに価値があると思う。評価すべきものは評価せず、批判すべきものを賞賛する。…
(94) 賢者の言葉は簡単です
<仏陀は誰もが理解できるように語ります>
釈尊の教えは、簡単でわかりやすいと誰もが思っ ています。残されている経典を読んでみると、ほと んどが、とても合理的であることがわかります。仏 教を勉強する…
(95) こころの檻を壊す
<欲を絶つと能力は無制限>
仏陀の智恵は人間の知識でははかりしれないものです。仏陀の悟りの境地も、言葉で表現したり、知識で理解したりできるものではありません。悟りを開いてすぐ、釈尊…
(96) 仏陀は皆に好かれる
<人のエゴは幸福を壊す>
『好かれる』という言葉の意味を、我々はよく知っています。他人に好かれたくないと思う人はいないと思います。むしろ、皆に好かれる方がありがたいのではないで…
(97)人生には暇はない
<真理に出会うチャンスはまれである>
人はのんびり生活したいと思っているものです。仏教は、人にのんびりする暇はまったくないという立場をとっています。のんびりするというのは、どういう意味でしょうか…
(98)一言で知る仏教の全て<1>
<釈尊もインスタントの方が好きでした>
私たちは何でも、簡単にインスタントに理解したがるものです。分厚い本などを何年もかけて勉強したり研究したりして理解するよりは、「この一冊で全てが分かる本」を…
(99)「不朽不滅の勝利」
<仏陀に替わりうる指導者はいない>
この世で初めて完全なる悟りを開き、すべての生命に平安への道を解き明かされたお釈迦さまをお祝いするウェーサーカ祭(本年は西暦の5月16日)がやってきました…
(100)一言で知る仏教の全て<2>
<平等主義とは忍耐のことです>
「釈迦は何をおっしゃっているのか。言っていることがさっぱりわかりません」というのが、ほとんどの人々の感想です。その気持ちはわからないでもないのですが、…
(101)一言で知る仏教の全て<3>
<まさか、宗教も問題児?>
最近このように質問されたことがあります。「人間に平和と安らぎを教えるはずの宗教が、互いに争っているように見えます。それがどうしても理解できないのです。この…
(102)明日を楽しめる保証はない
<まだ欲しいのに賞味期限は切れている>
貴方は、どれくらいお金があれば充分満足しますか。どれくらい健康で体力があれば満足しますか。どれくらい美しければ充分だといえるでしょうか。これらは、誰にも…
(103)お守りは不安の泉
<理性を育むと迷信は消える>
世の中に、お守りは色々あります。お守りは、学問成就、無病息災、商売繁盛、家庭円満などを約束しています。学問成就、無病息災、商売繁盛、家庭円満などは、…
(104)自由という幻覚
<人生の行方は外からの影響で決められる>
人間という生きものは、何一つ、自分ひとりの力だけですることはできません。たったひとりの努力だけで何かをやり遂げようではないかと、余計な見栄を張って踏んばら…
(105)幸福がこぼれ落ちる理由
<凡人は不幸を幸福だと定義する>
幸福というのは、いったい何なのでしょうか。楽しみ、しあわせという場合は、何を意味するのでしょうか。愉快、快感、極楽のような言葉を使うときは、一時的な気持ちを…
(106)手に届かぬ自由
<学ぶなら、完全な人から学ぶ>
「私たちは自由な人間だ。もっと自由になりたいのだ」と思っているでしょう?しかし、本当はそうではありませんね。本当は自由でもないし、自由になることもできません。…
(107)戦争は愚か者の見せ場です。
<戦争には正当な理由は成り立ちません>
釈迦族とコーリヤ族の間で争いが起きました。釈尊は釈迦族の人で、妃であったヤソーダラー夫人はコーリヤ族の人でした。両国とも、ローヒニー川の水で農業を営ん…
(108)逃げる幸福
<ものに頼る幸福は、人を裏切る>
必要な順番で言えば、まず、食べるものだと思います。食べるものには何の心配もない、どんな高価な食べ物でも簡単に手に入るというのであれば幸せでしょう。次は服…
(109)敗退に気づかない勝利者
<幸福を逃がす、競争の原理>
競争の原理は世界の原動力 です。競争を地軸にして、我々は生きています。競争し ない生き方なんか、そうそう はできない。幼稚園に行く前 にも、子供は「勝った、…
(110)苦は幸福の面を被る
<欲と怒りは幸福を燃やし尽くす>
人間には楽しいことはいくらでもあります。美味しいものを食べることは、人は誰でも第一に楽しむことです。より美味しく食べるために、人間はあらゆる工夫をします。…
(111)「完全智者の現れに因んで」
<悟った人には何の疑も存在しない>
 2004年5月5日は、仏暦2548年の元旦です。釈迦牟尼仏陀の降誕・成道・涅槃という、最聖なる出来事をお祝いする、仏教徒においてはこの上のない吉日です。…
(112)苦行と修行は違うもの
<悟るためには身体の安定も必要です>
お釈迦さまの在世当時、アーラヴィ地方にある貧しい村人がいました。世俗的な財産にそれほど恵まれてなかった割に、性格も頭も良い人でした。舎衛城に住んで…
(113)比丘出家儀式の後のご法話・他
<ダンマラーマ比丘の話>
 お釈迦さまが涅槃に入られることを宣言された時、あらゆる比丘たち大阿羅漢たちが釈尊に最後の挨拶をするため伺いました。比丘たちばかりか、諸国の王様たちを…
(114)一番を目指して生きる
<「最高」の論理的な定義>
 一般的に我々は、何か気に入ったものがあれば「これは最高だ」と、軽い気持ちで言います。それは単なる感情表現で、それほど深い意味はありません。英語を使う…
(115)忙し自慢で苦を覆う
<幸福に生きるための査定プログラム>
 人には楽しく生きる暇は、全くありません。というよりは、自分の人生をできるだけ複雑にして、必要である用事も必要でない用事も、その上自分に関係ないことも背負…
(116)個人という囚人
<自由のない生き方は最大の苦難です>
 人の顔色を窺って自分の生き方を決める。これは、ほとんどの人の生き方です。人は自分の好き勝手で生きることはできない。他人の協力が必要です。一緒に生活し…
(117)つきあう前に人を選ぶ
<人間関係は知人と友人を選ぶことで始まる>
 …人間は他人から何でもかんでも教えてもらう。教えてもらわないと何もできない。「教えてもらいなさい」というのは、人間の宿命です。しかし、何でもいいから教えて…
(118)好きな生き方は悪魔のご褒美
<好き嫌いに操られない人は幸福です>
「好き」という言葉があります。誰でも「好き」という言葉は好きですが、油断のならない厄介な曲者です。好きなことをしたい、好きなものを勉強したい、好きな食べ物を…
(119)好きな生き方が招く危機
<好みに執着すると精神病になる>
「好き」という問題の、もう一つの側面を考えてみましょう。好きなものがあれば幸福を感じる。好きなことをして生きることができれば、恵まれていると思う。好きなものを…
(120)好きを追って、不幸にたどり着く
<実用主義者は好き嫌いに悩まない>
「好き」なことだけをやって生きていられるならば、それは最高に幸せだ、恵まれていることだ、と一般的に誰もが考えるのです。好きではないことをやらなくては…
(121)表は「好きと愛」、裏は「悩みと恐怖」
<世界が変わっても苦しみは消えない>
「好き」と言っても、意味はいろいろです。「好き」と言うときは、人の気持ちを表しています。普通、人は誰かを好きになります。また、何か物を好きになります。さらに、他人…
(122)美しく燃える欲の炎
<性欲は危険と苦しみにかぶる目隠し>
「好き」という人間の感情について、続けて説明したいと思います。この概念を明確に理解すると、生命のからくりが明らかになるのです。「好き」と言えば、反対に「嫌い」と…
(123)仏陀が発見された真理ー渇愛
<ものごとに納得いかないことで、苦しみが続く>
時代が変わっても場所が変わっても、決して変わらない真理、すべての人種に普遍的に当てはまる真理を、お釈迦さまが二千五百年前に発見されて仏陀となられたの…
(124)他人に好かれる道
<人の目を気にする人は、嫌われる>
人の様々な「好き」について語ってきましたが、今月は他人が自分を好きになるということについて、考えてみましょう。他人に好かれることは、決して悪いことではありま…
(125)解脱は理解できない
<仏教徒は、仏陀の道を歩んでいるのか?>
涅槃は仏教が語る最終的な境地です。その境地を目指して仏教徒は修行してきたのです。しかし現代においては、仏教徒が皆その涅槃を目指して励んでいるのかは、…
(126)皆に好かれる人間になりたい
<仏陀が説かれる正しい好かれ方>
人に好かれることは、人間にとってはとても必要なのです。好かれる人は、楽しく生きていられます。頑固でわがままな人は、「私は人に好かれても、嫌われても一向に…
(127)怒りは心の自動発火装置
<怒りは簡単に消えないもの>
今月から、怒りについて考えてみたいと思います。怒りは良くないという話は、嫌になるほど聞いておられると思います。「その話は聞き飽きた」と思われるでしょう。実は…
(128)人生のプロドライバーになる
<怒る人は多重に損をする>
自動発火する怒りは、人の道徳も幸福も生きる楽しみも、燃やしてしまうのです。怒りの種火が起きたら、急速に怒りの炎が燃え上がるのです。怒りは火に喩えられて…
(129)怒りに慈しみで勝つ
<世間論に従うと敗北する>
仏陀の教えは慈しみと智慧という二本の礎の上に築く、解脱(涅槃)という究極の幸福・平安に人を導くものです。この教えはただ解脱を目指すのみで、現代人の生き方に…
(130)死後は天界を目指す
<常識的な人間が天国に赴く>
死後だれが天界に生まれるのでしょうか? ほとんど興味が湧かない質問でしょう。皆死後成仏するでしょうと日本文化では包括的に思われているようです。そうすると…
(131)幸福と祝福 NEW !!
<苦は楽だと勘違いしないための仏陀の智慧>
 新年を迎えることになりました。皆様方に三宝のご加護がありますようにと、また真理の力により幸福に満たされますようにと祝福いたします。 人は誰でも「おめでとう」…
(132)釈尊のもう一組の両親
<親との絆は遺伝的ではなく、精神的です>
 釈尊がサーケータ町のアンジャナワナという森に泊まっていたときの話です。サーケータ町に托鉢に出掛けました。その町に住んでいたバラモンの老人が、家を出よう…
(133)心は無停止
<絶えず汚れが生まれるので、修行に休憩なし>
 注意深く気にするべきものは心です。といっても皆、苦笑いしてこのアドバイスを無視します。人にとって、肉体だけが何よりも価値のある大事なものです。肉体のため…
(134)自分のことを棚に上げる
<己を観ずに他人を観て、不幸を招く>
 人間は二種類います。(1)他人を批判する人 (2)他人を賞賛する人 です。こんなに簡単に二分化できるとは思いませんが、少々考えてみましょう。(1)他人を批判する…
(135)躾と行儀作法は正しいと言えますか?
<変遷する社会に適した道徳>
 お釈迦さまの出家弟子たちの中に、六人の不良グループがいました。不良といっても、戒律を犯したり、仏陀の教えを認めなかったりしたわけではありません。比丘とし…
(136)臨終の時の説法
<死をごまかして不幸になる>
 舍衛城に肉屋さんがいました。牛を屠殺して肉を売って生計を立てることは、彼の一生の職業でした。この人も肉を食べるのが好きで、毎日の食事に肉料理は欠かせ…
(137)小さな善から始まる
<一日で善人にはなれません>
 人間は、面白い性格を持っています。難しいことを喋ると、「難しくて嫌だ。簡潔に言えないのか」と思う。簡潔に言うと、自分の知識能力を軽視されたような気がして嫌に…
(138)身から出た錆
<僅かな刺激でこころは汚れる>
 舎衛城(Sâvatthî)に住んでいたある人が出家してティッサという名前で呼ばれるようになりました。彼は地方に行って雨安居に入りました。三ヶ月の雨安居の終わりに…
(139)錆びるときは、人生も錆びる
<こころの汚れは、人生の錆です>
 こころの汚れ(錆び)について続けて考えてみましょう。「生きている」ということの意味はこころが働いていることです。肉体はただの物体なのです。しかし、この肉体の…
(140)無明は最大の錆
<こころ次第で何にでもなる>
 今月も錆の話を続けます。「人生の錆び」は色々あるから覚えておけば役に立つのです。錆びない輝かしい生き方が出来るようになるのです。我々は身体(肉体)の…
(141)善人はつらいよ
<一攫千金の道は危険>
 恥じらいの気持ちを持たず、何でもやれる人なら、高収入を得て生活することは難しくありません。短時間で汗を流さず大金を獲得する近道というならば、詐欺、人…
(142)守りにくいから、戒という
<人格者への道はまず道徳から>
 在家信徒が五人いました。この五人は戒律を守り修行をすることに励んでいました。戒律といえば、沢山あります。一人に全部守ることは難しいのです。この五人は…
(143)祝福論
<祝福は迷信ですか?>
 互いに祝福や挨拶を交わす時期になりました。我々は習慣に則って新年の挨拶をします。でも、それに何か意味があるかどうかはそれほど気にしません。挨拶を交…
(144)他人の幸・不幸が自分の悪業になったら
<批判ばかりする人のこころは悪思考で満杯>
ホラ吹きティッサの話 : お釈迦様の時代、舎衛城でのエピソードです。舎衛城には、アナータピンディカ居士、ヴィサーカー夫人といった大富豪の敬虔な仏教徒達が…
(145)ブッダにも躾出来ない人
<悟りを妨げるのは人の習性>
釈尊は一切生命の偉大なる師です。神々も梵天も教えを請う「天人師」です。ただの師ではありません。人々を涅槃へと、幸福へと導く、この上ない能力を持つ「無上…
(146)悪人が他人を批判する
<人間には判断能力がついていない>
花は香りと一緒に生まれ、皆に喜びを与えるもの。生命はその反対をしています。香りを持って生まれるわけでもないし、周りに必ず喜びと幸福を与えるという約束が…
(147)最勝者はお釈迦さまです
<ブッダは全面的に信頼できる>
ブッダは論理的に立証しながら真理を語られました。理解も納得もしないまま、知らないものを信じることは、理性のある人間にとってよくない行為だと説かれました。もし…
(148)空に足跡なし
<現象に対する無執着は解脱です>
ブッダの教えに基づくならば、人の疑問に答えるのはそれほど難しいことではありません。疑問に思うもの、自分で解決できないもの、悩んでいるものなどは仏教に尋ね…
(149)思考さえも自由にならない
<人間皆バイアスを持っている>
マスコミのワイドショーなどは、この世で起こる色々な出来事の真相究明に必死です。犯罪容疑で人が逮捕されると、その人が何をやったかと、きめ細かく報道し…
(150)口から漏れる放射能
<言葉は注意して使用する道具に過ぎない>
言語は人間固有のものか? 我々は、言語を使えるのは人間だけだと思っています。言語というのは長い歴史の間、徐々に発展したものです。多数の単語とその単語…
(151)真言の力は比類なし
<法を知るとは、知識から体験へ進むこと>
まずエピソードからはじまります。お釈迦さまの時代、一人の比丘がいました。彼は仏法をほとんど学んだことはなかったのです。しかし、ひとつの法門だけ聞いて、…
(152)「虚ろな老いぼれ」と「年長者」
<無為に年を重ねるよりも徳を重ねること>
三十人ぐらいの比丘たちが森の中で修行していました。もう一度法を聴いて、修行のアドバイスを受けて至らないところを改めたいと思った比丘たちは、お釈迦さまに会い…
(153)人の価値を決めるリトマス試験紙
<売り込み能力に惑わされないように>
あなたのとりえは何ですか? あなたのチャームポイントは何ですか? 何もないと返事せざるを得ないならば、とても寂しいものですね。本当に何のとりえもないと思っ…
(154)形の出家と心の出家
<道は世間に合わせることではありません>
出家(僧侶)には定められた生き方があります。俗世間的な生き方をしてはならないのは当然のことです。では出家に定められた生き方とは何なのでしょうか? 僧侶…
(155)托鉢は乞食行ではありません
<真理に達することで比丘になる>
 出家した仏弟子たちのことは比丘と言います。それはパーリ語でbhikkhuです。サンスクリット語では、bhik2uです。サンスクリット語のbhik2という語根の意味は、施しをi…
(156)沈黙行とは黙ることではない
<仏道とは聖なる沈黙行なのです>
  お釈迦様のことは釈迦牟尼仏陀と言います。今月は、この「牟尼」という言葉について話してみます。Muni とは、仙人、聖者という意味です。仏教はこの単語をこの…
(157)人は名前に勝るべき
<仏道は品格にすぐれた生き方>
 ある日、お釈迦様が舎衛城の北の門から托鉢にでかけました。北の方の川には、魚を捕って生活している漁師がいました。この人に悟りに達する能力があることを…
(158)達成感を味わう過程
<理性ある人は少々の達成感では足を止めない>
 道徳・戒律の話を持ち出しただけで、世は仏教を「嫌なものだ」と感じてしまいます。逆に、「短い命だから、楽しく生きようじゃないか」と言われたならば、「待ってました、…
(159)ブッダは宗教の革命者
<すべてを知りたい人は仏教を知る>
 今月はテーラワーダ仏教徒がお釈迦さまの誕生と成道と般涅槃を祝う月です。要するに、世に仏教が現われたことを祝うのです。人類に初めて智慧の眼があらわれた…
(160)正しく生きる道は一つしかない
<微笑みが絶えない八正道>
 生きるということは、「生きる」という言葉どおり、止まっているものではなく、機能なのです。行為です。動きです。瞬間とも、「止まる」ことはありません。生きることに限ら…
(161)無常とは最高の福音
<無常に逆らうことが悩み苦しみの原因です>
 無常という言葉を言うと、「当たり前のことだ」という反応が決まっているのです。無常とは誰でも知っている、面白くもない言葉のようです。「ブッダが無常を語る」と言う…
(162)生命の創造者は苦である
<苦を知る人こそ苦を乗り越えられる>
 「諸行は苦である」とは、有名なブッダの言葉です。正真正銘のブッダの言葉ですが、素直に受け入れられる言葉ではないと思います。そんなことを言われても、いろ…
(163)魂は巨大妄想の産物である
<仏教の無我は因縁論です>
 今月は、無我とはなんですか、ということを考えましょう。おそらくみなこの言葉を「われがない」という意味で理解するでしょう。そうなると、「なんだこれ?」という気持ち…
(164)悟れないのはなぜ?
<こころに「怠け」という病がある>
 お釈迦様に真理を語られているのに、誰にでも簡単に実践できるように明確に指導されているのに、お釈迦様の教えに誰でも簡単に納得できるのに、語られたものが・…
(165)安らぎへの道は険しくない
<安らぎへの道は険しくない>
 テーラワーダ仏教を実践する人々に共通する特色があります。それは、「仏道の実践はとても難しい」と思っていることです。解脱に達することなど、今世では「夢の…
(166)空虚な知識人
<人の中身とは解脱の智慧である>
 仏教は信仰の宗教ではなく、智慧の宗教です。仏教徒は物事を信じるのではなく、理性をもって物事を観察するのです。経典を読んでみると、信仰を勧めるところは…
(167)樹を残し森を伐(き)る方法
<組合をつくるから煩悩は怖い>
 「森を伐採せよ。しかし、樹を伐
(き)るなかれ。」これはお釈迦様のお言葉です。もし誰かが入れた言葉であるならば、無視することはできますが、この言葉はれっきと…
(168)実践法の向きと不向き
<冥想指導は簡単なものではない>
 お釈迦様から直々(じきじき)、説法を聞いて指導を受けた人々が、かなり速く最終解脱に達したというエピソードはたくさんあります。経典に記されたところによると、…
(169)計画的に生きる
<理性があるなら捨てられる計画を立てる>
 私たちには、明確な計画を立てないで生きることは難しいのです。しっかりした計画があれば、しっかりと生きることはできます。ですからわれわれは、幼稚園の時から…
(170)安心という幻想
<命は不安で成り立っている>
 人間は何も持たずにこの世に生まれる。それから、この世にあるものはすべて自分のものにしようと努力しながら生きて、結局は何も持たずに死んでゆく。それでも、…
(171)不退転の仏道
<ウェーサーカ祭への祝辞>
 仏教徒の新年 釈迦牟尼ブッダは、神々と人類に、幸福と平和をもたらすために、この世にあらわれました。ブッダの出現に勝るおめでたい日はないのです。まず…
(172)安全第一
<保障がないと人生は心配>
 「安全第一」。このスローガンを初めて目にした時、意味がよく分からなかったのです。''Safety is numberone'' とそのまま英語の単語を入れても、何の意味も持たない…
(173)苦労しないで楽に達する道
<大楽を得るために小楽を捨てる>
 少量の幸福を捨てることで、大量の幸福を実現できる見込みがあるならば、少量の幸福を捨てるものだと、お釈迦様が説かれています。この方程式は仏教独特な…
(174)憎しみを生きる力にしないこと
<幸福を目指す人は敵を慈しむ>
 戦争、テロ行為、経済制裁、抗議活動、暴力、おどし、脅迫、いじめ、侮辱、非難、殺し、喧嘩。これは現代人が何かの目的に達するために使う手段のリストです。国…
(175)やるべきことを妨げる、やりたいこと
<感情で生きる人生には理性の出番がない>
 すでにご存じのことかもしれませんが、私たちは世の中のことを何でも、三種類に分けてみるのです。その三つとは、(1) 好きなもの、気に入るもの。(2)嫌いなもの…
(176)解脱は大革命です
<解脱に逆らうこころの葛藤>
 たとえ仏教徒であっても、解脱をしたいと真剣に思う人々は少ないのが事実です。これを言うと、必ず仏教徒の反感を買ってしまうのです。それでも解脱を真剣に目指…
(177)昏睡状態から目覚めて生きる道
<清らかなこころは最強のお守りになる>
 仏法僧に帰依している人は、呪文のごとく常に「ブッダに礼拝しますnamo(ナモー) Buddhâya(ブッダーヤ)」、「法に礼拝しますnamo(ナモー) Dhammâya(ダンマーヤ)」、…
(178)隣の芝生は確かに青い NEW !!
<不満を増やす妄想の悪循環を破る>
 隣の芝生は青く見える。このことわざは、我 々の生き方を表しています。自分が持っているものではなく、持っていないものに対して未練を感じる、羨ましくな る心理…
 (179)愚者は尊敬を期待する
<エゴを無くすことが尊敬に値する>
 お釈迦さまが住んでいた国から遠く離れたマッチカーサンダという地方に、チッタ(citta) という居士がいました。彼は在家信徒の中で智慧の第一人者でした。お釈迦さま…
 (180)お釈迦様と効率主義
<ブッダに気付かれることほど名誉はない>
 こころ清らかな人は、たとえヒマラヤ山脈の奥地のような遠いところに居ても(そばにいる人のように)簡単に分かります。しかし欲に眩んでいる人は、夜に放たれた矢の…
 (181)修行は独りでおこなう
<独居修行とは精神の自由>
 独りぼっちになるのは嫌なものですね。歳をとって、体調も悪くて、田舎で独り住まいするようになったならば、なおさら心配することでしょう。若者にとっては、一人暮…
 (182)名声の落とし穴
<ブッダは非難を名声に変える>
社会の名声を受けることが一概に喜ぶべきこととも言えないのは、必ず危険が伴うからです。お釈迦様の名声は、伝道活動を初めて間もないうちに広まりました。…
 (183)人類の宗教
<ウェーサーカ祭にちなんで>
 医学の研究者たちが作る薬や治療方法などは、人類に適用できるものです。ある特定の民族にだけ効く薬はありません。科学研究者たちが発明する機械なども、人類…
 (184)聖職者も安全ではない
<まことの聖職者はこころを清らかにする>
 ダンマパダの註釈書に、このようなエピソードがあります。ある日モッガッラーナ尊者とラッカナ尊者が霊鷲山を降りてきました。その時にモッガッラーナ尊者が、体が…
 (185)仕事とはどんなもの?
<盗取受用の話>
 地球上に生きている全ての生命のいのちは、地球と太陽の恩恵によって支えられています。地球は生命誕生に適した環境に徐々に変化していったので、生命が現れ…
 (186)不倫とはどんなもの?
<仏教から見る性行為の話>
 アナータピンディカ居士の甥のケーマカは評判の美男子でした。その人が視界に入っただけで、女性たちはメロメロになって、礼儀作法も忘れて、頭が性欲に支配され…
 (187)なぜ皆、覚らないの?
<仏道の軌道修正の仕方>
 ある一種類の茅草がインドにあります。クサと言います。葉は2、3センチくらいの幅があって、長さが1メートルくらいになります。葉の両側には細かい棘の役割を果た…
 (188)人生の選択
<意志を管理すると正しい選択ができる>
 生きることは行為である  生きる、生きている、という言葉を使うとき、我々は何を意味しているのでしょうか。生きていると自称する場合、具体的に何をやっているのかと…
 (189)夢想家ですか? 現実家ですか?
<人生の無駄を省く方法>
 “Khazo vo mâ upaccagâ”. これはお釈迦様により語られた、大変に意味深い言葉のひとつです。この瞬間を見過ごすなかれ、という意味です。仏教の世界では、人を…
 (190)恥と怖れ
<世界の平和を保つ二つの心理>
法句経の注釈書にこのようなエピソードがあります。ある比丘たちが托鉢に出ました。その時、ジャイナ教の修行者たちも托鉢に出ていました。ブッダの弟子たちは街に…
 (191)〜新年の祝福の言葉〜
<最高の幸福を目指して>
三宝のご加護により今年も幸福でありますようにと、皆様に祝福いたします。新年と人生の節目節目に、祝福して祝うことは世の中の常識です。性格の悪い人であって…
(192)ブッダと仲良しになった子供たち
<道徳の勘違い>
ダンマパダの注釈書にある因縁物語から始めます。お釈迦様が祇園精舎に住んでおられたときのこと。他宗教の家族の子供たちと、仏教徒の家族の子供たちが一緒に…
(193)最前線に立つ戦象
<逆境に対応するブッダの方法>
注釈書のお釈迦様と経典のお釈迦様
 お釈迦様には、すべての人間を乗り越えた能力と智慧がありました。梵天と天界の神々も乗り越えていたので…
(194)高級な乗り物の選び方
<自己制御は最高級な乗り物>
「こころの重石」  ある日のことです。インドのアチラワティ河岸で、ひとりの象使いが象を調教していました。頑張っても頑張っても、象さんは調教師の期待通りに反応…
(195)覚りをひらいてから2600周年
<智慧の太陽で無明の暗黒を破る>
・世界は変わる  お釈迦様が覚りをひらいて二千六百年も経ちました。お釈迦様を師匠として崇めてその教えを実践する人々にとって、たいへん尊い記念日であることは…
(196)我が子よりは杖の方が助かる
<親孝行は人間のモラルです>
・東日本大震災によって、多くの人々の全財産が跡形もなく消え去ってしまいました。あまりにも甚大な被害だったため、人々には怖がったり悩んだり落ち込んだりする…
(197)食事と解脱の関係
<食べ物はこころを清らかにするのか>
・今月は生命のいのちを繋ぐ栄養について考えてみましょう。生命を維持するために、四種類の栄養が必要です。一つ目は食べ物・飲み物などの物質です。残り三つは…
(198)出家は自由か束縛か 
<自己を戒めて自由になる>
・ブッダの真の神通力  お釈迦様の説法を聞いて納得いかなかった人は、ほとんどいませんでした。はたから見ると、お釈迦様が自分と話した人をみな、三宝に帰依する…
(199)生きるという泥沼
<自力で這い上がるべき 生きるという泥沼>
*泥に足を取られたボス象  コーサラ国王の象軍にパーヴェッヤカという名前の象がいました。彼はただの象ではなかったのです。他の象よりも巨大な体格で、…
(200)苦しみをつかさどる執着
<善友がなければ独りで住む>
【執着】 仏教を学ぶ場合、必ず耳に入る用語です。執着は捨てるものです。執着から完全に心が自由になった状態は、涅槃・解脱と言うのです。ということは、仏教を…
(201)いったい幸福とはなんでしょうか?
<簡単に幸福を実現できる方法>
願望実現に必要な「言葉の定義」「幸福でありますように」「平和でありますように」などの祝福文句はよく耳に入ります。何となく分かったような気がします。こうした…
(202)覚者は遺言をしない
<不放逸は最期の言葉>
*ブッダに「握りこぶし」はない*   お釈迦様の遺言をご存知でしょうか? 四十五年間休むことなく、八十歳になってマッラ族のウパワッタナ園の沙羅双樹下で涅槃に…
(203)私は生まれ変わりますか?
<渇愛に気づけば輪廻が分かる>
*輪廻を認めない理由* 「輪廻」は仏教を学ぶ上で避けて通れない概念の一つです。しかし、よく理解されている概念というより、けっこう虐められている概念だと言っ…
(204)苦しみの泥沼
<邪見の構造>
*悪の存在をめぐって* なぜこの世に悪が存在するのでしょうか。人間の心に始めから悪があるのでしょうか。心は本来悪ではないが、後に悪に染まってしまったの…
(205)なぜ悪があるのか
<悪が「生きること」を監禁する>
*悪は苦をつくる* 哲学や宗教では、悪について色々複雑なことを考えます。しかし納得が行く結論にはなかなか達しません。今回は他の思想と比較することを止め…
(206)苦に脅迫されて輪廻する
<楽は少なき苦は多き人生>
*存続するための栄養* 身体の機能はどのようになっているのかと考えてみましょう。我々の身体は、絶えずエネルギーが入らないとたちまち壊れて死んでしまう…
(207)恐怖の大海を渡る
<罠にかかった人生>
*怖い* 私は怖いのです。とても怖いのです。何が怖いのですか? そう訊かれても、よくわからないのです。とにかく怖いのです。何が怖いかと訊かれたので、…
(208)こころは転落しやすい
<解脱するまで人生は矛盾>
*楽を目指して苦を求める。 「生起する性質の物事に対して厭悪(飽き飽きする、嫌になること)するものが、生起から離れようとして、生起する性質のもののみを探し…
(209)世間の自由VS.仏教の自由
<苦しみは束縛によって生まれる>
*刑罰と人間社会  刑罰は人間の社会にとって必要なものでしょうか。群れで生活する動物たちのなかでも、刑罰に似たような現象が見られます。群れの決まりを…
(210)自分が作った網に自分でかかる
<苦しみとは、身から出た錆>
*仏教思想と罪の概念  宗教は「罪」という言葉を中心として自分の教えを拡げますが、仏教は「執着・束縛」という言葉を中心に真理を語るのです。…
(211)心を打ちのめす時間
<執着がなければ苦しみもなし>
*時間は存在するのか  「時間がある」「時間がない」などのフレーズは、日常よく使います。この場合、時間とはどのような意味でしょうか。時間は、ある・なしで…
(212)妄想はなぜ悪いの?
<思考・妄想は煩悩の産物>
*「思考と妄想を停止するように努力してください」と、ヴィパッサナー実践方法を説明するとき、私は強調して言っています。これは皆様がよくご存知だと思います。他方…
(213)覚ったらどうなるの?
<智者の心の中身>
*涅槃とはどんな境地? 仏道を完了した人はどのような人間になるのかと知りたい、という気持ちは皆にあります。五根から入る情報によってつくりあげた知識を駆使…
(214)なぜ唯我独尊?
<一切智者の意味>
*ある日、お釈迦様は次のような獅子吼(大胆な勝利宣言)を発せられました。「私はすべてのものに打ち勝ちました。すべてのことを知りました。すべてのものごとに…
(215)優勝を決める方法
<世論と仏教の対立>
*神々の議論 まず神話的物語から今月の話を始めます。三十三天の神々が、ある話題を作ったのです。与えるという行為の中で、何を与えることがすべての…
(216)財産とは正しく使うもの
<財物に対する執着は精神の病>
*財産をどう捉えるか? 今月は財産について、お釈迦様の教えを紹介したいと思います。
 お釈迦様はこのように説かれます。…
(217)与えるという行為
<施しは修行の一部>
*施しと仏教 施しに対する、仏教の立場は如何なるものでしょうか? 現代仏教では、「施しこそ仏教の修行」だと言えるくらい、宗教活動が施し中心になっているのです…
(218)竜巻の真っ只中に生きる
<危害を減らすために理性が必要>
*竜巻のたとえ 竜巻とは怖いものです。屋根や車を巻き上げて、振り回したあげく、叩き落とすのです。竜巻の通る道は、破壊の道です。残るのは瓦礫だけ。観光し…
(219)ブッダに帰依する
<信仰と帰依の違い>
*お釈迦さまの降誕・成道・般涅槃を祝うウェーサーカ祭がやってまいりました。今年は仏紀二五五七年になります。年号の数え方は般涅槃を元年にしているので、…
(220)操縦不可能な命
<智者は自己制御をする>
*制御不可能 私たちは自分の人生をしっかりと管理しているつもりです。しかし本当に管理できているのでしょうか。人間の管理能力は人生を管理するところには及ば…
(221)自己破壊を招く「おしゃべり屋」
<正しく語ることも修行のひとつです>
■ 白鳥と亀の悲劇  必ず一度くらい聴いたことがあると思いますが、今月の話は一つの有名な逸話から始まります。昔、ヒマラヤ地方のある池に亀が棲んでいました。…
(222)真理と事実
<事実を知ること、真理に達すること>
■ 集中砲火を浴びる「真理」 Satyam eva jayate とは、インド文化でよく親しまれているスローガンです。真理のみが勝利を得る、という意味です。あらゆる不公平な、…
(223)小さな火種
<悩み苦しみは不注意で拡大する>
● 数えきれない悩み  人間が抱えている問題や悩みなどは、数えきれないほどです。時代とともに消える悩みもあるし、新たに現れて追加される悩みもあるのです。…
(224)托鉢と施しの文化NEW !!
<清らかな乞食とみじめな乞食>
● 今月はbhikkhu という言葉について考えてみましょう。この言葉はもともと「乞う」という意味です。Bhikkhu は名詞なので「乞う人」という意味になります。乞う場合は…
(225)慈しみと涅槃の関係
<慈しみの二重構造>
● 慈悲とヴィパッサナー  今月は慈悲について考えてみましょう。お釈迦様の実践は『慈悲の実践』と『ヴィパッサナー実践』という二つで成り立っているのだと、皆様…
(226)ひとが持って生まれる能力
<毒にも薬にもなる思考>
● 生き延びる力  生命には、生き延びるために生まれつき何かの能力が付いています。生き延びるためには、食べ物を探すこと、敵から身を守ること、安全な住処を…
(227)ブッダの脱獄計画
<秘密の鍵は「観察」です>
苦の常識 仏教は、生きることは苦だと言うのです。お釈迦様が発見された四つの真理の一番目は、苦聖諦です。聖という形容詞を付けているのは、これは一般の方々…
(228)生きているのに生きることを知らない
<生きるとは感覚依存症です>
何かとよく分からない「生きる」という行為 生きる」ということは、人間にとって最大のテーマです。しかし、どのように生きるべきか、どの生き方が正しいのか、などの…
(229)輪廻は激流です
<完全な安らぎは仏道にあります>
依存した生き方 今月の話は、先月の話の続きです。先月の法話では、生きるとは眼耳鼻舌身意に色声香味触法がふれていくこと以外のなにものでもありません、と…
(230)輪廻は激流です
<仏道は完全に説かれています>
修行の順番 まず先月の話の筋を思い出してみましょう。智慧が無ければサマーディは現れません。サマーディが無ければ智慧も現れません。矛盾に感じるこの…
(231)ウェーサーカとは花まつり
<花はこころを真理に目覚めさせる>
成功することが楽しい 五月はウェーサーカ祭の月になります。ウェーサーカ祭とは釈尊祝祭日です。お祭り好きな仏教徒にとっては最高にありがたいお祭りに…
(232)心を読む能力
<身体が心をあらわす>
心を読む能力 ひとが何を考えているのかと分かりますか? ひとの心を読めますか? 読心術に興味はありますか? それについて、今月は考えてみましょう…
(233)修行とは自分に出会うこと
<社会は自分を育てません>
農夫の物語 ボロ服を身にまとい、一本の鋤 すきを担いで、あちこちで他人の田んぼを耕して日払い労賃を貰って生計を立てている極貧の農夫がいました。その人の…
(234)喜びに満たされる心
<人格向上の栄養剤>
喜びがなければ何も始まらない 心の成長には喜びが必要です。心が喜びを感じないならば、成長することができず、そのままの状態で変化してゆくのです。その…
(235)知識と智慧の違い
<知識は苦の原因、智慧は安穏の原因>
正自覚者の意味 仏教は智慧を推奨する教えです。ブッダという言葉は、智慧に達した人という意味です。お釈迦様にブッダ(Buddha)と言うのです。解脱に達する…
 (236)聖者になる道
<修行者は不可能を可能にする>
バラモンに達する道 今回の経典は、簡単に読めるかもしれませんが内容は難しいです。ですから、経典で使っている仏教用語に解説を加えたいと思います。…
 (237)執着を落とす方法
<科学的なアプローチで心を育てる>
出家を心配して 地方から三十人ほどの比丘たちが祇園精舎に来て、釈尊に礼拝して座りました。そこに居たサーリプッタ尊者が、この比丘たちを解脱へ導かなくては…
 (238)彼岸此岸の物語と事実NEW !!
<両岸を知って執着を捨てる>
先人への尊敬は信頼される人の条件 日本全国でお彼岸の行事が終わりました。日本の各お寺で彼岸法要が厳粛に執り行われます。一般の方々も、しぶしぶ参加…
 (239)幸福とは心の成長です
<心の穢れに注意しましょう>
幸福祈願は必要 仏法僧のご加護により、二〇一五年も幸福に満ちた年でありますようにと、祝福と誓願をいたします。仏法僧とは真理のことです。人々は真理を知ら…
 (240)輝ける人生を目指して
<心配しなくても生きられる>
生かす力は業 生命は、いったん生まれてから死を迎えるまでの間、生き続けるために必要な能力を持って生まれるのです。その能力に、仏教用語で業・kammaと…
 (241)ブッダの教えはオリジナルです
<仏教用語の定義>
批判 お釈迦様は、現代の一部の仏教学者からも非合理的な批判を受けることがあります。仏教は自由な教えなので、批判すること自体は悪いと言えません。しかし…
 (242)聖者をモデルにして生きる
<聖者と付き合うことで幸福になる>
サーリプッタ尊者の偉大なる性格 釈尊の出家比丘弟子たちの僧長は、サーリプッタとモッガッラーナという両尊者です。お釈迦様は、サーリプッタ尊者に智慧第一と…
 (243)Tath?gata──如来NEW !!
<真理を観るものは如来を観る>
ウェーサーカ祭の意義 五月はウェーサーカ月と言います。お釈迦様の誕生と成道と般涅槃という三大聖事がウェーサーカ月の満月に起きたのだと言われています…
 
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