ジャータカ物語
Sabbe satta bhavantu sukhitatta
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ダンマパーラ王子の話

 この物語は、釈尊が竹林精舎におられたとき、お説きになったものです。

 ある日、講堂に集まった比丘達のあいだで話題が持ち上がりました。 「デーヴァダッタは釈尊を殺そうと企んでいる。ナーラーギリという凶暴な象を放って、托鉢の行列に飛び込ませようとした。」と。

 そこへお釈迦様がいらっしゃって、 「それは今だけのことではない、以前にも彼は私を殺そうと企てた。しかし私を怒らせたり怖がらせたりすることは出来なかった」と、ダンマパーラ王子の話を説きました。

 その昔バーラーナシーでマハーパターパという王が国を統治していたとき、菩薩(釈尊の前世のことです)は王の第一の妃であるチャンダー王妃の胎に宿り生まれて来ました。

 ダンマパーラという名がつけられ、生まれて七ヶ月になって部屋で母と遊んでいるときに父王がその部屋にやって来ました。ところが妃は母親としての愛情が強く、遊ばせている子供の方に気を取られており、王を見ても立ち上がって挨拶をしませんでした。

 王は機嫌を損ねて、 「妃は今ですら傲慢になって、わたしのことをないがしろにしている。このうえ子供が大きくなったら、わたしを人間とすら認めなくなるだろう。いまのうちに子供を殺してしまおう」 と考えながら自分の部屋に戻りました。

 王は玉座につくと、泥棒の首を切る処刑人に、処刑の支度を整えて来るように命じました。処刑のための衣装をつけ、道具を持ってやって来た処刑人に、王は 「妃の寝室に行ってダンマパーラを連れてまいれ」 と言いました。

 王妃は王が腹を立てて帰ったのに気が付いて、王子を胸に抱いて泣きながら座っていました。処刑人は王妃の背をドンと突いて王子を奪い去り、王のもとへ連れ戻って指示を仰ぎました。

 王は、 「板を持って来させて、そこに王子を寝かせよ」と命じ、彼がそのとおりにしていると、王妃が嘆きながら王子を追ってやって来ました。

 ふたたび処刑人が、 「王様、どのようにいたしましょうか?」 とたずねると、王は 「ダンマパーラの手を切れ!」 と命令したので、王妃は、 「大王さま、この子はまだ七ヶ月の嬰児で何も知りませんし何の罪もありません。罪があるのは私のほうですから、私の手をお切らせください」 と懇願しました。

 しかし王は、 「ただちに手を切れ!」 と言ったので、処刑人はすぐさま鋭い斧を取って、王子の幼い筍のような両手を切りました。

 王子は両手を切られながらも、泣くこともわめくこともせず、忍耐と慈悲を心に満たして耐えました。一方チャンダー王妃は、切り落とされた手の端をつかんで腰布にくるみ、血に染まりながら泣いていました。

 ふたたび処刑人が、 「王様、どのようにいたしましょうか?」 とたずねて、王が、 「両足も切ってしまえ!」 と言ったのを聞いて、やはり王妃は自分の足を切るように懇願しましたが甲斐もなく、王子は両足も切られてしまいました。

 チャンダー王妃は、切り落とされた足の端をつかんで腰布にくるみ、血に染まりながら泣いて「両手足を切断された子供は、母親が大事に面倒をみて育てなくてはなりません。私がお金を作って私の子供を育てますので、どうぞその子をお渡しください」 と頼みましたが、処刑人と王は意に介さずに続けました。

「王様、まだお指し図がございますか?私の仕事はこれで終わりでしょうか?」
「いや、まだおわってはおらん」
「それでは何をいたしましょうか?」
「こいつの首を切れ!」

 そこでチャンダー王妃は、 「王様に無礼をはたらいた罪は私だけにありますから、王子をお赦しください。王様、私の首をお切らせください」 と言って、自分の首を差し出しました。

 そのとき王子は心の中で自分自身に言い聞かせるように

「今はあなたの心をよく抑制するべきときです。今あなたは、我が子の首を切れと命じる父王と、処刑人と、泣き悲しんでいる母と、王子自身との、この四者に対して平等で冷静な心を持つのです」と堅く決心して、怒ったり恨んだりする気配すら見せませんでした。

 ついに処刑人は王子の首を切りました。

「王様、ご命令を果たしましたでしょうか?」
「いやまだ終わりではない」
「それでは何をいたしましょうか?」
「刀の『技』をやって見せろ!」

 処刑人は王子の体を空中に投げ、それを刀の先端で受けて空中でバラバラに切り裂く、刀の『技』をやって見せて肉片を床に撒き散らしました。チャンダー王妃は、菩薩である王子の肉を腰布にくるみ、床に泣き伏して、嘆き悲しみました。

「この王に、『我が子を虐待するなかれ、それは理性ある人間の道ではない』というくらいの忠告をできる友人も、大臣も、有識者も、ひとりもこの国にいないのですか」

 チャンダー王妃は、両手で王子の心臓を持ちながら泣き崩れました。

「大地を支配する運命を持った我が愛しい子、ダンマパーラの両手両足に、貴重な栴檀の油を塗って、今まで大事に育ててきました。今、ダンマパーラ王子に両手も両足もない。身体もない。これから私は、どこへ再び油を塗って、子育てをするのでしょうか。王よ、我が命もこれで果てます」

 余りの悲しみの激しさに、彼女の心臓は燃える竹林の竹のように破裂して、そこで命尽きてしまいました。

 正気に戻った王は、自分の犯した罪の残酷さの余りに、椅子に座っていることもできなくなりました。そして椅子から転げ落ちて床に倒れてしまいました。

 すると、倒れたところで床板が二つに割れてしまい、そこから王は地面に落ちました。この、二十四万ヨージャナの厚さの大地でさえ、王の罪の重さに堪えることが出来ずに裂けて穴が開いてしまいました。さらに無間地獄から炎が現れて、赤い毛織物が包み込むようにして王を捕らえ、無間地獄に投げ込みました。

 大臣たちは、チャンダー王妃と、菩薩である王子の遺骸を火葬にしました。

 お釈迦様はこの話を説かれて、過去を現在にあてはめられました。

「そのときの王はデーヴァダッタであり、チャンダー王妃はマハーパジャーパティ・ゴータミー(お釈迦様の育ての母)であり、ダンマパーラ王子は実にわたくしであった」と。
 

◎スマナサーラ長老のコメント

自分を殺そうとする程の敵に対して慈悲の心を保ち、怒りを起こさず冷静であることが、いかに厳しい境地であるか、このお釈迦様の前世物語から伺い知ることが出来ます。
 この物語では、王は極端な悪を表すもので、処刑人は愚か者で判断力も持たないでどんな悪い事にも手を出す役です。

 王妃は完全無欠な優しさの役です。

 菩薩であるダンマパーラの役で、仏教徒は他人に対してどのような姿勢で生きるべきかという模範を表していると思います。

 自分を殺そうとした敵にも、命を懸けて守ってくれようとする味方にも、言われればどんな悪をもなす愚か者に対しても、怒りと愛情の感情を起こさず、平等な気持ちで冷静にいられることは、菩薩にしかできないのかも知れませんが、この菩薩の境地に少しでも近づけるよう、努力するべきではないでしょうか。

『ヴィパッサナー通信』2000(H12).2号 より
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