ジャータカ物語
Sabbe satta bhavantu sukhitatta
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鹿王の話・その1

 この物語は、釈尊が祇園精舎におられたとき、クマーラ・カッサパ長老の母についてお説きになったものです。

 彼女はラージャガハの大富豪の娘でしたが、過去生で多くの善行を積んだ結果として、欲に溺れた俗世間の生き方に未練がなく、真理を求める気持ちでいました。そこで、何度も両親に出家させて欲しいと頼みましたが、許してもらえず、他家に嫁ぐことにしました。

 ちょうどそのころ、この都で大きな祭りが行なわれ、全市民は、豪華な衣装に身を包んで、祝日を祝っていました。

 夫は、彼女を誘って出かけようとしましたが、彼女が全く身なりに構わないので、不満に思って、 「どうしてもっと着飾らないのか」 と、たずねました。

 彼女は、 「三十二種類の汚物でできている身体を飾りたてて、その穢らわしさをごまかしても、意味がないでしょう。汚物と汚物が遊び戯れていることには興味がありません。私にとっては、私の身体だけでなく、あなたの身体も汚物の塊にしか感じられません」 と言いました。

 夫はこの言葉を聞いて、妻が夫婦生活に全く興味がないことに気が付き、 「俗世間の生き方をそれほどまでに厭う君は、出家するべきではなかったのか。」 と言いました。

 彼女は、 「ずっと出家したいと思い続けてきましたが、両親に反対され願いが叶いませんでした。あなたさえよろしければ、すぐにでも出家したい気持ちです」と答えました。

 夫は、このままでは両者が不幸になってしまうと思い、彼女に出家を許し、盛大な供養の席を設け、皆の祝福の中で、比丘尼の住所に送り届けました。

 念願の出家を果たした彼女でしたが、彼女が入った比丘尼の住所は、デーヴァダッタの系統に属するものでした。また、結婚生活は幾日にも満たないものでしたので、このとき彼女はまだ、夫の子を胎内に宿していることを知る由もありませんでした。

 ところが、日に日に彼女の身体に変化が見られるようになり、比丘尼たちは驚いて、 「あなたは妊娠しているのでは?」 と尋ねました。

 彼女は、 「私は厳密に戒律を守っておりますので、自分でもどういうことなのかよく分かりません」 と答えました。

 そこで比丘尼たちは、この事件をデーヴァダッタに報告しました。デーヴァダッタは、このことが外部に漏れると自分たちが非難を受け、大損害を被ると考え、 「この女を直ちに追放せよ」 と命じました。

 彼女は、 「仏教はデーヴァダッタのものではありません。全ての権限はお釈迦さまにあるのですから、私を祇園精舎に住んでおられるお釈迦さまの元へ連れて行ってください」 と、比丘尼たちに懇願しました。

 比丘尼たちは王舎城を発ち、彼女を祇園精舎まで連れて行き、お釈迦さまに事情を説明しました。お釈迦さまは、事を隠すことなく厳密に調べることになさいました。戒律についての第一人者であるウパーリ尊者に、審査会を設立するように命じました。

 そこで、一般市民を代表してコーサラ王、在家信者の男性代表者にアナータピンディカ(給孤独)長者、女性代表にヴィサーカー大信女、出家代表としてウパーリ尊者と、比丘尼の代表者で審議会を行ないました。

 その結果、彼女が在家信者であるときに妊娠したことと、戒律は犯していなかったことが判明しました。彼女は潔白の身となり、月が満ちると、無事に子供を産みました。子育ては修行の障害になるので、王様はその子を養子として引き取り、クマーラ・カッサパ(カッサパ王子)と名づけて王子の資格で養育しました。

 大変利発なその子は、お釈迦さまの元で出家し、間もなく悟りをひらいて大阿羅漢になりました。その母親の比丘尼も、やがて悟りをひらくことができました。

 ある日、講堂に集まった比丘たちは、「友よ、もしもクマーラ・カッサパ尊者の母が、智慧のないデーヴァダッタの言うがままにされていたら、二人は破滅に陥るところだったが、彼女が智慧と慈悲を備えたお釈迦さまに頼ったお陰で、二人は悟りをひらくことができた」 と話していました。

 そこへお釈迦さまが入ってこられ、何を話していたかを問われたので、比丘たちが一切をお答えしました。そこでお釈迦さまは、 「比丘たちよ、私が彼ら二人を救ったのは今だけのことではない」 と言われて、ニグローダという名で呼ばれた鹿の王の話を説かれました。

 その昔、バーラーナシーにおいて、ブラフマダッタ王が国を統治していたときに、菩薩は鹿の胎に宿って生まれました。(つづく)
  

◎スマナサーラ長老のコメント

同じ価値観を持たない場合は、夫婦生活も円満にはならないでしょう。我慢して一緒にいても、精神的なストレスは多いと思います。互いの価値観が全く違うと気付いた場合は、早い内に別れて、それぞれの人生を歩んだ方が幸福だと思います。それは憎しみの果ての喧嘩別れではなく、互いの気持ちを尊重することです。

 事が起きたら、加害者・被害者、敵・味方、被告・原告、などの対立の立場で争っても、真理は公正に問われるとは限りません。対立型の審判では、「勝ち」と「負け」という二つが成り立ちます。勝者が喜び、敗者が悔しくなります。

 仏教の審判制度では、たとえ有罪となっても、被告人がその結果に納得し、賛成するようになっています。勝者・敗者ではなく、事実は何なのかという立場で、事が起きたら調べるのです。この物語でも人の感情・世間の目などに左右されないように、また、客観的に公正な判断ができるように、お釈迦さまが専門家の審議会を設立なさったのです。
 

『ヴィパッサナー通信』2000(H12).6号 より
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