ジャータカ物語
Sabbe satta bhavantu sukhitatta
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王妃とバラモンの話(その2)

 そんなある日のこと、ムドゥラッカナー王妃は、菩薩である仙人のための食事を用意させておいてから「今日は尊者の帰りが遅いわね」と思いながら、よい香りの付いた水で沐浴をし、美しく着飾ってから広間へ小さな寝台を用意させ、仙人の来訪を待っていました。仙人もまた時間が遅くなったのに気が着いて、禅定から出ると、空中を飛行して王宮へ向かいました。

 王妃は樹皮の衣の音を聞いて「尊者が来られたわ」と急いで起き上がりましたが、彼女があわてて急に起き上がったために絹の上衣が滑り落ちてしまいました。丁度そのとき仙人が窓から入って来ましたが、彼は王妃の美しい体を、冥想の修習をつい忘れ、じっと眺めてしまいました。

 すると彼の心の中に動揺がわきおこり、樹液を蓄えた樹を斧で切りつけたように、煩悩が湧き出してきました。たちまち彼の禅定の力は消滅し、翼を切り落とされた鳥のようになってしまいました。

 彼は立ったままで食べ物を受け取りましたが、少しも口をつけられず、欲情にかられながら宮中から退き、遊園に帰りました。そして自分の草庵に入ると、寝台の下に食べ物を放置したまま、異性の体に心を縛り付けられ、煩悩の炎に焼かれながら飲まず食わずの状態で憔悴し、七日のあいだ寝込んでしまいました。

 国境での反乱を鎮圧した国王は七日目に帰還し、都を右回りに廻って王宮に帰ってきました。

 王は「尊者に会おう」と遊園に出掛け草庵を訪ねましたが、彼が横たわっているのを見て「きっとなにかの病気にかかられたのだろう」と思い、草庵を家来に掃除させてから、彼の足に頭をつけて

「尊者よ、御病気でしょうか」とたずねました。
「大王よ、私は別に病気ではありません。欲情のために心が魅せられてしまったのです」
「尊者よ、あなたの心は何に魅せられてしまったのですか」
「ムドゥラッカナーに対してです大王よ」

 大王は「よろしい尊者よ、ムドゥラッカナーはあなたに差し上げましょう」と言って、美しく着飾らせた王妃を仙人に与えましたが、そのときひそかに王妃に「お前は自分の力で尊者を守るように努めなければならない」と指示を与えました。王妃は「わかりました王様、私はあの方をお守りします」と自分の使命を了解しました。

 仙人は王妃を貰い受けると王宮から退出し、大門から出ようとしましたが、そのとき王妃が「尊者よ、私達の住む家を一軒、王に要求して下さい」と言ったので、仙人は王のところに舞い戻って行き、家を要求しました。

 王は人々が便所として使っていた廃屋を与えたので、仙人は王妃を連れてそこへ行きましたが、彼女はそこに入ろうとはしません。

 「何故入らないのですか」
 「汚いからです」
 「ではどうすればよいのですか」
 「綺麗になるように手入れをして下さい」

 ということで、王妃は「さあ鍬を持ってきなさい。籠も持ってきなさい」と、また仙人を王のところに行かせ、汚物とガラクタを捨てさせ、牛糞を運ばせて壁に塗りこめさせました。

 それが済むとまたまた仙人を王のところに行かせ「さあ寝椅子を運びなさい。次は腰掛けを運びなさい。次は敷物。今度は壷を運びなさい。瓶を運びなさい」と何度も何度も命令をしながら、ひとつひとつを運ばせました。さらに王妃は彼に命じて、瓶を使って水を運ばせ、壷を満たして水浴の用意をさせ、寝床を敷かせました。

 そして彼らが一緒に寝床に坐ろうとしたときに、王妃は仙人の鬚をつかんで
「あなたは自分が修行者であり、バラモンであることを忘れてしまったのですか!」
と言って、自分の方へ仙人の顔をぐっと引き寄せました。

 そのとき彼は正気を取り戻しました。それまでのあいだ、彼は無智なものになっていたのでした。

 正気を取り戻した彼はこう考えました。「この愛執は増大すれば、私を四悪趣(畜生・餓鬼・修羅・地獄)に堕とし、頭をあげることも出来なくさせる。いまこそ私はこの王妃を王に返し、ヒマラヤ山に入るべきである」と。

 彼は彼女を連れて王のところへ行き「大王よ、私にはあなたの王妃はもう必要ありません。私には愛執が増大するだけのことでした」と言って、次の詩句を唱えました。

 ムドゥラッカナーを得る前には
 欲望はただ一つだけであった
 つぶらな瞳の彼女を得てからは
 欲望が欲望を生むことになった

 そのとき菩薩である仙人は、かつての神通や禅定を取り戻し、天空に坐って説法をして王に訓戒を授け、ヒマラヤ山に向かって飛行して行き、二度と再び人里へは出て来ませんでした。

 その後彼は、清浄な行を修め禅定を失うこともなく、遂に梵天界に生まれました。

 お釈迦さまは、この話を終えると「四聖諦」を解き明かされ、それを聞いたかの悩める比丘は、預流果の悟りに達しました。

 そしてお釈迦さまは、過去と現在を結び付けられて「そのときの王はアーナンダであり、王妃はウッパラヴァンナー、そして仙人は実に私であった」と説かれました。
 

◎スマナサーラ長老のコメント

 人は自分の願望について、「これさえあれば…」「あれさえあれば…」幸せだと、単純に考えていますが、欲望とは、そう簡単に満たされるものではありません。欲しいものを手に入れたり、望みが叶ったりしても、今度はそれに関連して次から次へと新しい欲望が湧いてくるものです。「これさえあれば、ほかには何も要りません」ということは、生きている上では決してありえない話です。美しいもの、楽しいもの、欲しいものなどは、たまたま容易に得ることができたとしても、そこから享受する喜びや嬉しい気分より、その背後でじわじわと増大する苦悩の方が大きいのです。
 

『ヴィパッサナー通信』2001(H13).4号 より
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