ジャータカ物語
Sabbe satta bhavantu sukhitatta
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水浴場の話(その二)
出典:Titthajâtaka (NO.25)
アルボムッレ・スマナサーラ長老/編集:高橋清次


<前回のあらすじ>

 幾多の前世において金細工職人であった人が、サーリプッタ長老に弟子入りしました。サーリプッタ長老は、長いこと美しいものばかり見て生きてきたこの人に、ものごとの醜い側面について目覚めてもらえば、悟りをひらくことが出来るだろうと考えて、不浄の観想法を指導しました。しかし、この冥想方法はその弟子の意向や気質にはふさわしくなく、悟るどころか対象への集中力さえ現われませんでした。

 この弟子はお釈迦さまに教導して頂くほうがよいだろうと考えたサーリプッタ長老は、彼をお釈迦さまのところへ連れて行きました。お釈迦さまは、蓮池と蓮を神通力で出現させ、その花を鑑賞するように言われました。弟子が繰り返し見つめているときに、お釈迦さまはその花を萎れさせました。

 そこで弟子の心は、「形成されたものは、すべて無常である」とありのままに観るヴィパッサナーへと辿り着き、やがて阿羅漢の悟りに到達しました。

 この出来事について比丘たちが講堂で話していると、そこへお釈迦さまが来られ、「比丘たちよ、これは希有なことではありません。この私は、今仏陀となって彼の意向を知っていますが、前世でも、私は彼の意向を知ったことがあるのです」と言って、過去のことを話されました。(前号から続きます。)

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 その昔バーラーナシーにおいてブラフマダッタ王が国を統治していたとき、菩薩は王に実利と道理について教示する廷臣となっていました。

 あるとき、王の吉祥馬(王位を正式に象徴する馬を吉祥馬と言います)の水浴場で、馬丁たちが、ある一頭の未調教の若馬を水浴させました。吉祥馬は、未調教の若馬が水浴した水浴場に降ろされかけても、嫌がって降りようとしませんでした。馬丁は行って、王に報告しました。「王さま、吉祥馬が水浴場に降りようといたしません。」

 王は菩薩である廷臣に、「賢者よ、どういうわけで、馬が水浴場に降ろされかけても降りないのか、行って見てくるように」と言って遣わしました。廷臣は、「かしこまりました。王さま」と川岸へ行き、馬を調べて病気ではないことを知り、「いったいどういうわけで、吉祥馬はこの水浴場に降りないのだろうか」と推測していましたが、「先にここで他の馬が水浴させられたのに違いない。それできっと、こいつは嫌がって水浴場におりないのだ」と思いあたり、馬丁たちに尋ねました。「これ、おまえたちは、この水浴場でどの馬を先に水浴させたのか。」

 馬丁たちは「ある一頭の未調教の若馬(次の吉祥馬に任命される候補の馬)です。旦那さま」と答えました。廷臣は、「この馬は、自尊心が高いから、嫌がって、ここで水浴しようとしないのだ。この水浴場を清めて再び使うより、他の水浴場で水浴させればよい」と言いました。さらに吉祥馬の意向を知って、「これ、馬丁よ、バター油や蜂蜜や糖蜜でこしらえたミルク粥も、繰り返し食べれば、飽きるものだ。吉祥馬は、何回もこの水浴場で水浴したので、飽きているのだ。他の水浴場へ、吉祥馬を降ろして水浴させ、水を飲ますがよい」と言って、つぎのような詩句を唱えました。

  御者よ
  それぞれ別の水浴場で
  馬に〔水を〕飲ませよ
  ミルク粥でも 
  食べすぎれば 人は飽きるのだ


 彼らは、廷臣に言われた通り、吉祥馬を他の水浴場に降ろし、水を飲ませ、水浴させました。廷臣は、吉祥馬が水を飲み、水浴しているうちに、王のもとへ戻って行きました。王は、「のう、吉祥馬は水浴し、水を飲んだのか」と尋ねました。廷臣が「はい、王さま」と答えると、「先には、どういうわけで水浴しようとしなかったのか」と理由を問われ、「こういう事情であります」と、すべてのことを説明しました。

 王は、「この者はそのような畜生の意向すら知っている。まことに賢者だ」と、廷臣に大きな栄誉を与え、やがて寿命が尽きると、業に従って生まれかわって行きました。廷臣も、業に従って生まれかわって行きました。

 お釈迦さまは、「比丘たちよ、私がこの比丘の意向を知っているのは、いまだけのことではなく、前世でも知ったことがある」と、この説法を取りあげ、連結をとって、過去を現在にあてはめられました。「そのときの吉祥馬はこの比丘であり、王はアーナンダ、そして、廷臣の賢者は実にわたくしであった」と。

◎スマナサーラ長老のコメント

この物語の教訓

 人を育てて導くことは、決して簡単な作業ではありません。腹を痛めて生んだ我が子の養育でさえ、失敗する親もこの世にいくらでもいるのです。我が子の性格でさえも、わかったものではありません。

 性格というものは、貪瞋痴という煩悩で形成されるのです。しかし普通の人間には、この三つの煩悩の理解も出来ないのです。単なる欲を向上心だと言ったり、あるいは実際は欲に走っている人を、たいへん明るくて活発な人だと言ったりする場合もあります。怒りに操られている人を、努力家、我慢強い人、改革者、英雄、などのように誤解することも多々あります。無知な人を見破れない場合もあります。そのときは、欲が少ない人、控えめの人、落ち着きがある人、という風に理解してしまうこともあります。

 貪瞋痴があらゆるかたちに無数に顔を変えて人の性格として現われます。一般的には、「性格というのは煩悩そのものである」ということが理解されていないのです。これは、煩悩のアーサヤ(前号の注を参照)としての働きです。性格の核をアヌサヤと言います。全ての生命が持っている、表面に現われてこない完全に随眠状態にある性格が、その核です。性格を正しく理解しようとするならば、表層だけではなくその核も知る必要があるのですが、残念ながら我々には表層の性格もそう簡単には理解できないのです。仏陀のみが、性格の核を知る能力を持っているのです。

 このエピソードを読んで、サーリプッタ尊者が間違ったと思ってはいけません。究極のインテリタイプのサーリプッタ尊者が、論理的な結論を出したのです。「ものごとの美しい側面だけ観る能力のある人に醜い側面も観られるように訓練させれば、ものごとをありのままに観られるヴィパッサナ―の智慧が生まれる」と思ったのです。しかし、この比丘にはものごとの醜い側面を観る能力は、全く無かったのです。不浄観相法は、聞いたこともない外国語で話しかけられたようなものでした。

 お釈迦さまは、この比丘の見慣れている見方である、「ものの美しさを鑑賞する」という方向を活かして指導したのです。サーリプッタ尊者が期待していた「無常に辿り着く」ことに、いとも簡単に至ったのです。この比丘は芸術家でしたので、論理的な話にはついて行けなかったのです。お釈迦さまは、彼にきれいな衣を着せて、ご馳走を食べさせて、美しいものを見せて、精神的に落ち着いてもらったのです。彼の芸術能力を思う存分活かせるようにしたのです。性格さえ知っておけば、人を育てる、導くということは難しくはないのです。人の性格が読めないことが、我々にある、乗り越えられない難関なのです。

『ヴィパッサナー通信』2002(仏暦2545/平成14).4号 より 
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