ジャータカ物語
Sabbe satta bhavantu sukhitatta
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束縛から逃れた犬の話
出典:Sunakhajâtaka(NO.242)
アルボムッレ・スマナサーラ長老/編集:高橋清次


 この物語は、釈尊が、ジェータ林におられたとき、アンバラコッタの集会所で食物を与えられていた犬について語られたものです。

 水汲み人夫たち(集会所の手入れや整備をする人々のこと)が、その犬を生まれたばかりの子犬の頃に連れて来て、そこで育てたそうです。その後その犬はそこで与えられた食物を食べて、体が大きくなりました。(皆がここに集まってご馳走を食べますが、それを分けてもらっていましたので、家で飼われている他の犬よりも栄養価の高いものが食べられ、体格も良く、健康的で可愛くて、皆に好かれていました。)

 そんなある日、一人の村人がその場所にやってきて、犬を見ました。(お金持ちのその人は、犬を一目見たとたん可愛くて仕方がなくなり、自分のものにしたくてたまらなくなったのかもしれません。)そして水汲み人夫たちに、上衣(ウッタリサータカ…服の上から肩に掛ける大変高価なものです)とお金を与えて、その犬を革紐で縛って連れて行きました。

 その犬は連れて行かれる途中で吠えませんでした。与えられたものを食べて、一所懸命についてきました。(皆に育てられたので、この犬には特定の飼い主があったわけではありませんから、いわば「公共忠犬?」とでも呼ぶべき性格になっていたでしょう。)そこでその男は、「この犬は、もう私のことを好きになっているのだ」と思って、革紐を解きました。その犬は放されるやいなや、まっしぐらに元に居た集会所に帰りました。(平等に皆の忠犬になることを仕事にしているこの犬にとって、ひとりの人に囚われることは、たまったものでなかったのでしょう。)

 比丘たちは、逃げ帰ってきたその犬を見て、事情を知り、夕刻に講堂に集まってその話を始めました。「友よ、あの休息所で飼われていた犬は束縛から逃れることが上手で、解き放されるやいなや、集会所に帰って来ました」と。そこへお釈迦さまがおいでになってお尋ねになりました。「比丘たちよ、ここに坐って何を話しているのですか。」「これこれのことでございます。」そこでお釈迦さまは、「比丘たちよ、この犬が束縛から逃れることが上手であったのは今だけではありません。以前にも上手でした」とおっしゃって過去のことを話されました。

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 その昔バーラーナシーにおいてブラフマダッタ王が国を統治していたとき、菩薩は、カーシ国のある大金待ちの家に生まれ、成年に達して、家庭を持ちました。

 そのとき、バーラーナシーのある人(食べ物を恵んでもらって生活する人のようです)が犬を飼っており、その犬はもらったご飯を食べて、体が大きくなりました。そのとき一人の村人がバーラーナシーにやってきて、その犬を見ました。(「この可愛い犬は、乞食に飼われるよりは私が飼った方が幸せだろう」と思ったのかもしれません。)そしてその飼い主に上衣とお金を与え、犬を捕らえて革紐で縛り、紐の先をもって出かけました。

 途中、森の入口にある小屋に入りました。彼はそこに犬を繋いで、板の上に横になって寝てしまいました。そのとき菩薩は、ある用事があって森の中に入り、小屋まで来たところ、紐で縛られたその犬が繋がれているのを見て、第一の詩句を唱えました。

 革紐を噛まないこの犬は
 実に愚かである
 束縛から逃れ
 落ち着ける家に帰るべきである


 それを聞いて菩薩の意図を理解した犬は、第二の詩句を唱えました。

 私は既に決心しており
 それは胸の中に秘めている
 そして機会を見計らっている
 人々が寝付くまで

 彼はこのように言って、皆が眠りについたとき、革紐をかじって、喜んで逃げ、自分の主人の家に帰りました。

 お釈迦さまはこの話をされて、過去を現在にあてはめられました。「そのときの犬は現在の犬であり、通りかかったカーシ国の賢人は実にわたくしであった」と。

◎スマナサーラ長老のコメント

この物語の教訓

 餌をくれる人に忠実になるのは、犬の仕事です。この二つの物語に出てくる犬は、不特定多数の人々から餌をもらっていたので、誰にでも忠実でかわいく振舞っていたのです。それはその犬の仕事です。いわば、公共忠犬(皆のワンちゃん)だったのです。この男は、公共の愛玩動物であった犬を私有化しようとして、お金だけではなくかけがえのない上衣まで失ったのです。

 上半身にまとう「ウッタリサータカ(上衣)」は単なる服ではなく、自分の地位を表す高価なものです。犬を飼いたければ、お金だけ支払えば済むことなのに、わざわざそれまで譲り渡したと、このジャータカでは語られています。それは、公共財産を私物化すると社会的な名誉・地位までなくしますよ、という忠告です。金よりも、名誉と地位のほうが、一旦なくしたらそう簡単には取り戻せないものなのです。

 また、たとえ正しい行動でも、起こすべき時期というものがあります。時期が外れたとき、正しい種を蒔いても良い結果は得られません。ですから、我々はやたらに行動を起こすべきではなく、機会を見計らって行動するべきなのです。このエピソードの犬は、見事に機会をとらえました。

 世の中の大多数の人々は自己観察をせず、常に怠って生活しているのです。そのことを仏教では、「大衆が寝ている」と言うのです。仏道を歩む人は、他人がいくら怠っていてもそれにかまわず、誘惑されず自己観察をして、一切の束縛から脱出するのです。犬は、人々が寝付こうとしたとき、自分は一緒に寝ないで束縛の紐を噛み切ったのです。

『ヴィパッサナー通信』2002(仏暦2546/平成14).8号 より 
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