ジャータカ物語
Sabbe satta bhavantu sukhitatta
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ソーマダッタの話
Somadattajâtaka(NO.211)
アルボムッレ・スマナサーラ長老/編集:高橋清次

 この物語は、釈尊がジェータ林におられたとき、長老ラールダーイ(『とんちんかん』という意味で付けられたあだ名と思われます)について語られたものです。
 
 彼は、ほんの二・三人の人々の前でさえ、一言も話すことが出来ませんでした。大変なあがり症で、「こう話そう」と思っても、別のことを話してしまうという始末でした。ある日、比丘たちは説法場でそういう彼のことを話題にして坐っていました。そこへお釈迦さまがおいでになってお尋ねになりました。「比丘たちよ、なんの話があってあなたたちはここに坐っているのですか?」「これこれこういうわけでございます。」そこでお釈迦さまは、「比丘たちよ、ラールダーイがたいへんなあがり症なのは、今に限ったことではない。前生においてもそうだったのだ」と言って過去のことを話されました。 

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 その昔バーラーナシーにおいてブラフマダッタ王が国を統治していたとき、菩薩はカーシ国のあるバラモンの家に生まれ、成長してから、タッカシラーで技芸を学び終え、再び家に帰ってみると、父母が貧しくなっているのを知りました。「衰退した家を再興しよう」と両親に願い出て、彼はバーラーナシーに行き、王に仕えました。彼は王に大変気に入られました。
 
 一方、彼の父は二頭の牛を使って耕作を行ない、生計をたてていましたが、そのうちの一頭が死んでしまいました。彼は菩薩である息子ソーマダッタのところへ行って、「息子よ、牛が一頭死んでしまって、耕作がうまく行かない。王様に牛を一頭お願いしておくれ」と言いました。「お父さん、私は先刻王様にお会いしたばかりです。だのに今また牛をお願いしに行くのは相応しくありません。ご自分でお願いしてください。」「息子よ、おまえは私が大変なあがり症であることを知らないのだ。私は二・三人の前でさえも話をすることができない。もし私が王様のところへ牛をお願いにでかけたら、残ったこの牛さえ差しあげてきてしまうだろう。」「お父さん、それならそれで結構です。とにかく私が王様にお願いすることはできません。しかし、私はあなたに稽古をつけてあげましょう。」「そうか。それはよい。私に稽古をつけておくれ。」息子は父をつれて、ビーラナ草の茂っている墓地に行き、あちこちに草を縛って束にしたものを置き、「これは王様。これは皇太子。これは将軍」と名前をつけて、順々に父に示し、「お父さん、あなたは王様のところへ行って、『王様万歳』と言ってから、つぎのような詩を唱えて、牛をお願いしてください」と言って、詩句を教えました。
 
 大王よ 私に二頭の牛があり
 それで田を耕しておりました
 王よ その一頭が死にました
 第二の牛をお与えください 王よ

 
 バラモンは一年かかって詩を暗記して、息子に言いました。「ソーマダッタよ、私は詩をよく憶えた。今ではそれを誰の前でも唱えられる。私を王のところへつれて行っておくれ。」「いいでしょう、お父さん」と言って、彼はしかるべき贈物を持たせて、父を王のところへつれて行きました。バラモンは、「王様万歳」と言って贈物を差しあげました。王は、「ソーマダッタよ、このバラモンはおまえの何なのか?」と尋ねました。「私の父でございます。大王様。」「なんのために参ったのだ?」この瞬間、バラモンは牛を願うための詩を唱えました。
 
 大王よ 私に二頭の牛があり
 それで田を耕しておりました
 王よ その一頭が死にました
 第二の牛をお受け取りください 王よ

 
 王はバラモンが間違えて唱えたことに気がつき、微笑んで、「ソーマダッタよ、おまえの家にはたくさんの牛がいるようだね」と言いました。ソーマダッタは、「きっと、あなたさまから頂戴したものでございましょう」と言いました。王はそういう菩薩が気に入り、バラモンに十六頭の牛と、その装身具と、住むべき村とを彼への引出物として与え、非常な栄誉をもってバラモンを送り出しました。バラモンは真白な駿馬のひく馬車に乗り、大勢の従者をつれて村に向かいました。菩薩は父とともに馬車に乗って行く道すがら、「お父さん、私はまるまる一年というもの、あなたの訓練におつきあいしました。でも大切なときに、あなたは牛を王様に差し出しましたね」と言って、第一の詩を唱えました。
 
 ビーラナ草の茂みでまる一年
 怠らず 訓練して
 なのに人の前で 言い間違えた 
 智慧の浅い人に 決めごとは守れない 

 
 すると彼の言葉を聞いて、バラモンは第二の詩を唱えました。
 
 ソーマダッタよ
 物を乞う人が 至る運命は二つです
 財を得るか 或いは何も得られないか
 物を乞うとは そういうことです

 
 お釈迦さまは、「比丘たちよ、ラールダーイはいまに限ってたいへんあがり症だったのではない。前生においてもたいへんなあがり症であった」とこの法話をされて、過去を現在にあてはめられました。「そのときのソーマダッタの父はラールダーイであり、ソーマダッタは実にわたくしであった」と。

スマナサーラ長老のコメント

この物語の教訓
 
 ラールダーイ長老は、あがり症がひどかったようです。人の前で適切な言葉を語ることができなかったのです。しかし出家生活をする上では、多種多様な人々と関わることになります。出家は自分が関わる人の社会的な立場、理解力レベルを配慮して、対応しなくてはいけません。知識人であろうが、農民であろうが、王であろうが、乞食であろうが、人は誰でも善悪を分別して善を行う生き方をしなくてはなりません。全ての人に、善悪判断して道徳的な生き方ができるようなアドバイスをすることは、比丘の仕事です。
 
 人の前で上がってしまって、何もしゃべれない場合は、比丘としては困ったことになります。また、適切な言葉を使わないと、人の性格を正すことはできないのです。言葉を間違えたら、人を正すどころか相手を怒らせて、さらに間違った道へ追いやることになりかねません。TP0に応じて話せないことは、比丘としては無視できない大問題です。
 
 だからといって、生まれつき能力が備わっていない人に、強引にその能力を育てるように勧めても、それは徒労に終わります。勉強できない人に学者になることを勧めたり、体力のない人をスポーツ選手に仕立て上げるようなことは、やめた方がいいのです。何か能力が欠けている場合は、周りの人々は問題が起こらないように、その人に対して慈しみをもって、庇護しなくてはいけないのです。
 
 人は全能になる気持ちをやめて、持っている能力を活かせるようにすれば、自分も他人も幸福になるのです。

『ヴィパッサナー通信』2003(仏暦2546/平成15).5号 より 
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