ジャータカ物語
Sabbe satta bhavantu sukhitatta
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兄弟ブタの話(その二)
Tundilajâtaka(NO.388)
アルボムッレ・スマナサーラ長老/編集:高橋清次

  死の恐怖に苛まれた比丘についてお釈迦さまが語られた物語です。あるお婆さんが森で子ブタ二匹を拾って、我が子のように愛情いっぱい注ぎ、育てました。ブタといえば食用の家畜動物ですが、このお婆さんには「うちの息子二人」という感じしかなかったので、決して手放そうとはしませんでした。ところがある日、博奕打ちたちが老婆に酒を飲ませ、酔わせたところで弟ブタのチュッラトゥンディラの方を売る承諾を得ました。ご馳走を餌桶に入れ、ブタを呼びました。投げ縄を持って待ちかまえていた人を見たブタは、恐怖感に覆われて、何も食べずに兄の元へ逃げたのです。自分が脅え震えている訳を兄に聞かれて、このように詩句で答えました。
 
 今日 ご馳走の餌で
 餌桶は充たされ
 母はそばで見守っている
 されど 投げ縄を持った人が多数いる
 食べる気持ちは消えうせた

 
(前号から続きます)
 それを聞いて菩薩(兄ブタのマハートゥンディラ)は、「弟チュッラトゥンディラよ、お母さんがこれまでブタを養っておられたその目的が、まさに今日達せられるのだ。おまえは何を悩んでいるのか」と言って、朗々とした声でブッダのように真理を語り、二つの詩句を唱えました。

  震えるのか、うろうろするのか、
  避難場所を求めるのか。
  逃げ場はない。君はどこへ逃げるのか。
  チュッラトゥンディラよ、
  落ち着いてただ食を摂れ。
  肉のために飼われたのだから。

 
  全ての汗と垢を清澄な湖で洗い流せ。
  消えることがない新芳香で自己を飾れ。

 
 兄が「十のpâramitâ 」(十波羅蜜)を思い起こし、その中の「mettâ pâramitâ 慈悲波羅蜜」を念頭において最初の詩句を唱えたとき、その声は十二ヨージャナ離れたバーラーナシーの都まで響き渡りました。それを聞くやいなや、王や副王などを始めとして、バーラーナシーの住民すべてが出てきました。出てくることができない者も、家に居ながら耳を傾けました。王の家来は、藪をとり囲んで地面を平坦にならし、砂を撒きました。博奕打ちたちの酔いは醒め、縄を捨てて教えを聞こうと立っていました。老婆もまた、酔いが醒めてしまいました。
 
 菩薩は大衆の中央に進み出て、チュッラトゥンディラのために教えを説き始めました。それを聞いてチュッラトゥンディラは、「私の兄はこのように語る。しかし蓮池に入って沐浴し、身体から汗と汚れをとり去り、新しい香油をつけることは、どんなときでも私たちの習慣ではあり得ない。いったい、兄は何故にこのように言ったのであろうか」と問いながら、第四の詩句を唱えました。
 
  清澄な湖とは何ですか。
  汗と垢とは何ですか。
  消えることがない、
  新芳香とは何ですか。

 
 それを聞いて菩薩は、「それでは耳を傾けて聞きなさい」と言って、二つの詩句を唱えました。
 
  清澄な湖とは法である。
  罪は汗と垢である。
  戒こそは新芳香であり、
  その香は尽きることなし。

 
  殺す者は歓喜して殺す。
  殺される者には歓喜はあらず。
  祝祭日の夜の円かな月の如く、
  人は歓喜して命を捨てる。

 
 このように菩薩は朗々とした声で、ブッダのように法を説きました。大衆は拍手を響かせ、上着を振り回し、称讃の声を大空に轟かせました。
 
 バーラーナシーの王は、菩薩に王位の勲章を与え、老婆にも財産を与えました。王は、二匹のブタを香水で入浴させて衣服を着せ、首に花鬘を飾らせました。そして都へつれて帰り、我が子のようにして多くの従臣もつけました。菩薩は王に五戒を授け、またバーラーナシーの住民とカーシ国の住民すべてに戒を守らせました。菩薩は、彼らのために斎日には法を説き、裁判所に坐って裁判を行ないました。彼がその地位にあるあいだは、偽りの訴訟ごとをおこす者は、まったくありませんでした。
 
 その後、間もなく王は亡くなりました。菩薩は、大葬の礼を行ないました。彼は、裁判所で裁判した事件の記録を整理して、一冊の書物にまとめ、「この本を調べて裁判を行なうように」と言って大勢の人々に教えを説き、怠らないようにと訓戒しました。そうして皆が泣き悲しむうちに、チュッラトゥンディラとともに、森へ帰って行きました。
 
 その後、菩薩の教誡は、六万年のあいだ行なわれ続けました。
 
 お釈迦さまはこの話をされて真理を明らかにされ、過去を現在にあてはめられました。(真理の説法が終わったとき、死を恐れていた比丘は、預流果の悟りに達しました。)「そのときの王はアーナンダであった。チュッラトゥンディラは死を恐れた比丘であり、会衆はブッダの会衆であった。マハートゥンディラは実にわたくしであった」と。

スマナサーラ長老のコメント

この物語の教訓
 
 人は生まれて死ぬ。何をして生きていても全て死で終わるのだと、智慧のある人は覚悟して生きるのです。しかし普通の人は、「我は不死なり」という態度で生きているのです。そう考えている人々は、人生の荒波を乗り越えるどころか、ちょっとしたさざ波に出会っただけで大混乱に陥るのです。脅えて震え、うろつくのです。食べて遊んで贅沢をして楽に生きるために、全ての力を費やすのです。生きている間獲得した全てのもののみならず、大事に守ってきた自分の身体さえも、最後には失うのです。だのに、確実に来る死を迎える準備は、全くしようとしないのです。ですから、人にとって嫌なものといえば、それは死なのです。避けたいものは、死です。恐いものも死です。不幸とは、すなわち死なのです。死体さえも恐いのです。仏教からみると、これは本末転倒の感情なのです。反対に死を認める人は、諸々の悪で心を汚さず清らかな心で、常に平安と安穏な気持ちで生きていられるのです。
 
 死は確実だと言うために、また生きることに執着することはいかに無意味かを示すために、このエピソードの配役はブタに委ねられているのです。我が子のように育てても、ブタの運命は決まっています。殺されて食べられるのです。ただその目的のために育られたブタには、楽しく死ぬしか他の選択肢はありません。どうせ殺されるなら、泣いたりわめいたりしても何の得にもなりません。それは生に対する叶わない執着なのです。執着が強ければ強いほど、死は苦しいのです。これはブタを殺して美味しく食べてもいいという意味の話ではありません。ブタは、一切の生命の代役です。「私」です。
 
 「私」がどうしても死ぬのならば、財産・権力・名誉などを獲得するために、死にもの狂いで頑張るべきでしょうか。仕事のために命を捨てるべきなのでしょうか。どんな成功を収めても、全ては無に帰すのです。道徳的で善い人間になって、心の平安を獲得しておけば、それだけは永遠にのこるのです。

『ヴィパッサナー通信』2003(仏暦2547/平成15).7号 より 
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