ジャータカ物語
Sabbe satta bhavantu sukhitatta
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「ダダーン!」物語
出典:Daddabhajâtaka(No.322)
 ●監修 : アルボムッレ・スマナサーラ長老/●編集 : 早川瑞生

 これは、シャカムニブッダがコーサラ国の祇園精舎におられた時のお話です。そのころ祇園精舎の近くでは、多くの苦行者たちが、針のような棘のむしろの上に寝ころんだり、四〇度を超える炎天下の下で四方に火を炊いてひどい熱の中で坐ったり、死ぬほどの激しい苦行に明け暮れていました。比丘たちは、托鉢に行く途中で苦行者たちを見かけ、釈尊に、「尊師、彼らの激しい苦行には何か意味があるのでしょうか」とたずねました。釈尊は、「比丘たちよ、彼らの苦行には何の意味もないし、得るものもない。その内実は、便所に行く道のようなものであり、『ウサギが聞いた物音』と変わりはないのだ」とおっしゃいました。比丘たちが「尊師、『ウサギが聞いた物音』とはいったい何なのでしょうか」とお訊きすると、ブッダは過去の物語を話されました。

 昔々、バーラーナシーでブラフマダッタ王が国を治めていた頃、菩薩は立派なライオンとして生まれ、獣たちの王となって森に住んでいました。

 森の西側の海辺には椰子林があり、たくさんのウサギたちが住んでいました。ある日、一匹のウサギが食事を終え、椰子の根もとで寝ころんで、「もし大地がひっくり返ったら、どうすればいいかなぁ…」と不安そうに考えていました。すると、その瞬間、熟した大きな椰子の実が一つ、「ダダーン!」とすごく大きな音をたてて落下したのです。

 ウサギはビックリ仰天して飛び起きて、「本当に大地がひっくり返るんだ!」と後も見ず、一目さんに逃げ出しました。死の恐怖で真っ青になってすごい勢いで逃げるウサギを見て、他のウサギたちが「どうしたんだ!」と驚いて訊きました。ウサギは懸命に逃げながら、「話なんかしてる場合じゃない!」と必死の形相で言いました。「これはただごとではない」と思ってさらにたずねると、ウサギは「大地がひっくり返るんだよ〜」と走りながら叫んだのです。それを聞いて、たくさんのウサギたちも、次々に逃げ出しました。我も我もと逃げる数は増え続け、とうとう十万匹のウサギの大群が、一斉に駆けだしたのです。それを鹿たちが見て、「どうしたのだ!」と訊きました。ウサギたちが「大地がひっくり返るんだよ〜」と皆で叫ぶと、「大変だ!」と鹿たちも一緒に逃げ出しました。それを見てイノシシたちが、「なぜ逃げるのだ!」と訊きました。皆が逃げながら「大地がひっくり返る、大地がひっくり返る」と言うのを聞いて、イノシシたちも逃げ出しました。次に牛たちが、次に水牛たちが、次に山羊たちが、つられて逃げ出しました。そして犀たち、次に虎たち、ライオンたち、さらに象たちまでが、皆、死の恐怖にとらわれて、「大変だ!大地がひっくり返る!」と、必死で逃げ出したのです。森中の動物たちの大集団が血相を変えて怒濤の勢いで走るという、たいへんな騒ぎになりました。

 菩薩のライオンがこれを見て、「これはいったいどうしたことだ」とたずねました。皆、必死の形相で逃げながら、「大地がひっくり返るのです、逃げないとダメです」と口々に言いました。菩薩は「大地がひっくり返るなどということが、あるはずがない。皆、きっと何か勘違いしているに違いない。私が力を出さなければ、このまま走り続け、みんな海に落ちて死んでしまうだろう。彼らの命を助けてあげねばならない」と考えました。ライオンは、素速く皆を追い越して山の麓に先回りし、三度、百獣の王の雄叫びを大声で大地に轟かせました。さすがの動物たちも、その声の恐ろしさには足がすくみ、その場に立ちつくしました。

 菩薩のライオンは、「なぜ逃げるのか」と改めて皆に訊きました。「王様、大地がひっくり返るのです」「誰がそれを見たのか」「象たちが知っています」「いえ、ライオンたちが知っています」「いえ、虎たちが知っています」「いや、犀たちに聞きました」「いえ、山羊たちが言ったのです」「いえ我々も知りません。水牛たちが知っています」「いえ、牛たちが見たはずです」「いえ、知っているのはイノシシたちです」「いえ、鹿たちに聞いたのです」「いえ我々は知りません。ウサギたちに聞きました」。そこで、ウサギの中の誰が見たのかということになり、一番最初に逃げ出したウサギが前に出ました。

 菩薩のライオンは、「君はなぜ大地がひっくり返ると言ったのか」とたずねました。「王様、私は見たのです」「どこで見たのか」「西の海辺にある椰子の林の中です。ちょうど私が『もし大地がひっくり返ったらどうしよう』と考えていたところに、大地が割れるものすごい音がしたのです。私は心臓が止まるほど驚き、死ぬかと思って、必死で逃げてきたのです」。

 それを聞いた菩薩は、「おそらく林の中の椰子の実が落ちて、ダダーン! と大音がしたのだろう。このウサギはその音を聞き、大地が割れると思いこんだに違いない。実際のところを確かめてみよう」と考えました。そして「私はこの者が大地が割れる音を聞いたところに行き、本当に大地がひっくり返っているかどうか調べてこよう。皆、ここで待っていなさい」と皆を落ち着かせ、ウサギを背中に乗せてライオンの高速で飛ばし、椰子の林に到着しました。「ウサギよ、どこで大地がひっくり返るのを見たのだ」「王様、恐ろしくてとても行けません」「ウサギよ、怖がることはない」。しかしウサギは怖がって、どうしても椰子の実が落ちたところに近寄ることはできません。そして震えながら、「王様、あそこが大地が割れる音がしたところです」と指をさし、詩を唱えました。

貴き人よ、我の住むところの近く
ダダーン!という地響きが鳴る
なぜにその音が鳴りしかは
我もまた知らぬなり

 菩薩のライオンはその場所へ行って、とても大きなココナッツ椰子の実が落ちているのを見、「大地が割れる音」の原因を確かめました。菩薩はそのことを話してウサギを安心させ、彼を背中に乗せて、再び皆のところに素速く戻りました。そして動物たちに事情を説明し、皆を落ち着かせて自分たちの住処に帰しました。

 動物たちが走っていた先には海に面した崖がありました。菩薩が止めなければ、みんな海に飛び込んで死んでしまうところでした。動物たちは、菩薩のおかげで、命拾いをしたのです。

椰子の実が、ダダーン!と落ちる音を聞き
必死で逃げるウサギあり。
ウサギの言葉を聞いたとき、
動物は、皆、怖れなす。
話を智慧で見れぬ者、
他人の言葉を鵜呑みにし、
人の叫びに従う者は、
他人の声に頼るのみ。
戒を守り、智慧があり、
静かさを楽しむ賢者であれば、
他人に頼ることはない。

 お釈迦さまは「その時の獣たちの王は私であった」とおっしゃって、話を終えられました。

スマナサーラ長老のコメント
●この物語の教訓

 「ダダーン物語」は、お読みになっただけで、言わんとすることは理解できるでしょう。「子供向きのお話だ」と軽く見てしまう恐れもあります。しかしジャータカ物語は仏教の真理と道徳をよりわかりやすく明確に説明するものです。この物語は我々に何を示しているのでしょうか。

 まず、このウサギちゃんは、腹一杯食べて居眠りしながら、余計な妄想を始めたのです。この妄想が大騒ぎの原因なのです。ここで「妄想なんかは全くもくだらない。かえって危険なものである」と教えている。妄想なんかは誰にでも簡単にできるのです。食べ過ぎたらそれに関連して何かを妄想する。飲み過ぎて酔っぱらったら、別なことを妄想する。仕事を失敗したら、また何かを妄想する。体調が崩れたら何かを妄想する。24時間、人は絶えず妄想し続ける。妄想の中身はバラバラで、一貫性があるものではないのです。公園で散歩をしながら何かを妄想して、家に帰ると子供たちが散らかした居間が目に入る。それでまた別なことを妄想する。人はその場でその場で、何かを妄想して生きている。妄想には何の一貫性もないから、ちょっと前に何を妄想したか、きれいさっぱり忘れる。これが、普通の人の生き方なのです。

 「一貫性がない」というと、何か良くないことのように聞こえます。しかし、妄想に一貫性がないから先に考えたことを忘れられ、だからこそ妄想が大危機に至らず済むのです。もし人が一日中ワンパターンで同じことを妄想しているならば、精神病に陥ってしまうのです。だから妄想に一貫性がないことは悪いことではありません。しかし自分が何を考えているのかはさっぱりわからない生き方も評価できるものではありません。仏教は、妄想は大変危険なものであると教えるのです。

 妄想することほど簡単な行為はありません。人の人生は妄想で始まるのです。赤ちゃんのときから、親が子供に妄想遊びをさせるのです。子供の遊びは、ほとんど妄想と戯れることです。それから我々は死ぬまで妄想し続けるのです。世間ではそれを「想像力」と評価する傾向があります。妄想を実行して人の役に立ったならば、その妄想に「想像力」と言えるでしょう。しかし、他人の役に立つ思考・アイデアなどに豊かな人間は、この世でとても少ないのです。妄想は無知から発生する心の回転なのです。生きるために必要な精神的なエネルギーが、この心の無駄な回転に浪費されるから、皆、常に疲れているのです。力がないのです。妄想さえ控えれば、人生はエネルギーに溢れる明るいものに、たちまち変わります。この物語に出てくる菩薩のライオン(仏教の立場)は、皆の役に立つことと事実とに基づいて考察するべきだと推薦しているのです。人の妄想を鵜呑みにせずに、事実は自分自身で確かめるべきものです。この世界は妄想の達人たち(無知の代物)に支配されているから、苦が絶えないのです。

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