ジャータカ物語
Sabbe satta bhavantu sukhitatta
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シンドゥ産の仔馬物語
出典:Kundakakucchisindhavajâtaka(No.254)
 ●監修 : アルボムッレ・スマナサーラ長老/●編集 : 早川瑞生

 これはシャカムニブッダがコーサラ国、舎衛城郊外にある祇園精舎におられた時のお話です。

 舎衛城で雨安居を過ごされてから遊行に発たれていたお釈迦さまとブッダの弟子たちが、再び祇園精舎にもどられました。舎衛城の人々はとても喜び、競うように精舎へ行って、釈尊や比丘方に食事のお布施を招待しました。ある貧しい老婆が、お布施の受け付け時間の終わり頃に、一人分のお布施を申し込みました。お布施を受け付ける係の比丘は「サーリプッタ長老以外は、皆、招待を受けてしまいました。おばあさんのところにはサーリプッタ長老に行っていただくことにしましょう」と老婆に告げました。老婆はたいへん喜びました。

 サーリプッタ尊者が貧しい老婆の家で食事のお布施を受けられるという噂はすぐに広まり、それを聞いたコーサラ国王は、すぐに豪華な食事や衣服と千金を老婆の家に贈らせました。アナータピンディカ長者やヴィサーカー婦人など、多くの人々も次々にお金や品物を贈り、老婆のところには、一日にして一万金ものお金が集まりました。

 お布施の当日、十分に準備を整えた老婆は祇園精舎の門で待ち、サーリプッタ尊者が来られると礼拝して鉢を受け取り、自分の家に案内しました。サーリプッタ尊者は老婆が作った粥や料理を召し上がり、食事の後で老婆に法を説かれました。老婆は預流果の悟りを得ました。

 比丘たちが、サーリプッタ尊者の徳によって貧しい老婆が多大な恩恵を得たことを話していると、釈尊が来られ、何を話しているのかおたずねになりました。比丘たちがお話しすると、「サーリプッタがあの老婆の作った食事を食べ、彼女に恩恵を与えたことは過去にもあった」とおっしゃって、皆に請われて過去の話をされました。

 昔々、バーラーナシーでブラフマダッタ王が国を治めていた頃、菩薩は北国の馬商人の家に生まれました。

 バーラーナシーの近くの村には一軒の大きな屋敷がありました。かつて富豪であった家は、今は落ちぶれ、たった一人残された老婆がぽつんと住んでいました。ある馬商人が五百頭の馬を連れてバーラーナシーへ向かう途中、老婆の邸宅で宿を借りました。ちょうどその夜、シンドゥ産の純血種の雌馬が産気づき、一頭の仔馬が生まれました。二、三日して馬商人がそこを発とうとすると、老婆は、「この仔馬をどうぞ私にくださいな。宿代は安くしますから」と頼みました。生まれたばかりの仔馬の世話から解放される馬商人にとっても悪い話ではなく、老婆はその仔馬をもらい受けました。老婆は仔馬をわが子のようにかわいがり、糠を混ぜた料理や、残飯や、草などを与えて育てました。

ある時、菩薩も、五百頭の馬を連れてバーラーナシーに旅立ちました。そして、旅の途中、老婆の屋敷で宿を借りることにしました。ところがシンドゥ産の仔馬の匂いをかぎつけた馬たちが、屋敷の中に入ろうとしません。その様子を見た菩薩は、「おばあさん、この家にも馬がいるでしょう?」と老婆に訊きました。老婆は「はい。一頭だけいます。わが子のようにかわいがって育てていますよ」と答えました。「その馬はどこですか」「さあ、どこかに散歩に行ったのでしょう」「いつ帰ってきますか」「あれは適当な時になったら帰ってくるでしょう」。

 菩薩は自分の馬たちを外につなぎ、この家の仔馬が帰ってくるのを待ちました。シンドゥ産の仔馬は適当な頃に帰ってきました。菩薩は仔馬の特徴を見て、この馬は驚くほどの値打ちがあるすばらしい名馬だと知りました。菩薩は「この馬の価値は、はかりしれない。宿の老婆に代価を払い、この馬をもらい受けよう」と決めました。シンドゥ産の仔馬が家に入ると、他の馬たちも家に入りました。

 菩薩は二、三日その家に泊まって馬たちを休ませ、出発する時になって、「おばあさん、十分な代価を払いますから、この馬をゆずってください」と老婆に申し出ました。「あなた、それは無理ですよ。わが子を売ることはできません」と、老婆は断りました。「おばあさん、あの馬に何を食べさせていますか」「糠を混ぜた料理や残飯や草を食べさせて育てていますよ」「おばあさん、私がこの馬を手に入れたならば、馬にとって最上のものを食べさせて、最高の生活をさせます。厩には天幕を張り、絨毯を敷いて育てます」「あなた様の所にいた方が、あの子の幸福になるのなら、どうぞあの子を連れて行ってください」。

 菩薩は仔馬の、四本の足、しっぽ、頭、の六カ所それぞれに千金ずつのお金を包み、新しい高価な衣服も添えて、老婆に渡しました。老婆はその服を着て仔馬の前に立ちました。仔馬は老婆と別れることを察して涙を流しました。老婆は仔馬の背中を優しくなぜて、「私は十分な養育費をもらったのですよ。お前は行きなさい、わが子よ」と言いました。それを聞いて、仔馬は、菩薩と一緒に家を出ました。

 菩薩は仔馬のために、馬にとっての最高の食事を用意しました。しかし、「この馬が自分の値打ちを知っているかどうか試してみよう」と考えて、糠を混ぜた料理や残飯を、仔馬の飼い葉桶に入れました。シンドゥ産の仔馬は、一口も食べませんでした。菩薩は詩で仔馬にたずねました。

 君のご飯は残飯や、糠を混ぜたものと聞く
 いつもの食事を、なぜ食べぬのか? 仔馬よ

仔馬も詩で答えました。

 大バラモンよ、私の値打ちを知らぬなら
 糠の料理で十分だ
 あなたは私の値打ちを知る
 あなたの糠飯を、私は食わぬ

 菩薩はそれを聞いて満足し、「君を試そうと思ったのだ。悪く思うな」と言って、最上の食事を食べさせました。菩薩は馬たちを王の所に連れて行きました。そして、片方に五百頭の馬をつなぎ、片方に立派な天蓋と絨毯のついた天幕を張り、シンドゥ産の馬一頭だけを中に入れました。

 王は、「なぜこの馬だけ特別待遇なのか」と訊きました。菩薩は「大王様、このシンドゥ産の馬は独りでおいておかないと、他の馬が逃げてしまうのです」と答えました。王は「この馬の速さを見よう」と言いました。菩薩が「ではご覧ください」とシンドゥ産の馬を走らせると、あまりの速さに、城の庭園全体に馬の姿が隙間なく見えるほどでした。誰一人として、ちゃんと目で追える者はいません。次に、馬のお腹に赤い布を付けて走らせると、赤い布だけがグルグルと廻っているように見えるのでした。庭園の蓮池の上を走らせると、水面の上をを飛び、蹄の先さえも濡らさず、蓮の葉一枚も池に沈めません。

 このようなすばらしい能力を見せた後、菩薩は馬から下りて手を差し出しました。馬は、四本の足を揃えて、菩薩の手の上に立ちました。菩薩は、「大王様、この馬が本気を出せば、海の周りを走っても、間に合わないほどなのです」と言いました。

 王はたいそう満足し、菩薩に国の半分を与え、シンドゥ産の仔馬を国の吉祥馬にしました。馬は王の寵愛を受けただけでなく、王から尊敬もされました。シンドゥ産の馬の厩は王の寝室のようであり、床は四種類の香料で磨かれ、壁は香草や花で飾られました。上には金の星を散りばめた天蓋があり、四方には立派な幕が張り巡らされました。厩には常に香油の灯りが灯され、便所には黄金の便器がおかれました。そして毎日、王が食べるような食事ばかりが与えられました。

 この馬が来て以来、全インドの主権がこの国に集まりました。王は、菩薩の教えに従って善政を行い、死後、天に生まれました。

 お釈迦さまは、「その時の老婆は舎衛城の貧しい老婆であり、シンドゥ産の仔馬はサーリプッタであった。王はアーナンダであり、馬商人は私であった」と語られて、過去の話を終えられました。

スマナサーラ長老のコメント
●この物語の教訓

 仏教で、お釈迦さまの次に偉大なる方といえば、サーリプッタ尊者です。裕福な人々は、十人、五十人、百人などの比丘たちに御布施の接待をします。招待の申込を受け付ける係の比丘が、それぞれの家に、比丘たちを振り分けるのです。当然なことがら、偉大なるサーリプッタ尊者を一般比丘たちのグループに入れるわけにはいきません。うっかりして、貧しい老婆が「私にも一人のお坊さんを招待させて下さい」と言った日は、サーリプッタ尊者だけ誰の招待もなく托鉢に出るはめになってしまっていたのです。係の比丘は、恐縮しながらサーリプッタ尊者にお願いを立てたことでしょう。

 ブッダに、サンガに、御布施をすることは、経済的な負担にはなりません。清らかな心でブッダとサンガに布施を行う人々は、何不自由なく生きていられるように、幸福に恵まれるものです。

 物語に出てくるシンドゥ産の馬は、仏教が推薦している「社会で賞賛されるべき人格」を代表しています。彼にまず見える性格は、育てやすいことです。自分を飼ってくれたお母さんから与えられた食べ物を文句一つ言わず食べ、外へ出て自由に食べたり走ったりして、一人で自分の能力を向上させていたのです。お母さんが馬のことを何も知らないからといって、馬がバカで大きくなった訳ではないのです。それに比べて、人間は違います。たいがい「親が無知だから自分は無知になった」とか「親の躾が悪かったから自分が性格の悪い人間になった」とか、何でもかんでも親のせいにしようとする恩知らずなのです。生まれてきて親の資格を問う人間こそ、人間としての失格者なのです。ほとんどの親は、生まれてきた子を精一杯苦労して育てるのです。子供に、親に想像できないほどの才能や能力があれば、それを自分自身の力で磨き上げて、親にも恩返ししなくてはいけないのです。「親のせいで良い人間になれなかった」と言うのは、元々良い人間になれる能力のない人間の言い訳なのです。

 この物語のお母さんも、自分の子(仔馬)が自分には想像できないほど価値のある馬だと知った時点で、子供の将来を邪魔せずに、世に出してあげたのです。母にも仔にも別れは悲しかったかもしれませんが、仕方がないのです。世に出すことこそが、やるべき行為なのです。

 シンドゥヴァ馬は、自分が何者か、どれぐらいの価値のある存在かと知っている。しかし、そんなことは何も知らないお母さんにはわがままはいわない。威張らない。しかし他の馬たちは、彼が住む厩に入ることさえも恐縮に感じる。菩薩の馬商人に飼われた時、シンドゥヴァ馬は自分の格にあった接し方を期待した。なぜなら菩薩は自分の価値を知っているとわかったからです。粗末に扱うことは認めないプライドを持っていたのです。

 人間も自分の能力の程を知っていた方がよいのではないかと思われる。何の能力もないのに能力を見せる虎の威を借りる生き方は、社会に対して多大な迷惑です。能力があるにも関わらずそれに気づいてないことも大変な損失です。本人にも社会にもです。

 それぞれの人間は、自分にどこまで能力があるのかと気づいていた方がいいに決まっているのです。

 しかし、それはどこまで伸ばせるかと知っていなければ、また問題になります。ある人は見栄を出して余計なことまでしてしまい、持っている能力も台無しにする。そういうケースもあれば、伸ばせる能力があるのに現在の状態で自己満足に陥って、堕落する人々もいる。したがって、中道は大事でしょうね。

 人格のある人は、育てた親や教えてくれた方々に対しては、自分がいくらその人々を乗り越えても謙虚でいるのです。しかし、他人にこき使われるような弱い人間ではないのです。謙虚でいるべきところとプライドを守るべきところを、よく区別判断して生きるのです。

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