根本仏教講義
Sabbe satta bhavantu sukhitatta
HOME根本仏教講義→24.ストレス完治への道 (4)感情のルーレット
24.ストレス完治への道
(4)感情のルーレット
A・スマナサーラ長老

 私たちは何か行動をするとき「面白そう、つまらない」「やりたい、やりたくない」「できる、できない」「成功したい、失敗するかも」「負けたくない、負けるかも」「褒められたい、無視されたらどうしよう」などと頭の中で妄想をめぐらせながら行動している、というところまで前回お話いたしました。

どっちが本当か? 

 では「面白そう」と「つまらない」とでは、どちらが正しいのでしょうか?「やりたい」と「やりたくない」では、どちらが本当の気持ちなのでしょうか? 実は、私たちにはそんなこと分からないのです。面白いときもあれば、つまらないときもあり、やりたいときもあれば、やりたくないときもあるのです。「成功するぞ」と自信満々で仕事をしていても、ときどき「失敗したらどうしよう、やっぱりやめようか」という不安も生まれてくるのです。こんな優柔不断な気持ちで生活しているのだからストレスが溜まるのは当たり前でしょう。ストレスが溜まらないほうが不思議なくらいです。

 私たちは、欲や不安、混乱、怒り、嫉妬、無知、恨み、高慢、焦り、後悔、眠気、怠け、疑などの線が複雑に絡み合った太いロープを、小さな針の穴に通そうと頑張っているのです。何度も何度も通そうとするのですが、いっこうに通りません。それでもあきらめずに、なんとか通そうと踏ん張っています。でも、やっぱり結果はゼロ。精神的に疲労するだけです。このように、何かスムーズに行動したいのですが妄想が多すぎてそれに集中できない状態、これがストレスなのです。

感情の裏と表

 表面に現れている感情とは違う別の感情が裏に潜んでいるものです。たとえば「皆に好かれたい」と考えて、表向きには要領よく人とつきあっている人も、裏では「皆に嫌われるのが怖い」という不安があったり、「この商品はヒットするぞ」と期待して商品を開発していても、「売れなかったらどうしよう」という感情が裏に隠れていたりします。

 それから、この表と裏の感情はしょっちゅう入れ替わります。裏の感情が表に出たり、表の感情が裏に沈んだりーー 。必要な機能をする感情が表に出て、機能しないものは裏で邪魔をするのです。感情はルーレットのように回転しています。ルーレットならやがて停止しますが、感情は停止することなくずっと回転し続けます。こんな状態だから、私たちはいつでも落ち着きがなく、何をやってもうまくいかないのです。たとえばボールを投げるとき、腕をぐるぐる回しながら投げてもまっすぐには飛ばないでしょう。ボールがどこに飛んでいくか分かりません。これと同じように、仕事や家事、勉強をするとき、頭の中であれこれ妄想して感情を回転させながら取り組んでも、決してうまくいかないのです。それでストレスが溜まるのです。

 「感情の裏と表」を分かりやすい別の言葉で言いますと、「本音と建前」です。しかしここで言う「本音と建前」の意味は、私たちが普段使っている意味とは少々違います。普通は「本音を言うとトラブルが起きるから、人間関係を円滑に進めるために建前を言う」というように使っています。そしてこのときはちゃんと「本音がある」ということを知っているのです。口では建前を言っていても本音は別にあるということを。本音を言うとやばいと。しかし、私がここで言っている「本音と建前」は、自分さえ自分の「本音が何か」が分からないのです。仕事をやりたいのか、やりたくないのか、どちらか分かりません。やりたい気持ちもあるし、やりたくない気持ちもあります。この両方が表に出たり裏に潜んだり行ったり来たりするのだから、本音がどちらか分らないのです。分かるのは、そのときそのとき表に出ている感情だけ。それであるときは「やりたい」と言い、またあるときは「やりたくない」と言うのです。優柔不断です。この「優柔不断」という言葉も、俗世間で使われている優柔不断の意味とはちょっと違います。俗世間では、ぐずぐずしていて決断力が足りないというぐらいの意味ですが、ここで使っているのはその程度のものではなく、猛烈に優柔不断な状態です。感情錯乱というほうが正しいでしょう。優柔不断ではなく感情錯乱。私たちはいつも感情錯乱状態で生活しているのです。

エネルギーのピンポイント

 細い糸なら、針の穴に簡単に通ります。でも太いロープは通りません。心の場合も、何かをするのに必要な感情だけが機能するなら、うまく行動できます。そこに余分な感情がくっつくと、うまく行動できないのです。ですから、エネルギーをピンポイントして行動するようにしてください。やると決めたらやるし、やらないと決めたらきれいさっぱりやめるのです。ときどき「会社を辞めたいけど、やっぱりまずい。でも辞めたい。でもまずい……」と、きりがなく妄想して悩んでいる人がいますが、はっきり決めればよいのです。会社を辞めるか続けるかを。はっきり決めたら、たとえ会社を辞めてホームレスになったとしても、ストレスは溜まらないでしょう。明るく生きていられます。「お金ないからホームレスでいるんだ」と。それはその人にとって別に不幸なことではないのです。

 行動するとき、それぞれの行動に対して必要な思考や感情というものがあるのです。それ以外のものはすべて邪魔になります。必要な感情だけなら心は強いのですが、必要のない邪魔な感情がくっつくと、心は弱くなるのです。

糸の種類を正しく選ぶ

 糸の役目は、針に通して、ものを縫い合わせることです。糸にはいろんな太さや種類があり、それは「何を縫うか」によって変わってきます。ですから、目的に応じて糸を正しく選ぶことが大切です。適切な糸を選べば、ちゃんと針の穴に通りますし、きれいに縫えるでしょう。服を縫いたければ、服専用の糸で縫わなければなりません。靴用の太い糸や、手術用の細い糸を使ってもうまく縫えないのです。あの手術用の糸というものはだいたい細いものですが、身体の切った部位をきちんと締めてくれます。中には二週間から数ヶ月ほどで溶ける糸もあります。細くて溶けるからといって弱い糸かというと、そうではありません。私たちが身体を動かして運動しても大丈夫なようにしっかり留めてくれるのです。

 このように、糸の太さや種類は仕事によって異なります。大切なのは、用途に適した糸を選ぶことです。糸に余計なものが混じっていると役に立ちません。世の中において「成功している人」というのは、「成功したい」という考えを明確に持っているものです。成功するのに必要な糸をちゃんと選んでいるのです。ごちゃごちゃ考えず、目的を達成するのにやらなければならないことだけを考えて、躊躇なく実行しているのです。そこには「疲れた」とか「なんでこんなことやらなくちゃいけないのか」といった余計な妄想がありません。思考が太いロープになってないのです。純粋な糸のままなのです。「やります」と、はっきり決めて行動するのです。それでなんのことなく糸が針の穴に通るのです。このように、目的に合った感情のみで行動すれば仕事はうまくいきますし、ストレスもありません。反対に、余計な感情が入り込むと、いくら踏ん張っても成功できません。気持ちが曖昧で優柔不断になり、どうしようもなくなるのです。

 料理が上手になりたければ、まず「料理が上手になりたい」という気持ちが必要です。これに「意欲」「意志」「思考」「集中力」の四つのエネルギーを合わせ、毎日繰り返し繰り返し料理を作ることによって、少しずつ料理が上達してゆくのです。でも「面倒くさい」とか「今日は忙しいから手抜きしよう」という怠けが入ると、上達することはできません。仕事で営業成績をあげたいという人も同じです。怠けず、日々集中して、やるべき仕事に取り組んでいれば、成績はあがるでしょう。でも「これでいいのだろうか……」「自信がない」「上司に怒られたらどうしよう」と考え始めると、もうだめ。優柔不断になります。優柔不断は「疑」です。疑が入ると心は揺れ動きます。疑は悪いものです。「いい仕事をやってみんなを驚かせてやろう」という考えが入っても、感情が揺れて失敗します。それが障りになり、結果としてストレスになるのです。

(次号に続きます)

(スマナサーラ師講義より構成しました/文責;出村佳子)

次の講義へ→
HOME根本仏教講義→24.ストレス完治への道 (4)感情のルーレット
© 2000-2005 Japan Theravada Buddhist Association.