根本仏教講義
Sabbe satta bhavantu sukhitatta
HOME根本仏教講義→24.ストレス完治への道 (5)慈しみの心で人生を縫う
24.ストレス完治への道
(5)慈しみの心で人生を縫う
A・スマナサーラ長老

日々の仕事は単純なもの

 どうすれば「ストレスのない生活」が送れるのでしょうか? これは意外と簡単です。というのも、皆さんは銀行強盗をしたいとか、誰かを殺したいとか、そんな恐ろしいことは考えていないでしょう。他人の土地を奪いたいとか、税金をごまかしたいとか、そんな大胆なことは考えていないだろうと思います。毎日ごく普通に仕事をしたい、料理や掃除を手際よくやりたい、会社でリストラにあいたくない、人間関係のトラブルをなくしたい、そのようなことぐらいでしょう。ですからストレスのない生活を送るのはそれほど難しくないのです。ただ頭の中で「忙しい」とか「大変だ」などと妄想しているから、ストレスが溜まるのです。

 そこで皆さんに理解していただきたいのは「私たちが日々やっていること、やらなければならないことというのは単純なものである」ということです。たとえ大勢の従業員を雇っている大企業の社長であろうとも、毎日具体的にやっている仕事というのは非常にシンプルなものなのです。電話をかけるとか、部下の仕事をチェックするとか、取引先と話をするとか、会議をするとか、そのぐらいのことでしょう。それほど難しいことではありません。でも「大儲けしよう」などと余計な感情が入ると感情が錯乱し「責任重大だ」と考えて、ストレスが溜まってしまうのです。ですから次の言葉をそのまま覚えて頭に刻んでおいてください。

   「自分が日々やっている仕事はシンプルです」

  そうするとストレスも次第に和らいでゆくでしょう。

瞬間瞬間のプロセスを楽しむ

 行動するとき、それぞれの行動に必要な感情だけを働かせていれば、ストレスは溜まりません。先月号でもお話しましたが、ストレスを溜めないように行動するには「意欲、意志、思考、集中力」の四つの感情が必要です。たとえばジャガイモの皮を剥くとき、「皮を剥きます」という意欲や意志、思考がなければ皮は剥けません。また、ちゃんと包丁の動きに集中しないと、手を切ったり怪我をしたりします。

 それから「理解」と「喜び」も必要です。「今、自分は皮を剥いている」と、そのときやっている行為を理解し、そして、その行為に対して喜びを感じることが大切です。結果を喜ぶのではありません。ここは私たちがよく失敗するところです。良い結果を出してやろうと、結果ばかりを重視しがちですが、そうではなく、プロセスを重視してください。ジャガイモの皮を剥くプロセスを楽しむのです。結果を重視して「どうだ、こんなにきれいに剥けた、すごいだろう」と自慢していると、次の仕事はどうするのですか? 次にすぐタマネギを切らなくてはならないのだから、自慢している暇などないのです。ですから大事なことは、ジャガイモの皮を剥くときは、そのプロセスを楽しみ、きれいに剥けたら「できました」と、確認する。そして次に「では、タマネギを切ります」とタマネギを切るプロセスを楽しむのです。そうすると楽しみがずっと続くのです。これがストレスのない生き方です。プロセスを楽しめばよいのです。でもそこに欲や怒り、怠けが絡んでくるとストレスが生まれてきます。ですから貪瞋痴が生まれる暇もなく、すごく明るく、瞬間瞬間のプロセスだけ楽しみながら仕事をしてください。そうすれば、結果も自ずと良いものになるでしょう。先ほども言いましたが、私たちが日々やっている仕事はどんなことでもシンプルなものです。誰にでもできる簡単なことなのです。この「余計なことを考えずに瞬間瞬間集中して生きる」ということを専門的な言葉では、「自我を捨てなさい」とか「無心になりなさい」「日々是好日」などと言われています。私がよく言うのは「妄想を控えてください」ということです。妄想が貪瞋痴なのです。「控えてください」というのは、つまり「やめてください」ということですが、やめられなければ、できるだけ控えるようにしてください。妄想が少なくなればなるほど、心も体も軽くなってゆくでしょう。

悩みに縁のない人になるために

 もう一つ、ストレスを解消する方法があります。これは完璧な治療方法で、これでストレスが完治します。その方法とは「人生の目的や衝動を慈しみにする」ということです。慈しみの衝動で生きているなら、心には自動的に善い感情が揃いますし、そこに悪い感情が入る余地はありません。ですからこれはすごく便利です。アビダルマを知らなくても、仏典を読んだことがなくても大丈夫です。慈しみを生きる目的や衝動にすれば、必要な感情しか揃わないのです。心は常に純粋な糸のままでいられるのです。ナイロンの糸になってほしいときは、心がきちんとナイロンの糸になりますし、絹の糸になってほしいときは、きちんと絹の糸になります。ですからずいぶん楽で便利です。このように慈悲さえあれば、ストレスがないどころか、失敗や悩みに縁のない生活が送れるのです。

 ところが、このような素晴らしい慈悲に対してケチをつけたがる人たちが結構いるのです。正直に、素直に、単純に、慈悲を実践しないで「なぜ慈悲をやらなくてはいけないのか」とか「慈悲についてもっと説明してくれ」と屁理屈を言ったり、難しい哲学を聞きたがったりするのです。はっきり言いますが、慈悲は犬でもやっている簡単なことです。犬でもやっていることが、なぜ人間にできないのでしょうか?

犬はしっぽを振って、私たちにかわいい顔を見せてくれるでしょう。犬にとってはあれが慈悲なのです。だから何のことなく人間にかわいがられ、餌を貰っているのです。慈悲は犬にもできる簡単なことなのですから、難しく考えずに、すべての生命に対して慈しみの気持ちを持ってください。そうすれば人生はうまくゆくでしょう。

「役に立つか」をチェック

 犬の場合はしっぽふるだけでもいいでしょうが、人間の場合はそうはいきません。いろいろなことをやらなくてはなりません。ですから何をやるときも、「これは役に立つか」とチェックしてください。たとえば部屋の掃除をしているなら「この行為は役に立つか」とチェックしてみるのです。このようにチェックするだけで、慈しみが機能するのです。

他人の幸福を喜ぶ

 他人の喜びや幸福を、自分の喜びや幸福だと考えましょう。恨んだり嫉妬するのではなく、他人の幸福も「よかった、よかった」と自分の幸福として喜ぶのです。

嫌いな人にも慈しみを

 それから、自分の邪魔をしたり、傷つけたり、足を引っ張ったりする人や、悪事を働く愚か者たちに対しても、慈しみで対応できる優れた人間になることを目指してください。たいていの人はここで引っ掛かるのです。「人に優しくしたいのですが嫌いな人には優しくしたくありません」とか「足を引っ張る人に優しくしたら、さらに私の足を引っ張るのではないか」と、そういうことを言うのです。しかし、自分を貶したり傷つけたりする人に対して慈しみの気持ちを向けることによって、私たちは立派な人間になれるのです。敵を許す人は、臆病者でも負け犬でも腰抜けでもありません。真に強い立派な人間なのです。敵を攻撃してつぶそうとするやり方は、動物のやり方なのです。

慈しみの声に従う

 たいていの人はいつでも世間体を気にして、皆と同じことをやっていれば安心だと考えています。でも、世間は無知なのです。皆、無知のかたまりなのです。そういう愚かな人々の話に耳を傾けたり、言いなりになったり、引きずったりするのではなく、「慈しみの声」を聞くことが大切です。そうすると優柔不断がなくなります。誰がなんと言おうと自分は人に優しくする、それが慈しみなのです。

 結論としまして、もつれて太いロープになっている心をスマートにするために、慈しみを実践してください。そして慈しみの心で「ストレスのない人生」を縫いましょう。人生というものは一針一針縫っていかなくてはならないものです。その一針一針を慈しみの心で縫えば、すばらしい幸福な人生が縫い上がるでしょう。
(完)

(スマナサーラ師講義より構成しました/文責;出村佳子)

次の講義へ→
HOME根本仏教講義→24.ストレス完治への道 (5)慈しみの心で人生を縫う
© 2000-2005 Japan Theravada Buddhist Association.