根本仏教講義
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26.人生改良計画
(1)「改良」の問題点 
A・スマナサーラ長老

 人はよく「自分を向上させたい」「改良したい」と言っています。では、どのように「向上しよう、改良しよう」と考えているのでしょうか?

 一般的に私たちはなんでも「合理的に」「より便利に」「より快適に」することが改良だと思っています。より便利に、よりスピーディーに、より快適に生活したいと考えて、さまざまな機械や電化製品を開発しているのです。このようなことを「改良」と呼んでいるのです。

 しかし、ここには大きな問題があります。それは、自分を改良しようとしないことです。モノや機械はどんどん合理的になっていくものの、人間は非合理的なままですから、非合理的な人間が合理的な機械を使いこなせないという問題が出てくるのです。

 たとえば医療の世界を見ますと、技術が進歩すればするほど医療ミスが多くなるという傾向があるように思います。進歩が激しいため、医者たちは機器の使い方が分からず、使いこなせない状態にあります。たとえば一千万円かけて最新機器を導入しても、その機器をうまく使えないまま、数ヶ月も経てばまた新しい機種が出現するのです。医療機関は、医者の腕だけでは現代のさまざまな病気に対処することができないということを知っていますから最新の機器を買いたがりますが、なにしろ最新の機器なものですから、導入するたびに使い方を覚えなくてはなりません。このような状態では、医療関係者は新しい機器に慣れることに精一杯で、患者のことを考える余裕がなくなってしまいます。

 ですから、自分はそのままで機械だけが合理的になると、問題が生じるのです。

改良の中身

 私たちは「自分を改良したい」と考えていますが、その中身はどのようなものかというと、たいしたことではないのです。

 男性なら「より格好よく」「より力強く」「よりもてるように」、女性なら「より美しく」「よりきれいに」「よりスリムに」ということが自己改良だと考えています。自分を向上させたいという若い男女が何を考えているかというと、そういうことに頑張っているのです。それであらゆる美容法を試みたり、流行を追いかけたり、ダイエットをしたり、男性なら、身体を鍛えたり、お金がないのに見栄を張って車やバイクを買ったりするのです。

 中年になると「より元気に」「より健康に」という目的が出てきます。いろんな健康法が次から次へと出てきますし、健康食品やサプリメントはきりがなくあります。

 仕事の世界では「上達」や「スキルアップ」「キャリアアップ」というものを目指しています。そのためのスクールやセミナーがどれほどあるでしょうか。マニュアル本もいくらでもありますし、アドバイザーたちもたくさんいます。

 食べ物の分野では「よりおいしく」「より速く」「より安く」ということに頑張っています。ファーストフードのお店などは、その結果できたものでしょう。

 また、現代人、とりわけ都会に住む人たちは、より利便性を求めてスーパーやコンビニで冷凍食品や加工食品を買って食べるようになっています。でも、そういうものには何が含まれているかわかりません。着色料、香料、酸化防止剤、漂白剤、保存料などたくさんの添加物が入っていますから、決して身体にいいとはいえません。ときどき「こんなものを食べたらどうかなあ」と思うものもあります。おいしいと思って食べているものが、身体を壊す場合もあるのです。それを私たちは毎日のように食べています。なかには、身体がものすごく拒絶反応を起こすものもあります。

結果は悲惨

 このように私たちは「良くなりたい、改良したい」と考えていますが、このような改良では、自分を改良するどころか、逆の結果になっています。「より美しくなりたい、よりスリムになりたい」ということを望んでダイエットをする若い女性たちは、逆に健康を損ない、摂食障害(拒食症や過食症)など、どうにもならない精神病にまで陥ることがあります。摂食障害に苦しむ女性たちは、もともと精神的にいかれていたわけではありません。元気に明るく遊んでいたかわいい女の子たちなのですが、年頃になってくると、まだ身体が小さいのに「痩せなくちゃいけない」と考えてダイエットをするのです。他人から見ればかわいくてきれいだし、それ以上やせたら体力がなくなって仕事ができなくなるだろうし、見るかぎり「もうちょっと食べなさい」と言いたくなるような女性なのに、本人は「自分は太っている、痩せなければならない」と言うのです。それでごはんを食べず、栄養失調になり、体力がなくなり、仕事もできなくなるのです。栄養が不足するとどうしてもイライラしますから、怒りっぽい性格になってしまい、こうして人生が不幸の方向に進んでゆくのです。

 「良くなりたい」という気持ちが、最悪の結果をもたらしています。「良くなりたい」と頑張っていますが、結果はすべてあだになっているのです。そうするとさらにやけになり、さらに踏ん張ろうとします。そうやって苦しみを増やしているのです。

健康を追い求めつつ

 それから私たちは「もっとおいしく食べたい」と思って、食べ物が持っている「維持する部分」を捨てています。たとえばリンゴなら皮ごと食べればいいのに、おいしくないとか、食感が悪いとか、固いという理由で、皮を厚く剥いて捨てるのです。しかし、リンゴの栄養分は皮のすぐ内側に多く含まれています。真ん中はほとんど水分と糖分だけ。リンゴも外部のものから身を守らなくてはなりませんから、健康を維持したり、身を守ったり、細胞を守る成分はすべて皮のすぐ内側にあるのです。なのに、皆さんは皮を厚く剥いて捨てているでしょう。見栄えが良いようにとか、食べやすいようにといって、栄養を全部捨てているのです。

 私たちは「健康、健康」と言いながらも、実は健康を壊す道を歩んでいるのです。

適応能力を育てる

 では、どうすればよいのでしょうか?「もっとおいしいものを食べたい」なら、食べものを改良するのではなく、環境や食べ物に適応できるよう自分の身体を改良することです。身体は結構すぐに慣れるものです。人間には「自然に適応する能力」があります。パンダとは違い、人間にはかなり適応能力があるのです。しかし私たちはその適応能力を見事に放棄して、パンダと同じ状態になっています。今のパンダは完全に守ってあげて人工的に繁殖しないと子供をつくれない状態にあります。中国では、絶滅の危機からパンダを救おうと良質な環境のなかで養育し、人工的に繁殖させていますが、結局のところ自分たちで自然に繁殖することができなかったらダメでしょう。このようなやり方では、救ったことにならないと思います。同様に、人間もパンダと同じ状態になっていて、人工的な環境でないと生きていられないのです。

(次号に続きます)

(スマナサーラ師講義より構成しました/文責;出村佳子)

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