根本仏教講義
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26.人生改良計画
(5)観察で妄想が消える 
A・スマナサーラ長老

 すべての生命の幸福を願えるということは、自分の心が成長したということでもあります。心が成長するにつれて、幸福感もどんどん増えていきます。ですから無駄な妄想をして苦しむのではなく、幸福を目指して頑張った方がいいというのが仏教の世界なのです。
(前号から続きます)

智慧の開発

 そこで慈悲の心といっしょに育てるべきものがあります。それは「智慧」です。智慧を開発するためには、今の瞬間、自分の心と身体に何が起こっているか、それを観察することです。観察していくと、見事に智慧が現れるのです。これは「ヴィパッサナー」という実践方法で、ものごとをありのまま詳細に観察するという方法です。歩いているときには歩いていることを観察し、座っているときには座っていることを観察し、立っているのときには立っていることを観察するのです。歯を磨いているときは歯を磨いていることを、食べているときには食べていることを観察します。その瞬間その瞬間、やっていることを観察するのです。しっかり観察するなら、頭には無駄な妄想をする暇がなくなります。それで失敗が少なくなり、無駄も省けるのです。

 たとえば食べるとき、食べている行為を細かく一つ一つ観察するなら、食べ過ぎになることはありません。しかし普段私たちは「おいしい、おいしい」と言ってパクパク食べているか、皆とおしゃべりをしながら食べているか、時間がないからといって早食いしているか、あるいはテレビを見たり新聞を読んだりしながら漠然と食べているのではないでしょうか。そこで、確認しながら食べてみてください。そうすると身体が「何をどのぐらい食べたか、食べたものをどう消化すべきか、栄養をどう吸収すべきか」ということを知ることができるのです。必要な量を食べたら、脳から「満腹ですよ」という信号が出されますから、満足感が得られ、適切なところで自然にストップできるのです。食べ過ぎ、成人病、肥満になることはありません。ダイエットをする必要もありません。食べ物が自然に身体に合わせてくれるのです。それで健康になり、心も元気になるのです。

 しかし私たちは、「これは健康にいい」とか「これを食べると痩せる」などと妄想して、食べ物を強引に身体に入れている傾向があります。妄想ばかりで、身体の状況はぜんぜん理解していませんから、結果として、体調を崩したり、病気になったりするのです。「これは身体にいい」ということはあまり神経質に考えないほうがいいと思います。ある食べ物が身体にいいと言っても、それは誰が言ったのでしょうか? 誰かさんが言ったことでしょう。身体にいいか悪いか、身体に合うか合わないかを一番よく知っているのは、自分の身体のはずです。でも、私たちは妄想で好き勝手に食べているものですから、それが分からなくなっているのです。テレビや雑誌で「これは○○にいい」と報道されたものを無理やり身体に入れ、身体の状態を無視したまま、それを食べ続けているのです。

 食べるときは妄想せずに、食べている行為を一つ一つ観察し、よく噛んで、味わって食べてみてください。そうすれば身体が「今、入ってきた食べ物はこういうものだ。この食べ物の場合はこう処理すべきだ」と自動的に機能するのです。そこを妄想で押さえてはいけません。

考えても問題が解決しないのはなぜ?

 瞬間瞬間の出来事を観察すると妄想が消えます。妄想ができない状態になり、それで智慧が見事に現れるのです。そこで、これまで「智慧」という言葉を使ってきましたが、智慧とは一体どのようなものでしょうか? 智慧があるとはどういうことなのでしょうか?

 智慧とは、グチャグチャ考えないことです。何か考えなくてはならないことが生じても、瞬時に解決して消えるのです。いわゆる「答えを出して、消える」ということです。グチャグチャ考えない状態、これが智慧なのです。

 では、なぜそれが智慧なのでしょうか?「考えない」ということは無知ではないでしょうか?

 智慧のある人は、問題が起こったとき瞬時に答えが出ます。全然考える必要がないのです。たとえば会社で問題が発生したとしましょう。社員たちが皆「どうしよう、どうしよう」と頭を抱えて混乱しているとき、智慧のある人はなんのことなく、「こうすればいいんじゃないか」と言うのです。みんなは、「あんたは全然真剣に考えていない。問題の重大さが分かっていない。いい加減なことを言うなよ」と腹を立てるかもしれません。でもよく見てみると、その答えはピッタリ適切なのです。智慧のある人は他の人のように考え込まなくても、「こうすればいい」と適切な答えが明確に出せるのです。必要なのはそれです。それが智慧です。問題が発生したとき、取り乱さずに、即座に答えを出せることが智慧なのです。考え込むことではありません。

 では、なぜ考えても良い答えが出ないのでしょうか? それは、欲と怒りと無知で考えているからです。「考えている」と言っていますが、結局は貪瞋痴のなかでグルグル回転しているだけなのです。ですからいくら考えても適切な答えは見つかりません。それどころか、悩みや苦しみが増えるだけなのです。

知識から智慧へ

 妄想で疲れ切っている脳細胞、機能しない脳細胞には、問題が起こったとき、それを解決する答えを出すことができません。そこでヴィパッサナーを実践して思考がストップすると、真実が見えてくるのです。そうすると「ゴチャゴチャ考えなくてもいい」ということが分かってきます。それが「智慧」なのです。智慧というのは、知識のような持ち物ではありません。知識は持ち物で、皆さんが持っている財布のようなものです。財布はどこかに置き忘れたり、なくしたり、盗まれたりすることもあるでしょう。ですから財布は「自分のもの」とは言えません。知識も財布と同じで、自分のものではないのです。なくなったり忘れたりするものなのです。しっかり守っておかないと、なくなってしまいます。財布を守るのと同じように、知識も守らなければ、なくなるのです。ですから知識は「自分のもの」ではないのです。

 他方、智慧は能力のようなものであり、自分に身に付いたものです。智慧が現れてくればくるほど、精神的にどんどん楽になっていきます。問題が起こってもサッと解決できますから、悩んだり混乱することがなくなります。「あれこれ考えなくてもいい」という気持ちになります。ということで、智慧が開発されればされるほど、心が成長するのです。

(次号に続きます)

(スマナサーラ師講義より構成しました/文責;出村佳子)

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