根本仏教講義
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29.能力を奪う五つの障害
(1) なぜ覚えたことを忘れるのか?
A・スマナサーラ長老    

 今回ご紹介する経典は、相応部経典(Sanyutta Nikâya)の第五巻『マハー・ワッガ・パーリ』(V. Mahâ vagga pâli)の第二章『ボッジャンガ・サンユッタ』(2. Bojjhanga Sanyutta)『ボッジャンガ・ワッガ』(6. Bojjhanga vagga)の『サンガーラワ経』(5. Sangârava sutta)PTS.S.V.121ffです。

 サンガーラワという名のたいへん頭の良いインテリなバラモン人が、お釈迦様に次のように質問しました。(これは質問の一部です)

 Dîgharattam sajjhâyakatâpi mantâ nappatibhanti. Pageva asajjhâyakatâ.
 ときどき、長いあいだ唱え慣れた聖句を思い出すことができません。唱え慣れていない聖句に関しては、言うまでもありません。(なぜこのようなことが起こるのでしょうか?)

 サンガーラワさんはインテリでしたが、現代のインテリとは少々違います。現代のインテリというのは、世界のありとあらゆる本を集めて本棚に飾り置き、必要なときに取り出して、それを参考にして話しますが、昔のインドでは、学問はすべて自分の頭で覚えておかなければならず、覚えておかないと学んだことにはならなかったのです。膨大な量の本を持っているからといって、インテリにはなりません。それだったら本を持っている人はみんなインテリになってしまいます。本の内容を理解しないで本を持っているだけでは、知識人と言わないのです。

 さらに、暗記するだけでなく解説もしなければなりません。誰かに質問されたら、頭からサッと必要なデータを取り出して解説し、答えを出さなければならなかったのです。ですから昔のインドのインテリというのは相当な能力を持っていたのです。

脳をとことん働かせる

 一方、現代人の多くはデータをなんとなく理解して、あとはすべて本まかせ。覚えておく必要はありません。そういう人の脳細胞はあまり活発に働いていませんから、年とともに衰えていく傾向があります。データを入れていない脳細胞は不安定ですから、年をとるにつれて死滅していき、ボケにつながることもあるのです。医療研究者たちは、なぜ脳細胞が死ぬのかということを研究し、それを防ぐ物質を開発しようとしているようですが、脳の治療はむずかしいですし、薬を飲んでも注射しても脳細胞の死滅を防ぐことはできないのです。しかし、よく学び、学んだことを脳にインプットし、いつも頭を働かせておくと、脳細胞はしっかりします。ですから、脳を使って勉強し、ものごとをよく覚えておいた方がよいのです。勉強するのに遅いということはありません。たしかに年をとると物忘れが多くなりがちで、人の顔は知っているのに名前を思い出せないとか、電話番号や駅名を思い出せないなどということがよくあります。だからといって勉強できないかというと、勉強すればできるのです。ただ、今さら名前や電話番号、駅名なんか覚えなくてもいいのではないか、という気持ちがあるから、なかなか覚えられないだけで、覚える必要があるものに関しては、一発で記憶できるのです。
 ですから、学ぶのに遅いということはありません。逆に、年をとって学び始めると良い面もあります。人生に必要なものだけ覚えておいて、ほかのくだらないことは全部捨ててしまうからです。どちらかというと若いときはくだらないものばかり覚えておき、大事なことは全部落としてしまう傾向があります。これは能力が未熟ということです。ですからインド文化的に「明日死んでも今日は勉強します」という気持ちで、脳だけはとことん働かせたほうがよいのです。

サンガーラワさんの問い

 サンガーラワさんは大変な知識人で、図書館二つ分ぐらいの大量データを頭の中にインプットしている人でした。ところが、子供の頃からずっと暗記している聖典なのに、ときどき思い出せないことがあるというのです。サンガーラワさんはトップグレードのバラモン人でしたから、法要のときなど堂々と始めるのですが、途中で「あれ、次は何でしたか……」と分からなくなり、引っかかることがあったりするというのです。よく学んで慣れているはずなのに、忘れてしまうことがあると。またあるときは、ちょっとしか学んだことがないことでも、明確に思い出せることがあるというのです。
 これを分かりやすく言いますと、ときには鋭くシャープで明確に頭が働きますが、ときにはどうしようもなく鈍くて頭が働かない、これはどうしてでしょうか、という質問です。

お釈迦様の答え方

 お釈迦様はすごい方で、「思い出せないのは身体の調子が悪いからです」などといった、いい加減な答えは出しませんでした。お釈迦様が答えるときはいつでも、人類すべてに役に立つ「普遍的な真理の答え」を出すのです。これが正自覚者である仏陀たるゆえんであり、修行を完成させて悟ったということは、そういうことなのです。お釈迦様がおっしゃった真理は、たとえ時代が変わっても、国や場所が変わっても、真理は真理ですから変わることはありません。

 お釈迦様の答え方の特徴として
  ■ 質問の内容に応じて、相手が理解できるように、 さまざまな方法で答える。
  ■ 質問に答えるだけでなく、その人が人格を向上  させ、解脱できるようにアドバイスする。

 お釈迦様は、相手の質問に答えるだけでなく、質問した人が人格を向上させ、解脱するためにこれから何を学ぶべきか、というところまで教え導きます。相手の質問は一つですが、その質問の答えのみならず、一切の質問の答え、つまり「一切の問題を解決する方法」まで教えるのです。

 このように、お釈迦様の答え方には二つの次元があります。一つは俗世間の次元で、相手の質問に対する答え。これは誰でも納得できる、俗世間の立場から見れば完璧な答えです。もう一つは出世間(世間を乗り越えた)の次元で、解脱するためのアドバイスです。聞いた人は「なるほど、こういうふうに修行するのか。頑張って悟りに達しなくてはならない」というレベルのアドバイスです。

 お釈迦様は世間で理解できるレベルと、世間では理解できないレベルを、いっしょに教えました。一つの教えの中に、意味が二つ入っているのです。

能力の細菌

 では、サンガーラワさんの問い、「ときどき頭が鋭く働きますが、ときどき全然働きません。なぜでしょうか?」という単純な質問に、お釈迦様はどのように答えたのでしょうか。

 お釈迦様は、「人間の能力に障害が入るからです」と答えました。

 障害が入ると、頭が働かなくなるのです。勉強もできませんし、すでに勉強したことも思い出すことができません。皆さんも、勉強しても頭に入らないとか、仕事がはかどらないとか、もういやだ、やりたくないなどと、頭が働かないことがときどきあるのではないでしょうか。このとき、心に何か障害が入っているのです。この障害は非常に迷惑なものです。障害は細菌みたいなもので、たとえば風邪をひいたとき、身体の中に細菌が入って、頭が痛くなったり熱が出たり、身体が弱って頭も働きません。お釈迦様がおっしゃる細菌とは、「能力の細菌」です。私たちの能力に細菌が入っているから、能力が鈍り、発揮されないのです。

身体は衰えても頭だけは明晰に

 この経典は、別の言葉で言えば、「どうすれば頭が良いままで生きていられるか」という話しです。現代人が心配している病気の一つに、認知症があります。これは癌よりも危ない病気だと思います。私は、癌になって立ち上がれなくなっている人を見てもそんなにかわいそうとは思いません。なぜなら頭はしっかりしていますし、考えることができますから。その人は残りの人生の計画をしっかりたてて、明るく、人間らしく、理性を保ち、人間としてのプライド持って過ごすことができます。でも、認知症になったらどうしますか。理性が低下し人間性まで衰えたりするのです。これは大変悲しいことです。認知症になるのは、私たちから見ればだいたい年上の方でしょう。ですから尊敬したいのですが、でも当人は知性も理性も社会性もほとんどなくなっている場合が多く、自分の子供の顔さえ忘れているほどです。病気ですからしょうがないのですが、だからといって人間に生まれたのに人間としての尊厳を失ってしまうということは、けっして良いことではないのです。ですから、頭だけは衰えないように気をつけたほうがよいのです。身体は衰えても気にすることはありません。足が動かなくなったら車いすに座っても、ベッドに横になってもよいのです。人と話したり、本を読んだり、文章を書いたりして、人間として堂々としていることが大切なのです。もし手が動かないなら、口で話せばよいのです。身体は衰えても、頭だけは衰えないように気をつけたほうがよいのです。
(次号に続きます)

(スマナサーラ師講義より構成しました/編集;出村佳子)

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