根本仏教講義
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13.もうひとつの生き方 I
(3)模範になった仏弟子たち
A・スマナサーラ長老

 先月は、サーリプッタ尊者とモクレン尊者の指導についてお話ししました。釈迦尊は、本当に修行したいなら、サーリプッタ尊者、あるいはモクレン尊者を目指しなさい、と教えられました。今月は女性の出家者について、仏陀が述べられたことをご紹介しましょう。

■ふたりのすばらしい女性■
 サーリプッタ尊者とモクレン尊者のことを説かれたお経の中で、次に出てくるのが、女性の出家者のお話です。

 女性が出家した場合、もしまじめにがんばりたければ模範にしなさい、と説かれている比丘尼がふたりいるんですね。

 1番目に出てくるのがケーマで、2番目に紹介されるのがウッパラバンナーです。もし女性の方が出家したならば、ケーマとウッパラバンナのふたりを模範にしなさい、このふたりが自分と引き比べる際の基準であると、お釈迦さまはおっしゃいます。  女性に対しては男性を模範にしなさいとは言っていないのです。

 男性には男性の、女性には女性の、偉大な人物が二人いたのです。この4人はなかなかの人物でした。
 仏教は昔から、男女平等という立場でしたからね。サーリプッタ尊者、モクレン尊者は先週もお話ししましたとおり、卓越した存在でしたし、ケーマ、ウッパラバンナーもすばらしい人物でした。インドでは誰もが恐れるくらいの口の立つ哲学者もバラモン人も、この二人に会って話したら何も言えなくなるくらいの知識と悟りの智慧を持っていたのです。
 それからこの二人は、ものすごい美人だったそうです。あまりにも美しい二人だったそうですが、ここはやっぱりひとつの注目点なんですね。人間の美しさは、何という価値もない。ただただ、毎日、衰え、腐っていくものです。それなのに美しさにこだわり威張っていると、損をするのは本人であり、ダメージを受けるのは本人のこころです。  

■美しさに高慢になっていたケーマ■
 このケーマという人は、王様のお后だったんですが、出家をしました。しかし出家をしたのに、一度もお釈迦さまと顔を合わせないのです。なぜかというと、彼女はこころを過去生から育てましたので出家はしたかったのですが、あまりにも自分がきれいなので自分のことはかわいいのです。ですからお釈迦さまに会ったらいきなり叱られるのではないか、あなたは自分が美しいと、自慢に思っているでしょうがからだというのは醜い不浄な、腐っていくものなのだと、いきなりみんなの前で言われてしまうのではないかと、恐れたのです。

 ずば抜けた美人でしたので、大勢の人の中に入ってもみんなの注目の的になるような、彼女のまわりだけオーラが漂っているようなカリスマ性をもった美人だったんですね。ですからすぐにお釈迦さまの目にもとまって、何か言われるのではないかと思って、みんなが説法を聞きに行っているときでも、ケーマだけはこそこそと隠れて修行していたのです。
 他の比丘尼達が「あなたは出家したのだから寺の中に隠れていてどうするのですか。出家者には出家者のすべきことがあるのです。ちゃんとお釈迦さまから話を聞いて、指導を受けるべきです」と言いましたが、彼女は「そのつもりで出家したのですが、まだ勇気が出せないのです。叱られることはわかっているのですから」とぐずぐずしている。みんなは「そんなことを言っている場合じゃないでしょう。あなたはもう出家しているのですよ」と言って強引に引っ張っていったのです。強引につれて行かれましたが、彼女は一番後ろに隠れて誰にも見えないように遠くに座って、説法を聞いたのです。そこで彼女は悟り、預流果になりました。

 説法を聞いて悟る、知識的な働きから悟ることもできるのです。

 お釈迦さまはここではちょっとしたテクニックを使いました。彼女にひとつの現象を見せたんですね。彼女の頭の中の妄想・幻想としてなのかどうかはわかりませんが、とにかく彼女にだけ幻覚が見えたそうです。
 どのような現象かというと、ケーマとはくらべものにならないくらい、とてつもなく美しい女性がお釈迦さまのそばにいて、お釈迦さまにウチワで風を送っているのです。それにまったく我関せずで、お釈迦さまは説法しているのです。誰よりも美人とほめたたえられて生きてきた彼女には、やはり人の美しさが気になるのです。そして思ったのです。
 「私は一体何なんだろう。美しいと言うならあの女性のことでしょう。それなのに、なにひとつ困ることなく、お釈迦さまのそばにいる」
 その姿を見て、お釈迦さまに会ったら、私は叱られるだろう、批判されるだろうという、わだかまりの気持ちが消えてしまったんですね。お釈迦さまが批判するような方ではなく、優しく尊い人であることもわかったのです。お釈迦さまは私を叱るだろうと思うこと自体、自分の美しさに高慢になっていたのだということに気付き、その高慢が消えてしまったのです。それで、説法を聞いて悟りを開いたわけです。  そんなわけで育てる間は大変面倒で、手間がかかったのですが、一旦悟ってしまったらそのときにはもう第一人者になったのです。お釈迦さまの一番最初の女性弟子ではありませんが、女性出家者達の中のリーダー格となって、活躍したのです。年齢や先輩後輩の順でいえばケーマは若輩ものではありましたが、彼女が悟ってから、お釈迦さまは彼女をリーダーとして、認めたんですね。
 その後彼女は、女性たちの仲間でサーリプッタ尊者の仕事もよく手伝ってあげたそうです。彼女は裕福な知識人の家庭で育ちましたので、当時の普通の女性たちがほとんど教育を受けさせてもらえなかったのに比して、徹底的に教育を受けていました。ですので、一旦悟ってしまえば、その知識を、彼女のもとに集まる多くの女性たちに授けたんですね。

■それぞれの立場から見た「模範」■
 ウッパラバンナーは茶色に近い肌の色を持つ女性でした。おもしろいことに、男の側の2番弟子モクレン尊者も茶色の肌をしていました。お釈迦さまや釈迦族の人々、弟子たちも、北の方の人でしたので、肌色は明るい人が多かったのですが、2番弟子は男性も女性も肌色が茶色かったのです。ですので、そのことで何か区別されちゃうんですね。あだ名を付けられたり。

 ウッパラバンナーはほんのり色の付いた肌色をもつ、それはそれは美しい人でした。その美しさで有名でしたが、出家したわけですから彼女にとっては何の関係もなかったのです。そしてモクレン尊者と同じく、尼さんたちを指導していたんですね。このように、男性にも女性にも、タイプの違う2人の見習うべき人がいたということは興味深いことです。

 さらに、在家の信者の場合は、男性ならチッタまたはハッタカ・アーラワカを模範にしなさいと話されたのです。在家の中には、財産をたくさん持って、仏教にいつも寄付していたアナータピンディカという商人もいたのですが、毎日のように会って毎日お世話になっているアナータピンディカを模範にしなさいとはおっしゃいませんでした。言わないからといって彼が怒るかというとそんなことは、まったくなかった。一方チッタという人は遠い地方にいたのですが、在家のなかによい弟子ができたと信頼しておられました。

 なぜ在家の男性たちにサーリプッタ尊者やモクレン尊者を模範にしなさいと言わないかというとそれはあり得ない話だからなんですね。在家の信者さんは家を持ち家族を持って、生活をしていかなければならないのですから。

 このチッタという人の話は、いくつもの説法のなかに入っているのです。この人はゆっくりゆっくり悟りの道を歩み、長い間「預流果」という境地にいましたが、さらに修行を重ねて、歳をとってから不還果になったという人です。

 彼は自分の村のお寺の面倒を全部見ていたんですね。そして彼が何かをするときには、必ずその寺のお坊さんの許可を得ていました。大変できた信者さんでしたから、どこか他の地のお坊さんにお布施するときでも、先に自分の寺のお坊さんに「いかがでしょうか」と聞きに行ったのです。  またこのチッタのすごいところは、説法ができるということです。かなりやり手の商人でしたから、商売も続けていましたが、商売しながら説法もして、自分の財産は良いことに使う。お坊さんたちにも会って説法したり、質問に答えたりしたのです。

 もう一人、釈迦尊が模範にしなさいと言われた在家の男性はハッタカ・アーラワカです。彼は、生まれて間もないうちにお釈迦さまに抱かれた子供です。若いうちに悟りを得て、そのせいでタレント並みの人気者でした。そうするとファッションのように仏教を若者に伝えることができたので、お釈迦さまから見ると大変良い子だったのです。

 女性の在家信者には、クッジュッタラとウェルカンタキナンダマータをモデルにしなさいと話されました。クッジュッタラという女性は王様の宮殿にいた召使いで、大変醜い人でしたが、召使いになる前から預流果の境地にいて、自分でお釈迦さまの説法を聞いて、そのままお后たちに伝えて歩きました。まるで、歩くテープレコーダーですね。彼女のお陰で、コーサラ王の宮殿にいたお后たちが大勢悟ることができたのです。

 ウェルカンタキナンダマータの方は、並みの女性ではないんです。在家の人でしたが、神通力があるし超能力があるし、いろいろな超次元のことができる人でした。

 スペースがないので終わりますが、このように、お釈迦さまは、出家者には出家者の、在家信者には在家信者の、また男性には男性の、女性には女性の「模範となる人」を指し示し、それぞれが一番身近に学べる方法で人々を指導したのです。
(この項終了) (スマナサーラ師講義より構成しました)

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