根本仏教講義
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18.ありのままを観る智恵
(4)日頃の問題に対応できる能力が智恵
A・スマナサーラ長老

前回は、立派な人を見分けるポイントの一つめ、『戒律のある人』のお話をしました。それから次に『忍耐』も、人間に必要な道徳のひとつであるというお話を始めたところでした。世の中は瞬時さえも停止することがないのだから、損をすることもあればほめられることもあり、楽しいこともあれば苦しいこともある。無知な人は、楽だけ、得だけが止まって欲しいと思いますが、そんなことはあり得ないのですから、幸福なときにも不幸なときにも落ち着いて対処できる『忍耐』が必要なのです。

■不幸なとき落ち着いていられる人■
 現代の経済社会では、皆、得することばかりを考えて、一生懸命です。からくりや工夫、インチキや嘘と、さまざまな手段を使って得することを考えます。直接、間接に、人を殺してまでも得をする。国際的に、他の国をいじめても自分が得をする。武力があるからといって、世界中に武器や軍隊をばらまいて、どんな国も瞬時に脅し、言うことを聞かせるという態度は、自分だけが得しようとする態度であって、無知の結果以外の何ものでもありません。商売というのは、得をすると次には損もするし、損をするとそれからまた得をする。

 そのように物事は変化するのだということを理解することが、仏教の世界です。ずっと永久に商売繁盛をおねだりするのは、仏教的な考え方ではないのです。自分の弱みも認めることが必要なのです。認めようと認めまいと、他人にはバレているのです。

 さまざまに変化の起こる世の中にあって、本当に人間ができているかどうかということは、不幸に出合ったときにわかります。人が本当に幸福かどうかは、何かトラブルに出合ったときにわかるのです。人生が安定しているときに、ニコニコして、みんなにちゃんと頭を下げて挨拶して、きちんとした生活をしている、だからよくできた素晴らしい人だとは必ずしもいえないのです。

 不幸というのはだいたい誰にでも回ってきますから、人間が本当に素晴らしい人かどうかは、そのようなひどい目に遭ったときに落ち着いている人かどうかでわかります。大変な損をしたときにも落ち込まないで、また逆に、得をしたときにも舞い上がらず落ち着いている。損をしても得をしても、何ということなく、やるべき行動をし続ける、そのような生き方が智恵のある人の生き方なんですね。

 商売でいうなら、品物が売れているときには売れているなりの対応を、このごろ売れないんだというときには、それならこうしようと忍耐強い対応をできるということ。生き方がきちんとしている、ということです。

 ですから、そのように忍耐のある人も、我々にとって大変信頼できる人だといえます。忍耐のある人は、私たちが不幸に出合ったときにも、「こうしてはどうですか」というアドバイスをくれるでしょう。しかしそのようにしっかり行動する人は、舞い上がったり落ち込んだりする人間とはつきあわないのです。ですから、我々もやはり、そのような忍耐力を育てなければならないのです。

■一貫性のある生き方■
 立派な人間に必要な要素の3つめは、『一貫性があること』です。自分の人生、生き方というものは、やはりある一貫性というものがないと意味がないのです。一貫性がないと、信頼できないのです。

 どういうことかというと、ある事柄について、一人の人と話すとある意見を言う。別の人と話すと別の意見を言う。4人の人と話すと4つの意見を言うような人は一貫性がないのです。また、月曜日に電話してみたら、あることを言う。火曜日に電話してまた聞いたら、また違うことを言う。その場その場で考え方が変わる。昨日、批判していた相手と、翌日になれば、手を組みましょうと、そのような政治家の姿勢は一貫性がないのです。

 むずかしいことですが、一貫性ある人生を送ることは大切なことです。一貫性のまったくない人というのは周りにも迷惑をかけるのです。

■智恵ある人とつき合うには■
 そして、4つめは『智恵』なんですね。我々が親しくつきあう人を選ぶ場合には、智恵のある人を選んだ方がいいのです。しかしここでも、智恵のある人は無知な人とはあえてつきあおうとはしませんから、むずかしいのです。ただ、智恵を求めている人であれば、頼めば多少はつきあってもらえるかもしれません。智恵を求める気持ちがまったくないのに、「この人としゃべったり仲良くしていれば、何か自分もうまくいくんじゃないかなあ」という安易な気持ちで智恵ある人に頼み事をしたりする。それでも、智恵を求める気持ちがなければ、いくら頼んでも追い出されるだけです。頼めば頼むほど、追い出されることでしょう。いろいろ頼んだから、まわりでうろうろしたから、といって親しくつきあったり、その人から何かを得ることはできないのです。

 達磨大師のエピソードに、これと似た物語があるでしょう。禅宗の始祖の達磨大師は、18年間ずーっと冥想ばかりやっていた。そこで、彼の2番目の弟子が、自分にも教えてくださいと頼みに行ったんですね。ところが大師は、まったく教えようとしないばかりか顔も見ない。インドからわざわざ中国へ、禅を教えるために行ったのですから片っ端から弟子を探せばいいと思うところですが、誰にも教えないし口さえきかない。この弟子は、真冬の寒さにも耐え、どんなつらい日も待っていたのですが、何年待っても受け入れてくれないので、とうとう自分の手を切断したんですね。それでようやく、坐禅を教えたのだという話です。この弟子は大師の跡を継ぐ、2番目の師匠になったそうですね。そのくらい、智恵のある人に近づくのはむずかしいことなんですね。しかし、智恵を求める人になればチャンスはあるかもしれません。

 このような厳しい修行の世界はともかくとして、日常生活でも智恵はとても重要なんですね。

■智恵とは何か■
 国際的な問題が起こったときに、日本が何とかしなくちゃいけない。そのときに、問題をうまく解決できる智恵のある人を送らなければ、問題が余計に大きくなってしまうだけです。

 会社でも、多くの仕事を多くの人に任せなければなりませんが、会社全体のことを考えて、必要なこの仕事は誰にできるかを見極めて任せる、また、残った仕事はこの人にはちょっと荷が大きいと思ったら「あなたにこれを任せますが、少しむずかしいですからあの人に聞いてやってください」というようにきちんと管理しなければなりません。しかし現実には、そのような智恵のある管理ができる人はほとんどいないのです。自分の気分で、嫌いな人にいやな仕事を回したり、才能のない人に、仕事だからやれと命令したり。人をいじめるために、自分から辞めてもらうためになどと言って、余計な仕事を頼んだりするのは、結局会社の損になります。部下の方も、判断能力がないので、頼まれるべき仕事でないような仕事を頼まれても、「これは私の仕事ではありません」と言えるくらいの根性がないのです。それでもやれと言われたら、会社に大損させるくらいのことをして「私はこれで辞めさせていただきます」と言ってしまうくらいの部下であればどうでしょうか。上司の間違った指示に、きちんと警告を発する対応をする人が多くいれば、会社ももっと気をつけると思います。現在は、経営する側に能力開発する力もなければ、雇われる側にそれを変える能力もない。

 安定した平和な社会を作るためには『智恵』が必要なのです。そして我々はいつも、それぞれの人にどのくらいの智恵があるか、知っておいた方がいいのです。

 それをどのように知るかというと、お釈迦さまは『ディスカッション』しかないのだとおっしゃっています。人と人がしゃべっているのを見ていると、その人に智恵があるかないかは観えてくるのです。しかしそれも、観ている側に智恵がないとわかりませんけれどもね。智恵があれば、この人が問題をうまく運んでいるかどうかが明確に見えるのです。

■誰もがあっと驚く解決策■
 アメリカがイラクに戦争をしかけたとすると、日本の総理大臣はどういう発表をするか。この答えはおそらく地球上の誰に聞いても明らかでしょう。「支持する」と。それは「智恵がない」ということだといえると思います。アメリカが何をやろうと、それは正しいという前提で動いているのが日本の政府ですね。

 智恵があるということは、誰もがあっと驚く、「ああ、さすが」と感じるような解決策を提示できるということなのです。誰かと喧嘩する必要はまったくないのですが、誰にでも思いつくような発言をしているようでは、とても、智恵があるとはいえません。

 ともかく、智恵があるかどうかはディスカッションでわかります。AさんとBさんがディスカッションするとすると、立場はいつも3つあるのです。ある問題が、Aさんには「丸く」見える。Bさんには「点々」に見える。そこで混乱が起きるのです。両方の立場を理解した人が、「それはCでしょう」と答えを出すことで解決するのです。それが智恵の世界です。智恵は、人間には必ずあって欲しいものです。

 智恵というのは、未だかつて知らなかった問題にどんな対応をすることができるか、ということなのです。毎日料理を作っている人が、上手にみそ汁を作るからといって智恵があるとはいえないでしょう。しかし、フランス料理のシェフに、大根と納豆、昆布と海苔を渡して、フランス料理を作りなさいと言ったときに、素晴らしいフランス料理を作ったとしたら、智恵があると言えるのではないでしょうか。暗算世界チャンピオンの男の子がいますが、電卓よりよほど早くものすごい桁数の計算をしてしまいますが、それは智恵とはいえないのです。これまでに想像もしなかった、新しい問題にどう対処できるか、というのが智恵なのです。

 我々が日々生活する上で、問題は数々起こります。前もって準備しているわけでないこれらの問題、トラブルに、どうアプローチできるかというのが智恵なのです。ですから、ディスカッションを見ていると、智恵のあるなしがよくわかるのです。

 これまで、人間が持つべき4つの特色をお話ししてきました。お釈迦さまは、このような人間を育てたかったのですね。皆さんもぜひ、がんばってください。(この項終了)

(スマナサーラ師講義より構成しました/文責;舟橋左斗子)

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