「ブッダの智慧で答えます」(Q&A)
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【16】 冥想を一歩前に進めるために

Q:ヴイパッサナー冥想をしていて、車の走る音や風を身体に感じることと、おなかの縮みを感じることとが一度に起きた瞬間、とまどいを感じました。肌で風を感じている感覚はあるのですが、意識はおなかの縮みを感じているように思い、「縮む」「縮む」とサティしました。しかし、肌に感じた風が、一瞬のうちに生じた、心の早い動きだったのでしょうか。

A:そうです。それが一瞬のうちに感じた、心の早い動きです。私たちはものごとを感じ、認識してから、頭の中に言葉を作ります。ですから言葉が現れる前に、すでに認識はしているということになります。言葉というものは、我々が認識している世界に後からつける、一種のシンボルです。同時に幾つかのものを感じ始めたら、一番強い感覚に言葉のラベリングをしてサティの実践を続けます。おなかに集中している意識の流れが、他の感覚で一瞬切れたなら、たとえば、音が入った、足がしびれたなどで切れたとしたら、それを「音、音」「しびれ、しびれ」と確認してからもとの流れに戻ります。「膨らみ、縮み」を確認する流れが切れないで続いている場合は、おなかに集中することはよいのです。

Q:冥想をしていて集中してくると、頭から全身がビリビリとした感じを受け、だんだんと気持ちがよくなり、「感じている、感じている」とサティするのですが?特に、手足のしぴれ、血液の流れなどを感じます。以前から、身体の皮膚は敏感な方ですが、最近特に強く感じます。このまま続けてもよろしいでしょうか。

A:集中力と確認の力(サティの力)が増してくると、感じ方が変わってきます。明確に見ていくと、今まで気付かなかったようなことに気付くでしょう。実践する人は、前に進むように注意しなくてはなりませんので、大切なことは「何が起きても、ただ確認だけします」という姿勢で、努力する必要があります。判断をしないこと、気持ちのよい感覚に惹かれないこと、気持ちの悪い感覚に落ち込まないこと、というヴィパッサナー冥想の基本を、忘れないように気をつけてください。冥想で現れた様々な感覚が、次の冥想でもよみがえってほしいという希望が、心の中に隠れています。その気持ちが冥想の進行をさまたげる支障となりますので、よく覚えておいてください。

Q:私は集中冥想は一度も試したことがなかったのですが、以前にお聞きしたお話に興味もあり、これからやってみようと思います。その場合、1日1回と決めて、続けていけばいいでしょうか。どのようなときに集中冥想をすれば効果的なのか、教えてください。

A:自分の苦しいときは、集中冥想(サマタ冥想)でもして、楽しくなればいいと思います。人は苦しむ必要はないし、不快感を感じる必要はないし、楽しく生きていればいいのですから。ヴィパッサナー冥想がしにくいとか、何となく身体の調子が悪いとか、そういうときはちょっと集中冥想してみると、すごく快感が生まれてきて、苦の状態が消えてしまうんですね。そういうふうに適当に使えばいいのです。別に決まりはないのです。ただ、そればかりに集中して、ひとりでサマタ冥想ばかり続けるのは、あまりよくありません。ヴィパッサナー冥想は、ひとりだけで続けていても大丈夫なのですが。

Q:サマタ冥想は、家でひとりでやらない方がいいということでしょうか。何か、問題があるのでしょうか。

A:ヴィパッサナーを始めたばかりのときは時間もかかりますから、サマタ冥想のよいところだけ取って、それからヴィパッサナーに行けばいいのです。まず、ヴィパッサナーのよいところというのは、何か超自然的なことがなくても、自然に身体と心が落ち着いてくることなのです。特に何も感じず、大胆なことをやったという気持ちもないのだけれど、怒りも落ち着いているし、欲も落ち着いている。ものごとがどんどん明確に見えるようになってくるということなんですね。そしてそういう状態はずっと続くのです。一方、サマタ冥想の場合は、ときに特別な現象が起こることがありますから、インパクトが強いのですが、欠点は特別な現象の中で生まれたものは、その特別な環境の中に終わってしまうということなのです。冥想するときはいいのだけれど、終わってしまえばごく普通の状態に戻ってしまって、以前と何も変わりがないということです。それなのに、強烈な一瞬にとらわれてしまうこともありますので、危険なのです。

 ヴィパッサナーでは、ヴィパッサナーが終わっても、自分が得た落ち着きはそのままなのです。
一時的に強烈な結果があるサマタ冥想とは、その点で違いがあるのです。ただ、ヴィパッサナーになかなか心が行かないのは、すぐに何かを感じないからなのです。本当はヴィパッサナーでも、方法さえ見つければ、とても楽しくできるのです。方法さえ見つければただ、膨らみ、縮みひとつを見ただけで、宇宙そのものを見るほどの智慧や、ありとあらゆるものが瞬時に明解に理解できるような経験や、ものすごい発見があるのです。ですから、もうヴィパッサナーをやらずにはおれない状態になってしまうんですね。

 ですが、そればかりでもまた、よくないのです。自分を発見することに進んでいき、煩悩が生まれてくるシステムなどを発見していきます。それもものすごく明確に、客観的に発見することができます。ヴィパッサナーから何を発見し、どんな智慧が得られるのかということは、言葉では決して言い切れないくらい、ものすごいものなのです。それは、言葉で聞くことではなくて、各人が、それぞれに自分で発見することであって、それしか知る方法はありません。

Q:サマタ冥想とヴィパッサナー冥想への取り組み方などをお聞きしましたが、慈悲の冥想について、なにかアドバイスがあれば教えてください。

A:そうですね。慈悲の冥想の言葉を心に思い浮かべるとき、十分にイメージを膨らませて、楽しんでみてください。私の悩み、苦しみがなくなりますように、と言った瞬間に、自分の現実のいろいろな問題や、悩みが消えた瞬間をイメージして楽しんでください。悟りの光が現れますようにと言った瞬間に、自分に本当に智慧が現れて、ああよかったと、ほーっとしたことをイメージして感じてみるのです。自分の親しい人にも、生きとし生けるものにも、ものすごく無量に、その楽しい感じを感じてみてください。それは慈悲の冥想の経験の世界なのです。具体的に幸福を感じようとすると、それは本当に楽しいはずなのです。

(皆さんからのご質問をスマナサーラ長老にお聞きし、編集部でまとめました)

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