「ブッダの智慧で答えます」(Q&A)
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【17】 穏やかで幸せな心をつくる方法

Q:いつも穏やかな気持ちでいたいと思うのですが、自分がいくらがんばっているつもりでも、喧嘩を始めた二人の間に居合わせたり、いろいろな場面で動揺させられることが多いのですが、そのようなとき、どうすればいいのでしょうか。

A:たとえば喧嘩をしている人の間にいると、当人たちは、第三者をなんとか自分の味方に付けようとがんばりますよね。そして「あなたもそう思うでしょう?」などとあなたに聞いてくることでしょう。そこで、「そうですね」とでも言おうものなら、もう片方の相手があなたに対して大爆発を始めるに違いありません。しかし「そうじゃないと思いますよ」と言えば、頭に血がのぼっている当人は、きっともっと怒り出すでしょう。ですから、そういう環境に陥ってしまったら、気持ちが暗くなって、ものすごくいやな気持ちになってしまうのです。そういう場合は、あなたはどう思いますかと聞かれたら、まあ、今はあなたたち2人が喧嘩しているのですから、まずは思う存分喧嘩してください。それが終わったら私の意見を言いましょう、待ってますから、大丈夫ですから、どうぞやってください…そんな風に言ってみてはいかがですか。そう言えば、自分は喧嘩には参加しないのです。喧嘩をやめなさいとも言わずに、やれというのは、私がよく使う手なんです。

Q:そのとき、第三者である我々は、ただの傍観者であればいいのでしょうか。心の中で慈悲の冥想をするとか、そういうこともなくただ、見ているだけでいいのですか。

A:それはその人の能力次第ですね。自分の心が汚れると思えば、慈悲の冥想をすることも助けになるでしょう。自分がどうしても、心の中で喧嘩に参加してしまうようでしたら、慈悲の冥想でもしてプロテクトした方がいいですしね。特に惑わされず、心の中が幸福であるならば、その必要もありません。すべてにとらわれない「傍観者」の立場というのは、素晴らしい立場なのです。

さきほど「どうぞ喧嘩を続けてください」と言えばいいと冗談っぽい例をお話ししましたが、そうするのがいいという話でもないですし、そのようなジョークのなかから、意味合いをわかっていただければと思って言ったまでです。それは別に喧嘩に油を注いでいるわけではなくて、人間というのはどうしても屁理屈だらけだから、やってくださいと言えばやめたくなるんですね。そんなことでお話ししました。2人の怒りがあまりに強いと、第三者にも喧嘩を売ろうとするんですね。それを受け入れないことです。向けられた怒りが受け入れられなければ、当人たちの怒りの感情も確実に消えるのです。自分が真に幸福であれば、周りも確実にその影響を受けます。なぜならばこちらが真理のエネルギーを持っていて、あちらがまったく無知のエネルギーだとすると、真理の、知慧のエネルギーは当然勝つのです。勝つというのは、無知のエネルギーが抑えられて、こちらのエネルギーと入れ換えられるということです。

Q:その、真理のエネルギー、智慧のエネルギーを持つようになるために、冥想が手段となるのでしょうか。

A:そうですね。冥想が進めば、周りの人が怒っていようと実っていようと、お金があろうとなかろうと、天気が良かろうが悪かろうが、心はいつも幸せで、快感のエネルギーだけを作るようになります。冥想、つまり修行は、一見苦しいもの、あるいは暗いものととらえられるかも知れませんが、実はその道中自体がとても楽しいものなのです。仏教の修行の道というのは、そういう幸福の道であることを覚えておいてください。これまでは、不快感ばかりを作る人生でしたので新しい道ともいえるでしょう。それはわれわれ人間だけではなくて、どんな生命でも、生きとし生ける
ものはすべて、不快感を作るようにセットされているのです。その、不快感を作るしくみを壊す方法と、快感だけを作る方法は、なかなか見つけるのがむずかしいものなんですね。

Q:もう少し、具体的にはお話ししていただけますでしょうか。

A:たとえば、電気製品を買うと、厚いマニュアルがついていますね。マニュアルを読むと、何の快感もなくて、苦しいわけですね。(笑)結局、いろいろな機能がある電子レンジも、温めるボタンしか使わなかったりする。人間も同じで、ずっと不快感を作る世界にいたわけですから、快感をつくる方法のマニュアルが、ちょっと厚すぎて見つけられないということもあるのです。ですから、ちょっと探してみてください。そのきっかけが見つかったら、それを忘れないように、その方向へ、その方向へと進んで、楽しくなろうとがんばってみてください。

 一枚の絵を見て、人類がみんな楽しいかと言えば、そうじゃないですね。ある一部の人は、これはすごい絵だと涙を流すほど感動する。でもある人にとっては何の意味も持たない。絵自体は、何もしていないでしょう。みんなの目に、同じ光を届けているだけなのです。なぜ、ある人は感動し別の人は感動しないかというと、それは心の中の問題なんですね。絵が悪いからではないのです。

みんな、私たちは、不幸の原因が自分の外にあるように思っているのです。経済状態が悪いから苦しんでいるのだ、血圧が高いから私はつらいのだ、この借金さえなければ幸せなのにと、誰かのせいにするのですね。それはもう、屁理屈であって、真実ではありません。心さえ変われば、借金があっても幸福だし、血圧が高くても幸せでいられる。そのように、幸せ、快感をつくるためには、心の方を変えるしかありません。

Q:幸せや快感をつくるために、心を変えるということですが、何かわかりやすい例がありましたら教えてください。

A:簡単な実験をしてみましょう。部屋の畳を、5分か10分、何も考えないで見つめてみてください。黒い線の部分を見ないで、真ん中のところを見てみるのです。いかがですか。畳だけに集中してみていると、それだけが見えるようになってきます。例えば、普通に見ますと、180度くらいいろいろなものが見えるんですね。ところが集中していくと、他のものが全部消えていってしまうのです。そして、もしかしたら、何か身体が軽くなったり、気持ちよくなったり、そんな感じを持った方もあることと思います。実はこれは、心に快感をつくることを教えるひとつの方法なのです。いろいろな現象があらわれるんですよ。そのものだけを見ていくと、我々が普通に見ている畳とは違う、別のものが見えるんですね。畳は畳なんですが、いつも「見ている」と心がとらえているものとはちょっと違うもの。その普通でないように見える瞬間に、自分の心と体を見てみてください。何となく楽しくなってしまうのです。もしそうならなかったら、何回も実験してみてください。何が見えるかは重要ではなく、必要なことは、快感をつくることなのです。でも快感を意識した瞬間に、また元に戻ります。詳しいことは来月お話ししましょう。

(皆さんからのご質問をスマナサーラ長老にお聞きし、編集部でまとめました)

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