「ブッダの智慧で答えます」(Q&A)
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【30】 仏教の中の女性差別 その1

Q: ビルマにて、改めて仏教の中のなかの女性の問題が頭の中に大きく浮上してきました。律蔵を見ましても、お釈迦様がなかなか女性の出家を認められなかったことは、なぜなのか、疑念として残ってしまいます。道元様は女性差別を否定されているので、たとえ現状の大乗仏教でひどいことがありましても、正法眼蔵を読まない坊さんがやっていることと、心の中で片づけることも可能でしたが、現在のテーラワーダ仏教ではどのように解釈すればよいのでしょうか。
 ヴィパッサナーを伝え続けているところでなぜ、男女差別があるのか、テーラワーダ仏教のすばらしさをかけらでも知ってしまったが故に、とても混乱し、残念に思います。私と同じように出家した女性にも、少しでも知ってもらいたいと思いながらも、やはり小乗ではないかと思われるのではないかと危惧します。

A: もしも、テーラワーダで男女差別があるならば、その教えを実践しているあらゆるところに差別現象を見いだせるはずです。タイ、ミャンマー、スリランカ、カンボジアだけでなく、イギリス、アメリカ、オーストラリア、シンガポールなど、ほかのところでもその現象が見られるはずです。男女差別があるとすると、これらの国ではもう、社会問題になっているはずです。

Q:ミャンマーの女性の問題は、よく頭に浮かびます。

A: 意見や概念は一時的なものですから、ほどほどに持った方が無難でしょう。「差別」だと思っても「平等でなくては」と思っても、どちらも何らかの状態と比較して考えていることです。差別、平等などの概念も意義もそのときそのとき変わっていきます。他人の意見のみならず自分の意見も、時間の流れの中では大したことではないと思わないと、あまりにも概念にとらわれて頭の中が「混乱、怒り、傲慢」でいっぱいになってしまいます。仏教の修行者なら「もろもろの概念からの解放」も目指すべきでしょうね。

Q: しかし、現代日本に生まれ育った女性にとって、とくに大乗仏教で出家したものにとっては見過ごしがたく存じます。

A: 自分が生まれた時代、出家した社会を最高で正しいと感じる固定観念でしょう。一時的な意見を持って、それにとらわれて苦しんでいるだけでしょう。「現代女性」と威張ってみても将来の女性は「あのころは古い時代で、平等ではなかったなあ」と残念に思うことでしょう。

 大乗仏教のお寺で女性を平等に扱ってくれるなら、それはとてもありがたいことです。それについても私の個人的意見を述べたいのです。人は結婚して家庭を持つと、女性に管理されますよね。結婚する日本の大乗仏教のお坊さんにとっては「女人禁制」のような差別概念は成り立たないと思うのですが、それでも日本の大乗仏教の中では、「女人禁制」といった矛盾した考え方があったような気がします。仏教の真理に従ったのではなく、ただ欲におぼれたのでは? 

 また寺の跡継ぎの問題で、もし子供が女性ばかりだったらどうしますか。「婿をもらう」のが日本では一般的でしょう。「娘を住職にする」ことはまずないでしょう。私に言えるのは「現代日本の女性は平等」というのもひとつの固定概念にすぎないということです。仏教徒としては、あなたも私も「固定概念」にとらわれてはならないのです。

Q: テーラワーダでは男女平等問題を、どのように思っているのでしょう。

A: 女性と男性の社会的な関係、役割などは、その国により、また文化の違いにより、変わるものだと思います。ミャンマーでの女性に対する態度は、タイやスリランカでのそれと全く同じだとは、私は思っておりません。西洋についても、日本についても、いろいろあると思います。

 また、時代によっても変わります。たとえば昔は西洋でも、男尊女卑で女性には立場がなかったのです。フェミニズムは現代的な動きです。日本も同様です。

 私に言えるのは、女性の社会的な立場というのは、時代の流れに従って変わっていくものだということです。男の役割も確実に変わっていきます。

 どちらが正しいかと考えたりすること自体、間違っていると思います。現状が悪いなら、それが良いと思う方向に変わっていきます。そのとき、現状は良いと思っている側が攻撃、反対、批判等をしますが、力の強い方の意見が通ってしまいます。残念ながら、いつでも正しい意見が通るわけではありません。

 誰でも、自分がやっていることは正しいと思ってやっているのですから、他人に間違っていると思われてもどうしようもないのです。それでは互いにののしり合うことになってしまいます。たとえば、AさんがBさんに「あなたが間違っている」と言えば、BさんもAさんに「いえ、あなたが間違っている」と言うでしょう。日本人がミャンマー人に「あなた方のテーラワーダ仏教では、女性を差別している」と言えば、ミャンマー人も「それは違います」と答えるに違いありません。仏教では人々の一時的な思考にとらわれない 方がよいと考えています。 他人だけでなく、自分の意見にもとらわれない人に、心の平安があります。

 もし私が着ている服やアクセサリーをとても気に入っているとき、誰かが「違う服に着替えなさい。私は気に入らないから」と言ったら、それはまぎれもなくお節介で、大きなお世話です。

 女性自身は、自分が生きている社会で「差別されている」ことに気づいたならば、それを適切に変えるべきです。助けてください、協力してくださいと他人に頼まれたら、それをしてあげることこそ、お節介ではなく、親切な行為なのです。アメリカに言われるとおりに日本が変える必要もないし、日本が思うとおりにアメリカが変える必要もないのです。でも、アメリカも自分の意志で日本のことを学んだり真似たりするし、同じく日本人も、自分が気に入ったところ、直さなくてはと思っているところを、自分の意志で西欧諸国から学んだり真似たりします。それは正しいやり方だと思います。

Q: なぜお釈迦様は、すぐに女性の出家を認めず、かなりとまどわれたのですか。

湖畔A: 女性出家のエピソードの裏を理解すると、お釈迦様もゴータミー妃も、親子で、男女平等の立場を成立させるために努力されたことがわかります。長くなりますので、答えは来月号に続きますのでご了承ください。初めに出家したいと思ったのは、ゴータミー妃(後のパジャーパティ・ゴータミー大阿羅漢)でした。お釈迦様の育ての母です。そのときにはもう歳にもなっていました。お釈迦様も普通の人間と同じく、母親に対してよく恩を知る人でした。お母様が亡くなったときにお釈迦様が彼女の徳を唱えた話は、今も涙なしに読めないほどです。

 その彼女が出家を求めたときのお釈迦様のご意見を現代風にアレンジして言えば「これはとても苦しい生き方です。宮殿の生活とは全く違います。家にいて、皆に面倒を見てもらって修行してください。母が肉体的に苦しむのは見ていられません」というものでした。在家でいても、もうとっくに俗世間を離れていましたので、修行さえすれば悟られるはずだとお釈迦様も考えました。

 でも偉大なるゴータミー尊者の考えは違いました。「女性の解放のために、真理を平等に伝えるために、自分が自分の楽な人生を捨て、立たなくてはならない。自分の息子でもあるお釈迦様が語る普遍的な真理を、女性たちにも伝えるために、息子と一緒に努力しなくてはならない」というものでした。それで、断られたにもかかわらず、勝手にわがままに出家して、それを認めるように、アーナンダ尊者に代表を頼んで訴えたということです。
     (このページでは、皆さんからの質問をスマナサーラ長老にお聞きし、まとめています)

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【31】 仏教の中の女性差別 その2

Q: 先月、お釈迦様のお母様のゴータミー妃が、お釈迦様の反対を押し切って出家に踏み切ったというお話を伺いました。お釈迦様は年老いた我が母に苦労をかけたくないと思ったがゴータミー妃は、真理を男性にも女性にも平等に伝えるために、自分が自分の楽な人生を捨て、立ち上がろうと考えられたというお話でした。そのお話はわかりましたが、なぜ、お釈迦様は、一般に女性の出家をすぐに認めなかったのでしょう。

A: お釈迦様が女性の出家を断った理由としてあげられているのは、以下のことです。

 これらすべての問題を解決するために、お釈迦様は、男性出家者にはない特別な8つの戒律を、女性出家者のために定められました。普通は間違いを犯してから戒律を作るお釈迦様が、ここでは例外的に定められたのです。

 この八戒を観察すると理解できる大切なことがあります。たとえ比丘尼が年上であろうとも、比丘に対しては礼をするという戒律があります。女性を人間とも考えなかった当時のインド社会の中で「男女平等だ」とあちこちで喧嘩してトラブルを作るようなことを避けるためにその戒律を定めました。実際に修行の機会を与え、悟りを開く女性をたくさん輩出することで、女性も能力において決して劣っているわけではないということを証明できたのです。修行し悟りを開く女性を見て男性たちは、女性も男性も人間であって差がないことに初めて気がついたのではないでしょうか。

 また、比丘尼は、比丘のいないところで寺を建てたり住んだりしてはならないという戒律もあります。これで女性の身を守ることができたのです。さらに、女性の出家儀式は、比丘の承認のもと比丘尼たちがやらなければならない。逆に言えば、男性が女性を出家させることは禁止されたのです。これで、女性は、自分の権利くらいは自分で守ることができるようになりました。男性に頼らず、自分のことを自分でできるようになったのです。

 このようなわけで、初期仏教の考え方は男女平等です。女性に出家を認めるためにお釈迦様が時間をおとりになったのは、当時の社会の問題を正しく理解されていたからなのです。

Q: 今のお話を伺っておりますと、女性は女性としての「プライド」を持ってもよいということですね?

A: これもまた、仏教の教えから考えると、違う論理が飛び出しますね。一体、男女の区別とはなんなのでしょう。ただからだの違いだけではありませんか。心まで区別する必要があるのでしょうか。男性にせよ女性にせよ、自分の性別にあまりにかたくこだわることはどうかなあ…と私は思います。業と輪廻の概念で考えると、性別も行為によって変わっていくものです。女が男になったり、男が女になったり、性に対するこだわり、執着、またそれに関する行為によって、先の性別が変わっていく可能性もあります。男であることに執着して死んだ人が、もしも来世生まれるときに「女」になってしまえば悔しいでしょうね。過去のことは思い出せませんので、この「悔しさ」が精神的な混乱のもとになってしまうこともあります。仏教の教えに基づいて、「自分はただの生命だ、今は仮に人間であり、男だ、あるいは女だ」と考えた方がよいでしょう。また、業と輪廻の概念を否定する人もいます。無理にこの概念を信じなくても、「生命本来の問題としては、仏教は性別など念頭に置いていない」ということはご理解いただけるのではないでしょうか。

Q: ではなぜ、テーラワーダ仏教では女性の出家者がいないのでしょうか。出家は男性だけに限られているのではないでしょうか。

A: 確かに現在は、女性の出家者はいないのです。はっきりした時期はわかりませんが、比丘尼はテーラワーダ仏教ではいなくなってしまいました。スリランカでは、国内紛争、外国による侵略、飢餓などの問題が、歴史上たびたび出ましたので、出家希望する女性が徐々に少なくなっていったのではないでしょうか。5世紀くらいまでは確実に、男性に負けないくらいの比丘尼たちがいたのですが、7世紀あたりで比丘尼の形跡が消えています。そしてその後、経済的に豊かになって政治も安定しても、女性を出家させるために必要な比丘尼たちがいなかったので、比丘尼制度をよみがえらせることが不可能になってしまいました。

 出家生活が難しくなったのは比丘尼たちだけではありません。比丘たちもこの後の時代に、3度ほど消えてなくなっていたのです。しかし、以前にスリランカからミャンマーに仏教を伝えてあったので、そちらから出家者を招待して、よみがえらせてもらったのです。最後に、17世紀にも出家者がいなくなって、スリランカの王様がタイの王様にお願いして、出家者20人くらいに来てもらって、現在の根本仏教をよみがえらせたのです。しかしこのときも、仏教そのものが消えたと勘違いしてはいけません。正式な戒律で正しく認められた出家者の数が足りなかっただけで、在家であろうとも仏教を大切に守ることにかけては皆、大変責任を感じていたのです。スリランカで比丘尼たちがいなくなったとき、タイにもミャンマーにも比丘尼たちがいなくなっていたので、比丘尼制度をよみがえらせることはできませんでした。

Q: 現在、女性たちはそれに不満を持っていないのでしょうか。

A: 西洋的な価値観で育てられた女性の一部は、不満を持っているように見えます。彼女たちはお坊さんたちに何とかしなさいと言っています。以前、スリランカから中国へ比丘尼制度を伝えましたので、大乗仏教の世界(中国、台湾、韓国、ベトナム)には正式な尼さんたちが今もいるので、そちらを呼びましょうという話もありました。しかしその意見には反対派が多く、賛成派は少なかったのです。理由は、尼さんはいるにはいるけれど、彼女たちは大乗仏教の尼さんでありテーラワーダ仏教の尼さんではないからということなのです。

 一部のスリランカのお坊さんたちが、アメリカやスリランカで、ベトナム、台湾の尼さんたちと一緒に女性たちを出家させる動きがありました。彼女たちは、今活動しているようです。しかしこれにも問題がありました。この出家活動に参加したお坊さんたちは皆、詳しく仏教を学んだ人々ではなかったのです。社会的、政治的な国際活動に精力をつくすグループですので、彼らの行動を、スリランカ、ミャンマー、タイの長老たちが認めていないのです。

 これは純粋に、戒律における法律的な問題です。戒律上、テーラワーダの比丘たちには、女性を出家させる権利がないのです。戒律はお釈迦様が決めたものであって、弟子たちが決めたり、変化させたりすることはできません。勝手に戒律を変えないのがテーラワーダ仏教の決まりなのです。

 それならなぜ、台湾の尼さんたちの協力を得ないのですかという問題ですね。スリランカでは、大乗、小乗の区別なしに、皆一緒に宗教活動を実施していますが、出家の点では戒律が違うと言っています。たとえばスリランカでは消費税は12%と決まっていますが、日本では5%です。日本でスリランカの決まりに従って12%の消費税を払う必要はありません。そのような違いなのです。テーラワーダの戒律では、テーラワーダの比丘、比丘尼の承認によって、比丘、比丘尼出家の儀式を行わなければなりません。もし他の宗教の承認も認めるというなら、カトリックの神父やシスターたちも、テーラワーダの比丘、比丘尼を出家させることができることになってしまいます。

ところでなぜ、そんなに出家にこだわるのか、私にはわかりません。出家ができないから平等ではないのでしょうか。修行ができないのですか。活動をできないのですか。それは一部の人の単なる傲慢だと、私は思います。正しく瞑想をして、心を清らかにした女性たちを私は知っています。彼女たちはとても清らかで素晴らしく、何の不満も持たず、他の人にも道を教えています。タイでは女性たちが、出家の比丘たちにも瞑想指導と説法を行っています。彼女たちには「私も比丘尼となって、皆と同じにならなくては」という欲望がないのです。在家として、自分の教える出家の弟子たちに、礼をし、お布施もして、面倒も見てあげています。

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【33】 仏教の中の女性差別 その3

Q: 先月、現代のテーラワーダ仏教に女性の出家者がいないことについて、いろいろお聞きし、ある面、よく理解できました。しかし当時の社会情勢を考慮した女性に関する戒律が、ただ何となく残っている慣習というのでもなく、テーラワーダの決まりによって積極的に残っている、そしてそれが現代女性の出家を不可能にしているというのですから、ある意味で釈迦尊の時代の男女差別より深刻ではないでしょうか。少なくともゴータミー妃は、比丘尼が一人もいない中で出家できたのですから、今不可能であるということは納得できません。

A: お釈迦様が悟ったときは、比丘尼どころか比丘もいなかったのです。最初は、お釈迦様の教えをいただいて、実践して、お釈迦様と同様に悟りを開いた方々は、在家生活をやめて仏陀と一緒に生活することになりました。それをお釈迦様が認めたことが仏教における出家伝統の始まりです。それから、真剣に修行したいと思った人々が「出家」を決断したところ、お釈迦様がそれを認められました。それがサンガの始まりです。それから、出家希望する人たちに必要な資格、条件、守るべき戒律、出家のしきたりなどを、お釈迦様が決めました。

 ゴータミー妃の場合も、比丘尼の出家を認めてくださいとお釈迦様に頼むことになりました。比丘や比丘尼かいないとき、出家を認める権利があるのはお釈迦様だけです。その後、お釈迦様が定めた法によって、比丘が男性の出家を認める、比丘尼が女性の出家を認める権利はあります。

: それはわかるのですが、女性の出家もできるように、今、戒律を変えてもよいのではないのでしょうか。

A: 「人間は平等」という立場で真理を教えた仏陀の弟子たちの中に、比丘尼がいないことは寂しいものです。比丘尼さえいれば、堂々と胸を張って、テーラワーダ仏教において、皆のために真理を語れるはずです。比丘尼もいればありがたいなあと思わない比丘は、テーラワーダの世界には一人もいません。女性の法に対する理解も、修行にかける熱意も、仏教を守るために献身的に貢献しているその姿勢も、男性よりはるかに優れているのではないかと、比丘たちは感動を持って受け止めています。すぐれた女性の信者さんたちが比丘たちに法を教える場合も瞑想指導する場合もあります。状況はそうなのですが、比丘たちに戒律を変える権利があるのでしょうか。戒律を変えはじめると、どこまでも変えられるので、危険です。戒律を変えたのは、大乗仏教です。大乗仏教で、戒律を変え続けた結果がどうなったかは、よくご存知でしょう。テーラワーダと名乗る初期仏教は、戒律も仏陀の教えも、純粋に頑固として守ることを重んじ続けてきました。

 女性を比丘尼だと認める権利は、仏陀と比丘尼たちにのみあります。弟子たる比丘たちに師匠の教えを無視することはできないのです。仏教をよく理解している女性たちも真剣に修行しますが、仏陀に逆らって教法に逆らって出家を認めなさいと、比丘を困らせることはほとんどありません。比丘尼にはなれませんが、在家の生活をやめたいと思う女性たちがいます。彼女たちはお釈迦様を侮辱することなく「出家生活」をしながら修行をしています。正式には「在家」ですが、俗世間から離れて生活しているのです。このような人達をbrahmaca^ri(修行者)と呼びます。出家brahmaca^riと在家brahmaca^riの2種類があります。テーラワーダの国々の在家brahmaca^riの女性たちは髪の毛を剃って、黄色、白、ピンク、茶色などの服を着ています。そして家を出て、別の場所、道場などで生活をします。在家信者が、彼女たちにもお布施をして、生活を支えています。女性の方々は真理に従って、できる範囲の中で brahmaca^rini として「出家」修行しているのです。それも、女性たちの優れた知恵に基づいた行動だと、感謝を込めて見ています。

Q:比丘たちの惰性とも感じられますが。  

A: テーラワーダの比丘たちは、女性の問題だけではなく、他の問題についても教法を変えないのです。現代社会では、比丘たちもいろいろ決まりを変えた方が楽な生活ができると思いますが、激しい競争社会の中でも、苦労しながら仏教を守っているのです。さまざまな仏教国以外の国々での布教活動もしていますが、その国の人々に言われるからといって法を変えることはしません。これはテーラワーダの特色です。

Q:そうであるならば、女性に比丘尼になる可能性は皆無ですね。

A: これは私の個人的な意見です。皆無というわけではありません。もし女性の方々5人ほどが修行して最終解脱である阿羅漢という状態に達したとします。そのとき、その方々は、生命としての目的、仏道に入った目的に達しています。資格として、仏陀と当時の阿羅漢たちの仲間に入っています。我々は悟りを得るために導いてくださいと仏法僧に帰依しますね。阿羅漢となった女性たちはその「僧」の仲間に入っているのです。仏陀が完全に認める人格に達しています。ということは、彼女たちが着ている服はどうであれ、本来の意味どおりの「出家」ということです。彼女たちだけは法を犯すことなく、後から修行したいと思う女性たちに出家を認めることができると私は思います。女性の方々は、男の仲間に入れてくれと文句を言わずに、頑張ってはいかがでしょうか。

Q: 差別がないと言われますが、ミャンマーでも瞑想道場では女性差別があると思います。実際に私はそのような経験をしました。それはどのように考えればよいのですか。

A: 道場は修行に行くところです。心を煩悩から離し、清らかにするために励むところです。道場にまで行って、男女が仲良く交わって瞑想したいのでしょうか。すべてを捨て訓練するところで、社会的な地位や男女差などを考えるところではないのです。ここでは男女はまったく離れて、できれば顔も合わさないで修行した方がよいのです。

 異性と会えば心が乱れるのですから、修行中は、男は女が邪魔だ、女は男が邪魔だ、災いのもとだと思うべきです。そうでも思わなければ、欲が消えないのです。

 また、文化が違うと、気に入らないこと、合わないことも結構あると思います。ミャンマーのことはあまりわかりませんが、歴史・文化の古い国ですので、いろいろとしきたりや習慣があると思います。あなたのような外来人は、外来の文化を持っていくのですから、異文化であることを理解し、「ゴウニシタガエ」法則を守るのが筋ではないでしょうか。

Q: 現代日本で生まれた女性にとって、東南アジアのテーラワーダ世界には、女性差別が多いと感じられるのですが。

A: テーラワーダ世界は、西洋人もうらやましがるほど男女平等に暮らしてきました。西洋文化が偉いと勘違いしている人々は認めていないのですが。

 たとえば、約50年前、スリランカに選挙制度が導入されたときも最初から男女平等に権利を与えました。またどのような仕事でも女性にできますし、結婚をするときもやめる必要はありません。子供ができれば1年間の有給休暇をもらいます。子供の学校が休みの時は子供を連れて職場に行っても、誰も何とも思わないのです。公務員の仕事でも銀行の仕事でも同じです。先日銀行に行ったとき、職員の子供が走り回っていました。みんなが暇を見つけて遊んであげる。私も私の用が終わるまでその子供と遊んでいました。スリランカではこのようなことがごく普通で、自然であり、当たり前なのです。正直に言うとときどき、『仕事を早くやれ、待たせるんじゃない』という気持ちも生まれますが、逆襲されますから怖くて言えないのです。

 世界で初めての女性総理大臣もスリランカで生まれました。今は大統領制度ですが、現在の大統領も女性であり、総理大臣も年輩の女性です。

 タイでも、国の経済活動のほとんどを女性が行っています。ミャンマーでも、独裁的な軍事政権に反対しているのはスーチー女史。我々の世界では、相手に能力があるかないかを聞くのであって男か女かは気にしないのです。テーラワーダ仏教国では、女性が男性を守り、男性が女性を守って生活しています。

 スリランカの修行道場では「女人禁制」がないのですが、女性の修行するところは「男子禁制」です。スリランカの一般仏教信者にとってとても聖なるものである「菩提樹」と「お釈迦様の歯」を、インドからスリランカへ持った来たのは女性です。この二つは国の仏教文化の象徴でもあります。紀元前3世紀頃に比丘の伝統と仏教をスリランカに伝えたマヒンダ長老の祭りは6月にありますが、比丘尼の出家制度を伝えたサンガミッター尼の祭りは12月にあります。どちらも大変盛大に祝います。いつの時代も「男か女か」という区別をあえて考えたことはないのです。

 現代日本に生まれた女性にとって、という言葉をもう一度考えていただきたいのです。結婚したら仕事を辞めなくてはならない。子供ができたら社会活動を何一つできない。それでストレスがたまって幼児虐待をする女性も、近年少なくありません。女性は総理になるどころか、政治活動においてほとんど力がない。政治の場では、男たちに対して怒りをぶつけ、ヒステリックに批判や悪口を言うばかりで、実行力のある行動を起こした女性はほとんどいない。悪く言えば日本では、淫らな行為をすること、欲におぼれた生活をすること、贅沢をすることだけに女性の自由があります。平等に活動をすることは不可能に近いのではないでしょうか。贅沢ボケで、自分の権利を獲得する方法もわからないように見えます。

 失礼なことを言って申し訳ありませんが、これもまたひとつの見解であって、必ずそうですということではありません。世界的にも有名な、すばらしい活躍をされている日本女性もおられますので、その方々にはここで礼を致します。

 私の今の仕事は、悟りの方法を紹介することです。概念にとらわれることは、悟りの邪魔になります。ですから、たとえ人の意見が立派そうに見えても、それが「とらわれ」であるなら、残酷だと思ってもそれを破壊します。

 妄想概念にとらわれることは「苦」です。質問者の執着の苦しみに、私もつきあって苦労することになりましたが、この努力が人々の心の安らぎにとって、わずかでも支えになるならば、質問した側もされた側も、良いことをしたことになります。この文章は、質問者の修行がうまく進みますようにと思って作りましたので、お読みになってください。
(このページでは、皆さんからの質問をスマナサーラ長老にお聞きし、まとめています)

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