「ブッダの智慧で答えます」(Q&A)
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【42】 40種類の冥想法

Q:ヴィパッサナーには40種類くらい方法があるそうで、できればその方法を本か何かに詳しく載せていただいて(サマタの修行方法も)、長老には個々人にあった冥想法を指導していただくようにはできませんでしょうか。お話や活字で何回聞いても、読んでもどうにもならないような気がします。実践あるのみなんでしょうが、性にあったヴィパッサナーでなければ習得が遅いような…。

A:ヴィパッサナーというのは、悟りを開くための唯一の冥想法です。いろいろな方法はありません。こころのなかが混乱の嵐で揺れているとき、また煩悩に押さえられているとき、世俗的な生き方にあまりにも引っ掛かっているとき、ヴィパッサナー実践はしにくいのです。その場合は、何かほかの工夫をしてこころを落ち着けてもらうのです。世俗的な価値観から出世間の世界へと興味を入れ替えてもらうのです。その方法として仏教には40種類の冥想方法があるのです。これらの方法でこころが落ち着いたならば、ヴィパッサナーに励むことになります。ですから、40の冥想法はヴィパッサナーのための下準備のようなものですので、サマタ冥想になります。

 ではどんな冥想を選べばよいのでしょうか。それは、実践者がどんな性格の人かを見定めてから、選ぶのです。しかし、性格判断は世の中にあるあらゆることのなかでも一番難しいことだと思います。馬の調教師であったある王族の人が、お釈迦さまが人間の性格を見抜くことに驚きました。彼の話によると、馬であれば長い間接すると性格がわかるそうです。でも人間はいつも自分のこころを隠すのです。偽善者で、見栄っぱりで、こころに仮面をかぶっている。ほとんどの場合は、言っていることと、こころのなかの気持ちは、まったく違うものになります。それなのに、お釈迦さまは人間の性格をよく見抜いて、人を調教するものだとほめたのです。お釈迦さまも彼の話をそのまま認めたそうです。「確かに人間の性格は読みにくいものです。如来だけが人間の表面化している煩悩(âsava)と潜在的な煩悩(anusaya)を発見できる特別な能力を持っているのです」。つまり仏弟子たちは、仏説を頼りにして人の性格を推測しなくてはいけないのです。それには、あたりもはずれもあります。ですから、冥想方法を選ぶのはそれほど簡単ではないと思います。

 自分がどんな煩悩で悩まされているのか、どんな問題に引っ掛かっているのかを理解できれば、適切な冥想を選べます。そのときも、判断を妨げる『こころのインチキ作用』 (vañcaka dhamma) という問題にぶつかります。つまりそれは本人自身でさえ、こころにだまされるということです。

Q:それは具体的にはどういうことでしょうか。

A:たとえば欲が慈しみの仮面をかぶって本人をだます。自分は大変優しい人だと、あるいは人や生き物に対して優しくしなくてはいけないと思って行動する。しかしそのときも実は、相手が、行儀良く、正直で真面目な人でなければ助けてあげることはしません。あるいは、子供や異性などにはつい親切になるというようなことがあります。動物を助ける場合も、可愛くて気に入った動物を選びます。このようなとき、欲が慈しみの仮面をかぶっていると理解できますか? 本人には全くわからないのです。また、世直ししよう、間違いを正そうと努力する人がいます。その人は不正なことなどを厳密に批判します。そう簡単には人の行為を認めようとしない。そのような場合は他人に対する怒りが隠れています。また、自分が、善い人間だと認めてもらいたくて(高慢、欲)修行に励む人もいます。

Q:では何とかして、自分のこころがわかったならば、冥想法を選ぶことができますか。

A:そのときさえも問題が起こるのです。たとえば欲の煩悩で悩んでいる人は「身体は不浄である」という冥想をすることになるわけですが、今まできれいなもののなかで生きてきた人がいきなり不浄の冥想を始めると、ショックを受けるかもしれません。理解できなくなってしまうかもしれません。結果として、混乱に陥り、修行そのものをやめてしまうかもしれません。一般的に怒りの強い人には慈悲の冥想を勧めています。これも、怒り型の誰もに効くわけではありません。人によっては、慈悲の冥想を実践すると「何で俺が皆の幸せを願わなくてはならないのか。それぞれみんな勝手にがんばればよいではないか。ばかばかしい」とさらに怒りをつくって修行をやめる場合もあります。
 遊びたくてたまらない子供を部屋に閉じこめて鍵をかけて勉強させると、おとなしく勉強する子もいるが、逆に激しく暴れて、勉強は大嫌いになる子もいるでしょう。冥想法を選ぶ場合は、このような人間のこころの、つかみきれない状況までを考えなくてはならないのです。

Q:修行の道は気が狂うほど長いように見えますけれど。

A:ヴィパッサナーをする前に、準備冥想でこころを整えようと思えば確かに時間がかかります。適切な指導者に会って自分のこころの状態をよく理解してもらった上でひとつの冥想法を教えてもらわなくてはならないし、それもうまくいかなければ、違う方法を教えてもらい、また初めからやり直さなければならないことになります。自分の性格に正しく合う方法によってサマディをつくるまでにかかる時間は、人によって違うのです。

Q:ということは、ヴィパッサナーは考えられないほど難しいということですね。我々が性格のこともわからず、ヴィパッサナーをがんばっても、無意味になるということですね。

A:安心してください。ヴィパッサナー実践には、性格の差も性別の差も歳の差もありません。『無色透明』とでもいうのでしょうか。それは価値判断を止めて、好き嫌いにこだわらず、知識に、主観に、引っ掛かることなく、ただひたすら観察することです。ですから、誰にでもできます。観察すればするほど、当然のことですが、必ず観察能力が深くなりますし、鋭くなります。煩悩が消える悟りの瞬間に出会うためには、最高のレベルの智恵が必要なのです。観察の道を歩めば、智恵は成長していくのです。たとえで言えば、遠いところへ旅に出た人が、その目的地が終点になっている高速道路に入ったようなものです。必要なのは、迷わないで進むことだけです。

 ヴィパッサナーに迷いが生まれると、仏陀の教えも信頼しなくなります。自分には違う方法があるものだと思ったりもします。そのときには、せっかく高速道路に入っているのに、高速道路から降りて、一般道で旅をしたくなります。でもそれには、迷い道が多すぎて、時間もかかってしまうのです。(刺激を求める人にはおもしろいかもしれませんが) ヴィパッサナーの道は高速道路だから、ときどきつまらなくはなります。同じ景色を進む(観察を続ける)といくらがんばっても進んでいないのでは、という疑も生まれます。とにかく、言えるのはがんばってください、ただそれだけです。

Q:でも、40種類の冥想方法も実践したい方々のために、わかりやすく説明していただいた方がよいと思うのですが。

A:私個人は、こころを整えるための冥想方法は40だけではなく、たくさんあっても悪くないと思います。仏教以外のヨーガなどの精神世界でも、いろいろ冥想方法があるでしょう。それらの方法もまったく無駄ということはなく、けっこう役に立つ場合があります。

 やっかいなことに世の中にあるものは、よい側面も悪い側面も持っています。食べ物でも薬でもそうでしょう。副作用と言っておきましょう。薬の副作用は原因がわかれば何とかなりますが、こころを育てる方法の副作用は、厳密に扱わないと大変危険な結果になりかねません。40種類のサマタ瞑想は、無数の瞑想方法のなかから
 (1)副作用がほとんどない、
 (2)ヴィパッサナーに導く、
 (3)妄想の殻のなかにいる人間の見方を変えることを助ける、
ということで選び抜かれたものです。40のどれにチャレンジしてみてもよい結果が得られると思います。そのうち説明しましょう。

(このページでは、皆さんからの質問をスマナサーラ長老にお聞きし、まとめています)

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