「ブッダの智慧で答えます」(Q&A)
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【45】 睡眠について

Q:冥想会などで話を聞くと、睡眠だけはかなり批判されます。睡眠は自然な行為ではないでしょうか。

A:睡眠は自然な行為です。人間は一日の3分の1は寝ているのだから、命を保つためにはどうしても必要なことです。犬、猫などは、眠らせない場合、死ぬという話も聞いたことがあります。動物は人間より長く、1日の半分以上寝ています。ですから、睡眠は完全に悪いと否定するつもりはありません。

Q:では眠ることは必要なことなのに、修行中は避けるべきなのですか。

A:仕事中に居眠りしてもよいという話を聞いたことがありますか。居眠り運転はかまわないと思いますか。修行の場合も同じ論理です。修行は人間にとって一番大切な仕事です。そうであるならば、居眠りは決して認めるわけにはいきません。居眠りしながら仕事をすると、無駄が多く失敗も多数です。気持ちも悪い。楽しくない。いやな気持ちになります。修行も同様に、くっきりと目覚めた状態でなさるならば、失敗なく明るい気持ちで前へ進むものです。

Q:睡眠は人間の成長に欠かせないものだと思いますが。

A:人間の睡眠と成長の関係は、ひとまとめに考えるより、分けて考えたほうがよいと思います。成長は三つに分けられます。

 1、身体の成長 2、脳(知識)の成長 3、精神的な成長という3つです。
この3つの中で、身体の成長には、睡眠が欠かせないといえます。生まれてきた赤ちゃんは1日中寝ていますね。そのようにして、エネルギーを無駄に使わないようにして、身体の成長に注ぎます。しかし、ただ寝ただけでは、身体は成長しません。必ず、運動する必要があります。ですから、人間の赤ちゃんも動物の赤ちゃんも、起きている短い時間で、大人の何倍も遊んで運動します。それですぐ、ところかまわずぐーっと寝てしまいます。そのサイクルで、赤ちゃんたちは、びっくりするほどの速さで成長していきます。

 体が成長したら、残る課題は、その身体を死ぬまで維持することのみです。ですから、長い時間睡眠をとって、成長のためにエネルギーを節約する必要はないのです。働いて身体が疲れた量に比例して、睡眠をとれば十分です。その場合は、論理的に『睡眠不足』の問題は出てこないのです。身体も一種の機械ですから、休ませることなくどこまででも使えるなどということはありえないのです。疲れた身体は、すぐ使えなくなって、自然に眠りに落ちてしまう(エンストしてしまう)のです。

 人間の大人の睡眠時間が短くなるのは普通のことです。一方動物の大人は、走り回ると、その分、餌を摂らなくてはならないのです。餌に簡単にたどり着ける動物には、遊ぶ余裕があるのです。ライオンやトラ、ヘビなど、苦労の果てにやっと餌にたどり着くような動物は、エネルギーの節約のために昼も夜もよく眠るのです。

 2つめの『知識の成長』と『睡眠』の間に、関係はほとんどないと思います。眠ることで脳細胞が成長することはなく、頭がよくなるわけでもないのです。起きている間にさまざまな経験を脳にインプットして、それを整理することが知識の成長だといえるのです。ですから知識の成長には、睡眠ではなく、起きて脳に刺激を与えることが欠かせません。「眠ることで知識が成長する」と思うなら、人間よりも動物のほうがより『知識人』であるはずです。

 3つめの『精神的な成長』というのは、モラル文化のことです。食べて遊んで寝て死ねばよいということはなく、人格や道徳や宗教といった思考の世界も、人間には必要だと思います。この精神の成長も、睡眠で得られるものではなく、起きた状態で、ものごとを、普通の知識よりも優れた知識で評価判断することで成り立つものです。

 答えとして言えるのは、身体の成長と維持に対してのみ適量の睡眠が欠かせない、ということです。

Q:徹夜して勉強ばかりしていると、頭も性格もおかしくなってしまうと思います。また、勉強などしようとすると、頭が疲れて眠くなってしまうようなことは、ほとんどの人に起こる現象です。作家などの優れたインテリの人々は、眠ることもしないで仕事していますが、その代償に煙草、薬、アルコールなどの依存症になったり、健康を害して早死にしたりすることがあります。そのような人々の中には、疲れのあまりに判断能力が鈍って道徳を犯してしまう人もあります。ですから、「身体の成長に限って睡眠が必要」と言うと弊害があるのではないでしょうか。

A:ないと思います。知識が開発されると、それ自体が刺激的で楽しくて、こころがわくわくしてきます。疲れなどはどこかへ飛んでいきます。おもしろい本などが手に入ったときには、つい徹夜してしまいます。数学などの問題も、次から次へと解明していくと、それ自体がなんと刺激的で楽しいものでしょう。そのような興奮は、ゲームなどをやっても得られないものです。ですから、知識の成長と睡眠は、正反対のものなのです。

 本当に知識や能力が成長する場合に危険なのは、知らず知らずのうちに身体という機械に無理をさせることです。身体の維持のためには、栄養を与えてときどき休ませてあげなければ壊れるのだということを忘れてしまうのです。そのことが「知識の成長にも睡眠が必要だ」というふうに誤解されるのです。

Q:それでは勉強したり冥想したりすると、なぜすぐ眠くなるのですか。そういう場合は少しでも仮眠したほうがよいと思いますが。

A:うまくいっているならば、眠くはならないのです。おもしろくなってきて、やる気が出てくるのです。形式的に勉強しても、脳が一向に成長しようとしない場合は眠くなってしまうのです。冥想の場合も同じことです。仮眠させてあげても問題は変わりません。冥想しようとする、眠くなる、仮眠する、また冥想しようとする、眠くなる、仮眠する…のような循環になる。結果としては、眠ることの訓練になってしまうだけです。

 このような場合は、理解もできない勉強などをがむしゃらにやるのではなく、脳を開発してくれるような形に変えて、工夫を凝らしてやったほうがよいと思います。冥想の場合も、目がくっきり覚めている状態で、努力できる範囲で回数を増やせばよいと思います。

 身体が疲れていないのに、勉強、冥想などすると眠くなってしまうのは、知識や智慧などが現われないように働く障害があるからなのです。金銀も宝石もダイヤも石油も、そこらじゅうにごろごろ転がっているわけではないのです。掘って掘って探し出して、精製して、仕上げなくてはいけないものです。知識と智慧の成長も同じことです。努力しなければ現れないのです。ですから仏教は、修行において精進、努力を勧めているのです。睡眠欲、感情に溺れること、食欲色欲にふけることなどをいさめているのです。勉強、修行中に出る睡眠は、破って進むべき障害の一つです。

Q:長時間の睡眠の害はあるのでしょうか。

A:確実にあります。体力の疲れを取る量以上に眠ることは、人の成長を妨げます。創造するものは何もなく、時間の無駄遣いです。進化ではなく、退化の原因です。

 こころの障害を取り除いた人には、睡眠の必要がなくなります。常に明るくて活発なこころで生きている人は、身体が疲れたならば、その疲れをとるために必要とする時間だけ、睡眠を摂るのです。よく眠れば健康になるのだと一概に言ってはいけません。

(皆さんからの質問を、スマナサーラ長老にお聞きしました)

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