「ブッダの智慧で答えます」(Q&A)
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【59】 なぜ生きるのか

 小学三年生の女の子から質問のリストがきました。簡単に返事が出来ないほどの、なかなか鋭い質問状です。大人が子供に負けるとメンツが立たないので、とりあえず返事を出しました。皆さまにも参考のために、大人向けに編集してご紹介します。
以下、質問のリストです。

  1. 私は何のために生まれてきたのですか?
  2. 今何をすればいいのですか?
  3. 今はどんな生活をすればいいのですか?
  4. 今の人気があるのはなんでですか?
  5. お母さんがどんなに大切なのですか?
  6. なんで人は笑うんですか?
  7. なんで人は泣くんですか?
  8. お金はどんなものですか?
  9. 今何を勉強すればいいのですか?

Q: 1.私は何のために生まれてきたのですか?

A: 生命には「何のために」生まれたということはありません。「別に、何か、生きることに目的などないよ」と言うと、皆変な顔をしますね。変な顔をするのは勝手で、自由ですが、生まれてきた目的があるという人がいるならば、私も教えてほしいものです。それで、世界では皆が、あれこれといろんなことを言います。「神様に作られたから大事な命ですよ」とか「神様が知っているから君が困らなくてもいいよ」とか。私は、皆が知っていて言うわけではなく、好き勝手に頭で考えたことを言っているだけだと思っています。それは人の個人的な主観であって、普遍的な真理ではありません。
「神様が私を作った」というならば、その目的を私が生まれると同時に頭の中にインプットしてくれないと、失礼もいいところでしょう。だって生きているのは私であって神様ではない。何のために生まれたか教えてくれなくて、もし人生で失敗でもしたらそれは神様のせいですよ。また「大事な命ですよ」と言う人は沢山いますが、「なぜ大事か」と、教えてくれません。(言っている本人も、知らないのにいいかげんなことを言っているだけ)

 何のために生まれてきたのですかという疑問に答えられる人間はこの世に一人もいません。その問いには正覚者である釈尊しか答えられません。もしも何か生まれてきた目的があるならば、それはだれよりも生まれてきた「わたし」が知っているはずです。もし「わたし」が何のために生まれたかとわからないならば二つのことが言えます。

  1.生まれてきた目的はない。
  2.もしあったとしても、それを知らなくても問題はない。

 ためしに「何のために生まれてきたのですか」とアンケート調査をしてみてください。きっと誰も知らないと思います。生きる目的は誰も知らないが、ほとんどの人々は問題なく人生をまっとうするのです。

 人間だけではなく、全ての生命には生まれてきた目的はありません。皆、生まれたのだから死ぬまで生きている。それは動物の世界を見るとよくわかるのです。生まれて、親が持ってくる餌を食べて大きくなって、独り立ちをして自分でも子供を作って、必死で子供を育てて、それから歳を取って死ぬ(だれかに殺されなかったら)。人間も、動物と違う変わったことをやっているわけではないのです。生まれて、だんだん大きくなって学校へ行って遊んだり勉強したりして、仕事を見つけて、結婚して、子育てをして、歳を取って亡くなるのです。何のためかと聞いても答えがありません。ただ、そのとき、そのときやらなくてはならないことをして生きているのです。

 その時に「やらなくてはいけない」ことをその時にやらない人の人生が「失敗だ」というのです。動物の場合でも「やらなくてはいけない」ことをその時にやらないと死んでしまうのです。人間の場合はかなり不幸になってしまうのです。死ぬことさえもあるのです。

つまらない人生に誘惑
 生きることがそれだけであるならば、「つまらない」、「寂しい」、「暗い」、「がんばる気持ちにならない」などと思うかもしれません。何が起きてもがんばって生きるのは、ちょっとした誘惑があるからです。「やらなくてはいけない」ことをやると楽しいのです。たとえば、お母さんが子供の面倒をみると楽しいのです。ご飯を食べるときも楽しいのです。動物も餌を見つけたら楽しくなります。子供達も学校へいったり、勉強をしたり、遊んだりすると楽しいのです。宿題などいやかもしれませんが、満点とったら楽しくなります。「上手です、よくできましたね」と言われると楽しいのです。この楽しみが「誘惑」です。この楽しみを得るために、苦労を気にしないで皆がんばっているのです。ときどき悪いことまでもするのです。

生まれることは自分で決める
 この世で何のために生まれてきたかと知っている人は一人もいないが、全ての生命は「死にたくはない」とはっきりと実感しています。希望通りに生きることができなかった人々は、ときどき自殺することがあります。それは死にたくてたまらないからではなく、希望通りに生きることに失敗したからです。100万人に一人もいないと思います。

 皆、生きることが好きなのです。死にたくはないのです。どのような人間で生まれてもその人は自分の人生を好きなのです。他の生命を見ても、同じなのです。死にたがっている魚はいません。ですから、もしかすると自分で決めて生まれてきたのではないか、と思うこともできるのです。

 仏教では、過去の業によって生まれると説かれています。業は自分の意志で行う行為のことです。その業によって「次はどこ」と決まるのです。好きで自分で決めて生まれるというよりは、業によって、死ぬ瞬間に、次に生まれるところが決まるのです。しかし、行為は必ず自分の意志で、自分が好んで行ったものです。ですから結果(新しい生)については、文句があっても、まんざら嫌とは言えないことになるのです。生まれてきた人は、その生まれがどんなものであっても、正しく生きて生をまっとうする自己責任のようなものがあるのです。

 幸福に生きていきたい、この人生で何か有意義なことを獲得したい、と思う智恵のある人は、「私はなぜ生まれたのか」という疑問よりも、「私はどのように生きていればよいのか」ということを大事にするのです。


Q: 2.今何をすればいいのですか?

A: これは今だけではなく、一生自分に聞いておく質問です。死ぬまで自分に聞き続ける質問です。

 答え:「今やらなくてはいけないことをやる」ことです。でないと人生は失敗します。明日、あさって、一年先、十年先、などを考えても、何が起るかわかったものではありません。ですから、何をすればいいのかと、あまり真剣に考えたり、悩んだりする必要はありません。やらなくてはいけないことは、今、目の前にあります。「好きなことしかやりません、いやなことをやりたくない」などのわがままを考えたりすると失敗する。それはただの感情です。感情が出てくると頭がバカになります。自分にとって、自分の将来にとって大事なことは、いつでも「今やらなくてはいけない」ことなのです。「今やらなくてはいけないこと」は、もしかすると、「お風呂に入ること、勉強をすること、漫画を読むこと、お母さんの手伝いをすること、犬の散歩、植木鉢に水をあげること」などかもしれません。とにかく簡単にわかるものです。今やるべきことをやると、結構楽しいのです。サボると、嫌な気持ちになります。例えば、掃除をする時間なのにテレビを見ることにする。その時は何か悪いことをやっているような気がして、こころが悩むのです。このような生き方を積み重ねると、生きることは苦痛になって、不幸になります。

 とにかく、今やるべきことをやっておく。そうすると後悔はないのです。時々、やりたくないものも確かにあります。その時は本当は別なことをやりたがっているのです。例えば、眠い。しかし、明日の宿題もある。その時は、宿題のことを思うといやになったりする。一つの時間で二つ、三つ、四つぐらいやりたいことが出てくるといやになってしまいます。

 そのとき、ただ好きなことを先にやってしまうのではなく、よく考えてください。

それで、優先順位が見えてきます。優先順位の第一が「今、やるべき」ことです。ほかの三つのことは出来ないから、それを取り消しにするのです。もし時間があるならば、第二、第三も順番でやればよいのです。

 このやり方を実行すると、何のいやなこともなく生きることができるのです。「どう すればいいのですか」と悩むこともなくなります。何の問題もなく人生はうまくいきます。楽しくなります。頭もしっかりします。鋭くなります。

(皆さんからの質問を、スマナサーラ長老にお聞きしました)★質問歓迎!★

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