「ブッダの智慧で答えます」(Q&A)
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【72】 マイナス思考

Q: 私はマイナス思考で将来のことを悲観的に考える性格でして、就職して仕事があまりにも忙しくて夜遅くまで仕事したり休みのときでも呼び出されたりしていると、こんな人生がずっと続いていくのだろうかと悲観的に考えたり、自分は何のために生きているのだろうと考えてうつ状態になってきて、仕事にも支障がでてきているのですが、それを解決するにはどうしたらいいのでしょうか?

A: 仏教では、行動を善と不善の2つに分けています。
マイナス思考は、不善で悪と考えます。罪なのです。マイナス思考というのは、一見、格好いいことを考えているような錯覚を覚えてしまうのですが、本当は罪なのです。
善因善果、悪因悪果という言葉がありますが、そのとおり、明らかに悪い結果になるのです。ですからマイナス思考は不善である、罪であると、覚えておくことが大切です。
俗世間から見れば、罪といえば、人を殺すこと、強盗をすることは罪でしょう。マイナス思考は、実はそれよりももっと罪が重いのです。強盗して死んだ後、絶対に地獄に行くとは言えないのです。その人は、「ああ、とんでもないことをしてしまった。これからはしっかり生きていこう」と立ち直ることで、心を入れ替えることができますからね。
でも、マイナス思考の方はなかなかタチが悪くて危険なのです。死後地獄に落ちる確率はものすごく高いのです。罪が重い。簡単にできるからといって罪が軽いわけではないのです。私たちのいい加減な判断で「マイナス思考なんてたいしたことない」と思うのは、真理から見ればたいへん危険なことなのです。突然カッとなって人を殴ったり怪我させたり、その結果その人が死んでしまったりしても、これもやっぱり「悪いことをしました。これからはしっかりします」と立ち直ることが可能なのです。
だからまず「マイナス思考は罪が重い」ということを理解してください。

Q: 価値観を入れ替えたほうがいいということですか?

A: マイナス思考はすごく重罪であるということをまず理解する。それは事実ですからね。
その代わりに何を考えればいいかというと、みんな仲良く幸せでいてほしいと、いつでもそれを考えるのです。みんな幸せでいてほしい、みんなニコニコと笑っていてほしい、元気でいてほしいと。病気の人を見たら、早く治ってほしいと。身体が弱っているおじいさんやおばあさんを見たら、大変だなあ、どうか幸せでいてくださいと。
ですから、自分のマイナス的な思考を、人の苦しみを理解する方向に使うんですね。苦しんでいるのは私だけではない、このおじいさんやおばあさんも大変でしょうと考える。これからもっと身体が弱くなるのですから。子供たちを見て「うるさいな、おとなしくしなさい」と怒るのではなくて、子供たちも大変だなあ、勉強は厳しいし、競争は激しいし、これから世界がどうなるかわからないし、でもこの子たちは何もわかってないな、とかね。
「大変だな」と、人の苦しみを感じられるようになると、マイナス思考が消えてしまって清らかなやさしい思考に変わるのです。これが2番目のステージです。
だいたいの場合、ちゃんと実践すれば、この段階でマイナス思考は治ってしまいます。

 それから3番目のステージがあります。それがラストステージです。
「こんな大変な生き方、いつ終わるんだろう」といくら悩んでも苦しんでも、それは終わらないのです。死ぬまで、生きることは大変なのです。どこへ逃げても逃げるところはない。会社を辞めても、生きていかなくてはならないでしょう。会社が忙しい、面倒くさいからといって辞めたら、それからもっとひどい目にあいますよ。他人から「あの人は何も仕事をしてない怠け者だ」とか、「ただ食って寝るだけの人だ」とか侮辱されることもある。これはものすごくつらいことなのです。そうすると「何のために生きているんだろう」とまた思い悩むことになるんですね。マイナス思考がもっとひどくなるのです。
ですから、仕事を辞めても問題が解決するわけではないのです。逃げられないのです。逃げようと思うこと自体が間違いなのです。
私たちはみんな、毎日毎日ただ生きているだけ、ただそれだけなんですよ。
それからは逃げられないのです。仕事を、何か特別なものとして考えた時点で間違っているのです。生きるということは、瞬間瞬間何かをやっているというだけのことなのです。
でも考えてみてください。やることがあった方が、つまらない人生だと文句だけ言っているよりもいいのではないですか? くだらないことを考えないで、1分単位で何か仕事をするというのは良いことなのではないでしょうか。これをやって終わると次にこれ、それが終わるとまた次にこれと。それが終わるとまた次にこれと。そうやっているうちに夜遅くなって寝る。起きたらやることが次から次へとある。それは死ぬまで続くことなのです。
でもそれで悩んで神経質になる必要はありません。ただ生きているだけなのですから。
ですから、仏教は、生きることには何の意味もないというのです。
そういうふうに生きることを軽く見てみる。それには智慧が必要なんですが。

Q: 生きることには何の意味もないと知ることが必要なんですね。

A: そうですけれども、世の中のことを何も観察せず、理解もせずに「生きることには何の意味もない」と言うことはよくありません。
自分自身で実践してみることが大事なのです。
そうするとバカな考え方は消えて、智慧が生まれてくるのです。ちゃんと実践すれば100%の確率でうまくいくはずです。
私たちの悪いところは、根性がないというところです。「幸せになってやるぞ」「不幸になってたまるか」という決意がないんですね。負けてたまるかという気持ちに欠けている。中途半端ではいけないのです。自分に甘えてはいけないのです。人間であるなら「負けてたまるか」「幸せになるぞ」という気持ちで生きていないとね。
たとえば誰かがけんかを売ってくる。そのとき「仕返ししてやろう」と思うのではなくて、「自分は不幸になりません、あなたは勝手にけんかしてください。私は怒りませんから」と思う勇気が必要です。
怒ったら自分が不幸になるのです。その「負けません、不幸になりません」という気持ちが必要なのです。相手はカンカンに怒って、言いたい放題のことを言ってきても、それはそれでいいんです。それは相手の自由なのです。でも自分は怒らないことにする。だいたい、けんかを売ってくる人は、相手にも怒ってもらいたいんですね。悩んでほしい、いやな気持ちになってほしい、不幸になってほしいから攻撃してくるのです。でも、もしこちらが怒らなかったらどうなるでしょうか? 相手は攻撃できなくなるんですね。

 結局、皆さん自分に負けているのです。
あいつに負けてたまるかと、相手を敵にまわしてライバルにする。その時点でもう負けているのです、不幸になっているのです。
相手が問題なのではありません。問題は自分にあるのです。「あんたには負けないぞ」と思ったら、自分もけんかしなくてはならないでしょう。相手の爆弾にやられているのです。
そうではなく、自分は自分自身に負けませんという方向で努力しなくてはいけないのです。

 まとめてみると、マイナス思考を治す方法は、これまで言ったように3段階で実践することです。
1番目は、マイナス思考は不善行為、重い罪であることをよく理解すること。それで罪を犯さないようにマイナス思考をやめる。
2番目は、すべての生命に対してやさしい気持ちを育てる。みんな幸福でいてほしいと考える。
    苦しんだり悩んだりしているのは私だけではない。どんな生命にも悩みや苦しみがあるのだ、その点ではみんな同じだと。
    そう考えて他の人の苦しみや悩みを理解してみる。それが2番目のステージです。
3番目は、生きることは忙しくて、休みがなくて、大変なものであるということを理解する。
    生きることはどんな人にとっても瞬間瞬間忙しく、あれをやってこれをやってと、結局、終わりがないものなのですね。
    それを理解することで心に余裕が生まれてくるのです。その余裕から智慧があらわれるのです。
ヴィパッサナー冥想はそのためにあるんですよ。その瞬間その瞬間、自分に起こっていることを実況していく。
そうすると過去のことを思い煩うこともないし、将来のことをどうしようかと悩む必要もなくなるんです。結果として、今の瞬間を明るく元気に生きていられるのです。
それで、智慧を開発して解脱しなさいと。それが、仏教が教えている生きる目的なんですね。

Q: 解脱以外のことは、生きる目的にならないのですか?

A: いくら探しても見つからないはずです。探せば探すほどさらに落ち込んでしまいます。
私たちはただその瞬間その瞬間、必死で生きているだけなのです。逃げても逃げても、どこかで生きていかなければならないのです。
ではどうするかというと、解脱するしか道はありません。解脱するためには智慧が必要で、無知な人にできるものではありません。

(皆さんからの質問を、スマナサーラ長老にお聞きしました)(文責:舟橋左斗子)

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