「ブッダの智慧で答えます」(Q&A)
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【76-2】 能力を開発するには

 
Q: 何か問題が起こってそれを解決しようとするとき、その瞬間にひらめいて答えが見つかればいいのに、半日とか1日とか1週間ぐらいたってから「あーそうか」とひらめくことが多いんです。以前、ひらめきが遅いのは能力がないからとお聞きしたのですが、能力を開発するにはどうすればいいのでしょうか?

A: まず「能力」とは何かという言葉の定義をすることが大事です。一般的な定義は、計画した結果、目指した結果を出すことでしょう。それだけでは完全ではありません。少ない労力、少ない時間で、計画通りの結果を出すということです。たとえば1週間かけて何かを仕事した人がいる。その同じ量を1日で終えた人がいると、みんな「君には能力がある」と言うでしょう。なぜならばこの人は短い時間でやったからなのです。その仕事を半日でやった人がいる。そうすると、みんなその人のことを「能力がある」と言う。つまり能力とは、どんな仕事でも、少ない労力で、より短い時間でやる方法を発見することなのです。それがわかれば能力はどんどん開発されていくのです。それにはまず、自分が結果を出せる仕事を選んだ方がいい。全く結果を出せる自信がないことをやっても能力開発にはなりません。掃除、洗濯、庭の手入れ、料理、何でもいいのです。定義さえ覚えておけば能力開発につながるのです。ただやみくもに頑張ったのだとか、徹夜して頑張ったのだとか、会社で遅くまで仕事をしたとか言う人がいますが、あまりすばらしいことではありません。能力開発しようという気持ちがない人は、ただ頑張ればいいと思っているのです。能力というのは、短い時間で、少ない労力でやるということなんですね。

Q: 短い時間で、少ない労力でというと、いい加減になってしまいそうですが?

A: 手を抜いて早くやりますというのは怠けであって、能力の反対なんです。能力の開発ではなくなります。賢いやり方で、短時間でやってみるぞということです。玉ねぎの皮を剥くときでも、ジャガイモの皮を剥くときでも、短時間で上手にやる方法を見つけるのです。それが能力の開発です。その能力は一生役に立ちます。仕事で得る能力は一生役に立つものではないのです。

 それから、ひらめきについて。ひらめきというのは、心がすごく落ち着いていないと出てこないのです。自我がないときひらめくのです。科学系の研究者たちはずっと考えて考えていますが、ある日、水泳に行ったりして別のことをやっていると、ポーンとひらめきがくるのです。そのときは自分が取り組んでいる研究には自我がないのです。ただおもしろおかしく水泳をやっているだけなのです。ま、悟っていないのですから自我はあるのですが、問題に対する自我はないんですよ。ですから特に科学の分野では、学問とは全く別のところ、関係のないところでひらめいたという話がよくあるでしょう。それは自我の問題なのです。自我があるとすごく心が重くなり、ストレスがかかって機能しないのです。研究はしているのですが抑えられているから、必要なひらめきが出てこない。それでものすごくリラックスした瞬間、自我がなくなった瞬間に、ひらめきが出てくるのです。ヴィパッサナー冥想の技を知っている人なら、常に自我がなく問題にアプローチできるのです。そうするとその場でひらめきが出てくるのです。普通の人はその場でひらめきが出てこないのです。

Q: 物事が終わってからひらめくというのは?

A: 終わってからひらめいても何の役にも立ちませんからね。ですからいつでもリラックスすることが大事なんですね。仕事の最中でもね。見栄を張って他人と比べて「あの人は一生懸命がんばっているのだから私もがんばらなくちゃ」と思うと、リラックスではなく緊張が増すのです。それはただ苦しいだけです。自分の脳が動かなくなったらすぐにリラックスして、心に明るさを取り戻してあげるようにすれば、事はうまくいきます。日常生活では「じゃあ明日返事します」とか「考える時間をください」ということでもいいのです。「考える時間をください」というのは、心にいくらか余裕を与えてリラックスさせるためなのです。また、データが足りないとか、調べなければならないことがあるというときは、時間が必要なのです。「これについて調べなくてはいけないから2日間ください」というのは正しいでしょう。また単に「明日返事します」という場合は、心をリラックスさせるための時間。たとえばいくら能力があって仕事を頼まれても、もっと気になる別のことが自分にある場合は、できないでしょう。そういう場合は仕事ができない。リラックスがないのです。

Q: ひらめく能力は、リラックスが鍵ということですね。

A: もう一つ、能力を開発するのに大事なことがあります。おもしろくなければ何もうまくいかないのですね。みんな人生をおもしろく見ていないからうまくいかないのだと思いますよ。子供はどんなものにもおもしろがってすぐに飛びつくでしょう。なんでもおもちゃにする。別におもちゃを買ってあげなくても、そのへんにあるものをすぐおもちゃにする。「これでこうやって遊ぼう」と瞬時に発見する。おもしろくなれば、ストレスもたまりませんし苦しくない。大人はどうかというと「おもしろくしてくれ」と人に頼んでいるのです。他人にできるわけないでしょう。自分の気持ちなのですから、自分でおもしろくしなくちゃいけないのです。おもしろがる力というのは、生きるときに必要な基本的能力です。それが育っていないというのはおかしいのです。子供のときはあるわけですから、根本的にないわけじゃないのですよ。子供はたとえ戦場であろうとおもしろく遊んでいるのですから。成長するにつれてその能力を失うというのはおかしいでしょう。おもしろさというのは、死ぬまで必要なものです。でも退屈になって、おもしろさをどんどん失ってしまう、そんな調子で死ぬと、激しい苦しみ、怒り、憎しみで、暗い心で死んでしまうと、次の生はどうなるのでしょうね。恐ろしいのです。

 マレーシアにいる長老が今は90歳ぐらいで元気なんですけど、かなり前の話ですが、心臓発作を起こして病院の集中治療室に入ったことがありました。それで突然心臓が止まったのです。その長老のことをよく知っている若い医者がずっと長老についていて、お坊さんの心臓が止まったものですから、医者はとんでいっていきなり胸をボンと殴ったのです。そうすると心臓が動き始めたのです。医者はプロで責任があるし、緊張して余裕がない状態なのです。心臓が止まったら殴って刺激を与えて心臓をスタートさせないと死んじゃうでしょう。医者はものすごく緊張してるのです。心臓が動き出しても医者の緊張はなかなかとけない。それで患者だった長老が何と言ったかというと「君、坊さんを殴っていいところに行けると思っているのかね?」と。冗談を言ってあげたのです。医者の緊張をといてあげた。それが正しい生き方なのです。病気になっても、死にそうなときでも、明るさは絶対に消さないという生き方。

 何でそんなに苦しんで生きているのですか? 穏やかな顔、穏やかな気持ちというのは、みんなに安らぎを与えるでしょう。それさえあれば何でもできるし、おもしろく生きていられる。だからお釈迦さまが、自我を出すな、執着するな、期待しすぎるなよとおっしゃったのは、そういう気持ちを育てるためなのです。あまりに期待しすぎると、ギュッと神経が固くなるのです。それで期待がはずれてしまうと、その落ち込みはどのぐらい続くのでしょう? だからあまり期待もせず、だからといってわざと失敗しようともせず、自我は絶対に出さないように、欲は機能させないで、おもしろく明るく生きてみる。欲を出してはいけないというのは、人の進歩が止まるからなのです。我々は何か成功しても「そんなのもう忘れちゃいなさい」と言います。もう終わったことだから。次の別な仕事があるのですからね。一つ終わったら次のことに進めばいいのです。欲を出しちゃうとそれができなくなって、昔はよかった、昔はよかったと考える。「昔はよかった」ということは、今は暗いということでしょう。明るく、楽しく、子供の頃のように物事を見るときのあの「おもしろい」という感動が、能力を開発するために基本的に必要なものなのです。それをどんどん大人の世界に合わせて持っていくことです。子供のままでいいわけではないのですからね。

(皆さんからの質問を、スマナサーラ長老にお聞きしました)(文責:舟橋左斗子)

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