「ブッダの智慧で答えます」(Q&A)
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【84】自分に適した経典を探す方法・他

Q: 『Patipada』2004年六月号ジャータカ物語の終わりに、「あなたに適した経典の中に必ずあるのです。それを発見してみましょう」(P33)と書かれていますが、どうすれば発見できるでしょうか?

A: 経典を勉強したり、読んだりすると発見できます。全く理解できない、実行できそうもないと感じる経典ならば合っていないかもしれません。言っていることは何となく分かるのだが…と思ってしまうものは、結局は自分が納得していないという意味になります。納得できないものが合うはずはありません。

読み方、勉強の仕方を変えないといけません
 皆がやるからやる、暇つぶしにやる、仲間から離れられないからやる、言われるからやる、などの目的で勉強したとしても、自分に適した経典は見つかりません。知識を肥やすために勉強する人も、何も発見できません。
 自分を読むために、自分を発見するために、自分の生きるべき道を発見するために、自分の悩みを解消するために、真理を知るために、心を清らかにするために、解脱にチャレンジするために、というような目的で勉強するなら、適した経典が瞬時に見つかるのです。

適する、適しないとは何?
 ブッダの教えによって人が幸福になること、こころが向上すること、解脱へ進むことは確実です。失敗者はいません。これが決まりです。自分は仏教を勉強してみたが、役に立たなかった、問題を解決しなかったというならば、適した教えに出会っていないのです。

 適するとは、自分の問題にずばりと解決方法を持っている教示なのです。「なんだ、私のことを言っているみたいだ」と感じてしまう教示なのです。それは四行の詩ひとつ分の教示かもしれません。経典一編まるごとかもしれません。あるいは、あの経典から一部分、この経典から一部分、あのジャータカ物語から一部分というように、幾つかの教示を合わせたものかもしれません。

■ 本当に「聞く」ということ

Q: また、同じページに「人は、賢者の話に耳を傾けるべきなのです」ともあります。お説教を聴いていると思っておりますが、本当に「聞く」とはどういうことかもよく分かっていないような気もします。

A: なぜ聞かなくてはいけないのか?
自分が判断できないから、自分で善悪の判断ができないから、自分にとって何がよくて何が悪いのかと理解できないからこそ、賢者の話を聞くのです。人は生まれつき全知全能ではないのですから、「賢者の話を聞くべき」ということは全ての人間に必要な事柄です。出来が良い人、頭が良い人だったら聞かなくても構わないということにはなりません。そもそも、そのような人はこの世に存在しません。誰もが、先の分からない人間なのです。

聞いてみたい話
 人は自分を褒め称えてくれる話、おだててくれる話、笑い話、他人の批判、自分の自慢などは耳を澄まして聞くのです。こころに残るのです。忘れられないのです。また、儲かる話だったら、よく聞いてくれます。

耳が痛い話
 賢者の話はこれとまったく違うのです。自分を正してくれる話なので、耳が痛いと感じます。勇気を出さないと落ち着いて聞いていることもできないでしょう。しかし、相手のことを心配して、相手の真の幸福を願って、やさしく厳しく、明確に長く、また短く、また繰り返しを何度もしたりして話すのです。

賢者と俗人の話は質的に違うと理解した方が良い
 俗人の話は聞きたくてたまらないものです。しかし俗人の話には騙されやすいのです。損をすることはあっても、得をすることはない。また、聞く人の感情を引き起こします。世間話をいくらしても、人格者にはなれません。

 賢者の話は、それとは正反対なのです。役に立たない話はしない。インチキ・嘘は言わない。相手の機嫌をとろうとして事実のねじ曲げはしない。人にモラルと生きるべき道を案内する。相手から何か得ようという目的はありません。純粋な憐れみで話すのです。事実を語ります。聞いた人は必ず得をする。必ず人格者になるのです。

「聞く」とはどういうことか
 この差異を理解してから聞くことです。世間話ではなく、人生に大事な話を聞いていると思って聞くこと。覚えておかなくてはならない、と思って聞くこと。自分を向上させよう、間違っているところを直そう、という気持ちで聞くことです。

聞き方上手のススメ
 自分の欠点に照らしながら聞くこと。真理を、本当のことを知りたいと思って聞くこと。分からないことは何度も聞くこと。仲間とディスカッションしてみること。自分で納得がいくまで理解しようと努力すること。聞く時は、分からないことを話す相手に質問すること。納得がいかないところも聞いてみること。繰り返し説明されても自分には分からなかった場合、「私に納得いくことができるよう、簡単に教えて下さい」と頼んでみることです。

人格向上の順番
 まずは聞くことです。次に、理解すること。納得がいくこと。それに従って喜びを感じること。実践したいという気持ちを引き起こすこと。精進すること。そして目的に達すること。このような順番で人格向上が進むのです。

賢者とは誰ですか
 正覚者であり、釈迦牟尼如来のことです。仏法は賢者の言葉です。仏教を学ぶ個人の勝手な解釈は賢者の言葉ではありません。間違ってしまう可能性は大いにあります。
三宝のご加護がありますように。
スマナサーラ

(皆さんからの質問を、スマナサーラ長老にお聞きしました)(編集 早川瑞生)

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