「ブッダの智慧で答えます」(Q&A)
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釈迦尊の教え・あなたとの対話 ホームページに寄せられたご質問から
(8) 結跏趺坐(冥想時の坐法)について(2001.5月)
Q: 質問ですが、テーラワーダでは座り方をあまりうるさく言わないように思います
(特に足の組み方)
南伝大蔵教中部経典4には結跏趺坐するように書いてあります。
どうしてテーラワーダではそれを言わないのでしょうか。

A:
仏典からのとても大事なポイントをありがとうございます。
「悟りを開いたすべての人々がある特定の座り方で座っていたからこそ悟りを開くことが出来ました」と経典に記されているならば、座り方は大変大事なことになります。
 
座って修行することは仏教に限らずインドの諸宗教の習慣でした。
呼吸瞑想などの実践方法を説く時、お釈迦様は先ず結跏趺坐をして…と仰るのです。
「諸法が無常である」という真理を悟るためには、経典によると、必要な条件は集中力と智恵であって座り方ではないと、一方的に思ってしまいます。
 
テーラワーダでは一般的に座り方に拘らない他の理由もあります。
ほとんどの人々が結跏趺坐を嫌がるのです。単に足を組みたくない、組めない、強引に組んでも痛くて集中出来ないと言う現代の方々に、「足を組めない=無知」と有罪判決を出すのも難しいです。
 
足を組めない人も悟りにチャレンジしてみても悪くないと思います。
だからと言って、原始経典を直接お読みになって理解する方々に結跏趺坐をして修行する権利についてテーラワーダに何も言えないと思います。
結跏趺坐をして修行なさっている方々はテーラワーダの方法に付いて気にする必要はありません。
結跏趺坐と智慧の密接な関係についてなにかご存知であるならば皆の勉強のために教えて下さい。お願い致します。
三宝のご加護がありますように。
スマナサーラ
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