「ブッダの智慧で答えます」(Q&A)
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釈迦尊の教え・あなたとの対話 ホームページに寄せられたご質問から
(17) 救うことが大事では?(2001.7月)
Q:スマサナーラ師の著作を読んでいる読者です。
一応、自分の探求の為に色々な哲学書を読みました。そんな中で、日本仏教界ではサリンを地下鉄にばらまいた団体や子供の首を切ったサカキバラ等に救いの手をさしのべないのはどうしてでしょうか?彼らを救う事こそ仏教にとって大事なことだと思うのですが?みなさんはどう思いますか?

A: カルト的な団体は基本的には閉鎖的です。入信しない限りアクセスできません。
 仏教はこころの自由は大事にします。
故に、社会的活動する団体であるならば入会できますが、こころの自由を売り渡す団体には入団できません。
 
 人はだれでも助けてあげるべきです、(できるならば)。
 
 「救う事」は非仏教的な行為です。
 
 仏教は、「教えてあげる」、「導く」、「協力する」、「助ける」、「たまに『目を覚ませ』と叱る」などはしますが、「救う」ことだけいたしません。悟りの道だから不可能です。救うーsalvationはたての関係です。残念ながら仏教は横の関係で語っています。仏陀、覚った方々が先輩で求道者に道案内はします。
 
 スマナサーラが批判受けながらも毒説的に説法しているのは仏陀の本当の教えに目を覚まして頂きたいからです。かの団体の人々とも話し合ったことがあります。皆私に仏教を教えてあげることに踏ん張ったのですが人(私)の話には決して耳を向かなかったのです。魚に陸上マラソン教えるようなものでした。
 
 話を聞きたいと思う人には話せます。
自分の受信機の電源を切っている人に世界中へ放送するものでも聞こえるでしょうか。
放送局は各家庭に入り込んで強引に受信機のスイッチを入れるべきだと思いますか。
 
 地下鉄サリン事件、子供殺しなどをした方々の団体を日本仏教界にどなたがいれたのでしょうか。「私こそ仏教です」と自称しても仏教になるのでしょうか。
人が「私は日本の総理大臣です」と言ったら、たったそれだけの理由でその人は総理大臣ですか。大事なのは人が持っている看板ではなく、その人の中身だと思いますが。
 
 仏教は全ての生命の見方であってある特定の犯罪グループの見方ではありません。
 
 生きる道を間違っているのはオカルト団体に入団している人々だけだと思い難いです。
経済的効果のみを狙って生きている、しっかりしていると自称している人々も、仏教から見れば『人生の寄り道に迷っている』と思います。ですから平等に皆に教えてあげるべきです。
 終り。

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