「ブッダの智慧で答えます」(Q&A)
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釈迦尊の教え・あなたとの対話 ホームページに寄せられたご質問から
(40) なぜ輪廻してしまうのですか(2002.2月)
Q: 私たちが、いくたびも輪廻転生を繰り返し、この世に生まれてくるのって、結局、私たちは「この世が好き」だからですか。それとも、アルコール中毒者や麻薬中毒者が、「いけないことだ、後で自分が苦しむことになる」と知りつつも、ついついアルコールや麻薬に手を出してしまうのと同じような感じで、私たちは、この世に生まれてきてしまうのでしょうか。
 
Q:その2
「この世がすき」というのか、あまりにもやり残したことが多くて、未練たっぷりで死んでいくからでしょうか。
なんど転生してもそれはついて周り、限りない輪廻を厭きもせずにくり返すまさしく、「苦」でしかないのに。
アルコール中毒、麻薬中毒は強制的に治す方法がなんとかありますが、輪廻をストップさせるのは並大抵のことではありません。
もう「生」を受けるのは沢山だと思っただけではどうにもなりません。
仏陀の仰るとおり脱出するしかないのですが、そうは簡単にいきません。
この簡単にいかないと思うこと自体が、すでに何だかんだ言っても「生」に執着していることになるのでしょうか。

A:止まってくれません
Part I
 一つのポイントに当たっていると思います。やっぱり、生きていることは好きなんですね。いくら、悪いと、苦しいと、やりきれないと、いややと、ろくなことがないと、むなしいやと、何の意味もないのではないかとわかっていても、中毒お殿様方と同じですね。 生き続けることが、どこかで好きなんですよう。
もしかすると、今度こそ上手くいくぞう、巧くやってやるぞうと思っているのではないでしょうか。
 
 なにかオリンピックみたいですね。出るときは口で言わなくてもメダルを「取ってやるぞう」と思っている。しかし、競技では23位、32位で終わってしまう。あるいは、2位はまちがいないと上手にやっているのに、少々はりきってしまって、こける。悔しくてたまらない。
「では、4年後がんばります」と開き直る。
4年後も同じことになるのに。
「いい加減止めたら、諦めたらいかがでしょうか」
「そんなばかな?人が折角、やる気になって明るくがんばっているのに、水をさすようなことを言ってしまって。
本当に、あなた常識というものは知らないのか?」
のような論理になりますね。
やっぱり、何があっても、何が起きても、好きなんですね、(三種類の渇愛)生きることは。
 
Part II
止まりたくてもものごとは止まらないのです。物の流れ、変化の流れが止まりません。歳を取りたいと思っても、歳を取りたくないと思ってもからだは勝手に変化して、歳を取ってしまうのです。
 
一時的な一つの現象は瞬間で滅しますが、滅する現象は次の瞬間的な現象を生み出して滅するのです。死は生へ変換する。生は死へ変換する。止まりません。こころも物質もサイクルで循環する。
 
こころを見てみましょう。私達は一つの思考を終わったらこころを休ませるのですが。これは無理な話です。新しい思考が割り込んだならば古い思考が消えてくれるのです。もしも新しい思考らしいものがなければ、古い思考が何時でも何時でも新しくなって循環するのです。
このように、物質であろうが、こころであろうが、ものごとにはストップがないのです。これは「無常」という論理です。
ですから、止めたくても止められない。生まれ変わりたくなくても生まれ変わる。人間の勝手な主観的な希望、望みなどは宇宙スケールの変化の流れには関係がないものです。お手あげです。どうにもならないのです。
 
二番目のポイントは物事は止まることなく、生滅という変化をし続ける。個人がそれは好きであろうが、嫌であろうがは関係なく変化が続ける。宇宙の法則には個人の好みは関係が有りません。ですから、生まれ変わるのはいやだなあと思っている人も、そんなのはないと思っている人も、生まれ変わりたいと思っている人も皆平等に生まれ変るのです。
 
そういうわけで、釈迦尊が非常口へ案内するのです。
ビッグバンからビッグクランチへ宇宙は変化する。またビッグクランチからビッグバンまで。それはほっておきましょう。
こころには欲があるから、渇愛がるから、執着があるから、思考し続けるのです。
こころも宇宙的な法則ですが、個人と言うのはそのこころですから、そこで、個人に努力してその流れにストップをかけることができるのです。
 
 中途半端な実践ででも「怒り、憎しみ、悩み、嫉妬、欲」などの思考の流れが一時的にでもストップになってくれると、楽しいのです、楽です、平安です、落ち着きます、燃えていた火が消えたような気がします。
 
このような経験が積み重なると、じわじわと、こころの流れの完全なストップが最高な安らぎであると納得します。
そこまで、否応なしに輪廻転生することですね。
ありがとうございます。
 
Sumanasara

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