「ブッダの智慧で答えます」(Q&A)
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釈迦尊の教え・あなたとの対話 ホームページに寄せられたご質問から
(43) 存在の意味(2002.4月)
Q: ヴィパッサナー瞑想は、輪廻転生から解脱する方法ですよね。
もし、その瞑想によって解脱し、涅槃に入って至福を得たとしても、それがなんだと言うのでしょう。
我々は?なぜ存在しなければいけないのでしょうか。
そもそも初めから?なにも存在しなければ、なんの問題も苦労もないのにと思うのですが、いかがでしょう。

A: 輪廻はすばらしい、生きることは至福だと思っている人にはvipassanaも解脱も宗教も要りません。そのような方々に仏陀さえも語りません。
 
 次に、「我々は?なぜ存在しなければいけないのでしょうか」 という疑問だしてますね。打ち間違いではないでしょうか?
 「涅槃に入って至福を得たとしても、それがなんだ」と思う知識人が聞くべき質問は「なぜ存在することはそんなに悪いのでしょうか」です。
 
次の行も読み直してください。
 「そもそも初めから?何も存在しなければ、何の問題も苦労もないのにと思うのですが、いかがでしょう。」
 
 私の理屈では、この質問も変えた方が良いと思ってしまうのです。だって、生きることは苦労だとおっしゃっているのではないでしょうか?そんなにも苦しいと思うなら、「解脱」にチャレンジすることではないでしょうか。そうなると 「解脱してもそれがなんだというのでしょうか」 と質問できないはずだと思います。
 思考の一貫性を保ちたいと思う場合、私はこのご意見も変えてみます。
 「我々は解脱しない限り存在し続けるのではないでしょうか。楽しく気楽に永遠に存在し続ければ良いのではないでしょうか。存在がなくなったら何もないのではないでしょうか」 と変えますね。
 
 したがって、私の(外人の)日本語の理解能力からいくつかの疑問が出てきます。
ご質問の論点はなんですか。
 1.輪廻(存在)は素晴らしい、あるいは苦しい?
 2.たまに苦労あるが、それは何とかすれば良い?
 3.我々は勝手に、強引に存在させている?
   などなどです。
もしも私がご質問の意味を誤解したならば(大いにあり)申し訳ございません。謝ります。
できれば、明確に論点をしっかりして疑問をお出しになってください。
 
 最後に、−そもそも初めから?なにも存在しなければ −、
     −我々は?なぜ存在しなければいけないのでしょうか −という言葉に私の意見を述べさせてください。
 
 冗談的に書きますが、(その方が書き易い)その中にポイントは隠れています。
 「そんなことを私に聞くなよ。私はあなたを存在させたわけではないから、何故あなたは存在しているのかとわかりません。ですから、あなたを存在させたと疑っている人がいるならば、その人に聞いて確かめた方が良いでしょう。
 「そもそも初めから存在しなければ何の問題も苦労もないのに」 と文句を言われてもこちらで知ったことではないでしょう。存在しているのも、それは苦労だとしているのもあなたですから、それはあなた一人で何とかしなさい。
−おなかが空いている人がご飯を食べるのであって、お腹が空いてない私がご飯を食べても空いている人のお腹は満腹にならない。ですから、問題のある人がそれを解決する。」

 
 余談ですが、「私は天と地を創造し生命も創造した」と言う人が世の中にいるみたいです。西洋の場合は「神」です。文句があるならその人にいうものです。
 
 仏教ではすべての物事は、始めなき生滅変化し続けている、 実体−固体−魂と言えるものはない。
すべては無常だと言っているのです。
ですから、以上の疑問は仏教徒には関係ないものです。
 
 最後にして失礼ですが、ホームページを訪れたことに感謝いたします。ありがとうございます。HPを詳しくお読みになって遊んでください。楽しくなると思います。
 
Sumanasara

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