「ブッダの智慧で答えます」(Q&A)
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釈迦尊の教え・あなたとの対話 ホームページに寄せられたご質問から
(73) ・地球環境問題 非生存欲 サティと感情のシャットアウトの違い 夢見 統合失調症 トラウマ 物質エネルギー 早起き成功法 怒りの処置

 

Q:  地球環境問題
  地球環境問題は正直どこらへんまできてるのでしょうか?仏教者として智慧を出すべきだと思うのですが。

A: 答えは簡単です。地球関係が悪くなったのは人間の底知らずの欲、怒り、無知のせいでしょう。
動物にも貪瞋痴はあるが、思考・妄想はない上に「底知らず」になりません。だから、動物は問題になるまで、自然破壊はしません。
人間は命を維持できる程度の貪瞋痴でいればよいでしょうに。余計についている思考能力は他の生命の幸福のために活用すれば良いでしょうに。個人個人は「少欲知足」の戒めをまもることで「解決」です。


Q:  非生存欲
ちょっと信じられないですが非生存欲は生き物に自然な感情だそうですが、どう対処したらいいのでしょうか?
一般的に怒りの一種だということなのでまきこまれても幸福になることはないと思いますが。

A: 本能としてこの煩悩は(渇愛)あるが、一般人には、殆どの生命には機能しないのです。パソコン用語で言えば、「log in」してないだけです。必要なときlog inするでしょう。
仏陀の時代で、真剣真面目な行者たちがいました。修行の結果、身体も、心も苦そのものだとわかってはいました。それで、至った結論は「存在は苦なら、非存在は楽」だということでした。これも人間の常識的な思考パターンです。(寒いのは嫌なら、暖かいのは良い)物事は白黒に分ける分別は仏教では極論だとしています。極論は実際に生きている生命のなかにあるものです。超越論(中道)は智慧ある人の世界。
ですから、生きること嫌になった人が自然に至る極地です。普通は快楽を目指すという局地ですが、たまにこの局地にも陥る。非存在欲にlog inしている人々は数少ないだけです。
一般的に欲を喜んで生きている人々は怒りに注意すると潜在的に自分にも「非存在欲」があることの理解がなんとなく出来る。
怒りは嫌だから欲にならない?と思うでしょう。
でも怒る人にはそれを止められない。刺激です。生き甲斐です。自殺も刺激です。止めなさいといったら、「これしかない。止められません」というでしょう。非存在欲に達している。
ちなみに、仏道は五欲にも、存在欲にも、非存在欲にもlog inしない道です。Log out しています、覚者は。


Q:  サティと感情のシャットアウトの違い

過去の行為を思い出して、そのとき感じたことを振り返るのは、無駄な行為ですか。そうではなく、「思い出してる」、「妄想」ってサティ入れるべきでしょうか。
でも、そうすると、サティできているのか、感情をシャットアウトしているだけなのか、自分でわからなくなるときがあります。
アドバイスよろしくお願いします。

A: まだ、まだ過去に引っかかっている状態ですね。大丈夫。「妄想。妄想」といってください。これがsatiで、修行で、解決する方法でもあります。逃げでも、シャットアウトでもありません。(過去は過去。実在しない。幻想。)
でも、でも。感情は違いますよう。感情が悪です。問題を作ります。煩悩です。過去の出来事を思い浮かんだらそれは単なる妄想ですが、感情が起きたらそれは妄想ではありませんよう。実在に今の瞬間にこころに、怒り、欲、悩み、などの感情があるのです。それが悪です、煩悩です。それも退治する。「感情・感情」と実況する。又は、どのような感情かと解っているときは、その感情の名で実況する。例えば怒りだと解ったら、「怒り、怒りか怒りの感情か」ですね、実況の言葉は。


Q:  夢見
チベットのほうだと、睡眠中の夢を見るのも修行にしちゃうようですけれど、テーラワーダの場合はどうするのでしょうか?
夢を見ていることを自覚したら、やっぱりサティいれるんでしょうか?
そもそも夢を見ていること自体がマズイのでしょうか?気にせず、そのまま意識落としたほうがいいのでしょうか?

A: 
   > チベットのほうだと、睡眠中の夢を見るのも修行にしちゃうようですけれど、テーラワーダの場合はどうするのでしょうか?

*こちらの修行は目が醒めた状態で、昏沈睡眠を抑えてやるものです。

   > 夢を見ていることを自覚したら、やっぱりサティいれるんでしょうか?

**普段は自覚できない行為だと思いますが。「これは夢だ」と夢中で知っている人ならその時点で夢を管理している。問題を起こさない。長い間vipassana実践をして慣れてしまっている人なら、夢の中でも、「夢だ」と自覚する。サティにはなる。それだけ。それで精神的に上達があるのではない。夢により生じる悪結果はゼロになる。

   > そもそも夢を見ていること自体がマズイのでしょうか?

***「夢をみるぞう」と見えるものではない。マズイも良いもありません。感情が波を打っているとき、起きていたとき色々考え方があって整理整頓してないとき、悩むこと心配することがあるとき、体調が悪いとき夢をみる。難しい問題などを解読しようと挑戦している人々も夢の中でも研究を続く場合はあります。その時、突然答えがでることもあります。
夢というのは大したことではなく、妄想が引き続くことなのです。研究者学者の場合は思考がそのまま続いてしまうだけ。起きているときも妄想しているでしょう。夢の中でいきていることに変わりはありません。感情が夢に絡んでいるから、貪瞋痴の夢は悪で、不貪・不瞋・不痴の夢は善です。輪廻転生させるほどの力強い善業でも悪業でもないが、それなりの結果は出します。
夢占いなんかは当てにならない。しかし、欲、怒り、嫉妬、憎しみ、不安などの感情の現象化なので、こころの状態を夢からも読むことは出来ます。

   > 気にせず、そのまま意識落としたほうがいいのでしょうか?

****余計なことを出来るはずもありません。寝る前にこころを整えて雑念を止めて、慈しみ気持ちで寝るのです。
ありがとうございます。


Q:  統合失調症
統合失調症なる精神病にかかっています。
お医者さんによると軽いほうらしいので、一日1錠薬を飲むだけで普通に生活しています。原因不明の病気で、症状も多様で得体がしれないものらしいです。主に、幻覚と元気がなくなるという症状があるそうです。
 私の場合は会社に入ると同時に大学時代にかかわっていた妖しい宗教をやめたのと、社会人になりたてで不安が多いときに、祖母の死去がかさなって発症したようで、異次元の世界にまよい込む系の幻覚を体験して、今はやや元気がないという感じで落ち着いています。
思考力に微妙に影響しているようで、
仕事で文書や図をつくったりするときなどに収拾がつかなくなるときがあります。会話もうまくできなくてなんと返していいかよくわからないときがあります。
 病前性格というのがありまして、おとなしい性格の人がなりやすいそうですが、子供のときから人付き合いが苦手な性格で病気といわずともずっと悩んでいました。
 とにかく人間関係で喜びを得ることがないようで、すごく孤独で稀薄な人生を歩んでいるような気がします。
そんなときテーラヴァーダ仏教に出会って、サティや慈悲の瞑想などをして微妙に変わってきた感じもあります。
しかしまだ自分の感情がないような稀薄な感じは根強くのこっています。
瞑想法で元気になるための秘訣があったらおしえてください。

A: Vipassana実践では歩く瞑想という方法がありますので、このHPからそのところをお読みになってください。一回一時間ぐらいになるようにと実践してみてください。
あまり真剣に考えて「酷い状態」だと思わないほうが良いと思います。
良い結果がでることでしょう。


Q:  トラウマ
パニック障害のものです。一年ほど前にパニック発作を起こし、以後又起こるのではないかという不安や妄想(そうした妄想でパニックを引き起こすこともあります)に悩まされています。
サティを入れようとしても、客観的になれず妄想に巻き込まれてしまします。そういった具合なので、今はなるべくそういった妄想や感覚を気にせず、いずれ消えるだろうと思い体を動かしたり瞑想もおなかの膨らみだけを見ています。そういったことを続けて多少はよくなってきています。ただ、サティを入れないとそういったエネルギー?が心の奥底にしまわれてるだけにならないのか、不安になってしまいます。実際の所どうなっしまうのか知りたいです。あまり気にせずに他の事に心を切り替えた場合でも、そういった心のエネルギーは消えてるのでしょうか、それとも蓄積されてるのでしょうか?長文で読みずらいかと思いますが、よろしくお願い致します。

A: 
   >パニック症
 ご自分のサティの実践方法は、それで良いと思います。できるだけ妄想に巻き込まれないように工夫することは巧みなことで、仏教的に言えば「正精進」になります。
パニックであろうか、ほかの精神的な異常であろうか、激しい感情にこころが付いていけない状態なのです。このアンバランスを補うために何かの症状が現れる。とんだ迷惑ですが。
しかし、これは結局「妄想」の結果なのです。妄想一個一個に感情と言う粘着材があります。簡単に張ったり、剥がしたり出来る(Post-it製品のように)感情の粘着材なら症状などはあらわれません。妄想についている粘着力は強くなると危険なのです。感情を無くそうと人にアドバイスしても無理です。だから、仏教では妄想の制御を指導するのです。これで、万事上手くいきます。

パニック症
といっても、色々種類がありますよ。危険な目にあったときも、死に掛けているときも、予測しなかった出来事が起こるときも、何かをしなくてはならないのに、何をすれば良いかと解らなくなるときも、ただ単に気が弱い場合も、自分に対する愛着が激しい時もパニックになります。更にありますが…
サティの実践と同時に自分のパニック種類を理解して置いてください。それを解決使用とする必要はありません。理解するだけ。それから、サティの実践のみ。
三宝のご加護がありますように。

Q: お返事ありがとうございます!!
   
> サティの実践と同時に自分のパニック種類を理解して置いてください。それを解決使用とする必要はありません。
   > 理解するだけ。それから、サティの実践のみ。

 がんばります!ただ、なぜ理解するだけで良いのでしょうか?何でも解決しようとするとプレッシャーになり、辛くなることがよくあるように思います。そうした、悪循環を防ぐ為と理解してよろしいのでしょうか?

A: パニック症も色色あるでしょう。
自分はどんなタイプのパニック症かと自分では簡単にわかるものだと思います。ただ、「私は●●パニックだ」と知っておくことです。それ以上やらないでください。
徐々に、自然に改善していくのです。
三宝のご加護がありますように。


Q:  物質エネルギー
仏教では宇宙を構成しているエネルギーとして地水火風という四つのエネルギーがあるとしているそうですが、
現代物理学でいう四つの力と対応しているのでしょうか?
物理でいってる四つの力は重力、電磁気力、弱い力、強い力です。
重力が地、電磁気力が火というのはなんとなくあてはまりますが、のこり二つはどうでしょうか?

A: 現代物理学と対応できるかと解りません。現代物理学はこれからも発展するでしょうし、新しい発見、説明の仕方があらわられることも大いに可能です。現在の物理学的な理解が改めることになることもありえる。
 仏教の教えは過去のものでこれから更に開発してより正しい真理を発見するということはありえないのです。そのときのそのときの人々の物理の理解に合わせて説明するが、それで完璧ということになりません。仏陀以前の人々は宇宙全体は具体的に目に見える地水火風だと思っていたし、釈尊もその同じ単語を説明に使いました。新しい物理学的知識は現れてくるとそれに合わせて説明する。
仏教は物理学ではありませんし、物理学に価値を入れていることもありません。
 目的は、無執着、解脱、こころの安らぎです。それにはものに粘りつく、しがみ付くことは止めなくてはならない。それで、宇宙や、自分の肉体や何でもかんでも単なる物質で、執着に値しないくだらないものだと納得してもらう目的で物理のことも説法する。しかし、物理学は説きません。(それは俗世間、欲の世界のしごと)

 感想:
重力、磁力、弱力、強力説は地水火風説に合わないようにみえます。だって、弱力・強力は二つではなく一つでしょう。それから「空間がどのように現れるのか説明が付かなくなります。素粒子の特色を学ぶなら似ているパターンを発見できそうな気がします。しかし、物理学の素粒子の数は仏教と比べると多すぎです。
 ・地:質量、重さなどを作るエネルギー;
 ・水:引き寄せる力;
 ・風:引き離す力(この三つで最少の物質はー素粒子?−が出来上がる。)
 ・ 素粒子1個でも停止しない。常に移動する。安定して止まることはありません。
   全ては「動」で、変わったり、移動したり、動いたりする。このエネルギーは火です。
 
自慢ではないが、科学知識皆無なもので、私の話は科学者の立場から言えばむちゃくちゃな話にになるかもしれません。現代科学と、仏教の間で似ているところを発見なさったらこちらにも教えてください。


Q:  早起き成功法
ヴィパッサナー瞑想を利用して朝早く起きれる方法を、どなたかアドバイスしていただけないでしょうか?
早起きして勉強したいのですが、睡魔に負けてしまいます。
目覚ましが鳴ってもまだ眠いわけで、「眠気、眠気・・・」と気付きを入れてるうちに本当に寝てしまいます。
怠慢が原因なのでしょうが、どうしていいやら・・・( -。-)

A: ○○さん、全然本気じゃないでしょう。本気なら朝はいても立ってもいられなくなって起きられるよう。あのね、「ああなりたい、こうなりたい」と夢ばかり見て希望を立ててもだめですよ、なれません。効果は逆。「●●になってやろうではないか、みてみろ」というかんじでないとあかんよ。
 ・夜、お腹いっぱい食べない。10時か10.30時に布団に入って寝る。
 ・午前3.30に目が覚めると思う。その時たちまち起きる。(まだ早いではーありません)布団をたたむ、勉強する。
 ・疲れてきたら、5.30から6.00まで、机にあたまをつけて寝る。顔を洗ってから一日のはじまり。
 ・寝るときは瞑想する。布団に入って、●時に起きるとこころで決めて、お腹の動きに合わせて瞑想する。
  寝付くまで慈悲の瞑想でもよいが。
 ・目が覚めたらたちまち起きる、グニャグニャしないで。
 ・布団の中で、「眠気、眠気」と言うんじゃない。最悪。やりたけりゃ、声を出して美しい歌声で慈悲の瞑想歌えば。家の皆に迷惑かも知れませんが、気にしない。(どうせ、他人の迷惑なんかは気にしないでしょう)。
頑張ってね、応援します。
幸福でありますように。


Q:  怒りの処置
ある人に怒りが湧いた時、その人に対して慈悲の瞑想をしようとすると反発して余計に怒りが湧いてしまいます。そこで、歩いたり立つ瞑想をして心を落ち着かせようとしますが、それは心を直視しない、「逃げ」になってしまうでしょうか。

A: > 逃げて  いるか、いないかではなく、「怒りが収めてくれるかないか」は問題です。
目的があって行う行為に期待する結果が現れなかったら、無駄なことしたことに、悪いことをしたことになるのです。
「絵に描いた猫でもネズミを脅かしてくれるなら、なぜそれが悪いのか」ということでしょう。怒りが沸いてくるなら、「慈悲の実践を一時停止して別な実践を行うことは理工的ではないでしょうか。
また、自分が嫌いな人にも慈しみを念じられるほど向上して無いならば、怒りが沸いてくる前に慈悲の瞑想実践のそのセクションを飛ばして続くことも出来ます。
逃げて助かっても危険が消えたわけではないと理解したほうが良いのです。徐々に怒りの感情が減っていって消えるとことを目指として修行を続けなくてはならないと思います。


三宝のご加護がありますように。
Sumanasara
  

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