初期仏教の世界
Sabbe satta bhavantu sukhitatta
HOME初期仏教の世界→礼拝のことば
礼拝のことば
Tweet
ゴータミー精舎本堂のお釈迦さま

 日本テーラワーダ仏教協会で開催する冥想実践会・法話会などの始めに唱える礼拝のことばをご紹介します。ことばの原文・日本語訳・音声ファイル(読誦:スマナサーラ長老)をご用意しました。一言ひとことの意味を、心で確認しながら静かに唱えてみて下さい。

 これらの言葉を唱えることの意義については、スマナサーラ長老による 『冥想会などで唱える礼拝・三帰依・慈悲の冥想について』で詳しく解説されています。またミャンマー僧侶キラサ師による『仏教徒は祈らない』も参考になるかと思います。併せてご覧下さい。

【目 次】

1. 礼拝文…お釈迦さまへのご挨拶

2. 三帰依文…仏法僧への帰依のことば

3. 五戒文…在家仏教徒が守るべき戒め

4. 懺悔誓願の文…日々の過ちを懺悔し、幸福への道を歩むことを決意することば

1. 礼拝文
パーリ語 ナモータッサ バガバトー アラハトー

ナモー タッサ バガヴァトー アラハトー サンマー サンブッダッサ(三回)
阿羅漢であり、正自覚者であり、福運に満ちた世尊に、私は敬礼したてまつる。 

礼拝文 [ブラウザ再生][ダウンロード](約270KB)
↑TOP
2. 三帰依
パーリ語 ブッダン サラナン ガッチャーミ ブッダム・サラナム・ガッチャーミ
ダンマム・サラナム・ガッチャーミ
サンガム・サラナム・ガッチャーミ
 私は仏陀に帰依いたします。
 私は法(真理)に帰依いたします。
 私は僧(聖者の僧団)に帰依いたします。
パーリ語 ドゥティヤンピ ブッダン ドゥティヤム・ピ  ブッダム・サラナム・ガッチャーミ
ドゥティヤム・ピ  ダンマム・サラナム・ガッチャーミ
ドゥティヤム・ピ  サンガム・サラナム・ガッチャーミ
 再び私は、仏陀に帰依いたします。
 再び私は、法(真理)に帰依いたします。
 再び私は、僧(聖者の僧団)に帰依いたします。
パーリ語 タティヤンピ ブッダン タティヤム・ピ  ブッダム・サラナム・ガッチャーミ
タティヤム・ピ  ダンマム・サラナム・ガッチャーミ
タティヤム・ピ  サンガム・サラナム・ガッチャーミ
 三たび私は、仏陀に帰依いたします。
 三たび私は、法(真理)に帰依いたします。
 三たび私は、僧(聖者の僧団)に帰依いたします。
三帰依 [ブラウザ再生][ダウンロード](約550KB)
↑TOP
3. 五戒文
パーリ語 パーナーティパーター
1.バーナーティパーター ヴェーラマニー スィッカー パダム・サマーディヤーミ
 私は「生き物を殺さない」という戒めを受けて守ります。
パーリ語 アディンナーダーナー
2.アディンナーダーナー ヴェーラマニー スィッカー パダム・サマーディヤーミ
 私は「与えられていないものを取らない」という戒めを受けて守ります。
パーリ語 カーメースミッチャーチャーラ
3.カーメース ミッチャーチャーラー ヴェーラマニー スィッカー パダム・サマーディヤーミ
 私は「淫らな行為をしない」という戒めを受けて守ります。
パーリ語 ムサーワーダー
4.ムサーワーダー ヴェーラマニー スィッカー パダム・サマーディヤーミ
 私は「いつわりをかたらない」という戒めを受けて守ります。
パーリ語 スラーメーラヤ
5.スラーメーラヤ マッジャパマーダッターナー ヴェーラマニー スィッカー パダム・サマーディヤーミ
 私は「放逸の原因となり、(人を)酔わせる酒類、麻薬などを使用しない」という戒めを受けて守ります。
五戒文 [ブラウザ再生][ダウンロード](約580KB)
↑TOP
4. 懺悔誓願の文

懺悔いたします。

無明の闇におおわれて、身、口、意、の三業によっておかしてしまったあやまちがあります。

仏、法、僧、に対するあやまち、恩師に対するあやまち、生きとし生けるものに対するあやまち。
これ等いっさいのあやまちを懺悔いたします。

また、自分が受けた他の人々のあやまちも許します。

この様に雑事を離れ、独り静かに自己の心身を念をもって観つめるとき、瞬間、瞬間、変化生滅しつづける現象をヴィパッサナーによって洞察し、真の幸福を得て、解脱の道へ導かれますようにと、ここに誓願をいたします。

歩く比丘

※1 無明…具体的には貪・瞋・癡(とん・じん・ち)。欲望、怒り、愚かさ、という三毒。

※2 身、口、意、の三業…身体でする行為、言葉による行為、考えるという行為、を指します。

【改訂版】 懺悔誓願の文

以前、スマナサーラ長老の「これは、唱える者が具体的にわかりやすく自分の心に響くような言葉を選んだ文にするのが良い。」というご説法を聞いて、文の一部を入替えたものです。

懺悔いたします。

貪瞋痴(とんじんち)におおわれて真理を知らないが故に身体(からだ)、言葉、考えるという、三業(さんごう)によっておかしてしまった数々のあやまちがあります。

仏、法、僧、に対するあやまち、恩師に対するあやまち、生きとし生けるものに対するあやまち。
これ等いっさいのあやまちを懺悔いたします。

また、自分が受けた他の人々のあやまちも許します。

この様に雑事を離れ、独り静かに自己の心身を念をもって観つめるとき、瞬間、瞬間、変化生滅しつづける現象をヴィパッサナーによって洞察し、真の幸福を得て、解脱の道へ導かれますようにと、ここに誓願をいたします。

HOME初期仏教の世界→礼拝のことば
© 2000-2005 Japan Theravada Buddhist Association.