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☆特別連載  パーリ経典を読んで初めて分かった「仏教のゴール」に到るプロセス
悟りの階梯  (悟りの道も一歩ずつ) 
 藤本 晃(慈照)文学博士・誓教寺住職 

第一回  ◎『悟りって何なのか誰か知ってる?』    -2005.07.22-
第二回  ◎『後進のため、悟りは説き明かされた』   -2005.08.22-
第三回  ◎『悟りが進むと輪廻が減る』          -2005.09.04-
第四(最終回) ◎『学びと確信が悟りの鍵』       -2005.11.05-up
 (patipadâ 2005.4月号掲載)

第一回  ◎『悟りって何なのか誰か知ってる?』

1. 悟りって言葉は知ってるけど、
   内容は分からない

 「悟り」は、とても有名な言葉です。内容はよく分からなくても、それが仏教で目指す究極のゴールで、そのゴールに達した人が「悟った人・仏陀」になることは、よく知られています。でも、この、言葉だけ有名なことが、結構くせ者です。言葉は有名だけど中身がよく分からないものは、とかく言葉だけが一人歩きします。

 インドでは、今の世で釈尊が初めて悟りを開かれる前から、「悟り」という言葉は知られていました。「『悟り』とは、とにかく滅多に到達することができない、生命の最高の状態らしい」ということも知られていました。「過去には実際に仏陀がいたようだけど、今の世にはいない」ということも知られていました。インドの真面目な修行者たちはみんな、それがどんなものか分からないまま、その「悟り」を目指して修行していたのです。

 そんな状況でしたから、「仏陀が世に現れた」「釈尊が悟りを開かれた」という話が広まった時、人々は、「仏陀?悟り? 何それ?」と尋ねたのではなく、「仏陀が、とうとうこの世に現れたか」と感嘆したのです。

 釈尊が悟りを開かれたことが知れ渡り、仏陀の教えが広まってからは、バラモン教など他の宗教の人も、真面目な人は仏教で出家して仏弟子になったり、在家のまま熱心な仏教信者になったりして、多くの人がそれぞれの段階の悟りを開きました。端からはおよそ分かりませんが、完全に悟りを開いた人同士は、「あの人は悟っている」と、お互いによく分かっていたようです。

 ちなみに仏教では、今の世で最初に、誰にも教えられずに一人で完全な悟りを開かれた釈尊だけを「仏陀」と呼び、その後、釈尊の指導で釈尊と同じく完全な悟りを開かれたお弟子さんたちは、その悟りの階梯の呼び名で「阿羅漢」と呼んで区別しています。

 一方、一部の不真面目な宗教家たちは、仏教にあやかって「自分も『悟り』を開いた」とか「自分も世の中のことが何でも分かる」などと言いふらしました。一般の人々にはどうせ見分けが付かないと考えて、「悟り」という看板だけ立てて、騙してお布施をもらおうと考えたのです。

 悟りの偽物を出して騙すことは、人々が正しく悟りを目指す道を誤らせる、最悪の罪・誹謗正法の行為です。釈尊は、ご自分が個人的に中傷されても心も動きませんし、放っておきましたが、仏陀の教え、特に「悟り」に対する騙し・ウソ偽りには、決して黙っていませんでした。人々が悟りに向かう道を邪魔することは、それほど重大な過ちだったのです。

 釈尊は、相手にも聴衆にも分からない悟りの内容をただ説明しても無駄ですから、ホンの一言で相手をからかって、自分で恥をかくようにしてあげました。例えば釈尊の言葉だけを真似て「『悟り』の内容はこうだ」と言う人には、「私はこうも言いますが、それについてあなたはどうですか?」などと別の言い方をして、相手がそれ以上何も言えないようにしてあげました。それだけで、聴衆には何が真実で何がウソか分かりました。

 釈尊が「ではあなたと議論しましょう」とおっしゃっただけで、恐ろしくなって身体も硬直して、その決められた日時に指定された場所に来ることさえできなくなった宗教家も大勢いました。真実のホンの一部でも見せたら、さらには「真実を見せてあげましょう」と言っただけでも、偽物は自滅するしかないのです。
 

2.「悟り」や「輪廻」はインド共通の「思想」?

 それでも釈尊以降のインドでは、「輪廻からの解脱」など「悟り」に関係ありそうな文言が、いろいろな宗教の文献に見られるようになりました。

 釈尊以前には、そんな言葉はどの宗教にも見られなかったのです。と言っても、釈尊の時代以前から伝わっていた宗教文献自体がほとんどなく、口頭伝承のヴェーダくらいのものでした。

 ヴェーダは、釈尊の時代以前からバラモンたちの間で唱えられ伝えられていた、インド最古の宗教文献です。現在では第四のアタルヴァ・ヴェーダを加えて四ヴェーダを数えますが、釈尊の時代にはまだ三つだけが成立していました。リグ・ヴェーダ、サーマ・ヴェーダ、ヤジュル・ヴェーダです。これらヴェーダは、王族に仕えるバラモンたちが王族の祭祀を執行する時に唱える「祝詞」で、内容は神々や自然を讃えたり祈ったりするものですから、「輪廻」や「悟り」が、その「思想」も言葉さえも見られないのは当然です。

 ところが釈尊の時代以後に製作され始めた、バラモン教のみならず全インドを代表する宗教哲学書と言われているウパニシャッド文献群には、その最初期のものに既に「輪廻」やそれからの「解脱」を説くかのような文言が、僅かですが見られます。ウパニシャッドの中の最初期のものに「輪廻と解脱の思想」の断片が見られ、でもその説明は短か過ぎて曖昧で不明瞭ですので、現代の学界では「ウパニシャッドが製作された時代から芽生えて徐々に発展した、インド共通の『輪廻と悟りの思想』が、後に仏教にも取り入れられ、やがて仏教で精密な体系に調えられた」と見ています。

 でもそう結論する理由は、他愛のないものです。仏教の輪廻や悟りの教説が理路整然として体系的なのに対して、ウパニシャッドのものが未整理で不明瞭で原始的だからという、ただそれだけのことなのです。そこには、機械や文明の発展と同様に「思想」も、始めは原始的なレベルのアイデアが徐々に発展して体系化するはずだという「進化論」的思い込みがあるのでしょう。でも事実はそうではありません。

 ウパニシャッドとは「側に仕える、座る」という意味で、バラモンたちが代々師匠から聞き伝えた教えを集めたものです。教えと言っても主としてヴェーダの解説ですから「祝詞」の説明の域を出ないはずなのですが、どうしても当時流行り始めた仏教やその他のいろいろな哲学・宗教の影響が入ります。それで総合的に何でもある文献のような感じになりますが、どれもただ聞いたもので、自分で体験したり発見したわけではありません。ウパニシャッド文献群は何百年もかけてたくさん製作されましたが、その最初の一本から既に、自分の体験ではなく、ただの聞き伝えなのです。

 そのウパニシャッドの、最初の一本とされるチャンドーギャ・ウパニシャッドに、「輪廻」と呼ぶには稚拙な、天と地上を死後の魂が往復する思想が説かれていますが、それさえも、もともと王族のみに伝わる教えだったものを、バラモンが頼み込んで教えてもらったものです。正直なバラモンたちが、王やバラモンの名前も、教えを聞くに至った経緯までも記録しています。そんなわけですから、釈尊の体験に基づく輪廻と悟りの教説以前には、「輪廻」も「悟り」も、インドでさえその内容は知られていなかったのです。

 ちなみに、現代のインドや学界では「身分制度の中でバラモンが最上で王族は二番目だ」と言いますが、これは釈尊の時代頃からバラモン階級が必死に主張してきたことが功を奏したものです。もともとの格は王族が第一で、バラモンは第二です。初期経典では必ずこの順番で出ます。日本の天皇家とその祭祀を勤める神主たちの主従関係に準えれば、インドの王族とバラモンの関係も想像できると思います。王族が、当時の知識人であるバラモンたちを大臣などとして雇い、政治や祭祀を執行する役目を負わせていたのです。

 日本でも古代王権では祭政一致で、執行役を雇っていました。インドでは、バラモンたちが仕えていた王族が興亡を繰り返す一方、バラモンたちはどの王族にも仕えて祭祀を勤めましたから、血統や伝統が単一の王族より長くなって、歴史の代表格になっただけです。
 

3.悟りも輪廻も釈尊が体験した事実

 そもそも、悟りも輪廻も、釈尊や他の宗教家たちがまず素朴なアイデアを出し、それからインド中で頭をひねって徐々に複雑に体系付けて完成させた「思想」なのではありません。輪廻は、もともと輪廻し続けているのに誰も気付かなかった明らかな事実、それからの解脱・悟りも、やってみれば悟れた人だけが体験として分かった明らかな事実です。その事実を、今の世界では釈尊が初めて体験し、体験したその内容を何とか言葉にして説明しただけです。言葉を練り上げる「思想」ではなく、単なる事実ですから、それまで全く知られていなかった内容が、釈尊が初めて体験して分かったところで、すぐに、その精密な階梯を順序立てて詳しく流暢に説明できたのです。

 現代の学界でも、歴史を調べれば調べるほど、どのウパニシャッドも釈尊より後に製作されたことが分かり、現在では「ウパニシャッドの最初の二本だけは釈尊より古いはず」というところまで譲歩しています。でも、その二本もいずれ、釈尊より後に作られたと認められるでしょう。

 何よりも、初期経典を読むと、どのウパニシャッドも釈尊より新しいものであることが分かるのです。経典の中で釈尊は、三ヴェーダの名は何度も挙げていますが(第四のアタルヴァ・ヴェーダはまだ製作されていませんでした)、ウパニシャッド文献のことは、何もおっしゃっていないのです。

 釈尊は三ヴェーダを製作した十大仙人の子孫であるバラモンたちと知り合いで、十大仙人の釈尊当時までの家系や仙人たちの生活状況も、バラモンのある家系が釈迦族の奴隷を先祖とすることまで、何でもご存じでした。その知識の多くは、王族として釈迦国の王子であった頃に学ばれたもの、さらには、出家してから悟りを開かれるまでの六年間の遊行時代に学ばれたものです。悟りを開かれてからは、十大仙人の子孫を含む名高いバラモンたちが、釈尊のもとに教えを乞いに訪れて、釈尊と交流していました。そんな釈尊が、バラモンたちがその当時既に製作していたなら、ウパニシャッドのことだけたまたまご存じなかったということは、あり得ません。

 釈尊が入滅された後に、釈尊が初めて説かれた輪廻や悟りの教えを基にして、ウパニシャッドの「思想」や文章が製作されたのです。でも輪廻や悟りは、どうせ悟りを体験しないと分かりませんし、「我」を説くバラモン教が絶え間なく「輪廻」転変する心を説くのも自己矛盾ですので、ウパニシャッドでは、ずーっと後代に製作された文献でも、「輪廻」や「悟り」の文言は相変わらず短くて曖昧で不明瞭で中途半端なままなのです。

 「悟り」の言葉だけはインドで古くから知られていましたが、その内容めいたものがインドの文献に少しでも触れられるようになったのは、全部、釈尊が初めて明らかにされてから後のことです。それも、仏教以外のものは稚拙な喩え話程度のものです。
 

4.一気に悟る? 徐々に悟る? 
     −− 頓悟説と漸悟説 −−

 インドの諸宗教だけでなく同じ仏教の中でも、「悟り」がどんなものかよく分かっているとは言い切れないようです。

 中国や日本の仏教では、「悟り」についての見解が、大きく二つに分かれています。一気にパッと「悟る」と主張するいわゆる「頓悟」説と、徐々に悟りを開いて最後に完全に「悟る」とするいわゆる「漸悟」説です。パッと悟る方は禅宗の一部や天台宗など大乗仏教の説で、徐々に悟るものは、北伝部派仏教の一派・説一切有部の『倶舎論』に基づく倶舎宗など、いわゆる「小乗」仏教の説です。

 説一切有部と同じく「小乗」と見なされる南伝上座部が保持するパーリ経典では、『倶舎論』と同様に預流、一来、不還、阿羅漢の四段階の悟りを説きますから、上の分類に従えば、徐々に悟る「漸悟」説ということになります。

 これについて学界では「始めは大乗のように『悟り』を一言で説明していたが、後にその『思想』を『小乗』が四段階に分類発展させたのだろう」と見ますが、これも「思想」は徐々に発展するはずという「進化論」的思考に過ぎません。何よりも、これでは大乗と「小乗」の成立順序が逆になってしまいます。初期経典やそれに基づく上座部、説一切有部などの部派仏教が始めにあって、それから後、大乗が成立発展したのですから、パーリ経典や部派仏教にしっかり残されている悟りの四段階が、大乗経典を製作する時に故意に除外された、あるいは単に抜け落ちたと考えるのが妥当です。大乗経典を製作した人々には、悟りの具体的な内容は理解できなかったか、興味が湧かなかったのかもしれません。

 でも大乗経典にも、悟りの四段階の一端は見られます。いつかは完全な悟りを開くことが決定した「不退転・正定聚」の位は、四段階の最初・預流果に当たり、次に生まれ変わる時はそのまま悟るとする「一生補処」の位は、第三段階の不還果の影響を受けているでしょう。でも、どれも断片的で揃っていません。

 何よりも釈尊ご自身が、経典(パーリ経典)の中で「悟りは順々に完成するもの」と明言されていますので、「頓悟」と「漸悟」の問題は、始めから起こらないはずのものだったのです。中国にはインド出身のお坊さんが単身で入ったことはあっても、正式な教団として入った記録はありません。当然、初期仏教は中国に根付きませんでした。初期経典も、幾つか漢訳はされたのですが、その後焼かれたり紛失したりして中国や日本のお坊さんの目にはほとんど留まらず、僅かに残った漢訳初期経典も、大乗経典に比べてあまり熱心に研究されませんでした。そのように初期仏教を知らないままの中国・日本仏教で、後にこのような問題が起こっただけなのです。
 

 【次回予告】 悟りは四段階の階梯を一つずつ進む道程。その第一の階梯『預流果』が今明らかにされます。
   第二回『後進のため、悟りは説き明かされた』をお楽しみに


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 (patipadâ 2005.5月号掲載)

第二回  ◎『後進のため、悟りは説き明かされた

5. 「悟り」は学習できるもの?

 悟りの内容は、釈尊以前には知られていず、釈尊以後にも仏教以外には伝わらず、仏教内でも、釈尊の言葉をそのまま記録した初期経典(完全に現存するのはパーリ経典だけです)にしか説かれていません。ですから、他のどんな宗教書を読んでも無駄ですが、初期経典を読めば、悟りとはどんなものか、知識として学ぶことはできます。

 ここで、疑問が一つ湧くかもしれません。「師の指導を受けてきっちり修行しないと到達できない悟りを、ただ経典の説明だけで学べるものでしょうか?」あるいは「知識として知っただけで何か役に立つのでしょうか?」
 その答えは、経典に出ています。と言っても「じゃじゃーん、これが答えで〜す」と書かれているわけではありません。
悟りの内容を、釈尊が言葉で説法した事実、それが経典として残っている事実、これがそのまま、答えです。釈尊が、言葉を超え、本来言葉になどできない悟りの内容を、とにかく言葉にして説明されたということは、言葉の説明だけ、単なる知識としてだけでもいいから、まず学びなさい、それだけでも修行の道標になり、励みになります、という意味です。

 悟りの説明は、もちろん悟りそのものではなく、単なる知識です。そこから本当に頑張って修行すれば、道がどんどん開けるのです。でも、経典に説かれている悟りの説明を読むと、その、知識レベルの説明だけでも、体験した人だけが語れる圧倒的な真実があると分かります。その真実に、言葉のレベルでも触れると、私たちの心も変わります。

6. 悟りの階梯は四段階とその前の段階

 悟りは、四沙門果(修行者が得る四つの結果)と言われるように、四段階あります。
預流果、一来果、不還果の順に一つずつ段階を進み、阿羅漢果で完成します。

 「段階を進む」とは、煩悩が順に消えて、同時に、その分だけ智慧が徐々に現れてくることです。
煩悩が消えるとは、「欲しいものが見当たらないから欲の煩悩が出ない」「赤ん坊はいつも無邪気で汚れがない」というような、たまたま表面化していないことではなく、どんな状況になっても、もう決して生まれない、根こそぎ消えたということです。最高の阿羅漢果では、全ての煩悩が完全に消えて、心の中に智慧だけが現れています。

 大きく分ければ欲と怒りと無知の三種類、細かく分ければ千五百幾種類もあると言われる煩悩の、一つ一つが根こそぎ消える度に、その分だけ、智慧が現れます。

 不完全でも、預流果で既に悟りです。釈尊が悟りを開かれてすぐの頃、六年間一緒に修行していた五人の修行者たちに最初に説法されました。その説法を聴いただけで心が変化した最初の一人に、釈尊は「コンダンニャは悟った、コンダンニャは悟った」と喜びの声をあげられました。その時の、説法を聴いただけである煩悩を根こそぎ消した悟りは、四段階の最初の、預流果です。その後五人ともしっかり瞑想修行して、間もなく、五人とも最高の阿羅漢果にまで達しました。

 預流果の一つ前の段階もあります。仏法に向かって心がググッと正面向いている状態で、まだ預流果にもなっていないけど、もう決して、悟りの道から離れません。これは預流果に向かう段階ですから、預流向とか預流道と呼ばれます。

 一来果から阿羅漢果までにもそこに向かう段階もありますから、預流向を含めて四つの向と四つの果の全部で八種類が、悟った人と悟りから離れない人・聖者のグループです。それ以外の人は凡夫・一般人です。八種類合わせて四双八輩とも呼ばれる、出家も在家も含めたこの人々が、広い意味のサンガ・仏陀の家族です。仏陀の家族になったら、阿羅漢果に達するまでは苦しみも悩みもまだありますが、お互いに助け合えますので、大安心です。

 経典に説かれている各段階の悟りの内容を、第一段階の預流果から順に最高の阿羅漢果まで見て、それから、悟りから決して離れない預流向という段階を見ることにしましょう。

  6−1. 預流果

 預流果で消える煩悩は無知に基づく三つだけ

 最初の悟り・預流果では、細かく分ければ千五百もあると言われる煩悩の中、たった三つ(三結)だけが消えています。でもそれは、悟りを決定付ける三つです。

 一つ目は、「有身見」と呼ばれる煩悩。
これは欲でも怒りでもなく無知に分類される、誤った見解・邪見です。「私の身体」「私という心身集合体」など、どう呼んでもいいのですが、とにかく何か「私」というものがいると錯覚している煩悩が、まず根こそぎ消えます。瞑想したり集中して仏法の話を聞いたりしている最中に、一瞬でも「私」がいない、何もない瞬間を「体験」して、「ああ、『私』がいるわけではないのだ」と納得した智慧が生まれ、有身見が消えるのです。

 「無常を悟る、無我を悟ることが仏教だ」と言われる、その無常、無我を一瞬だけでも「体験」して、「我がある」という邪見・煩悩が、単なる知識として分かるのではなく、本当に消えるのです。

 二つ目と三つ目は、一つ目の有身見が消えれば、自然に消える煩悩です。
この二つも無知に基づく邪見です。「疑」と「戒禁取」です。

 「疑」とは、「何が真実か分からないままぐずぐずウジウジしていること」です。預流果に悟ると、このウジウジ状態や真偽を見誤ることがなくなります。

 古代インドではたくさんの哲学や宗教が並び立ち、真理を求めてその師匠たちを尋ね歩く人もたくさんいました。尋ねる人たちはあちこちでいろいろな説を学んでいましたから、一つのことだけ教える哲学者や宗教家たちより結構物知りでした。そのためか時に鋭い質問をすると、はぐらかしたり答えられなくて逆ギレしたりする宗教家たちが結構いました。真理を求める物知りたちは、そんな宗教家にはさっさと見切りを付けて、次の師匠を探しに行きました。

 その人たちが釈尊のもとに来て質問すると、明晰な答えが返ってくるので、まず感服します。そして釈尊に、こんな修行があるからやってみたら? と勧められると、すぐに始めて、すぐに預流果などの結果を出します。その場で出家してやがて阿羅漢にまでなる人も、大勢いました。真理を目の前にして何の疑いもなく、ぐずぐず迷わないので、結果もすぐに出るのです。

 現代の私たちも、あっちの哲学をかじったりこっちの宗教を一日体験したり本誌『パティパダー』を手に取ったり、真理を求めてかなり彷徨っています。その私たちも、無我、無常を実際に「体験」して預流果になれば、「あっ、やっぱりこれが真実か」と分かり、この道を疑わなくなるのです。その後はもう「あっちの宗教もいいかな、こっちの瞑想法もいいかな」などとウロウロしません。

 三つ目の消える煩悩は、戒禁取。
しきたりや苦行などにこだわることです。このこだわりも、預流果に悟ると消えます。

 女人禁制の山や寺、火渡り、滝に打たれる行など、大変な意味や宗教的意義があるかのような奇習や奇行が、世の中にはたくさんあります。どれも伝統文化ですから、それを守る人々をないがしろにするのはよくありません。せっかく人が歩いている炭火に「無意味だ」と言っていきなり水を掛けたりするのは失礼です。でも、そこに文化以上の、何かの真実があるわけではないと分かっていますから、ありがたがる気持ちはなくなるのです。

 日常の細かいことにも、戒禁取・こだわりはよく見られます。朝、家を出る時は右足から出ないといけない、家に帰ったら上着は右袖から脱がないといけないなど。宗教儀式でも、線香は一本立てる、三本立てる、いいや二つに折って寝かせる、数珠は左手に掛ける、右手に掛ける、両手に掛ける、首に掛けるなど、宗派によってしきたりが全く違います。

 どのようなしきたりも約束事も、それぞれの仕方、文化ですからどのようにしても自由なのですが、「私がやっているのが正しい、これでなければいけない」とこだわったら、それが戒禁取です。真理ではなく、自分が決めた習慣に自分が縛られているのです。この態度は、預流果の人には消えています。これも、欲でも怒りでもなく無知に基づく邪見です。

 ちなみに、自分のこだわりではなく正しい戒律、例えば「殺さない」などでしたら、真理に基づく理由がありますから、自分の幸福のためには言い訳なしに、がむしゃらに、何としても守らなければなりません。正しい戒律にがむしゃらになるのは、自分のこだわり・戒禁取とは別ものです。

 預流果で消えるのは、この、たった三つの煩悩だけです。しかも全て見解・邪見・無知に関するもので、欲も怒りも何も消えていませんから、預流果になっても怒りっぽい性格も欲深な心も、まだほとんど変わっていません。ただ、どうしようもない無知だけが消えて、全ては無常だと分かっていますから、どこかに諦めの気持ちが生まれ、激しい執着は減っています。

 預流果の特典

 預流果に達した人は、真理を一瞬だけでも「体験」していますから、それだけでも心はガラッと変わっています。心が変わってしまいましたので、心が決めるその後の進路も、悟りの方向に大きく転換しています。

 まず、預流果になった人はいつか必ず完全な悟りを開いて、最高の阿羅漢果に達することが決定しています。もう決して、完全な悟りに向かう道から退くことはないのです。完全な悟りへの聖なる流れに入った、預かったので、預流果と呼ばれます。

 いつか必ず、と言われても、いつまで頑張れば済むのか分からないと結構心配ですので、釈尊は、「八回目にはもう生まれ変わりません。七回生まれ変わる間には完全に悟れます」と限定しておられます。これも釈尊が決めたことではなく、天眼通で他者の生まれ変わりをたくさん観察して、事実として確認されたことです。経典には、預流果に悟ってから今生ですぐに阿羅漢果にまで達した根性のある人のことも多く記されていますが、この一生涯で決められなくても、死んでまた生まれ変わって七回輪廻する間には、必ず悟れるのです。

 それでも、地獄や餓鬼(幽霊)に生まれ変わるのは、誰でも嫌です。お釈迦様は念のため、「預流果の人は天界か人界にだけ生まれ変わり、地獄、畜生、餓鬼界に生まれることは決してない」ともおっしゃっています。輪廻自体は苦しいですが、その中でも善趣と呼ばれる、悟りを目指せる好い境涯にだけ生まれ変わるのです。

 善趣にだけ輪廻するのですから、預流果の人は当然、それをすれば必ず地獄に堕ちる六種類の悪業だけはできなくなっています。母殺し、父殺し、阿羅漢殺し、仏陀の身体を傷つけること、仏教の家族・サンガを仲違いさせること、仏陀の教えを貶したりその偽物を流布させること。この六つの悪業だけは、預流者は拒否反応を起こして、できないのです。

 ということは、預流者とは言っても、この六つ以外の悪業ならまだまだ犯してしまうかもしれないということです。それほど、人格はまだ不完全なのです。

 ただし預流者は、どんな悪業をしても、それを隠し通したり、ごまかしたりするウソつきの性格だけは直っています。自分の悪事を正直に告白して懺悔します。自分の犯した悪を隠し続けたり、隠すためにごまかしたりウソをついたりする、その心のいや〜な気分に耐えられないのです。

 預流者はどんな悪も正直に認め、自分できちんと懺悔します。このような人は結局、素直に頑張りますし、悪を犯しても懺悔して立ち直れるでしょうし、それほど大それた悪事もしないでしょうし、正直だから人々から結構信頼されるでしょうと、容易に想像できます。
 
 

【次回予告】悟りの段階を進むにつれて、煩悩が弱まり輪廻する回数も残り少なくなります。『一来果』から『不還果』まで達すればゴールはもうすぐ。第三回『悟りが進むと輪廻が減る』をお楽しみに


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 (patipadâ 2005.6月号掲載)

第三回  ◎『悟りが進むと輪廻が減る


6−2 一来果
 一来果では煩悩は弱まるだけ?

 預流果に達してからは、説法を聴くだけではもう進みません。瞑想修行もして、もう一瞬だけ、「私がいない、何もない」瞬間を「体験」すると、第二段階の一来果に達します。

 一来果では、有身見、疑、戒禁取の三結は当然消えていますが、その他に、欲、怒り、無知の三煩悩が、いずれも弱くなります。
「え〜っ、たったそれだけ?」はい、それだけです。

 一来果の次の不還果がまたちょっと劇的に段階が上がりますので、この一見中途半端な一来果は、学界では「阿羅漢果が当然第一に確定し、それから預流果と不還果、それからだいぶ後に一来果が加わって、悟りが四段階に揃えられたのだろう」と、四沙門果「説」が時代を経て徐々に発展したその最後に付け足しのように成立したものと見られています。

 でも、後の人々が悟りの段階を徐々に決めたのなら、どうして比較的明確な三段階だけで終わらず、一来果も加えて四段階にしなければならなかったのでしょうか? ちょっと筆が滑って、蛇足を付けてしまったのでしょうか? 何の理由も見出せません。

 そもそも、四沙門果の記述はどの経典に説かれるものも一致していますし、それが説かれる経典のどこにも、後代の増広や付加の跡は見られませんし、しかも四沙門果はありとあらゆる経典に説かれていますから、学問的にも「四沙門果は最初から四段階で確定していた。確定したのは釈尊ご自身だ」と結論する以外に、何もできないのです。

 「私がいる」という最大の邪見が消えて預流果に達してから第三の不還果に達するまでのこの一来果は、煩悩が完全に消えたわけでもない、禅定に入って梵天の世界に遊べるわけでもない、ただひたすら仏道を学び瞑想修行に明け暮れ、それでも心が成長した気配は、もう一瞬の「無我」の「体験」以外およそ感じられない地味な段階です。でも、自分でも気付き難くても「以前のように激しくしつこく欲しがらなくなった、激しくしつこく怒らなくなった、以前よりはものごとを明晰に処理できるようになった」など、心のレベルは進んでいます。

 その進みの度合いも、千五百もある煩悩のどれが特に弱まるかも、おそらく人によってそれぞれ微妙に違うのでしょう。それを全部まとめて一言で表現すると、釈尊がおっしゃったように「三結が消えた、プラス、欲、怒り、無知が弱まった段階」になるのです。

 一来果の特典

 一来果に達すると、輪廻が後たった一回だけで済むようになります。完全に悟ったわけではありませんし、禅定に入って梵天界に遊ぶこともまだできません。完全な悟りのために、もう一回だけ再挑戦しないといけません。もう一回だけこの世界に戻るから、「一来」と呼ばれるのです。

 完全な悟りのために生まれ変わる境涯は、もちろん地獄、畜生、餓鬼の三悪趣ではありません。楽を感受するだけの天界でも、修行はできません。修行して悟りを完成させるために、人界に生まれ変わります。
 また、煩悩が弱まり、その分だけ智慧が現れますので、人々からますます信頼されます。

6−3 不還果

 禅定を体験して不還果に

 一来果を超えて不還果に達するためには、最低もう一度だけ「無我」を「体験」しないといけません。でも一来果に達した修行者が次に不還果に達する時は、ほとんどの場合、瞑想に習熟して禅定に入り、禅定の世界・梵天界を体験しています。一瞬の「無我」だけでなく圧倒的な禅定体験が、不還果に達する鍵になります。

 天と梵天の違い−天は欲界の生命

 不還果に達したほとんどの修行者が体験している禅定の世界・梵天界と、私たちが今いる世界の間には、ちょっとやそっとでは超えられない壁、断絶があります。

 私たちが知る限りの地球上の全て、さらに太陽系や銀河系を含む、知り得る宇宙の全ては、目や耳や身体などを通した感覚によって知られる世界です。これを仏教では、欲界と呼んでいます。欲界とは「欲望に満ちている」という意味でも良いのですが、もっと穏やかに観察しても、私たちが知っている自分や世界の全ては、やっぱり全部、目や耳や鼻や舌や身体から得られる感覚・情報を感受しているだけですから、そんな感覚を欲しがっている、そんな感覚だけで成り立っている世界という意味で「欲界」です。

 欲界は、私たちが知り得るこの全宇宙と、そこに住む私たち人間や動物たちだけではありません。私たちが普段は知ることができない生命の次元も、仏教は平気で、これも欲の世界です、と紹介してくれます。仏教では全ての生命の境涯を五つにまとめます。下のランクから順に地獄、畜生、餓鬼、人、天の五つです。全ての生命は、この五種類の中のどれかに生まれ変わり死に変わりして絶え間なく輪廻しているのです。

 餓鬼と人の間に阿修羅(争う・競争する生命)を別に立てて六道輪廻として分類する場合もあります。どちらにしても天と人だけが好い境涯・善趣で、悪い境涯・悪趣は、地獄、畜生、餓鬼の三悪趣、または阿修羅を加えて四悪趣です。阿修羅は好くない生命の段階です。

 この五(六)道輪廻の境涯は全部、欲界、感覚だけで成り立っている世界です。畜生の一部には目や耳が利かない生命もいますし、逆に天人には目や耳の感覚だけがあって舌や身体では感覚を受けないそうですが、それらの生命を全部まとめて、結局は五感のどれかで感覚を受け取って六番目の感覚・心で味わっている生命の世界です。

 この五(六)道輪廻のどの境涯にも、私たちは何の修行もなしに生まれ変われます。地獄や畜生や餓鬼に生まれ変わるのは簡単です。目や耳から入る情報に基づいて怒ったり恨んだり欲しがったり他人を羨んだりしていればよいのです。人間や天人に生まれ変わるのは少し大変ですが、それでも、同じく目や耳から入る情報に基づいて慈しみの心を持ったり、その心で他人のために何かしてあげればよいのです。仏教で言う修行や瞑想など、する必要は全くありません。普通の生活をするだけで、いつまでも思う存分、五道のどれかに生まれ変わり、思う存分、苦しんだり苦しんだりできます。それが欲界です。

 天と梵天の違い−梵天は色界・無色界の生命−

 瞑想に習熟して、目や耳などの五感に頼らない、しかも六番目の感覚・心で考える妄想も全くない、心が純粋にはたらくだけの状態に達したら、それが禅定です。身体も妄想概念も全部切り離して、心だけが穏やかに生滅し続けます。

 この禅定状態も、悟りではなく、輪廻の世界です。心が全ての感覚から離れただけで、心はずーっと流れ続けますが、そのエネルギーが尽きて滅するわけではありません。禅定から起って、心の概念を含めた六感の世界に戻ると、元通りの身体や概念が戻ってきます。禅定状態は、煩悩を滅して智慧が現れる悟りの状態ではなく、煩悩が、その間だけは単にはたらいていない、ただの煩悩休止状態なのです。

 禅定状態も輪廻の世界ですから、そこにも生命がいます。「世界」と言っても、禅定状態の心だけの「世界」ですから、私たちが考える地球とか宇宙などの世界とは随分違います。銀河の果てまで探しても、宇宙のどこにも、禅定の世界は「ありません」。でも、ないのではなく、私たちの目や耳では感受できないだけです。心だけの世界として、ちゃんと「あります」。

 禅定に達して心だけでその禅定世界に遊ぶこともできますが、禅定に達した人が亡くなると、禅定状態への執着が強く、逆にこの普通の欲の世界への未練がありませんから、禅定の世界に生まれ変わります。この禅定の世界を、梵天界と呼んでいます。まだ欲界レベルの天人の世界・天界を遥かに超えた世界です。そこに住む生命は、天人・神々とは比べものにならないレベルの、梵天と呼ばれる生命です。

 梵天界は、さらに細かく二種類に分けられます。瞑想の対象にもなる、何らかの物質が僅かにある色界と、それさえもない、本当に心だけの無色界です。色界、無色界の二つの梵天界と、私たちの欲界を合わせて、三界と言います。

 梵天界も輪廻の世界なのですが、五(六)道輪廻の天界には、私たちは普通、梵天界を含めて考えてはいません。あまりに次元が違うからです。でも、輪廻する全世界を欲界・色界・無色界の三界に分類する時は、五道輪廻の中の地獄から欲界天までが欲界だと明示し、それに色界・無色界の二つの梵天も「天」に含めます。これで、五道でも三界でも、輪廻の全世界を言い表したことになるのです。

 三界に分けた時の色界・無色界が五道輪廻の天界に含まれない、輪廻でも悟りでもない、心だけの怪しげな境涯というわけではありません。れっきとした輪廻の境涯です。修行しないと達せられない、特殊な境涯だというだけのことです。

 不還果では五下分結が消える

 不還果に達したほとんどの人が禅定に入って梵天界を体験し、そうでなくても三度目の「無我」を「体験」し、身体で感覚を味わう欲界への執着だけは完全に消えてしまいます。欲界への執着が完全に消えますので、不還果では心を欲界に結び付ける五種類の執着・五下分結が全て消えると言います。下分結とは、下の境涯・欲界に結び付ける煩悩ということです。その五つとは何でしょうか? 千五百種類もの執着・煩悩の中、欲界に対する執着をたった五つにまとめて消し去るからには、あっと驚くものであって欲しいものです。

 ところが五下分結とは、預流果で既に消え、一来果でも既に消えていると再確認された有身見、疑、戒禁取の三結と、後の二つは、激しい欲、激しい怒りだけです。無知の中では相変わらずの三結と、欲と怒りの中では激しいものが消えるだけなのです。これでは『欲、怒り、無知が弱まる』と言われた一来果と、ほとんど変わりません。

 でも、決定的に違う点があるのです。一来果では弱まるだけだった下界・欲界への執着・煩悩が、不還果では完全に消えていることです。不還者の心にはもはや俗世間に対する欲も怒りもありませんから、この世界に関する全てのことに、心はもう揺れません。ただ淡々と日常生活の仕事をこなして過ごすだけです。お腹が空いたら、身体を維持するためにだけ何かを取り入れる、誰と何があっても、仏教のこと以外なら自分がすぐに引いて他者を許し、自分を懺悔するのです。この世への執着が全く消えた分、智慧がかなり大胆に現れますから、他の生命に対する慈悲に溢れた、心静かな聖者という感じになります。

 その代わり不還果では、もともと禅定を嗜んでいた人は梵天界への執着だけは残ります。あるいは、一来果まで禅定に達せずにいた人には、梵天界を体験して不還果に達したことで、梵天界への執着が新たに生まれます。三度目の「無我」を「体験」して不還果に達した人も、欲界への執着は消えますが、まだ完全に滅するには踏み切れず、欲界でない清らかな状態への執着が生まれます。この執着を色界への欲・色貪と無色界への欲・無色貪と言います。

 不還果に達すると梵天界に生まれる

 不還果に達した人は欲界への執着が消えていますから、死後には欲界のどこにも生まれ変わりません。地獄などの三悪趣はもとより、欲界天にも人界にも輪廻しないのです。この欲の世界にもはや決して帰らないので、「不還」と呼ばれます。

 と言ってもまだ完全に悟っていず、梵天界への執着がありますから、この世界での生が終わると、梵天界に生まれ変わります。梵天界には親の身体から生まれるのではなく、ただパッと化けて現れるので、不還者のことを化生者とも言います。

 この欲界にはもはや生まれ変わらないので、その点は最高の阿羅漢果と似ていますが、梵天界に生まれ変わってしまうので、もう一回だけ輪廻があります。ただし、梵天界でのとてつもなく長い禅定状態の寿命が尽きると、それで完全に滅して、そこから他の境涯に生まれ変わることは、もうありません。

 禅定には悟らなくても入れる

 ここで気を付けてほしいことがあります。不還者は亡くなると必ず梵天界に生まれ変わりますが、梵天界に生まれ変わる生命の全てが不還者とは限らないということです。

 瞑想して禅定に入ることは、インドでは釈尊以前から最も著名な修行の一つでした。それは祭祀を行うバラモンの伝統ではなく、独自に出家して瞑想を楽しむ遊行者の伝統に伝わっていました。

 釈尊ご自身、在家の王子の頃から禅定の最初の段階・色界初禅に入って楽しんでいました。釈尊が出家してすぐに弟子入りした二人の師匠は、それぞれ禅定の最高と最高から一つ下の段階の達人でした。釈尊ご自身も、すぐに両師と同様、禅定の最高の段階まで達しました。

 でも釈尊は、最高の段階までの禅定の全てを、「これは悟りに至る道ではない。せいぜい梵天界に往生するだけだ」と、捨てられたのです。

 悟りの段階に達していず、つまり「私」がいるという有身見が消えず、無常や無我が一瞬も「体験」できていないまま、ただ瞑想に励んで禅定に達した人は、その素晴らしさに囚われます。その一方で、この欲界に対する執着も、消えるわけではありません。禅定を楽しんだ後は、日常生活の中で欲を楽しんだりします。

 このような凡夫の禅定者は、死後に梵天界に輪廻しますが、そこでの長寿を終え、禅定の功徳が切れたら、また欲界のどこかに輪廻してしまいます。欲界の楽に対する執着や、以前に行った善悪業のカルマが欲界に引き込むのです。そうして輪廻の苦しみが続きます。

 でも「『私』はない」と無我、無常を「体験」して悟りの段階に入った人が禅定に達し、梵天界の素晴らしさを体験すると、やはりその素晴らしさに執着しますが、どこかに、この素晴らしさも所詮は無常だという諦めもあります。

 このような聖者は、梵天界に執着する代わりに欲界への執着をあっさり捨ててしまいます。ですから梵天界には生まれ変わりますが、そこでの長寿を終えるともう満足していますので、何の執着も残らず、どこにも輪廻せず、ただ消えてしまうのです。

 同様に、欲界の天人たちには、預流果に達した聖者の天人とただ善業の結果で生まれた凡夫の天人たちがいます。凡夫の天人たちの一部には、人々が悟りを開いたり不還者として梵天に往ったりして自分の欲の世界から完全に離れていくのが嫌で、快楽や恐怖によって邪魔をしようとする者もいます。釈尊を何度か邪魔したマーラ(魔)は、そのような天人です。

 私たちも、悟っていなくても、誘惑や脅しには充分気を付けて自己を戒めましょう。

【次回予告】『阿羅漢』までまっすぐ続く悟りの流れに、教えを学ぶことと仏陀への揺るぎない信頼だけで入れます。最終回『学びと確信が悟りの鍵』をお楽しみに。


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 (patipadâ 2005.7月号掲載)

第四回(最終回) ◎『学びと確信が悟りの鍵』

6ー4 阿羅漢果

阿羅漢果で全ての煩悩が消える

 最後の阿羅漢果に達するためにも、最低もう一度だけ「無我」を「体験」します。というわけで最低の場合、たった四回だけ一瞬の「無我」を「体験」するだけでも、最高の阿羅漢果に達することはできます。ただしほとんどの場合、不還果に達した時に既に禅定を体験しています。

 阿羅漢とは、全ての煩悩が完全に滅した人です。煩悩が全くありませんので、智慧が何の制限もなくストレートにはたらきます。阿羅漢には「供養を受けるに相応しい・応供」という意味もありますが、煩悩という「敵を殺した」つまり煩悩を全滅させたという意味もあります。

 阿羅漢になると、これまで行ってきた業が全て時効になります。善い結果も悪い結果も出さないまま消えてしまうのです。それだけでなく、これから行う行為も、業にはなりません。悪いことはもとよりできなくなっていますが、善いことも、ただ行うだけです。業というエネルギーになって後に功徳の結果を出すには至らないのです。
 どうしてそうなるかと言いますと、全てが無常だ、無我だと、完璧に「体験」して、全ての煩悩が消えていますから、どこかに生まれ変わりたいとか、もっとあれこれしたい、あれこれし足りないという気持ちが全く生まれないからです。ですから、これまでの業が結果を出したくても、せいぜい今生の生が終わるまで。死後に地獄などで苦しむはずの分は、どこにも生まれ変わりませんから、チャラです。
 阿羅漢に悟ってからの新たな行為も、どんな善行為でもただ行っているだけで、功徳として来世の生まれ変わりに導く業には、決してなりません。怒りはもとより、何かしたいという欲さえ完全に消えていますから、種に火を通したり胚芽を取ったりしたように、その行為からは決して新たな芽が出ないのです。

 そのようにこれまでの全ての業を消し、新たに何の業も作らない阿羅漢が亡くなる時は、灯火が消える状態に喩えられます。阿羅漢は、火を灯させるロウや油のように、この一生涯分の命を続けさせるエネルギーが尽きたら、そこでただ、フッと消えるだけです。燃料が尽きていますので、次にどこにも燃え移りませんし、消えた灯火がその後どうなるのかと探すこともできません。消えたら消えただけ、それで終わりです。本当の滅が一瞬あって、後は滅さえないのです。ないものについては、もう何も言えません。

「在家阿羅漢」は無理

 不還果までは何とか淡々と日常生活や経済活動を勤めていけますが、阿羅漢になると、もうダメです。淡々とさえも、日常の家庭生活や経済活動などの関係が営めなくなります。阿羅漢は出家者として、どんなしがらみからも自由で、どんな生命にも平等な立場でないと生活できないのです。不還まで在家で頑張っていた人、あるいは独自に修行していた人がもう何人も、阿羅漢果に達する時には、もう我慢できなくて家を飛び出して釈尊の所に行って出家を願い出て認められました。そんなお話が、幾つもお経に残っています。

 ある人の場合、不還果に達していたのですが、釈尊にお会いしてお話を聞いた途端に阿羅漢果に達し、すぐに出家を願い出、許可されました。出家者はゴミ捨て場などからボロ切れを集めて縫い合わせた糞掃衣を着用します。それを自分で作るようにと言われてボロを探している途中、その人は暴れ牛に跳ねられて死んでしまいました。身寄りもありませんでしたので、その人の遺体を釈尊が火葬して、お墓まで作られました。こんな「入門前」の人のためにどうして? とお弟子さんたちが驚きますので、この人は阿羅漢だよ、と釈尊が教えてあげました。
 このケースのように、衣などを準備したり受戒して正式に出家する前に既に阿羅漢果に達していた場合さえあるのです。

 そのためでしょうか、現代の学界では「出家して入門する前から、在家のままで阿羅漢になることもできるはずだ、阿羅漢果だけは出家しないと達せられないというわけではない」と「在家阿羅漢」もあり得ると見ていますが、どうもポイントがずれています。

 仏教では「出家しないと阿羅漢になれない」などと、悟りを目指す修行者の形式や資格を問うているのではありません。「阿羅漢になる時は、また、阿羅漢になってしまったら、出家しないといられない、在家ではいられない」と、心が完全に執着から離れてしまいますので、在家生活が営めなくなることを言っているのです。形式にこだわって言っているのではありません。

 修行は在家でも出家でもできます。悟りの段階を進むにも、何の差別もありません。ただし、阿羅漢になったら在家ではいられません。何よりも、出家の方が在家生活のしがらみに妨げられないので、修行に専念し易いです。また出家するだけでも、これまでの生活と縁を絶つ覚悟と決心が必要ですから、同じ人でも在家の時よりは心も強く立派になっていると考えられます。さらに、出家すること自体が、仏法の興隆のために一生を捧げることですから、大変功徳のある行為です。

阿羅漢果で消える煩悩は五上分結

 煩悩が全て消えると言いましても、不還果で欲界に対するものは全て消えていますから、阿羅漢になるまでに残っているのは、梵天界に対するものだけです。それは、五つだけです。梵天界、つまり三界の中の上位の二界に対する五つの煩悩ですから五上分結と呼ばれています。

 五上分結は、色貪、無色貪と、掉挙、慢、無明です。色貪と無色貪は、それぞれ色界と無色界に対する執着です。これが消えますので、梵天界にさえ生まれ変わることなく、ただ滅するのです。

 掉挙、慢、無明は、上位の二界に対してだけでなく欲界に対しても言われる煩悩ですが、この三つが、最後まで残っているのです。不還果まではどうしても完全ではありませんから、まだ「やった、この段階まで達したぞ」という達成感があります。これも掉挙です。阿羅漢にはそれはありません。無我、無常を「体験」していても、どうしても仮の「『私が』やったぞ」という感覚・慢も残ります。これも阿羅漢にはありません。それらを含めて、どうしても僅かに残っていた無知の根っこ、無明が、阿羅漢果で完全に消え去るのです。
 これで仕事は終わり、為すべきことは為し終え、しなければならないことは、もう何も残っていません。阿羅漢になると、寿命の残りが尽きて完全に滅するまでは、自分のためにすることはもう何も残っていませんから、他者の悟りのためにだけ活動します。釈尊と同じく、「私のためには何も要りません。あなたが幸せになって下さい。悟りを開いて下さい」という心だけで活動します。

7 法随行と信随行(預流向)

 最高の阿羅漢果はもとより、預流果にさえも、いきなり到達できるものではありません。釈尊ご自身が「順々に学び、順々に行い、順々に道を進むことによって、最高の智慧が完成します」とおっしゃっています。

 その、最高の悟りに向かう学び、行い、歩みの最初の一歩も、釈尊は丁寧に示して下さっています。その第一歩が、凡夫の道と聖者の道の分かれ目です。正しい方向に進めば、道がどんどん開けます。

 聖者の道の入口は、二つあります。教えに対する理解・法随行と、仏陀に対する信心・信随行です。両方兼ね備えていなくても、どちらからでも、聖者の道に入れます。人によって、教えの理解から仏道に入る場合と、信心から仏道に入る場合があるのです。

 仏陀の教えを聞いて喜び、理解できるなら、それは法に随って行く悟りへの道。仏陀の存在を喜び、仏陀に心定まるなら、それは信に随って行く悟りへの道です。このどちらかがあるなら、悟りへの道は開かれています。

 例えば、「全ては無常」とか「我はない」などと言われて、「あっなるほど、それなら気楽だ」と思わず納得して嬉しくなるようなら、法随行タイプ。「何て嫌なことを言うのだ。せっかく私が頑張っているのに」などと聞きたくなくなるなら、まだちょっと。仏陀の像や絵が飾ってある所に偶然行って、何となく気持ちよくなって心が落ち着くなら、信随行タイプ。「像があって何だか気持ち悪いなあ」と感じるなら、まだちょっと、ということです。

 信心から入る場合も教えから入る場合も、信・精進・念・定・慧の五根はあります。五根で頑張って学びと修行に励むと、道がどんどん開け、やがて一瞬だけ「無我」を「体験」し、預流果に達します。そうなればもう決して悟りの道から退きません。でも信随行と法随行自体が既に預流果に向かう道・預流向ですので、悟ってはいなくても、聖者の仲間、仏陀の家族の一員として、仏法僧の三宝に守られています。これだけでも大安心です。

 大安心した預流向の人は、このように頑張ります。「たとえ骨と皮と筋だけになっても、身体中の血肉が乾いてしまっても、人間の力、人間の精進、人間の努力によって達成すべきものを達成するまでは、この努力を決して止めはしません」。

 このような人が、釈尊を師と仰ぎ、釈尊が弟子と認める、仏陀の家族です。

8 おわりに

 段階別に詳しく説かれている仏教の悟りの階梯を概観しました。その段階の全てにおいて悟りの内容が厳密に定義されていましたので、「私、ちょっと悟っちゃったかも」などと錯覚したり、人を騙そうとして言いふらせるような曖昧なものでは全くないことがよく分かります。

 そのためか、いろいろな宗教で「悟り、悟り」と言葉でだけは言っていますが、この悟りの内容までは、さすがにパクれなかったようです。今でも、釈尊の言葉をそのまま伝える初期経典にだけ、悟りの内容が明確に説き残されているのです。

 このような悟りの内容を知識的に言葉で知ることによっても、悟りは決して不可能な夢物語ではなく、最初の一歩から徐々に切り開いて行ける道であることが分かります。また、一気に頂上まで登る方法はなく、その代わり、まず足下から一歩ずつ進めばよいことが分かりますので、遥かな高みに向かって、地の底から崖をよじ登る力が湧いてきます。

 このように仏法を知識として学ぶこと自体が、悟りへの第一歩・法随行の一部だと自分に言い聞かせて、分を弁えず、まだ手にしてもいないことを、偉そうに文章にしました。内容にどのような誤りがありましても、それによって読者の皆様に迷惑が掛かりませんように。皆様が共に、迷わず悟りへの道を歩んでいけますように。


【著者】藤本晃(慈照)
   学習院大学哲学科卒。龍谷大学とカナダ・カルガリー大学修士課程を経て、広島大学博士課程修了。文学博士

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