智慧の扉

2011年3月号

何のために学ぶのか?

アルボムッレ・スマナサーラ長老

お釈迦様は「一切の生命は食(滋養)によって維持されている」と説かれました。この言葉を中心にして、学ぶことについて説明します。
 
よくよく観察すると、箸の持ち方から宇宙船の作り方まで、世間にある知識・能力は、たった一つ「生きる、生存する」という目的のためにあるのです。ですから、学ぶときは余計なことを考えなくてもいいのです。我々は「生きるため」に学んでいる。そう理解すれば何でも気楽に学べます。迷ったら「これで食べられるか? これは生きるために役に立つか?」と自問することです。小さい時からそう覚えておけば、人生で混乱して失敗することはなくなります。
 
とはいえ、皆さんは手遅れかもしれません。いつも言っているように、仏教は若い頃に学んだ方がいいのです。それでも皆さんは、慈しみの気持ちで若い人に教えてあげて下さい。ポイントは食べられるか否かですよと。それが職業に役立つかを見極めて、たくさん学んでくださいと。親はそうやって子供が小さい頃から叩き込まないといけないのです。

それから、知識と能力には「使用期限」があることも覚えておきましょう。どんなプロでも、その知識と能力は肉体の死で終わります。この世で得た知識と能力は、死後まで続くものではないのです。しかし、残るものもあります。それは、「怠けずに学んだ」という、こころの影響です。仕事で学んだり、趣味として学んだりした経験は、「あきらめずにやり続ける性格」として、こころに影響を残すのです。その影響は死後も受け継がれます。ですから、何にせよ、怠けずに学んだ方がいいのです。

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