智慧の扉

2011年11月号

どこまで努力すればいいのか

アルボムッレ・スマナサーラ長老

私たちが生きていく上では、どんな誘惑があるか分りません。調子に乗らずに努力する人には覚りに達する資格があるのです。精神的な成長を目指す人は、「みんなやってるでしょ」という社会の誘惑、マインドコントロールから脱出するのです。悪を離れ、善に至るために精進するのです。そのためには、「みんなやってる」の大合唱の中でも、「だから何?」という態度でいないといけないのです。

実は私も、子供時代に「みんなやってる」という言い訳を使って母に口答えしたことがありました。母は「じゃあ、あなたは誰かが井戸に飛び込んだら自分も飛び込むの?」とピシャリと言いました。それで私の屁理屈も終わり。粉々になりました。そうやって厳しく論理で破らない限り、根深いマインドコントロールは壊れないのです。私たちには様々な性格的な弱みがあります。放って置いたら、何の成長もないのです。なぜ精進が必要かというと、悪い癖をやめるのは楽ではないからです。

楽ではないからこそ、精進は大切です。何か決めたら当然、問題や障害が起きるのです。くじけずに一つ一つ解決していくことで、人は成長するのです。善いことなら奮い立ってやらなくてはいけない。善行為をためらう人は人格が弱いので、どんどん堕落してしまいます。最初はちょっと難しくても、歯を食いしばって善行為をしてみると、次からは少し楽になる。やがて楽々と善行為をできるようになります。

仏教はやると決めたことを投げ出す言い訳を認めません。「どこまで努力すれば?」という問いに、ブッダは「結果を出すまでです」と答えたのです。

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