智慧の扉

2013年1月号

マーラ(悪魔)とは何か その1

アルボムッレ・スマナサーラ長老

 マーラ、悪魔、悪しき者などなど、世界中で「魔」という言葉を使います。日本語にも「魔が差した」 という言葉がありますね。普段なら自分はやらないようなこと、なぜやってしまったか分からないことについて、「魔がさした」と言うのです。

 宗教の世界では、神がいると必ず悪魔もいます。神は人間を慈しんで守ってくれるはずですが、その約束を守らないのです。神に守られているはずの世の中なのに、すごく生き苦しい。身体はいくら面倒を見ても壊れてしまいます。生命のなかでも、食べものを見つけるのが難しいのは人間です。朝から晩まで働いているのも、結局は食べるためでしょう。私たちは、神の恩寵ではなく、弱肉強食の社会に生きているのです。

 人間は、やるべきでないことは喜んでやる、やるべきことは脅さない限りやらないのです。世の中に悪いことが起きるたびに、なんでも悪魔のせいにすればいいから楽です。そのくせ、たまさかいい事があると神を讃えるのです。不況になると世界の経済状況のせいです。好況になるとアメリカのおかげです。結局、自分で責任を取りたくないから誰かのせいにするのです。なにごとも自分の努力・行為の結果とは言わないのです。

 バチカンには悪魔学まであります。イエスもエクソシストだったそうです。私はそういう悪魔の話は真っ赤な嘘だと断言します。ほんとうは、「他人を指差したい」という悪い性格のために、世界中に大量に悪魔の観念が生まれているのです。客観的に見ると、悪魔とは誰にでもある「人のせい」にしたがる性格の産物なのですね。悪魔とは、やるべき事をやらないで不幸になる原因です。自分の精神的な弱味を指すのです。

この記事をシェア