智慧の扉

2014年3月号

仏道とは今を生きること

アルボムッレ・スマナサーラ長老

 私たちはいつでも、過去に後悔したり、未来を不安がったりしています。しかし、過去も将来も、決して「実在」しない、私たちの頭の中にあるだけの妄想概念に過ぎません。過去や未来をいくら悩んでも悩みが尽きないのは、実在しない幻を相手にしているからなのです。過去や未来は私たちの管轄外です。何とかできるのは「今」しかないのです。ですから仏教では、「今」に対してとことん真剣になりなさいと教えます。今に気持ちを集中して生きていると、どんどん充実感が湧いてきます。今を生きればこそ、自分の人生を美しくマネジメントできるのです。ですから、もし自由自在に生きたければ、今を真剣に生きてください。過去のことに悩んだり落ち込んだり、将来を心配したりするのは、まったくの無駄です。人生を過去や未来につぎ込んでも、全財産を失うよりもひどい損をして終わるだけなのです

 人間にとって地球の全財産よりも尊い財産とは何でしょうか? それは智慧です。分かりやすい言葉で言い換えれば、皆さんの「理性」です。理性こそが人間にとって最大の財産なのです。動物と違って、人間には「食うか食われるか」に怯える心配はありません。この幸福を与えたのは誰でしょうか? 神でも仏でもありません。人間の理性・知識なのです。人間が理性を駆使して文明社会を築いたからこそ、人間らしい幸福を享受できているのです。それが事実・史実です。人が過去や未来に悩むたびに、理性というかけがえのない財産が傷つくのです。感情の炎が燃えさかって、この理性すなわち智慧の根となる能力を焼いてしまうのです。

 皆さんがいつでも心配しているのは、未来のことです。しかし、実在しない未来に対してできることはありません。できるのは「いま、何をやるのか?」だけ。いまやるべきことを適切に実行することで、幸福な未来が形成されるのです。例えば飛行機の設計図を描いて、実際に機体を組み立てる場合でも、その都度、今すべきことに集中すればこそ、適切な結果が出るのです。正しく生きることは今を生きること。仏道とは今を生きることです。今を生きる人は全てを制覇するのです。