智慧の扉

2020年7月号

あなたの師匠は誰ですか?

アルボムッレ・スマナサーラ長老

 私たち人間は、誰であっても生まれたときは赤ちゃんです。赤ちゃんには何もできません。精々できることと言えば、泣きわめくこととおっぱいを吸うことぐらいです。ろくに周りの物事を認識しようともしません。母親の感触と匂いに安心し、ただおっぱいを吸って寝るだけです。人間というのは、一般的に能力がゼロの状態で生まれてきます。本当は能力を持っているのかもしれませんが、未だにその能力は目覚めていないのです。

 能力のない赤ちゃんは、どのようにして一人前の人間になるのでしょうか? 太陽の光にあたったから? 風に吹かれたから? 雨に濡れたから? そんなことで大人にはなりません。食べものだけで大人にはなれません。大人になるためには、学ばなくてはいけないのです。学ぶとは誰かから教えてもらうということです。生まれてきた人間にとって、最初の先生といえば、母と父という両親になるのです

 自分ひとりで得たものなんて、どこにもありません。人類が忘れてしまった大切な事実は、「誰にだって指導者がいる」ということです。立派な人間というのは、たくさんの人が手塩にかけて育てた作品なのです。指導者として仰ぐべきはその能力であって、年齢は関係ありません。人間には指導者・先生・師匠が不可欠です。

 両親や学校の先輩や先生、大学の教授などは、ある範囲・制限の中での師匠に過ぎません。生きるために必要な何かを教えてくれます。しかし、それはいつでも役に立つものではないのです。どんな立派な師の教えであっても、生きる時代や地域が変わればみるみる陳腐化してしまいます。時代が変わっても、文明が興亡しても、ライフスタイルが激変しても、揺らぐことなく輝き続ける師の教えといえば、それは唯一ブッダが説くダンマ・真理だけなのです。ブッダが教えてくれる道徳・精神統一・智慧(戒定慧)の三学は、人間に限らず生命が幸福を求めるならば、必ず役に立つ、助けになるものです

 ブッダのダンマは、生きとし生けるものすべての師匠です。現代の出家修行者や在家の人々も、ダンマに耳を傾ければ、必要な答え・導き・アドバイス・戒めを見いだせるでしょう。今回のポイントとして「生命には解脱に達するまで師匠に学ぶことが欠かせない。どんな時でも頼りになる師匠は真理(ダンマ)である」と覚えておいてください。