パティパダー巻頭法話

No.47(1999年1月)

ギネス記録症候群

小さな善行為が全ての始まり 

アルボムッレ・スマナサーラ長老

「あなたは日本一だ。いや世界一だ。」と言われる人になれば、なんと幸せでしょう。でも皆自信が無く、そういう風になろうと本気になってがんばる人は、あまりいないようですね。そんな目的を持ってがんばることは決して悪いことではありませんが、一方そうなるようにみんながんばってくださいという人がいたら、おそらく心の中で「そんな馬鹿な…」と笑っていることでしょう。

しかしこれは、笑って済ませる現象ではありません。ほとんどの人はそんな日本一志向を心の中に抱いています。それはいろいろな形で見られます。日本一と言われるためにいろいろなことをやっているのではないでしょうか。日本一長い滑り台、また日本一長い巻き寿司を作るなどといったことは、よくニュースになる話題です。なにか発掘したら『最古』という形容詞がほとんどつきます。また『史上初』も人気ある言葉です。『世界でひとつしかない』珍品が、自慢のタネになります。日本一のコレクターと認められるなら、集めるのはトイレットペーパーの包み紙でもかまいません。『初公開』『初めてテレビカメラが入った』…あまりにも陳腐な言葉ですが、人気は一向に消えません。ギネス記録症候群ともいえるようなものは、誰の心にもあります。そういうことで遊ぶのは一向にかまわないのですが、ギネス記録症候群に冒されると、我々にとって、本来もっともっと大事なものを失ってしまうということを理解していただきたいだけです。

このギネス記録症候群に冒された場合の症状を考えてみましょう。それは、日常のことを、つまらない、退屈、大したことではない、どうでもいいのではないかと考えるようになることです。頭のなかで、大胆なこと、人をあっと驚かせること、聞いたら皆が歓声を上げて賞賛することを考えています。そしてどんどん現実離れした人間になってしまいます。また別の症状としては、自分が果たせなかった夢を、我が子に押しつけたり、社長が自分の夢を部下に押しつけたりして、結果として様々なトラブルが起こる場合もあります。稀なケースとして、親が我が子に殺されたり、仕事のストレスで自殺する部下が現れたりすることもあります。このような側面にも気をつけて行動した方がよいのではないでしょうか。

大胆なことを目指すと、日常のことがつまらなく見える現象について、もう少し考察すべきところがあります。私たちが生きている世界には、本当につまらない、どうでもいいことがあふれていることも事実です。そういうものに気を取られ、大事なことを失ってしまう場合もあります。朝の電車で足を踏んだ女子高生が謝りの言葉も言わなかったことに腹を立て、その日一日仕事が手につかなかったとか、会議にピンクのシャツで来た若い社員に腹が立って、彼が非常に重要な発言をしているのに取り上げずいい結果が出せなかったり、奥さんがビールを冷やしておかなかったと頭に来て夫婦関係が悪くなったり、日曜日に夫がソファでごろ寝しているのがイヤでたまらずストレスがたまってしまったとか、相手の香水の匂い、口紅の色、アクセサリーの趣味などが気になってストレスがたまる…このような例を挙げればきりがないほどです。無意味なつまらないことに気が取られることで、スムースな人間関係、仕事の効率性、家庭の平和、心の安らぎを妨げる…そのようなどうでもいい些細なこだわりは一刻も早く捨ててしまった方がいいのではないでしょうか。

逆につまらないといって決して無視してはならないものもあります。一言で言えばそれは悪いことをすることです。問題にならない小さな悪いことを無視する傾向があります。子供がボールペンを万引きしたり、小さな嘘をついたり、出張旅費を2000円ばかりごまかしたり、飲み屋の1500円の領収書を会社の経費にあてたり、若者が味を試すだけのために1回だけ麻薬を使ってみたり、奥さんが夫に内緒でちょっと高い買い物をしたり…など一般的に、あまり気にせず悪いことをしょっちゅうしています。たとえ小さくても、悪いことだけは決してしてはいけないと決めるべきです。『盗む無かれ』という仏教の戒めの場合は、糸一本でも他人のものをとってはいけないと子供のときからしつけられているのです。『嘘つくなかれ』という場合も、遊ぶ気持ちででも偽りを言うなと言われています。悪いことは、たとえ小さくてもやり続けるとかなりたまります。最終的には悪人になってしまいます。千円くらい何のことはないとごまかし続ける人が、最終的には何千万円のごまかしもできるようになります。小さな嘘をつく人は、徐々にいかなる場合でも平気で嘘をつくようになってしまうのです。悪いことはくせになるので、一回でも、たとえ小さくてもやってはならないのです。悪行為は確実に依存症につながることを覚えておきましょう。

良いことの場合は逆に、たとえ小さくても行うべきです。道を歩いていて見つけた空き缶をひとつを拾ってゴミ箱に入れるとか、そんな小さなことも大したことないと思うことなく、実行しなくてはなりません。そのような行動も習慣になって最終的にはすばらしい人格の持ち主になります。 はじめから世界一になろうという大胆な目的でなくても、小さな良いことをし続けると、最後に望む結果が得られます。

今回のポイント

  • スムースな人間関係や心の安らぎを妨げるつまらないことはやめるべきです。
  • 大きな目的を目指すあまり、日常の生き方がおろそかにならないようにするべきです。
  • たとえ小さくても悪いことは、いずれ悪人を作り出します。
  • 良いことはたとえ小さくても、続ければ偉大な結果になります。

経典の言葉

  • Māvamaññetha pāpassa – na maṃ taṃ āgamissati,
    Udabindu nipātena – udakumbho’pi pūrati,
    Pūrati bālo pāpassa – thokathokam’pi ācinam. (Dh.121)
    Māvamaññetha puññassa – na maṃ taṃ āgamissati,
    Udabindu nipātena – udakumbho’pi pūrati,
    Pūrati dhīro puññassa – thokathokaṃ pi ācinam. (Dh.122)
  • その報いは私には来ないだろうと思って、悪を軽んじるな。
    水が一滴ずつしたたり落ちるならば、水瓶でも充たされるのである。
    愚かなものは、水を少しずつでも集めるように悪を積むならば、
    やがてわざわいに充たされる。(Dh.121)
    その報いは私には来ないだろうと思って、善を軽んじるな。
    水が一滴ずつしたたり落ちるならば、水瓶でも充たされる。
    気をつけている人は、水を少しずつでも集めるように善を積むならば、
    やがて福徳に充たされる。(Dh.122)
  • (Dhammapada 121,122)
この記事をシェア