パティパダー巻頭法話

No.154(2007年12月)

形の出家と心の出家

道は世間に合わせることではありません Formalities do not represent the purity of the mind.

アルボムッレ・スマナサーラ長老

出家(僧侶)には定められた生き方があります。俗世間的な生き方をしてはならないのは当然のことです。では出家に定められた生き方とは何なのでしょうか? 僧侶以外、みなその答えを知っているようです。むしろ、知らないのは出家だけのようです。

私が若い頃、こんなことがありました。私は学校帰りにバス停で待っていました。手には本のいっぱい詰まったカバンと、照りつける太陽を避けるための大きめの日傘を持っていました。その時、身体に巻いていた衣が知らず知らずのうちにゆるんでしまったのです。スピードを出して走る車の風で、衣が落ちそうになりました。自分の左にも右にも人が並んでいた。衣が人の体に触れないように、私は慎重に気をつけて衣を巻き直したのです。しかし衣の端が後ろの何かに触れたような気がして、後ろを振り向いてみたのです。やっぱり後ろにも人が立っていました。後から来た人だと思います。私は頭を下げて謝りました。そうするとその人は、私に滅多打ちに殴られたような顔をして、私をにらんで、「行儀の悪いなまぐさ坊主だ」と怒鳴りました。その時、私は思いました。長老たちには誰よりも行儀のよい若者だと散々褒められて認められているのに、自分に落ち度がないのに、謝る必要がないのに、丁寧に謝ってこの結果だ。この人は仏教の大師匠たちよりも仏教を知っているつもりだと。

次のエピソードは、ほぼ15年前に日本で起きたことです。私は少々重いカバンを持って小田急線に乗りました。空いていた席の隣に缶ビールを飲んでいた男性が一人座っていました。酒を飲んでいる人の隣には座る気持にはならないが、小田原まで長旅なので、この人のことを慈しむのは坊主の義務でしょうと思って座りました。その人は親切に会話を始めました。社交辞令が終わったところで、この方は「坊主の生き方」について話し出しました。私は相槌を打つしか仕様がありませんでした。この方の同級生の一人が、禅寺で出家して、いまは本山で管理の仕事に携わっているのだそうです。だからですね、この人がにわか仕立ての僧侶の専門家になったのは。「あの坊主はほんとになまぐさ坊主だ。坊主にふさわしくない」と彼が言ったので、私は「なんでそう言うのですか?」と聞きました。「だってあいつは寺の仕事にパソコン使っているんだ」というお返事。当時では、パソコンは流行っていなかったことも確かです。私の心の中で、「しっかりしたお坊さんだ。よく頑張っているみたい」と思ったのですが、黙っているしかなかったのです。なぜかというと、私の重いカバンのなかに、ノートパソコンが入っていたからです。それを知られたら何を言われるか分らないと心配したのです。この人の話をまとめると、「出家たるものはパソコンを使ってはならない」ということになるのです。彼が缶ビール一本すすめてくれたのに、それを断った私も、簡単に悪坊主のグループに入れていただきました。

出家人生は長いので、このようなエピソードはいくらでも披露できます。神父さんも牧師さんも、イスラム教の人も、私に正しい坊主の生き方を教えようとするのです。時々、「宗教は大嫌いだ」という人まで、「坊主はこうであるべき」だというのです。それで私が達した結論は、「出家に定められた生き方は、出家以外、お釈迦様以外、みな知っているようです」というものでした。
ではロバの物語を紹介します。ある父親が、家で飼っていたロバを売って、家計の足しにしようとして、息子と一緒にまちへ出かけました。道の途中で、人に出会いました。「あなたがた二人は、なんという無知な人ですか。こんな元気なロバなのに、乗らないで歩くとは」と非難されました。父親が、息子をロバに乗せて歩き出しました。しばらく歩くとまた別の人が来て、「なんと悪い子供ですか。父親が歩いているのに、自分が楽をするとはどういうことですか」と非難されました。それで父親がロバに乗って、息子が歩くことにしました。また別な人が「子供に苦労をさせて自分が楽をしている。悪い父親だ」と非難しました。しょうがないから、父と子が二人ともロバに乗りました。しばらく歩くと、出会った人が「なんて残酷な人でしょうか。このロバをいじめているのではないでしょうか」と非難しました。親子はロバを肩に担いで行くことにしました。またしばらく行くと、「なんて無知な親子ですか。自分で歩けるロバを担いで行くとは笑い物だ」と他の人が非難しました。この二人は、またロバを歩かせることにしました。町までの距離がもし長かったならば、またこの状態から物語が繰り返すことになるでしょうと思います。
ものを知らないわりに知ったかぶりをして、世は人のことを非難する。世の非難は無視するわけにもいきません。だからといって、乗るわけにもいきません。私はこのロバを連れた親子のように生きようとしなかったのです。親子がさいごに自分が決めたやり方に戻ることになったので、出家の生き方はどのようにあるべきかと、政治家に、アル中の人々に、遊び人に、他宗教の人々に、何を親切に教えてもらったとしても、出家の在り方を最初に教えられたお釈迦様に一貫して従うことにしているのです。

次のエピソードは日本のある知識人のことです。いろいろ外国へ行って文化を学んだ人でした。ある友人がその人を囲んでみなでいろいろ話しましょうと私を誘いました。私は「夜だから、みな気持ちよく酒を飲んでいるでしょう。酒を飲まない私が入ると、雰囲気が悪くなります。その人も失礼だと思います」と断りました。その友人は、この知識人にそのことを告げました。「世間の文化のことは私は研究するところですし、それはよく理解しています。酒を飲まなくてもけっこうです」という約束をしたので、話の輪に私も入りました。しばらく経つと、酒がまわって知識的な話は無知なうわごとに展開しつつありました。突然その知識人が、「なんであなたは酒を飲まないんですか。それは失礼でしょう。みな酒を飲んでいるから、あなたも酒を飲むことが礼儀というものでしょう」と言いました。行儀が悪いといわれて、私は傷つきました。また、酒を飲まない約束で話に参加したのに、いまさら何を無知なことを言うのかと思いました。しかし、喧嘩してはいけません。それはその知識人を呼んだ私の友達の立場も悪くする行為です。私はにこっと笑ってこう言いました。「私が酒を飲まないのは、釈迦牟尼ブッダにそう言われたからです。いまあなたは酒を飲みなさいと言っている。それで先生は、釈迦牟尼ブッダよりも、最低イエス様よりも優れていると、真理を知っていると、証明していただければ、一生酒を飲まなかった私は、いまここでその決まりを破って酒を飲みましょう」と。瞬時に用事を思い出した彼が、別れの挨拶もそっちのけで帰ってしまったのです。

キリスト教の聖職者たちの生き方は、われわれが決めてあげるのではなく、イエス様が決めたほうがよいのです。仏教の僧侶たちの生き方は、出家を定めたお釈迦様が決めるものです。手術を習う医者は、魚屋さんにメスの使い方を習うものではありません。というわけで、出家に定められた生き方は、何でしょうか。どのように生活する人は、よい出家でしょうかと、知っておいたほうがよいので、お釈迦様に聞いてみましょう。

ハッタカという出家がいました。自分が仏教を学んでいることをみなにひけらかしたくて、たまらなかったのです。当然、仏教は厳密な論理なのです。語られているのは、信仰ではなく本物の真理なのです。ですから、この世で誰が異論を立てても、仏教に対して負けてしまうことは決して珍しくありません。インドでは様々な思想家たちと論争して勝利を得たものを、より優れた智慧のあるひととして認める習慣があったのです。ですからお釈迦様が、ブッダの教えを争論するために使用することを禁止したのです。しかしハッタカ比丘は、それを無視して人々と論争したのです。しかし、勝ったり負けたりです。負けたならば、この人は負けを認めないのです。その代わりに「この話の続きがあります。何日の何時に何処何処へ来てください。あなたに返事を出します」と、約束させるのです。ハッタカは、自分が指定した日に、とても早く指定の場所に現れます。しばらく待ってから、「みなのものよ、あの人は負けを認めているみたい。顔を合わせられないので来ないようです。私の不戦勝です」と大げさに自慢するのです。この話はお釈迦様の耳にも入りました。お釈迦様が彼を厳しく叱りました。

「まことを語らず、嘘をつく者は、頭を剃って衣をまとっていても、沙門にはならない。欲張りで、欲求不満で心がいっぱいなら、形だけで出家を演じても何の意味もありません」と説かれたのです。お釈迦様が表面的な形の出家よりは、内面的な心の出家の大切さを示されたのです。心の出家というのは、心の汚れから離れることです。さまざまなものに依存している心を、その依存から離れさせることです。在家の仏教徒が時々面白いことをします。出家のよしあしを表面的な形で判断しようとするのです。ある人は輝く黄色い色の衣を着ているお坊さんよりは、土色の衣を着ているお坊様がたが優れていると信じる。またある人は、土色は暗すぎ、暗い色を着ると心まで暗くなります。明るい黄色い衣を着ているお坊様方はより優れている、というのです。森に住む出家が優れているのだ、みなのことを心配する街に住んでいる出家が優れているのだ、托鉢している出家がすぐれているのだ、お布施をいただいている出家が堕落しているのだ、などなど、よく言われます。これは決してつくりばなしではなく事実なのです。しかしみな、出家は形より精神的なことであると知らないようです。精神的に優れているか否かは、貪瞋痴の世界にどっしり陥っている在家の方々に理解しがたいものです。

お釈迦様がさらに、出家の正しいあり方を説法なさいます。「大きな悪のみならず、微細な悪からも心を離れようとするものが、沙門なのです」と。ここでお釈迦様は、比丘という言葉ではなく、沙門(samana)という言葉を使っているのです。それは、心に山火事のように現れる悪の荒波を徹底的に抑える、という意味の sameti という動詞と語呂合わせをするためです。「一切の悪を二度と現れないように抑えた人こそが、本物の沙門というのです。Samitattā hi pāpānaṃ samano, ti pavuccati.」

仏道に出家するものは、ただ出家という形をとっただけで正真正銘の沙門・比丘にはならないのです。頭を剃って、黄色い衣をまとっただけで、心の汚れがたちまち落ちてしまうならば、そんな美味しい話はないのです。形の出家になった人はそれから、戒律道徳を守りつつ、精神の出家を目指して精進しなくてはいけないのです。ですから、修行というのは、単純に朝晩のお勤めをしたり、しきたり決まりを守ったりすることに限るものではないのです。それだけで満足すると、汚れたままの出家になるのです。心の汚れをなくす努力がないと、「なまぐさ」と言われても仕方がないのです。しかし、この批判は俗世間の人々にできないのです。酒を飲んで一緒に楽しむ僧侶が謙虚で本物であるという在家もいるのです。自分たちの心よりも、僧侶の心が貪瞋痴で汚れているとはっきり解った時は、在家の方々も「なまぐさ」というのはけっこうです。ですが、あまり人の過ちを言いふらすことも品格の良い行為にはならないのです。

出家は心が完全にきれいということではなく、完全清浄心をめざして励むのです。時々、失敗したり、間違ったことをついやってしまったりすることもあるので、お釈迦様がいかなる場合でも、いかなる条件の中でも、断言的にやってはいけない過ちをリストアップしているのです。不注意で小さな過ちを犯してしまえば、懺悔させてそれを改めるのです。このように、悟りに達するまでお釈迦様が慈悲深く出家を守っているのです。出家者も、自分たちは修行中であること、完全清浄心をめざして精進していることを理解して、自分たちは気付かずして過ちを犯す可能性はいくらでもあると理解しておくのです。出家は習慣的に決して自分が過ちを犯していないと思わないし、言わないのです。社会の人々から何かの短所を見つけられて批判されることはよくあることなので、たとえ社会の根拠のない無責任な批判であっても、自分に対する間接的なしつけだと謙虚に受けるのです。

今回のポイント

  • 社会は慈しみをもって人を批判しない。
  • 社会の批判・非難には責任感はない。
  • われわれは無条件で賢者の非難に耳を傾ける。
  • 仏教のことはブッダに聞くものです。
  • 心が煩悩を離脱することが本物の出家なのです。

経典の言葉

Dhammapada Chapter XIX DHAMMATTHA VAGGA
第19章  法に依って立つ章

  • Na mundakena samano, Abbato alikaṃ bhanaṃ;
    Icchā lobhasamāpanno, Samano kim bhavissati. (Dh.264)

    Yo ca sameti pāpāni, Anum thūlāni sabbaso;
    Samitattā hi pāpānaṃ, Samano’ti pavuccati. (Dh.265)

  • たとえつむりを丸めても 欲・むさぼりに満つる人
    無戒・虚言のその人を いかで沙門サマナと呼ぶべきや

    大小あまねき罪過つみとがを 寂止せし人もろもろの
    悪を離れしそれ故に 「沙門サマナ」とこそは呼ばるなる

  • 訳:江原通子
  • (Dhammapada 264,265)