あなたとの対話(Q&A)

仏教の中の女性差別②

2018年9月25日

先月、お釈迦様のお母様のゴータミー妃が、お釈迦様の反対を押し切って出家に踏み切ったというお話を伺いました。お釈迦様は年老いた我が母に苦労をかけたくないと思ったがゴータミー妃は、真理を男性にも女性にも平等に伝えるために、自分が自分の楽な人生を捨て、立ち上がろうと考えられたというお話でした。そのお話はわかりましたが、なぜ、お釈迦様は、一般に女性の出家をすぐに認めなかったのでしょう。

お釈迦様が女性の出家を断った理由としてあげられているのは、以下のことです。

当時、インドのバラモンたちが作った社会習慣の中で、女性に自由はなかったのです。いつも女性は、一歩下がって行動しなくてはなりませんでした。出家を認めたら、女性はさらに新しい批判や攻撃を受けなくてはならない。
女性にとっては、ひとりきりでの独立した生活は、生理学的にきつい。
煩悩をなくすために出家して、またその世界で男女が入り交じって生活すると、悟るどころか修行もできなくなってしまう。
これまで守られて生きてきた女性たちが一人一人で生活をすると、その女性たちを、乱暴な人々から守るのは誰なのか。
これらすべての問題を解決するために、お釈迦様は、男性出家者にはない特別な8つの戒律を、女性出家者のために定められました。普通は間違いを犯してから戒律を作るお釈迦様が、ここでは例外的に定められたのです。

この八戒を観察すると理解できる大切なことがあります。たとえ比丘尼が年上であろうとも、比丘に対しては礼をするという戒律があります。女性を人間とも考えなかった当時のインド社会の中で「男女平等だ」とあちこちで喧嘩してトラブルを作るようなことを避けるためにその戒律を定めました。実際に修行の機会を与え、悟りを開く女性をたくさん輩出することで、女性も能力において決して劣っているわけではないということを証明できたのです。修行し悟りを開く女性を見て男性たちは、女性も男性も人間であって差がないことに初めて気がついたのではないでしょうか。

また、比丘尼は、比丘のいないところで寺を建てたり住んだりしてはならないという戒律もあります。これで女性の身を守ることができたのです。さらに、女性の出家儀式は、比丘の承認のもと比丘尼たちがやらなければならない。逆に言えば、男性が女性を出家させることは禁止されたのです。これで、女性は、自分の権利くらいは自分で守ることができるようになりました。男性に頼らず、自分のことを自分でできるようになったのです。

このようなわけで、初期仏教の考え方は男女平等です。女性に出家を認めるためにお釈迦様が時間をおとりになったのは、当時の社会の問題を正しく理解されていたからなのです。

今のお話を伺っておりますと、女性は女性としての「プライド」を持ってもよいということですね?

これもまた、仏教の教えから考えると、違う論理が飛び出しますね。一体、男女の区別とはなんなのでしょう。ただからだの違いだけではありませんか。心まで区別する必要があるのでしょうか。男性にせよ女性にせよ、自分の性別にあまりにかたくこだわることはどうかなあ…と私は思います。業と輪廻の概念で考えると、性別も行為によって変わっていくものです。女が男になったり、男が女になったり、性に対するこだわり、執着、またそれに関する行為によって、先の性別が変わっていく可能性もあります。男であることに執着して死んだ人が、もしも来世生まれるときに「女」になってしまえば悔しいでしょうね。過去のことは思い出せませんので、この「悔しさ」が精神的な混乱のもとになってしまうこともあります。仏教の教えに基づいて、「自分はただの生命だ、今は仮に人間であり、男だ、あるいは女だ」と考えた方がよいでしょう。また、業と輪廻の概念を否定する人もいます。無理にこの概念を信じなくても、「生命本来の問題としては、仏教は性別など念頭に置いていない」ということはご理解いただけるのではないでしょうか。

ではなぜ、テーラワーダ仏教では女性の出家者がいないのでしょうか。出家は男性だけに限られているのではないでしょうか。

確かに現在は、女性の出家者はいないのです。はっきりした時期はわかりませんが、比丘尼はテーラワーダ仏教ではいなくなってしまいました。スリランカでは、国内紛争、外国による侵略、飢餓などの問題が、歴史上たびたび出ましたので、出家希望する女性が徐々に少なくなっていったのではないでしょうか。5世紀くらいまでは確実に、男性に負けないくらいの比丘尼たちがいたのですが、7世紀あたりで比丘尼の形跡が消えています。そしてその後、経済的に豊かになって政治も安定しても、女性を出家させるために必要な比丘尼たちがいなかったので、比丘尼制度をよみがえらせることが不可能になってしまいました。

出家生活が難しくなったのは比丘尼たちだけではありません。比丘たちもこの後の時代に、3度ほど消えてなくなっていたのです。しかし、以前にスリランカからミャンマーに仏教を伝えてあったので、そちらから出家者を招待して、よみがえらせてもらったのです。最後に、17世紀にも出家者がいなくなって、スリランカの王様がタイの王様にお願いして、出家者20人くらいに来てもらって、現在の根本仏教をよみがえらせたのです。しかしこのときも、仏教そのものが消えたと勘違いしてはいけません。正式な戒律で正しく認められた出家者の数が足りなかっただけで、在家であろうとも仏教を大切に守ることにかけては皆、大変責任を感じていたのです。スリランカで比丘尼たちがいなくなったとき、タイにもミャンマーにも比丘尼たちがいなくなっていたので、比丘尼制度をよみがえらせることはできませんでした。

現在、女性たちはそれに不満を持っていないのでしょうか。

西洋的な価値観で育てられた女性の一部は、不満を持っているように見えます。彼女たちはお坊さんたちに何とかしなさいと言っています。以前、スリランカから中国へ比丘尼制度を伝えましたので、大乗仏教の世界(中国、台湾、韓国、ベトナム)には正式な尼さんたちが今もいるので、そちらを呼びましょうという話もありました。しかしその意見には反対派が多く、賛成派は少なかったのです。理由は、尼さんはいるにはいるけれど、彼女たちは大乗仏教の尼さんでありテーラワーダ仏教の尼さんではないからということなのです。

一部のスリランカのお坊さんたちが、アメリカやスリランカで、ベトナム、台湾の尼さんたちと一緒に女性たちを出家させる動きがありました。彼女たちは、今活動しているようです。しかしこれにも問題がありました。この出家活動に参加したお坊さんたちは皆、詳しく仏教を学んだ人々ではなかったのです。社会的、政治的な国際活動に精力をつくすグループですので、彼らの行動を、スリランカ、ミャンマー、タイの長老たちが認めていないのです。

これは純粋に、戒律における法律的な問題です。戒律上、テーラワーダの比丘たちには、女性を出家させる権利がないのです。戒律はお釈迦様が決めたものであって、弟子たちが決めたり、変化させたりすることはできません。勝手に戒律を変えないのがテーラワーダ仏教の決まりなのです。

それならなぜ、台湾の尼さんたちの協力を得ないのですかという問題ですね。スリランカでは、大乗、小乗の区別なしに、皆一緒に宗教活動を実施していますが、出家の点では戒律が違うと言っています。たとえばスリランカでは消費税は12%と決まっていますが、日本では5%です。日本でスリランカの決まりに従って12%の消費税を払う必要はありません。そのような違いなのです。テーラワーダの戒律では、テーラワーダの比丘、比丘尼の承認によって、比丘、比丘尼出家の儀式を行わなければなりません。もし他の宗教の承認も認めるというなら、カトリックの神父やシスターたちも、テーラワーダの比丘、比丘尼を出家させることができることになってしまいます。

ところでなぜ、そんなに出家にこだわるのか、私にはわかりません。出家ができないから平等ではないのでしょうか。修行ができないのですか。活動をできないのですか。それは一部の人の単なる傲慢だと、私は思います。正しく瞑想をして、心を清らかにした女性たちを私は知っています。彼女たちはとても清らかで素晴らしく、何の不満も持たず、他の人にも道を教えています。タイでは女性たちが、出家の比丘たちにも瞑想指導と説法を行っています。彼女たちには「私も比丘尼となって、皆と同じにならなくては」という欲望がないのです。在家として、自分の教える出家の弟子たちに、礼をし、お布施もして、面倒も見てあげています。

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