あなたとの対話(Q&A)

歩く瞑想の姿勢

2018年9月27日

歩く瞑想で、足を運ぼうと片足をあげたとき、ヨロヨロしてしまいます。形が悪いのか、やり方が悪いのか、どうしてでしょうか。

歩くことに慣れていないのではないかと思います。普通に歩いてみて、歩くことに少々慣れた方が良いと思います。それから瞑想実践を始めるのも、悪くないのです。

歩くヴィパッサナー実践の基本的なやり方を少々紹介いたします。
歩く瞑想の場合は、まず背筋をしっかりと伸ばしておくことが必要です。人間というものは、座るときも歩くときも、何かをするときも、姿勢だけはちゃんと正しくしておけば、それだけでかなり、人格も変わってしまいます。自信のある、明るい人になるのです。姿勢というのは、自己コントロールできる部分です。姿勢を正すと、自己も正したことになります。姿勢が良ければ人格もよい、姿勢が悪いと人格も悪いと言えるのです。人の性格が悪くなってくると、姿勢も悪くなってくるのではありませんか。悩んだり苦しんだりしていると、姿勢が悪くなってくるのです。ですから必ず、歩く場合も、姿勢を整えて背筋を伸ばして行うのです。

歩くときには胴体を動かしたり揺らしたりはしないのです。このポイントを覚えておいて下さい。
足で歩くのであって、からだで歩くのではないということです。ですから、胴体を動かしたり揺らしたりしないでください。

次に、歩く方法ですが、2つの方法があります。
(1) ゆっくり歩くことと、
(2) 速くか、普通に歩くことです。
まず、鈍歩方法が良いと思います。

「右足」と頭の中で実況して、右足全体を感じてみる。
それから、「上げます」と言って上がる足を感じる。
そして「運びます」と実況して、運ぶことを感じる。
次に、「下ろします」と実況して、その動きを感じる。
それから、体重を移動してあげるのです。それも感じて下さい。
移動を終わると、右足はかたくなっているはずです。そこで右足の修行は終了です。
今度は左足を軽く感じるのです。この軽さを感じます。
それから、「左足、上げます。運びます。下ろします」と右足と同じように感じて実践すると、左足もかたくなるところで終わるのです。
左足の仕事は終了。
次は、右足が軽い。軽い右足を「右足、上げます。運びます。下ろします」と続けます。

ここで言う訓練というのは、意識を上手に移動できるかどうか、ということなのです。
左足から右足に移動する。右足からまた左足に移動する。最初はそのくらいでいいのです。
実践が進むと、こころと身体の働きがありのままに現れてきます。それが、智慧の開発につながります。できるだけスローモーションでやってみることです。

もう一つの方法は、速くか、普通に歩いてみて修行することです。
公園とか道路とか、広いところで速く速く、歩くのです。実況は、「左足、右足」です。この場合も、背筋を伸ばすこと、胴体を動かさず足だけを動かすことに気をつけておかないと、修行にはなりません。

今、毎朝、40分くらい、左右左右と確認しながら、早足の散歩をやっています。汗びっしょりになるくらい、早足で歩いています。

汗びっしょりになるまで、歩く瞑想をするというのは、歩く瞑想になっていない可能性があります。すごく疲れるまでなさっているならば、運動をやっている感じになりますね。瞑想は運動ではないのです。こころを育てる方法なんですね。きちんと集中してくると、そんなに疲れません。落ち着いてくるはずですよ。

ところで、瞑想会などで、みなさんの様子を見ていると、足をすごく高く上げておられる方や、ほとんど上げない方、かかとから下ろす方、つま先から下ろす方といろいろですよね。安定して、気持ちよく歩ける方法があるなら、教えていただきたいのですが。

いつもそのように、人の方法を見て、生きておられるのではありませんか。ふだんの生活でも、人がどうやっているかを見て、そのように自分の人生を調整しておられるのではありませんか。

まあ、ふだんの生活では、人の様子を見たり、人の言うことを聞いても良いのですが、ヴィパッサナーというのは自分のこころを育てることですから、自分が集中していけるような感じで、自分のやり方でやればいいのです。

誰であれ、あまりにも不自然な歩き方はしない方がよいと思います。
ふだん自分が歩いているように歩いて、その足の感覚を感じて、それに集中する。それが基本ですので、覚えておいてください。
もし集中することができなくてこころが散漫になるなら、自分なりに足を高く上げたりしてもかまいませんが、そのように、あまりにも特別な方法に依存してはならないのです。
不自然な歩き方が身につくと、修行するほかの人もその影響を受けてしまいます。修行する人たちは歩き方が変だと言われると、たまったものではありません。

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