あなたとの対話(Q&A)

自我について

2018年10月5日

「全ての物事は無常であって、瞬滅していく」そうですが、「瞬滅」の概念がよく理解できません。デジタルなon・offのような不連続のイメージで捉えると、断絶したon・offの間隙はどうイメージしたら良いのでしょうか。原因(?)と結果(?)が不連続だとすると、そもそも因果関係自体が分らなくなりました。種と果実のたとえ話で何となく分ったつもりでいるのですが。

> 「全ての物事は無常であって、瞬滅していく」そうですが、「瞬滅」の概念がよく理解できません。デジタルなon・offのような不連続のイメージで捉えると、断絶したon・offの間隙はどうイメージしたら良いのでしょうか。

連続性は非我説です。
瞬間について二行ぐらいの説明を「こころの速度について」の質問に書いてみました。それも短すぎて明確ではないと思います。お読みになればありがたいのです。→ 【HPQ&A32「こころの速度について」】

Theravāda仏教では「断滅、断絶、間隔など」の概念は認めませんね。徹底的に連続性を教えられます。Santatiと言います。流れ、flow,fluxと言う意味です。ですからご質問は成立しないと思われます。

on.offと思うところは仏典では生・滅です。(uppāda.bhaṅga)又、生、住、滅と三つにする場合もあります。(uppāda, ṭhiti, bhaṅga)とにかく隙間なく現象が流れるのです。自我がある、実体があると誤解する理由も現象は隙間なく流れるからだとも言えるのです。実体がないことを「流れ」と言う機能を理解するとわかるそうです。これは宿題にさせていただきますので、川の流れでも例にしてお考えになってみてはいかがでしょうか。

> 原因(?)と結果(?)が不連続だとすると、そもそも因果関係自体が分らなくなりました。種と果実のたとえ話で何となく分ったつもりでいるのですが。

ですから、不連続しないで下さい。我々は因果を考えると何か現象を浮かんで思索すると思います。そのとき、思った現象によって、「連続だ、不連続だ」と言う意見が現れます。例えば、りんごの種(因)とりんごの実(果)とすると幾年かの隙間がでます。また、一因から多数果では?と言う問題もでてきます。しかし、りんごの種からりんごの実まで何の隙間ないのです。さらに、りんごの種は芽一つしか作らないし、樹木は沢山実を作ることにもなります。我々は例に取る現象によって因果の理解が変わるのです。電気(因)と光(果)と言う現象を取ると前の例と説明は変わってしまうでしょう。その因果はある特定の現象に限ったもので普遍的な因果概念にはならない。が、あらゆる現象の流れをそれなりに観察すると、ある程度で普遍的な因果法則を辿ることもできると思います。
すべてのもののナノレベルで(私の適当な用語です)不連続の因果を見つけるでしょう。学問的にはAbhidhamma実践的にはvipassanā実践者がこれにチャレンジするのです。

Sumanasara

* 回答までの流れがわかるように、「Web Forum」のQ&A経過を下に入れておきます。(HP管理人)

自我について
「自我」も無常で、因縁や条件が変わると変わってしまう、デジタルなものだとすると、「私」というアイデンティティの継続性・過去の記憶はどう考えればよいのでしょうか。「その時はそういう状況だったからそう行動しただけだ。今は状況がちがうから、今の自分とは関係ない」と、自分の過去の行為の責任を逃れる言訳に使われるように思うのですが。また「私」と言う存在が、ある程度固定したものと考えないと、確たる意見を持たないアイデンティティがあやふやな人間だとみなされて、社会的に信用されないのでは。

HPスタッフ(佐藤)
書込みありがとうございます。
抱かれた疑問、因縁と自我の問題に関しては、
◎根本仏教講義
http://www.j-theravada.net/kogi/
のコーナーでかなり詳しく論ぜられていると思います。

続き物なので、じっくり読んでいただきたいですが、
[48-55] 診療カウンセリング (1)~(8)
[66-71 ] 因縁の話 (1)~(6)
あたりがご質問の答になっているのではないかと思います。

特に…
・全てが無常であるならば『自己責任』はないのでは?
http://www.j-theravada.net/kogi/kogi67.html
の章はドンピシャですね。他にも、

◎検索エンジン
http://www.j-theravada.net/1-kosin.html
を使って探してみるといろいろ発見があると思います。
ご参考になれば幸いです。

Re^2: 自我について
「全ての物事は無常であって、瞬滅していく」そうですが、「瞬滅」の概念がよく理解できません。デジタルなon・offのような不連続のイメージで捉えると、断絶したon・offの間隙はどうイメージしたら良いのでしょうか。原因(?)と結果(?)が不連続だとすると、そもそも因果関係自体が分らなくなりました。種と果実のたとえ話で何となく分ったつもりでいるのですが。 (上の質問) ↑

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