施本文庫

ブッダが幸せを説く

人の道は祈ることより知ることにある 

アルボムッレ・スマナサーラ長老

仏法僧への感謝の意味

仏教では、特定の誰かに向かってお祈りすることはないのです。生きとし生けるものに対して、慈しみの心を育ててください。そうすることであなたが得た幸福の借りを返したことになるのです。
生きとし生けるものとは人間だけではありません。人間の幸福は、人間以外の他の生命の恩恵に浴さなければ成り立ちません。動物も、植物も、自然界すべてのものがみんな対象になります。さらに目に見える生命ばかりではなくて、目に見えない生命もいっぱいある。その生命も、たとえ我々にわからなくても我々の生存と何か関係があるはずなのです。そのすべての数限りない生命に対して慈悲の心を育てることです。

とはいえ、所詮人間は弱い存在ですので、どうしても誰かに教えを乞いたい、誰かを仰ぎたいと思うのは仕方のないことかもしれません。
そうであれば、その相手は仏法僧しかありません。なぜなら仏法僧は偉大なる師だからです。つまり「先生」として、ということです。
仏法僧の立場からいえば、別に人間にありがとうと感謝されたいと思っているのではないのですが、人間のほうはその感謝の心がとても素晴らしいエネルギーになるわけですから、「おはようございます」というような明るい気持ちで感謝の礼をすれば、大変良いことではないかと思うのです。毎朝お釈迦さまの仏像の前で感謝の礼をすることは、人間として立派な行為といえるのではないでしょうか。
そういう行為をもし、「宗教じみている」とか「盲信だ」とか言う人には、あえてこれ以上の説明をしようとは思いません。そういう人は自由にすればいいし、また個人的な信仰を持っているならそれはそれでいいのです。すべては個人の自由だからです。
しかし、誰がどう考えようと答えはひとつです。すべての生命に対する慈悲の心を育てること。

我々人類は、神というひとつのエネルギーに支えられて生きているわけではなくて、みんな一人一人が力を出し合い、相互に依存しあって生きているのです。そして社会として成り立っているのです。ただそれだけのことです。
我々は誰一人偉くもなく卑しくもないのです。みんな生命として平等なのです。

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この施本のデータ

ブッダが幸せを説く
人の道は祈ることより知ることにある 
著者:アルボムッレ・スマナサーラ長老
初版発行日:2001年5月13日