施本文庫

ブッダの経営論

ビジネスリーダーの人間力 

アルボムッレ・スマナサーラ長老

現代社会は矛盾だらけ

この法話はビジネスリーダー、つまり経営者の方々に向けたものです。経営の達人たちに向けて宗教の話をするというと、神様にお祈りすれば万事解決とか、題目を唱えれば商売繁盛といった類の話だろうと思われるかもしれませんが、そういう話ではまったくありません。

お釈迦様はとても不思議な方で、経典を読むと、腰が抜けるほど現実主義なのです。経典の中から、一行だけ紹介します。

「お祈りすることで希望が叶うならば、人間は祈ってしまえばいい」

お釈迦様はその一行で、「祈っても何も叶いませんよ、あなた方自身が頑張りなさい」と、おっしゃっているのです。

社会がどんどん発展し、今、私たちは遺伝子の研究ができるようになって、将来的にはオーダーメイドの薬までできるようになると言っていますが、それは神様がやってくれたことではありません。皆さんの乗っている車も、飛行機も、新幹線も、我々が使っている機械もすべて、人間の努力によって得たものなのです。

お釈迦様は、その事実を否定してはいけない、幸福も、人間の力でつかめるはずだと教えられています。仏教では不可能はないのです。知識や能力も、瞑想することでかなり開発することができるのです。

それだけではありません。お釈迦様は、発展がだめだと言っているのではなく、矛盾だらけのままでいくら発展し、成功しても、どこかに大きな落とし穴があると言っているのです。また、そのような副作用がなく成長することもできると、とても興味深いことを教えられています。

具体例を挙げてみます。経済成長とエコロジーをどう組み合わせるのか。この二つは正反対で、経済成長をすると自然破壊をする。自然破壊をしないで自然を守ろうとすると経済活動をやめなくてはいけない。車を使うと二酸化炭素を放出するし、電気を使うためには二酸化炭素を出すか放射性の核廃棄物が大量に残る。
あるいは、金持ちになって豊かになりたいと思ったら、朝から晩まで忙しくて楽しくない、反対に人生を楽しもうとするとお金がない。このように、我々は非常に矛盾を抱えているのです。

あらゆる矛盾を超える「中道」の道

そこで、お釈迦様は、世間が歩む矛盾だらけの道ではなくて、それを乗り越えていく「中道」という道があると教えられています。その道は、人間が精神的にも成長し、また心を開発して、究極の幸福に至る道です。損もしないし副作用もない。
たとえ仕事をリタイアして隠居したとしても、死ぬまで、また死後も、グラフでいえば右肩上がりだけの生き方があるのだよとおっしゃっています。
その生き方をする上で一番邪魔なのは、信仰なのです。何かを信仰すると、それで人の成長は終わります。精神の自由がなくなるのです。

私たちに最も必要なのは、理性です。つまり、現実主義的であること、ものごとを客観的に見られることです。これが難しいのです。ビジネスリーダーは実業界の方々ですから、当然、皆さま方は「私たちは現実主義で、客観性がある」と思っているでしょう。 
でも、皆さま方がいくら立派な経営者であっても、判断するときには感情が割り込むのです。部下に対して、「何でこういうやつなのか」「何回言ったらわかるのか」「何でアドバイス通りにやらないのか」というように、自分の感情が入るのです。そして、どうしてもかわいい人には優しくし、あまりかわいくない男性の社員にはけっこう厳しく言ってしまう。そういうことがどうしてもあるのです。
人間は自分の心を育てない限り客観的になれず、どうしても主観で、自分に見えることで判断しようとします。

そこでお釈迦様がよく仰るのは、「あなたに見える世界が、この世界で唯一正しいものではありませんよ」ということです。
人間が五人いれば、五つの角度でものごとが見えるのです。皆が「自分こそ正しい」と思ってしまうと、とても混乱します。他人とぶつかるのです。
これは私の主観なのですが、日本で一番の時間の無駄は会議です。どれだけ会議をしても、皆が自分の主張を通そうとして、何の結論にも達しない。それなら会議をする必要はありません。

日本には、目上の人を尊敬するという、よい文化があります。年配の方々、先輩の方々に対しては頭を垂れる。しかし、それとからみ合ってしまって、また結果が悪いのです。上司にものを言えないようでは、よい経営にはなりません。

たとえ上司に対してでも、正しくないものは「正しくない」と、はっきり言える人間の自立性が必要です。もちろん諸先輩は尊敬しなければいけませんが、だからといって何でもかんでも「はい、はい」ではよくないのです。自分も成長しなくてはいけません。その両方が必要です。

お釈迦様の教えを実践する世界は、だいたいそういう社会です。宗教の世界でも上下の関係は厳しいですが、本山の貫首様にも、言わなければいけないことは言います。私が「先生、これはだめですね」と言うと、先生は「おまえ何だ」ではなく、ニコッと笑って「うん、そうだな」とおっしゃいます。我々の仏教の社会というのは、すごく優しい、気持ちよい社会なのです。けんかをしながら尊敬する。
わかりやすく言えば、親子の関係と同じです。当然、父親が上なのです。しかし、子供たちは支配されているわけではなく、そちらも自由なのです。
世界のどこでも、我々に必要なのは、そういう関係なのです。目上の人はトップなのですが、同時にほかのみんなにもそれなりに精神的な自由があって、自分で花咲いて成長することもできる。このように、家族をモデルにして社会や会社を考えるとよいと思います。

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この施本のデータ

ブッダの経営論
ビジネスリーダーの人間力 
著者:アルボムッレ・スマナサーラ長老
初版発行日:2013年