施本文庫

わたしたち不満族

満たされないのはなぜ? 

アルボムッレ・スマナサーラ長老

3 満足は架空のもの

 ◇「なりたい」と「なる」は違う

満足や幸福というものは、目の前にぶら下がっているニンジンだと理解してください。
わたしたちは、ご飯を食べて楽しい、家族がいて楽しい、旅行に行って楽しい、仕事があって楽しいと思っていますが、ご飯も、家族も、旅行も、仕事も、外部のものはみな、目の前のニンジンです。わたしたちはそのニンジンを追いかけて生きているのです。

「満足したい」「幸福になりたい」「楽しみたい」など、「なりたい」という希望や理想をたくさん持っていますが、これは実際に「なる」ということとは全く違います。なった時点で、もう生きていられないのです。

 ◇こころには常に不満がある

不満が生きるということです。不満があると苦しいですが、不満がないと生きていられません。「元気で生きている」ということは、同時に、不満や苦しみがあるということです。「生きること」と「不満」を分解することはできません。
この二つは、いつでもワンセットになっているのです。

●不満がないと生きていられない

●不満があると苦しい

●生きることは苦しみである

したがって、「満足して生きる」ということは非論理的であり、成立しないのです。
ここは難しいポイントですから、仏教を学ばないとこの論理はわからないかもしれません。
俗世間では常識として「楽しく満足して生きる」と考えられていますが、それはありえない話なのです。

ペガサスという空を飛ぶ馬がいるでしょう。イメージとして絵に描くことはできますが、あれは架空の馬であって、実際にはそんな動物はいません。
「満足して生きる」ということは、ペガサスのようなもので、実際にはありえないものなのです。

4 「満足して生きる」という矛盾

一見、明るく元気に生きているように見える人も、それは不満の衝動で動いています。よく見ると落ち着いていませんし、苦しんでいるのです。不満の衝動がないと、元気に生きることはできません。
ですから、その反対の「満足して生きる」ということは、どうしても成り立たないのです。もし不満がなく、本当に満足して幸福なら、生きる力は減退します。

不満は機械のエンジンのようなものです。エンジンがなければ機械が動かないように、不満がなければ生命は生きることができないのです。

 ◇不満が幸福を作る・不満がなければ幸福もない

誰でも「不満をきらい、幸福は欲しい」と思っているでしょう。でも「不満がなく、幸福に生きる」ということは成り立たないのです。

たとえば家賃も払えず食べ物も買えず、三日間何も食べていないという人がいるとしましょう。その人は不安で不満で極端に苦しいのです。そこで誰かに「これ食べてください」とお弁当をもらったとしましょう。そうするとその人はたちまち元気になり、幸福を感じるのです。

なぜ幸福を感じたかといいますと、それ以前に「お腹が空いている」という不満があったからです。「お腹が空いている」という不満が、幸福を作ったのです。
逆に、満腹のときにお弁当をもらったらどうでしょうか。ただ困るだけでしょう。ですから不満がなければ幸福もないのです。

病気で苦しんでいるとき、医者が薬を処方してくれるとありがたいですが、病気でもないのに「薬をあげますから飲んでください」と言われると迷惑です。

重い荷物を運んでいるときに誰かが手を貸してくれると感謝しますが、ハンドバッグしか持っていないのに「持ちましょうか」などと言われると、ありがたいどころか、この人は泥棒ではないかと警戒します。

このように、なんでもかんでも不満が幸福を作っているのです。幸福は、それ以前に不満がなければ成り立たないのです。

 ◇負>正(幸福はゼロ以下かゼロに近い程度)

そこで不満を「負」、幸福を「正」として、不満と幸福を計ってみましょう。
そうすると、負のほうが正よりも圧倒的に大きくなるのです。正はゼロ以下か、よくてもゼロに近い程度にしかなりません。

たとえば、一万円の借金があるとしましょう。今日、四千円の収入を得て、四千円をそのまま返済したとしても、借金はまだ六千円残っています。
わたしたちが得られる幸福もこのようなものです。
つまり、もともと不満(マイナス一万円)があるところに、幸福(プラス四千円)を得ても、不満(マイナス六千円)が残っているという状態です。

日常生活の中では、たまに楽しくて幸福を感じることもあるでしょう。でも差し引きすれば、幸福はゼロ以下、あるいはゼロに近い程度しか得られません。
どうがんばっても「生きることは苦しみ」なのです。

ここまで、かなり大胆に、世間の常識とは正反対のことをお話してきました。理解しにくいところもあるかもしれませんが、これが事実なのです。

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わたしたち不満族
満たされないのはなぜ? 
著者:アルボムッレ・スマナサーラ長老
初版発行日:2006年9月23日