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一生役立つブッダの育児マニュアル

親の「どうしたら?」と子供の「どうして?」に答えを出します 

アルボムッレ・スマナサーラ長老

親の役目・子の役目――六方礼経

それから親と子が互いに幸福に生きるためには、親子の関係を正しく護る必要があります。『六方礼経』(シガーラ教誡経 Sigālovāda-sutta,DN31)という経典には、親と子がそれぞれ果たすべき役目が具体的に述べられています。

 親に対する子の役目

 ①両親を養う。

 ②両親の仕事や義務、用事をバトンタッチする。

 ③家のしきたりや習慣を守る。

 ④両親から受け継いだ財産を無駄にせず、きちんと管理する。

 ⑤両親が亡くなったら供養する。

 子供に対する親の役目

 ①悪い行為をしない人間に育てる。

 ②善い行為をする人間に育てる。

 ③教育を受けさせる。

 ④相応しい結婚相手を見つける。

 ⑤財産を譲り、自分は身を引く。

以上の項目を親と子がそれぞれ実践するなら、親子の関係でトラブルが起こることはない、とお釈迦さまは説かれました。ここでは『六方礼経』(シガーラ教誡経)の中の一部、親子関係だけを紹介しましたが、その他の関係(師弟関係、夫婦関係、友人関係、上司・部下の関係、宗教家・在家者の関係)については、『成功する生き方 「シガーラ教誡経」の実践』(角川文庫)という本で詳しく解説いたしましたので、そちらをご参照下さい。

お釈迦さまと息子の対話――スッタニパータ

最後に、お釈迦さまとラーフラ尊者との美しい対話(スッタニパータ Suttanipāta 335-342)をご紹介いたしましょう。お釈迦さまには息子が一人いました。名前をラーフラと言います。息子は7歳の時に出家しましたが、もともと釈迦族の王子として出生し、宮殿で贅沢に暮らしていましたから、出家してかなり苦労したのではないかと思います。母親も、世話をしてくれる家来たちもいませんし、美味しいものも食べられません。父親であるお釈迦さまも、我が子だからといって息子を特別に可愛がることはなさいませんでした。
仏教の世界では皆平等ですから、お釈迦さまはラーフラ尊者をサンガの一員、出家者の一人として扱い、そして心配なさっていたのです。ある日、お釈迦さまはラーフラ尊者に会われ、このように訊ねました。

「ラーフラよ、共に生活しているからといって君は賢者を軽蔑していませんか? 人類に灯火(ともしび)を掲げている人、智慧の光を与えている人を尊敬していますか?」と。これは誰のことかというと、サーリプッタ尊者のことです。お釈迦さまは息子には善き友、善い環境を与えなければならないと考えて、智慧第一と称せられたサーリプッタ尊者に息子の教育を任せました。やはり父親なのです。息子を育てるにあたって人を選ぶ場合は、智慧の第一人者に任せたのです。
サーリプッタ尊者という方は、明晰な頭脳、抜群に鋭い智慧を備えつつも大変謙虚な方でしたから、子供はサーリプッタ尊者を遊び相手にして、失礼なことをしてしまう可能性もあります。お釈迦さまはそこを心配なされて「君は人類に灯火を掲げている人を尊敬していますか?」とラーフラ尊者に訊かれたのです。

ラーフラ尊者は答えます。「共に生活しているからといって賢者を軽蔑するようなことを、私は致しません。人類に灯火を掲げている人を、私は常に尊敬しています」と。ここをよく覚えておいてください。これは仏教の中でも大変立派な言葉の一つです。
「人類に灯火を掲げている人を私は常に尊敬しています」という言葉。私たちが誰を尊敬すべきかというと「人類に智慧の光を与えている人」なのです。この幼い子は「私は常に賢者を尊敬しています」とはっきり述べたのです。

さらに父親は息子に語り続けます。ラーフラ尊者は出家しましたから、在家の時のようにふざけて遊ぶことはできません。そこでお釈迦さまは息子に立派な比丘になることを教えられるのです。

「世の中のさまざまな喜ばしい五欲の対象を捨て去りなさい。君は家を離れ、出家したのですから、輪廻の苦しみを終滅しなさい」

「善い人とつき合い、騒音の少ない静かな所で生活しなさい。飲食の量を知りなさい」

「衣、食べ物、薬、寝る所に対して《私のもの》と執着してはいけません。再びこの世に還り来ないように」

「比丘として、出家者として、常に戒律を守り、眼耳鼻舌身意に気をつけ、行儀などの身体の行為を観察し、落ちついていなさい」

「外界のさまざまなものを見ても《美しい、きれい》と愛着するのをやめ、不浄を観察し、心を統一しておきなさい」

「心に潜む慢心を捨て去りなさい。そうすれば君は慢心を滅ぼして、安穏な日を送るでしょう」

と、最後には涅槃を体験するところで話を終えられました。

これは父親の息子に対する「偉大なる慈しみのメッセージ」です。我が子が輪廻の中で彷徨(さまよ)って苦しみにあえいでいるさまを見るのは、親にとって耐え難いことです。お釈迦さまは「たとえ国王という地位や権威を握っても、有り余るほどの金銀財宝を手にしても、それで心の平安は得られない。だからそういうものに心を奪われず、存在の苦しみ、輪廻の苦しみを終滅しなさい」と、息子に慈しみのメッセージを送られたのです。

古今東西を問わず、どんな親でも自分の子供が問題を起こさず、苦しまず、幸福に生きることを望んでいるのではないでしょうか? もしそうならば、「良い成績をとりなさい、○○ちゃんに負けるな」とか「一流企業に就職しなさい」などと子供に過大な期待をかけてストレスを与える代わりに、「欲張ってはいけないよ。あれも欲しいこれも欲しいと欲を出せば苦しむのは君だからね。苦しみを終了させなさい。苦しみから解き放たれなさい」と慈しみの言葉を伝えてあげてほしいと思います。

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親の「どうしたら?」と子供の「どうして?」に答えを出します 
著者:アルボムッレ・スマナサーラ長老
初版発行日:2004年8月